第九十一話「そんな事を悠長にしとる時間はないと思うで?」
ナナシの「溶ける」発言で一気に静かになった一同。
こいつは無自覚に痛い部分を抉るよな、なんて事を思いながら、スケットンはそっと自分の脇腹を手で押さえる。そこには少し前まで死霊魔法の触媒である【不死者の杖】があった箇所だ。【不死者の杖】はエルフの剣匠ダムデュラクに折られて効果を失い、サウザンドスター教会の司祭にトドメとばかりに魔移りの可能性を潰されている。
だからスケットンが彼らの主――シャフリヤールに操られる可能性は低いはずだ。だが、それでも万が一が気になって、スケットンはナナシに聞く。
「ちなみに、俺はそれしなくても良いんだよな?」
「はい。先ほどの事もありますし、スケットンさんは大丈夫かと」
断言するナナシに、スケットンは「そうか」とほっとする。
操られるのも利用されるのもスケットンは真っ平御免だが、その結果、ナナシたちに対して何かしでかすのも嫌だった。――もっともスケットンはそんな事は口が裂けても言わないが。
そうして少し安心したあとで、ガロを見て「そう言えば」と呟く。
「こいつも俺の時みたいに触媒を破壊すりゃいいんじゃねぇの?」
「出来たらそっちを選択したくなってきたわ……けど俺の場合は触媒がコレやから」
そう言いながらガロは縛られたまま、出来る範囲で体を動かし、自身の鎧を軽く鳴らす。
どうやらガロをアンデッドにした時の触媒は、彼が見に纏っている鎧らしい。スケットンは腕を組み、ガロの鎧をしげしげと眺める。
「鎧?」
「ああ。こいつは【放浪する騎士鎧】ってもんらしいで」
ガロの言葉にスケットンは「うわ」と声を漏らす。バルトロメオたちもそれが何なのか知っているらしく、鎧の名称を聞いて、ぎょっとした顔になっていた。
【放浪する騎士鎧】とは、呪われた武具の一種だ。
元は白銀の騎士鎧であったらしいが、世を恨んだ魔法使いの呪いによって色は変色し、禍々しい見た目と化している。
それ自体が意志を持つとも噂され、前触れもなくふらりと誰かの目の前に現れて、手にした人間を中心に災厄を招くと言われている。
「いわく付きじゃねぇかよ。随分なものを触媒にしやがったな……つーか、別の意味で大丈夫なのかコレ」
「やっぱり連れて行くのを止めた方が良いのではないか? ……まぁ、今は死霊魔法の方が強くて、元の呪いは鳴りを潜めておるようじゃが」
魔法によって鑑定でもしていたのか、アルフライラが目を細めてそう言う。
それならそれで良いのだが、随分気合を入れてガロはデュラハンにさせられたようだ。
本人の素質か、それとも単に気まぐれか――その辺りはスケットンには分からないが、期待はされていたのだろうという事は理解した。
それがこうでは、シャフリヤールもさぞ落胆する事だろう。
「うーん……それなら恐らく、破壊は出来ませんね。肉体と密接過ぎて、切り離しが出来ない」
「そそ、そういう事。こうなった時間もそれなりに長いから、元を上書きした方が安全なんや。……まぁ、別の意味で安全やないけど」
言いながらガロはつい、と視線を逸らす。どうやら魔法の上書きが失敗して溶けるのは嫌らしい。
あくまで一例であり、死霊魔法の書き換えの失敗、というわけではないが、何が起こるか分からないという点では同じだ。
ナナシは「だから慣れた人の方が良いのですが……」とアルフライラの方を見る。
「まぁ妾も慣れているわけではないがの。知識として学んだ事があるだけじゃ」
「それでも十分ですよ。ガロさん、どうです?」
「いやや。俺は嬢ちゃんが良い」
ナナシの言葉にガロは頑として首を縦には振らない。
自分で提案しておいた割には頑固である。若干の呆れは感じるものの、そうまで頑ななのは何か理由でもあるのだろうか。
そう思ってスケットンはガロに向かって、
「選り好みしてる状況じゃねぇだろうが。それとも、ナナシでないと駄目な理由でもあんのかよ?」
