第九十六話「あんた聖都で何やったん?」
青空の下に広がる屋敷跡。
焼け落ちた瓦礫を手分けしてどけていくとその下に、敷き詰めれた石材の床の合間にぽっかりと灰色の扉が現れた。
扉と言っても、表面に複雑な形状の魔法陣が彫られているだけでドアノブはおろか蝶番すらない。そして不思議な事に、その扉だけは焦げ跡の一つすら見当たらなかった。
焼けた臭いだけはするものの、それはこの扉がというよりは、周りの瓦礫等から移ったものだろう。
属性耐性が付与されているのか、それとも素材にそういったものが使われているのか。その辺りは魔法使いではないスケットンには見ただけでは分からないが、普通ではないという事だけは確かなようだ。
「これは魔力を込めると開くタイプの扉ですね。錬金の町カッツェンアウゲで良く見かけるものと同じ系統だと思います」
しゃがみ込んで扉をしげしげと眺めていたナナシがそう話す。彼女いわく、この扉は魔法陣に魔力を込めると作動するタイプのものらしい。
カッツェンアウゲと聞いてスケットンは自分の記憶を遡った。スケットンも生前、カッツェンアウゲにはそれなりに訪れた事がある。カッツェンアウゲは他の町と比べると少々変わっていて、住人の大半が錬金術師で、彼らの研究心や探究心のままに多種多様に発展している。端的に言うと新しいもの好きが多いのだ。
新しいもの、見た事がないもの、ありえないと言われたものを作り出すことが彼らの生きがいとも言える。もちろん歴史や古くから続くものをないがしろにする気持ちはないが、二つを並べれば新しいものを選択する。
その結果、町は常に新しい方へと――時に迷走しつつ――進んで、他の町とは見た目からして違う形態となったわけでだ。
そして、その錬金の町カッツェンアウゲで使われているのが、この扉。
名称としては『魔力開閉式扉』という。カッツェンアウゲの錬金術師たちによって開発されたものだ。
スケットンが見た扉とは形状こそ同じではないものの、なるほど確かに良く似ている。
この『魔力開閉式扉』は前述の通り、魔力を込めなければ開くことはできない。どうしてそんなものを設置しているのか――というのは十中八九防犯のためだ。
貴重品や金銭的な関係、というのはもちろんあるが、それ以上に自分たちの研究を盗まれないためである。
魔法使い然り、錬金術師然り、彼らの研究やその成果は時として莫大な値がつく。それだけでも盗まれる理由になるが、それ以上に悪用される危険があるものもあるのだ。
生み出す時はそんなつもりはなかったとしても、結果として悪事や戦争へと利用される可能性がある。
当然として盗んで悪用した奴が悪いのだ。だがそれでも彼らは「自分たちの責任でもある」と口にする。だから何に置いてもまず防犯に重きを置いているのである。
「あー、そう言やあそこ、やたらと素手じゃ開かねぇ扉が多かったな。俺の魔剣ちゃんで何度開けてやろうと思った事か」
スケットンは魔剣【竜殺し】を叩いて冗談半分にそう言った。
もちろん本気でそれをやるつもりがないが、用事があるたびに魔力供給を要求されていささか面倒だったのだ。
スケットン自身は魔法使いではないので扉を開ける事はできない。なので街では魔力供給のために案内役の魔法使いを雇う事になるのだが――手間も費用もかかる。
その事で錬金の町カッツェンアウゲを「金の亡者の町」なんて揶揄する輩もいたりする。
「いや、それ普通に犯罪やん。勇者やて捕まるで」
「俺ぁカッツェンアウゲで捕まった事ねーもん」
呆れて言うガロにスケットンは「ケッ」と悪態を吐いた。
彼らの話を聞いていたナナシは「ふむ」と顎に手を当てる。
「捕まる……上から圧を掛けるタイプの結界をくらったのはもしや?」
「いや、あれはモーントシュタイン」
「あんた聖都で何やったん?」
ガロが輪をかけて呆れた声を出した。
錬金の町カッツェンアウゲで捕まるよりも聖都モーントシュタインで捕まる方がイメージ的には良くない……というのがこの世界の一般的な考えだ。
聖都モーントシュタインはサウザンドスター教会の本拠地で、錬金の町カッツェンアウゲとは正反対に歴史と古くから続くものを重んじる町である。諸々の事情から、錬金の町カッツェンアウゲとは考え方が正反対であるため仲が悪い。
さて、そんな町でスケットンは何をやったのか――というと、まぁ、簡単に言うと喧嘩だ。
サウザンドスター教会の熱心な信徒たちが、親が錬金術師だったという子供に暴力を振るっていたのを見兼ねて間に割って入ったという経緯ではあるが、結果的に大立ち回りとなって危うく捕縛されかけたのだ。その後、目撃者の話やその信徒たちに困っていた周辺住人の証言でスケットンは捕まる事はなく、暴力を振るっていた信徒の方も処罰された。結果的にその子供は聖都からは引っ越す事になったのだが――それはまぁ別の話である。
