第八十九話「アンデッドが二度蘇るって言ったら、信じるか?」
しばらく経ったあと。
周辺にいたアンデッドは一体を残して全て、スケットンとナナシ、アルフライラにバルトロメオら傭兵団によって倒された。
倒されたアンデッドはどれも頭部を破壊されており、やがてその体はサラサラと砂のようになって消えて行く。
数が数であったので、さすがのスケットンにも疲れの色が見えたが、まだだらけるわけにはいかない。
残った一体のアンデッドとの話があるのだ。
「やー、あんたらすごいわぁ。みーんな倒してもうた」
そのアンデッドは呑気にそう言った。
デュラハンのガロである。
ガロは念のためと縄でグルグル巻きに縛られ、地面に座らされていた。
そんな状態なので先ほどまで脇に抱えていた頭は、今は首の上に乗せられている。
この姿だけを見れば知らない者の目にはアンデッドではなく、騎士か重装備の戦士のように映るだろう。
捕まった状態でもへらりと笑うガロの言葉に、スケットンはフンと鼻を鳴らす。
「ったりめぇだ、このスケットン様がいるんだぞ。アンデッドの十体や二十体、苦戦するわけがねえっつの」
「三十超くらいはいませんでしたか?」
スケットンの言葉にナナシがきょとんとした顔でそう言った。
確かにアンデッドの数は三十は超えていただろうが、スケットンとしてはそう言う意味で言ったのではない。
相変わらずの調子のナナシに、スケットンは「言葉の綾だよ」とため息を吐いた。
「――――で、さっきの話なんだがよ。助けるってのは何だよ?」
「ああ。正確には止めて欲しいが半々や」
やっと本題に入ったからか、ガロは先ほどの自分の言葉を補足するようにそう言った。
だが「助けて」と「止めて」では意味合いが変わってくる。
スケットンは怪訝そうに目を細めると「止めて、ねぇ」と呟いた。
「そもそも殺したいくらい嫌いな相手に助力をを乞うってどういう事だよ」
「だって今の俺が関われそうな奴、あんたらしかおらへんし」
「いや、仲間に言えよ。お前らの主とかよ」
「あー……ハハ」
スケットンが指摘すると、ガロは乾いた笑いで誤魔化した。
その様子でスケットンはガロが止めて欲しい、という事柄に主が関係している事に気が付く。芝居でなければ、なるほど確かに敵に頼むしかないだろう。
ナナシも同様の事を思ったらしく、やや不可解そうな顔で、
「あなた方は主の意向に沿う事が目的ではないのですか?」
と、確認の意味を込めてガロンそう問うた。
ナナシの質問にガロは「せやな」と素直に同意する。
「俺もついこの間まではそう思うとった。せやけど少し事情が変わったんや。俺が別件で仕事しとる内に、うちの団長さんがなー、どうにもあかん感じになっとるんよ」
「あかん感じって……死にかけてんのか?」
「まぁ、死にかけっちゅうか、二度ほど死んでんやけど」
「は?」
どういう事だろう、と首を傾げスケットンとナナシは顔を見合わせた。
アンデッドとは一度死んだ存在である。アンデッドとなった者は頭部を破壊されれば滅ぶ――つまり二度目の死を迎える事になるのだ。
先ほどガロは「助けて欲しい」と言ったが、二度目の死を迎えたのならば、助けるどころの話ではない。何故ならすでに存在していないはずだからである。
「アンデッドが二度蘇るって言ったら、信じるか?」
「アンデッドって奴はそう何度も蘇る事が出来るのか? まぁあの屋敷じゃ何度も復活していたが……」
言いながらスケットンがナナシを見ると、彼女は首を横に振った。
「いえ基本的にはないはずです。屋敷のような結界は別枠ですね、あれは蘇るというよりも巻き戻すとか、そういった類の物ですから。もし蘇るとなると……魂をどうにかしたって感じでしょうか」
「お、さっすが魔法使いさん。賢いねぇ」
「魂をどうにかって?」
「ああ。アンデッドは頭部に魂が引っ掛かってる状態やろ。その魂が輪廻の輪に向かう前に引っ掴んで、何かに宿す事で限定的に“蘇る”っちゅうわけや」
「何つーか力技だなぁ。だけどそれならよ、そいつは蘇るとは言わんだろう」
それは蘇るとは言わない。ただ留めているだけである。
歪な話だとスケットンが言うと、ガロは頷いた。
「まぁそもそもの話な、死んだら普通は蘇ったりはせぇへん。アンデッドとして蘇った俺らは異質や。そしてアンデッドが死んだら、もう一度そうなる事はない。……せやけど、団長は二度蘇った。その方法でな。その時に宿ったもんが問題なんや」
「というと?」
「触媒を通して間接的に他のアンデッドに宿ったんや」
ガロの言葉にスケットンとナナシが目を見開いた。
衝撃は魔法使いであるナナシの方が大きいようで、赤い目がこれでもかと言うくらい開いていた。
「アンデッドがアンデッドに宿ったってのか?」
