歌う人
「………奇跡だ」
誰かがつぶやいた。
彼女が歌うと精霊が集まり舞い踊る。
精霊が集まると、枯れた草木が生いしげり、濁った水が澄み、穏やかな風が通り抜けて、綺麗な空気を舞い込む。
彼女は聖女だ
彼女が歩くと足元からまばゆい光が沸き起こった。
魔族との長年の戦争によりすっかり荒れ果てたこの地が、彼女の歌によって再び生を取り戻していく。
その時、空から禍々しい気がたちこめた。
「魔族だ!魔族がきたぞ!」
人々が叫び声をあげその場から逃げ出す。
しかし、彼女はまるで些細なことであるかのように歌い続ける。
騎士たちが彼女を守るように取り囲んだ。
「彼女に指一本触れさせるな!彼女はこの国の最後の砦……。守るぞ!」
騎士団長が叫び、周りの騎士たちも気合いをいれる。
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そんな光景を僕は上から眺めていた。
彼女は本当に眩しい。
「ああ、僕も彼女の隣に行きたい。」
しかし、僕は魔族で彼女は人族。
どうしたらこの思いを伝えられる?
彼女とは戦争が激化する少し前に出会った。
あの時は聖女の噂を聞き、こんどこそ人族を滅亡させるため聖女を探りに潜り込んで見に行っていた。
山の中にまるで隠されたかのようにひっそりと佇む宮殿。
その周りをたくさんの騎士が守っていたが、僕にとっては何の障害にもならない。
騒ぎになったら面倒なので、騎士たちを眠らせてから中に入る。
すると歌が聞こえてきた。
とても、綺麗な歌だった。
導かれるように歌が聞こえる場所へ行くと、そこにはたくさんの木々に囲まれた湖のほとりで1人歌を歌う彼女の姿があった。
一目惚れだった。
光の粒を身にまとい、舞い踊る精霊の中で歌う彼女は、まるで女神のようだった。
僕はその姿に見入っていた。
すると、ふいに彼女がこっちを向いたため、目が合ってしまった。
怖がらせてしまうかもしれないと思った僕は、慌ててその場を去ろうとした。しかし、
「どなた?」
彼女の声が聞こえると、無意識に足を止めていた。
「あなたは…魔族かしら?こんなところで何をしているの?」
敵意のない、純粋な質問をあびて、僕は再び固まった。
ーーどうしよう、偵察に来たことがしれたら嫌われるかもしれない。
柄にもなく焦った。しかし、彼女はそんな僕を見てコロコロ笑い、
「そんな遠くにいないで、近くにいらっしゃいな。ここにはあんまりお話ししてくれる人がいないから、一緒にお話してくれると嬉しいわ。」
それからだった。
僕は偵察という名の彼女とのお喋りのために、山奥の宮殿に通うようになったのは。
楽しかった。
僕の話で彼女が笑ってくれると、どうしようもなく嬉しかった。
彼女の歌を聞かせてもらうと、自分と彼女が魔族と人族であることを忘れてしまうほど幸せだった。
「魔族さん。」
そういって微笑む君に、僕の思いはつのっていった。
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しかし、戦争が激化したことにより、そうした幸せな時間は奪われてしまった。
今彼女は人族最後の希望。魔族はそんな彼女を亡き者にしようとしている。
歌う彼女と目があった。
その時、僕の先輩である魔族が彼女の背後に回りこみ、彼女を守っていた騎士たちを切り捨て、そして彼女も切ろうと鎌をかかげた。
「聖女様…!!」
周りの騎士たちがそれに気づいて慌ててこちらに向かってくる。
しかし、人族の足では間に合わないだろう。
そう、人族では。
「……!?な、なんで…」
先輩魔族の驚いた声が聞こえる。
僕はとっさに彼女と先輩の間に入り、先輩の鎌が振り下ろされると同時に僕の剣で先輩を貫いた。
先輩は体をグラリとかたむけ、倒れたままこちらを見た。
「…な……んで…、おま……えが…ひとぞ…くの……み…か……たを………」
そういって先輩は息絶えた。
違う、僕は人族の味方ではない。たくさんの同胞を葬った人族を味方するわけではない。
僕は…
「……っ、魔族さん!?」
涙の滲む声で僕を呼ぶ彼女は、やっぱり美しかった。
僕は先輩を貫いたと同時に、先輩の鎌に切られていた。
魔族だとか人族だとか関係ないんだ。
僕はただ、彼女に笑ってほしくて。
僕はただ、彼女の歌が聞きたくて。
僕はただ…
「…ねえ、僕は、君が……」
それ以上言葉にすることができなかった。
でも、彼女の腕に抱かれて、彼女の声を聞きながらあの世へと旅立った僕は、きっと世界一幸せだったに違いない。
ただ、もし願いが叶うのならば…
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歌が聞こえる。
この声は…
私は坂道を駆け上った。
この先は、彼と過ごした宮殿の中の湖がある。
いきなり孤児院から連れてこられ、たった1人で暮らしていた宮殿。
実際にはたくさんの人がいたのだか、聖女たる私に対等に話をしてくれる人はいなかった。
そんな時に現れた魔族さん。
はじめは少し怖かった。
魔族との戦争は日に日に過激になっていってたから。
でも、彼の目を見ると不思議と怖くなくなった。
だって、すごく愛おしそうに私を見るから。
彼と過ごす日はとても楽しかった。
戦争が激化して彼と会えなくなっても、きっとこの地を再び生き返らせ、戦争が終えてしまえばまた会えると。
それだけのために戦いの中歌い続けた。
しかし、私を庇って死んでしまったのは彼だった。
本当は、戦争なんてどうでもよかった。
私はただ、彼の笑顔が大好きで。
私はただ、彼ともっと話したくて。
私はただ……
湖についた。
そこには1人の男性が歌を歌っていた。
魔族ではない、人族でもない不思議な人。
しかし、その歌は聞き覚えがあった。
あの日、魔族さんと初めて会った時に歌っていた歌…
すると、彼はこちらを向いた。
ふいに目があった。
私の目に涙が浮かんだ。
そんなはずはない。
だって、彼は私の腕の中で息絶え、チリになった。
なのに、では、目の前にいるのは…
僕が願ったのはたった一つだけ。
私が願ったのはたった一つだけ。
「僕はただ…」
「私はただ…」
………ただ、君の隣にいたい