- 1 -
――俺の住む街に昔からこんな話が言い伝えられている。
******
竜の住む街。
昔々、この地域が農村であった時代からそう呼ばれ続けていました。
そして、このときは本当に竜が住んでいました。
村から見える山の天辺、そこには確かに一頭の竜が住んでいて、いつも村で生活を営む人々をじっと眺めていました。
竜には天候を操る能力があり、機嫌が良ければ晴れをもたらし農作物がすくすく育ち、機嫌が悪ければ雨や風をもたらし人々を飢えさせることさえありました。
また、竜は些細な事で機嫌を損ねるため、人々は竜の機嫌を伺いながら怯えるかのように過ごしていました。
ある日、一人の若者が立ち上がりました。
『竜を討って、竜に怯えることない生活を出来るようにしよう』と。
しかし、竜を恐れるがあまりに賛同を得ることはできず、ついに若者は一人で竜を討伐することに決めました。
竜の住む山は一度も人に手が加わっておらず、道を切り開きながら進まねばなりません。
いつ戻れるかわかりません。
若者は農具一つを準備して、奥さんに「必ず戻る」と伝えました。
奥さんは美しく、若者との子どもを身ごもっていました。
奥さんは「いつまでも待っている」と返します。
その言葉に若者は山を人が通れるように切り開きながら、長い時をかけて頂上へと上り詰めました。
山の麓は木々が生い茂っていましたが、頂上は竜が薙ぎ払ったのだろうか、草木一つ生えていませんでした。
若者の目の前に、大きな身体をした竜が一頭。
互いに目を見つめ合い、竜が口を開きます。
「汝は何を求める」
竜は人語を用いて、若者に話しかけました。
「村の安寧を望む。そのために、村に脅威を与えるお前を打つ」
「ならば、我もまた村の住人」
若者はその言葉に聞く耳を持つことができませんでした。
「お前は人間ではない。ただここに巣くっているだけの獣でしかない」
若者は山を切り開いてきた農具を竜に振るいました。
刃物のようになっているその農具は竜の身体に、簡単に刺さりました。
竜は苦しそうなうめき声を上げましたが、抵抗することはなかったそうです。
これは簡単だと、若者は竜の鱗を一枚ずつ剥がし、角を折り、目を潰し、皮を剥ぎ取り、絶命するまで手を止めませんでした。
息絶える直前、竜は若者にこう言い放ったそうです。
「後悔することになろう……我も住人であり、汝は我に手を下した。我は汝を許さぬ、永遠に……そう、永遠に、な」
直後、竜は息絶え動かなくなりました。
表情は悲しみに溢れた表情を浮かべたそうです。
そして、若者は本当に後悔することになりました。
村を救ったという思いと、竜を討った報告をするために一日もかからず下山しました。
そこで待っていたのは、奥さんの亡骸でした。
腹部から下は破裂しており、出血が激しく手の施しようがありませんでした。
それと待っていたのは、若者と奥さんの子どもでした。
が、竜の言葉を若者は思い出しました。
そう、生まれたばかりの子どもにはあの竜と同じ角と尻尾が生えていたのです。
あまりにもそれは大きく、奥さんの身体は出産とともに破壊されてしまったのです。
その子どもも十日もすれば角や尻尾は姿形が消えてなくなっていました。
しかし、次の年。
子どもが生まれた人を堺に再び、角や尻尾が現れ十日して消える。
毎年、毎年、同じ時期に竜のような姿になるのです。
――竜の呪い。
いつしかそう呼ばれるようになり、若者と子どもに近づくものはいなくなりました。
竜を討伐しても、晴れの日があれば嵐の日もある。
むしろ、竜がいなくなってから、洪水や日照りが増えるようにすらなっていました。
竜は本当に村の住人であった。
若者は一人、竜の言葉を思い出すのでした。
竜を討っても、誰一人称えるものはおらず呪いを持ち込んで、奥さんを殺してしまったのだ。
いつしか、若者と子どもは山の頂上に移り住むようになりました。
長い年月が過ぎ、子どもが年老い、命が絶えた時、村の子どもの一人に角が生えた子どもが生まれました。
竜の呪いは永遠に続く。
呪いを恐れた村人は、竜の呪いを受けたものを山の頂上に住まわせ、呪いが広がらぬように血を絶やさせぬように次の子どもを代々作らせたそうです。
恐れられ、月日が経つ度にそれは静かに崇められるようになり、その者たちを――と呼ぶようになっていたのです。
******




