第八話「それを持って踏んでくれって言われました」
空が橙色に染まり、そろそろ日没かという時間頃。
あれからスケットンとナナシは山のアンデッドを倒して歩いていた。
アンデッドは夜になると、月の魔力を受けて魂と肉体の繋がりが深まり活動的になるため、日がある内にある程度倒してしまおう、という理由からだ。
だがしかし、そんな事など今のスケットンには関係がなかった。
むしろ「夜でもどんと来い」というような勢いで嬉々として魔剣【竜殺し】を振るっている。
「ハッハァ! 最高! 俺様最高!」
よほど【竜殺し】が応えてくれる事が嬉しいのだろう。始終ご機嫌である。傍から見ると高笑いしながら剣を振るうスケルトンは恐怖そのものだが。
ナナシはと言うと、巻き添えを食らわないようにスケットンから離れて魔法を使っていた。
「炎帝の矢!」
ナナシの呪文に呼応して、一本の燃え盛る炎の矢が生まれる。炎の矢はアンデッドに真っ直ぐに向かい、その頭部を次々と貫いていく。器用に木々を避けてアンデッドを倒していくそれは、まるで意思を持つかのように動いている。
スケットンは横目でそれを見て「へぇ」と感心して呟いた。
魔法とはただ呪文を唱えれば発動するというわけではない。自らの内にある魔力に対する発現への交渉、詠唱による現象化への誘導、そして発動のための呪文。それが魔法を使う際に必要な過程である。そしてそれは上級の魔法になればなるほど複雑化し、時間がかかる。特にそれが顕著に出るのが詠唱だ。
なので大抵はその過程を省略するために、媒介となる道具を用意し詠唱を刻み、魔力と呪文だけで発動できるようにしてしまう事が多かった。
例えば琥珀砦の町ベルンシュタインの壁の琥珀に込められた魔力盾もそうだ。緊急時に使われるという事もあるが、あれは魔力と呪文で発動する。
ただ過程を抜き出して簡略化すると、効果そのものは正式な手順を踏んだものよりは落ちる。だがそれよりも、ややこしい詠唱を長々と唱えている内にやられてしまっては目も当てられない、という認識の方が若い世代には主流であった。
「まぁ、三十年前の話だけどな」
などと、スケットンは一人ごちる。
ナナシの魔法がどうかと言えば、その面倒くさい過程をこなした上で魔法を発動している。しかも上級魔法だ。これだけの敵に囲まれた上で、やたらと長い詠唱をこなす度胸は早々身につくものではない。
スケットンが覚えている魔法使いの中では、ナナシは五本指に入る使い手だった。
「放っといても死にそうにないのは楽でいいわ」
「え? すみません、何か言いました?」
「いーや、べっつにー」
ナナシの言葉をスケットンは軽く流しながら【竜殺し】でスケルトンを屠る。
まるで同士討ちのようにも見えるそれを終えると、ようやくスケットン達の周囲のアンデッドは全滅となった。
それが分かったか、ナナシの服の中に隠れていたブチスラも顔を出す。スケットンはそれを見て「要領の良い奴だ」と呟いた。
「お疲れ様です、スケットンさん」
「お前もまぁ頑張った方じゃね。しっかしなるほど、お前、魔法使いか。だから剣は扱えないってワケね」
スケットンはナナシが以前に剣は得意ではない、と言っていた事を思い出して言う。
もっとも魔法使い全員が武器を扱えないというわけではないが、詠唱中は回避以外の行動が取りにくいため、回避行動の妨げになるような重い武器は持たれる事が少なかった。
ナナシはスケットンの言葉に頷くと、
「ええ、こっちの方が向いてるみたいです。王様からは【死神の鎌】をオススメされたんですけどね」
と答えた。【死神の鎌】とは、ドワーフ族の鍛冶屋が魔剣を鍛え直して作ったと言われる曰く付きの大鎌だ。見た目の不気味さもさる事ながら、名前の由来が『他者の命を刈り取ると同時に魔力を奪い力を増す』という辺り、相当である。
スケットンが生きていた頃は、魔族の王たる魔王が従えていた四天王の一人が持っていたはずである。それが王様の口から出たとなると、誰かは知らないが四天王を倒した者がいるようだ。
(まぁ、ナナシじゃねぇわな。腕は悪くねぇけど、四天王と一人で戦えるのは俺くらいだ)
自尊心を取り戻したスケットンは相変わらずである。
骨でなかったら、高い鼻っ柱をさらに高くしている事だろう。
「それにしても【死神の鎌】って、何故そのチョイス」
「王様の趣味らしいですよ。それを持って踏んでくれって言われました」
「今の王様大丈夫なの?」
スケットンは真顔で言った。
基本的に他人などどうでも良いスケットンにしては、珍しく国の行く末が心配になったようだ。
他人に対する感情はどうであれ、スケットンでも生まれ故郷への愛国心はそこそこあるのだ。
「意外と人気があるみたいですよ。執務に対しては真面目ですし、気さくですし。あと町の女の人がイケメンさんだと言っていました」
「何だよ他人事だな。お前も女だろうが、好きだろイケメン」
「さあ、何分私は記憶が無いので、イケメンというものに対しての価値観があまり」
本当に興味が無いという様子でナナシは言った。
美的感覚は人それぞれだが、こうもはっきり言われてしまうと王様も哀れである。
【死神の鎌】を持って踏んでくれ、などと評判が落ちそうな事を言うのだから、それなりに気はありそうだが、当のナナシにはその気配は欠片も感じられない。
財産を勝手に売り払われた事を憤慨していたスケットンは、
「あっはっは。そいつはいい! ざまーみろだ!」
などとケラケラと笑った。売り払ったのは今の王様ではないかもしれないが、それでも少しスカッとしたらしい。
腹を抱えて笑うスケットンを見て、ナナシは何が面白かったのか良く分からず、首を傾げた。
「そう言えば、王様をイケメンさんと位置付けるなら、スケットンさんもイケメンさんですね」
「あ? 俺? まー確かに俺はイケメンだったけどな?」
フフン、と自賛するスケットンを見ながら、ナナシはしみじみと頷く。
「肉を削がれると骨格って大事なんですねぇ」
「言い方」
褒められているのかいないのか微妙だが、ナナシはやっぱり妙にズレている、とスケットンは思った。