そう言った事情でスケットンは『上から圧を掛けるタイプの結界』とやらを受けた事があるのだが、そんな話を彼らにする気はなかったので「別にぃ」と流した。
「まぁ阿呆は放って置いて……よいしょっと」
「おいコラてめぇ聞こえてんだよ」
スケットンが空洞の目を半眼にした所で、アルフライラが灰色の扉に手を当てた。
そして軽く魔力を流すと魔法陣に光がぼう、と灯る。そうすると扉は真ん中から割れて、迎え入れるかのように静かに開いた。
『魔力開閉式扉』ではオーソドックスな開き方だ。ものによっては左右に吸い込まれていくなど、扉の構造に疑問が残るような動きをするものもある。
さて、そうして扉は開いたわけだが。
開いた先は石の階段があり地下へと続いているようだった。階段は大人二人が並んで降りていけるくらいの広さだ。
今は外の光で明るいが、奥の方は暗く、灯りが点いているようには見えない。
ナナシの光源魔法はあるが、カンテラも一応は必要か、などと考えながらスケットンは階段の向こうを見て、それから自分たちの数を確認する。
人数だけならば結構な大所帯だ。地下がどうなっているかは分からないが、さすがに全員で降りて行くわけにはいかないだろう。
「勇者サンよ、それじゃあどうするかい? 降りるんなら、外で見張りがいるだろう」
バルトロメオの言葉にスケットンは「そうだなぁ」と腕を組んで思案する。
戦力的なバランスを考えても、向かうなら四、五人が妥当なところだ。
この下にルーベンスたちがいるならば、まずスケットンとナナシは数に入るだろう。あとは関係者として――多少の不安材料ではあるが――ガロは同行させるべきだ。
そうなると、あと一人か二人だが……。
「トビアスがいるなら、私も行きたいですわ!」
スケットンが人員編成を考えていると、ティエリが勢いよく手を上げた。
ティエリの表情は必死だ。
「あー、まぁトビアスの意識を引っ張り戻すにはいた方が良いとは思うが……」
戦力的には連れていっても大丈夫なのか、とスケットンがナナシに目を向けると、
「ティエリさんの魔法の腕なら問題ないと思いますよ」
と彼女は頷いた。オルパス村で直接、戦ったナナシが言うなら間違いはないだろう。
トビアスの事があっても、地下がどうなっているのかは分からない現状、足手まといになるようならばナナシは「連れて行けない」と答える。
優しそうな雰囲気ではあるが、勇者として生きてきたためか、ナナシはその辺りはシビアだ。
そう言う意味でスケットンは彼女の言葉を信頼している。
「そうか。まー、それならいいや。無茶すんじゃねーぞ」
「はいですの!」
二重の意味で認められたことにティエリは嬉しそうに、そして力強く頷いた。
さて、これで四人だ。前衛が二人に魔法使いが二人なら、バランスはそれほど悪くはないだろう。
「それじゃ降りるのは俺とナナシ、ティエリにガロの四人だな」
「分かった。せっかくだから俺も同行したかったんだがなぁ……」
バルトロメオが幾分、ガッカリした様子で言った。冗談というよりは本音が混ざっている様にも聞こえる。
ベルガモットは慣れた様子で「はいはい、次の機会にね」とバルトロメオの背中をポンポンと軽く叩いた。
「あ、そうだ。バルトロメオさん、ベルガモットさん、少しご相談が」
ふと、ナナシがポンと手を鳴らし、二人に声を掛けた。
「ん? 何だ?」
「回復薬を幾つか売って頂けないでしょうか。底がつきまして」
どうやら底がついていたらしい。最近使い過ぎたからな、とスケットンは諸々を思い出す。静かに話を聞いて――というより何か言う体力がなかった――いたダイクも思う所があったらしく、何とも言えない顔で小さく「スンマセン……」と呟いていた。
まぁダイクの事がなくても、ここのところの使い方を考えれば回復薬は尽きていただろう。
バルトロメオとベルガモットは、ナナシの頼みを快諾してくれた。何ならタダで良いんだぜ、とも言ってくれたが「他人様がお金を出して買ったものを、くれとたかるのはちょっと……」とナナシは断った。
ナナシの言葉が意外で、なお且つ気に入ったようで、バルトロメオたちは体力回復薬や魔力回復薬を売ってくれたあと「おまけ」だと、携帯食と解毒薬をつけてくれた。何だか無料に近い事になっているとスケットンは思ったが、厚意を無下にするのもどうかという事で有難く受け取る事にする。
そうして準備を整えたスケットンたちはバルトロメオらに見送られ、地下へ向かって出発した。