「あー……まぁ、な」
スケットンの問い掛けに、ガロは曖昧に答えた。
先ほどの「こき使われるのなら女の子の方が良い」という冗談なのか本気なのか分からないものとは別に、どうやら何か理由はあるらしい。
「嬢ちゃんは主に作られたやろ。多少なりとも魔力に似たところがあった方が、介入しやすいんやないかと思ってな」
「それは……」
「……まぁ、そうじゃの。そういう部分は、確かにある」
アルフライラがガロの言葉に頷いた。
「確かに妾やシェヘラザードは死霊魔法の心得はある。そう言う意味では何も知らぬナナシよりは成功確率は上がるじゃろう。じゃが魔力というものは人それぞれ違うものじゃ。ゆえに、反発する。魔法を上書きするなら出来るだけ魔力の反発が少ない方が良い」
スケットンはアルフライラの言葉を聞きながら「それだけかねぇ……」とガロを横目に見る。
全部が嘘ではないのは分かるが、歯切れの悪い返答をした辺りから考えても、やはりどうにも隠している部分があるようにスケットンには感じられた。
それにガロはアルフライラが年上であるという事を知っていた。いかに言動が大人びていても、見た目からすればアルフライラはただの幼い子供である。そんな彼女を最初から「オバハン」なんて呼んだ以上、恐らくガロは主であるシャフリヤールからアルフライラについての情報も聞いていたのだろう。ナナシが作られる段階の事も知っていたらしいし、何と言うか、手のひらを返すには知り過ぎているようにスケットンには感じられた。
罠か、それとも――それ以上に仲間を助ける事が大事なのか、判断が難しい所だ。
スケットンは腕を組み直し、ナナシの方へ目を向ける。
「どうするよ?」
「……ちょっと、厄介ですけれど。そういう事なら……はい。でもやはり死霊魔法の知識は仕入れたいところですが」
「そんな事を悠長にしとる時間はないと思うで?」
出来るだけ成功率を上げたい様子のナナシに、ガロは待ったをかけた。
スケットンが軽く首を傾げて聞き返す。
「あん?」
「なぁ、さっき言った“乗っ取り”やけどな。誰がそれされとると思う?」
「誰って……俺たちの知り合いって言いたいのか?」
「おるやろ、あんたの知り合いのアンデッド。その先の村におる、吸血鬼の坊主や」
スケットンとナナシがぎょっとした顔になる。
その先の村――つまりオルパス村の吸血鬼、トビアスだ。
ガロの言葉でスケットンの頭の中にトビアスに感じた違和感が浮かぶ。
世界樹での戦い方、常に形態するようになった剣、そして――あの笑顔。
――――いえ? 別に、何もありませんでしたよ?
トビアスの言った言葉と同時に、その時の表情が浮かんできてスケットンはこめかみを押さえた。
何もない、なんて事はねぇじゃねぇかと、スケットンは唸る。
ナナシも村の方を見て「ルーベンスさん、シェヘラザードさん……」と心配そうに呟いている。
そんな二人にガロは続ける。
「助けた方も教えたる。せやからここで直ぐにや」
「……溶けるかもしれねぇぞ」
「ハハ、そうなったら、あんたらへの対価が減るけど勘弁な」
対価の一部は今の情報で支払ったと、ガロは笑う。
スケットンは睨むようにガロを見たあと、ナナシに目を向けた。
「ナナシ、やれるか?」
「やります。自信はありませんが」
真剣みを帯びた顔でナナシは頷いた。
話を聞いていたアルフライラは「ふむ」と呟いて腕を組む。
「そういう事ならば、妾もサポートしよう。バルトロメオ、少々時間を貰うぞ」
「おう、構わねぇよ。オルパス村に数人、先行させておく」
「ああ、頼む」
スケットンが言うとバルトロメオはニッと笑って「任せろ」と言い、仲間たちに手を振って声を掛けに行った。バルトロメオも出会ったばかりではあるが、ガロよりは信用が出来そうだ。
バルトロメオたちを見送ると、ナナシとアルフライラは直ぐに魔法の上書きを始めた。