「せや」
「いえ、それはありえない」
ナナシが大きくかぶりを振った。
「一つの体に魂は一つ。稀に二つある時もありますが、それは生者だからです。死者の体には、魂は一つしか宿れない」
「宿れないっつーと……」
「引っ掛かれる場所がとても狭いんですよ。一つの体に席は一つです。二つ宿れば肉体と魂のバランスが崩れて暴走するか、体が耐え切れずに滅びます」
ナナシが難しい顔でそう言うと、スケットンは「ふむ」と腕を組んだ。
「二つは宿れねぇんなら……魂を追い出すか、何かするってことか?」
「そういう場合もあるけど、一番多いのは混ざるやな。元の魂に後からの魂が混ざって、記憶とか人格とかがぐっちゃぐちゃになって――最後には乗っ取る」
ガロの言葉にスケットンはぎょっとした。追い出されるなんて事も考え物だが、それ以上に性質の悪い話だったからである。
「よほど我の強いのじゃないと、基本的には後から混ざって来る奴の方が強いんや。そうするつもりで来るからな」
「……つまり、お前んとこの団長さんとやらが、そういう事をしていると?」
「せや。そしてそれは一番やっちゃあかん奴や。……少なくとも俺にとっては」
最後の方は今までの明るい声は鳴りを潜め、低くガロは言った。
本音か演技か、判別はしにくいが、言っている言葉自体はまるっきり嘘には聞こえなかった。
さてどうしたものかとスケットンは考える。ガロの話から推測するに、灰狼の団長に他アンデッドの乗っ取りを指示、手引きしたのは彼らの主――シャフリヤールだろう。
ならばその目的は何なのか――十中八九、悪い方向であるのは分かるが、何をしでかそうとしているのかの情報が足りない。
なのでスケットンは今回はストレートに聞く事にした。
「お前らの団長は、乗っ取って何をしようってんだ?」
「主の役に立つ事やな」
「具体的には?」
「いやぁ、それは有料やなぁ」
ガロがへらりと笑ってそう言った。
有料、つまり、スケットンたちが助けてくれたら、という意味だろう。
誤魔化された事にスケットンは無い眉をひそめたが、言葉の雰囲気からするとスケットンたちにも関わりがあるのではないか、と考えた。
黙ったスケットンに、ガロは「それでな」と切り出す。
「――で、ここからがお仕事の話なんやけどな。あんたらに頼んだところで今の俺に金は無い。せやから金の代わりに、さっきの情報込みであんたらの手伝いをしたる」
「ハァ? 情報はともかくとして、首無し野郎に手伝って貰う事なんてねーぞ」
「主をどうにかしたいんやろ?」
スケットンとナナシは虚を突かれた顔になる。
二人の反応に兜の向こうで赤く光る目が細くなった。
確かに今のスケットンたちの目的の延長線上には、シャフリヤールを何とかする、という目的が出来ている。
だがそれをシャフリヤールによって作られたアンデッドが「手伝う」なんて事が意外過ぎたのだ。
はっきり言うと全く信用が出来ない。五分五分どころか八割くらいは裏切るであろう確率のギャンブルである。
「信用出来なさがすげぇ」
「ですねぇ」
ジト目で言うスケットンに、ナナシもしっかりと頷く。さすがのナナシでもそこまで楽観的ではないようだ。
不信感丸出しの二人に、ガロも予想はしていたらしくカラカラと笑った。
「ハハハ。まぁそこは分かるわ。……せやけど仲間を助けて欲しいんは本音や。そんで、今の俺が出せる対価もそれだけや」
ガロは縛られ、座ったまま、体を前に倒す。するとゴロンと頭が落ちて地面に転がった。
「虫の良い話やし、俺が信用出来んのもよう分かっとる。他に頼める相手はおらん。どうか頼む。俺の仲間を――助けて下さい」
転がった頭は顔の部分がちょうど地面についた所で止まった。
額を地面にこすり付けるようにガロは頼む。
その姿が一瞬、司祭の姿と重なって見えて、スケットンは小さく息を吐いた。
どうするか――というのは彼の言葉ですでに決まっている。
「……まぁ、いいか。なぁ?」
「ええ。助けて欲しいと言われましたし」
スケットンがナナシを見ると、彼女も「やりましょうか」と頷いた。
それからナナシはひょいと屈むと、ガロの頭を両手で持ち上げて首の上に戻す。
カラン、と金属がぶつかる乾いた音が響いて、少ししてからガロが若干戸惑うような声を出した。
「…………自分で言っといてアレなんやけど、そんなに軽い感じでええんか? 最初に言ったけど、俺、あんたらを殺したいくらい嫌いやで」
「そんな奴らに頼んだのお前だろ。そもそも殺されてやるほどお人好しじゃねーし」
「やられる前にやりますし」
「……ハハ。揃いも揃って大概やなぁ勇者サンたちは」
物騒な事を言う勇者二人にガロは呆れ混じりに苦笑すると「ありがとう」と小さく礼を言った。