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骨勇者スケットンの受難  作者: 石動なつめ
第三章 魔王の器と傭兵の矜持
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第七十三話「何のことだ。私はいつも自分の感情に素直だぞ」


 ダイクに話を聞くとはいったものの、素直に話してくれるかどうかは分からない。

 さてどんな様子だろうかとスケットンがドアを開けると、ベッドの上に上半身を起こした状態のダイクがいた。


 スケットンたちに気が付いたダイクは、顔を向ける。

 包帯が巻かれた腕や、目の下の隈などは酷いが、それでもまぁ体を起こせる程度には回復しているらしい。

 何より、ダイクの表情には、先日のような苛立ちや、焦燥感、憤り、そういったものは無くなっている。落ち着いた、と言うべきか。

 そんな事を考えながら、スケットンはナナシとダムデュラクより一歩先に部屋の中へと入った。


「チッ、何だ、また人間か」


 ダイクの顔を見た途端に、ダムデュラクが盛大に舌打ちをした。ぶれないエルフである。

 だが魔剣の持ち主に会いたい、と言ったのは彼女自身であったので、出て行くという事はしなかった。

 適当な位置まで歩くと、ダムデュラクは不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、腕を組んだ。

 ちなみにダイクは「何だこいつは」という顔をしていたが、まぁ当然である。 


「意外と元気そうじゃねーか」


 スケットンがそう声を掛けると、ダイクは「ああ」と小さく答える。だがその声に張りは無い。体力的な問題が、それとも精神的な問題か。その辺りの判別はつかないが、半々だろうなとスケットンは思った。


「正直、二日で意識が戻るとは思いませんでした。人間の底力って奴ですかねぇ」

「使い方が違くねぇかソレ」

「そうですか?」


 きょとんとナナシは首を傾げる。違うような気がするのだが、他に言葉も浮かばないので、とりあえずスケットンは放っておく。

 ダイクはツッコミを入れる気力もないのか、息を吐くと、


「……で、何の用だい、勇者サマ方」


 と続きを促した。面倒だからとか、会話が嫌だからとかではなく、単純に体が回復しきっていないからだろう。

 疲れた様子でそう言うダイクに、スケットンは話を始める事にした。


「お前が持っていた、魔剣【魂食い】について聞きたい事がある」


 そう言うと、ダイクは一度自分の右手に視線を向けた。魔剣を持っていた方の手だ。ダイクは僅かに目を細める。

 スケットンも包帯が巻かれたその腕の下は見た事がある。炭のようになったその腕や手は、僅かには動くがそれだけだ。二度と元には戻らないだろう、という事は医者ではなくとも一目見ただけで分かった。

 ダイクのやった事を考えれば同情は出来ないが、それでも痛々しかった。


「改めて聞くが、お前、あれをどこで手に入れたんだ?」


 そんなダイクに、スケットンは話を続ける。魔剣【魂食い】の話である。

 世界樹での騒動の最中に、似たような問い掛けをしたが、あの時は話どころではなかったからだ。


「……あの魔剣は、司祭様から貰ったものだ」

「というと、司祭が持ち主だったのか?」

「いや」


 ダイクは首を振って否定する。


「持ち主ではなかった、と、思う」

「うん? 貰ったのは司祭からなんじゃねぇのか?」

「ああ。くれるっつったのは司祭様だ。だけど、実際に俺が受け取ったのは、司祭様と一緒にいた奴からだった」


 スケットンたちが顔を見合わせる。司祭以外の、第三者の存在。

 実際にスケットンも、司祭がダイクの前の、魔剣の持ち主であるとは思えずにいた。何故ならば、魂を食らうとされる魔剣【魂食い】の性質から見ても、司祭が元気過ぎるのだ。

 司祭が魂を食われていないのならば、持ち主ではない。そして魔剣に触れる事が出来るのは持ち主だけ。普通に考えれば、その第三者が持ち主なのだろう。ただ、魔剣がダイクに乗り換えた理由については、疑問が残るが。

 スケットンは「ふむ」と呟くと、


「そいつの顔と名前は」


 と聞いた。だがダイクは再び首を振って答える。


「名前は知らねぇ。頭からフードを被っていたから顔も見えなかった。……渡される時に一言『どうぞ』っつって渡されただけだ。だがたぶん、あの声や体つきは、男だったと思う」


 名前も、顔も隠している。ダイクの口ぶりからしても、言葉もその「どうぞ」だけしか発していないのだろう。

 徹底していやがる。

 正体を掴ませないやり方がどうにも、今回以外の世界樹の件と似ていて、スケットンは嫌な気持ちになる。


「司祭はそいつについて何か言っていたか?」

「いや……あ、そう言えば協力して下さる方だ、とは言っていたぜ」

「協力して下さる(、、、)ですか。もともと、そんな感じの口調なので、関係の判別がしにくいですね」


 ナナシが「ふむ」と顎に手を当てて言う。

 丁寧な口調を滅多に使わない人間であったりすれば話は別だが、司祭はどちらかと言えば丁寧な方だ。感情が昂った時は別だったが、そうでないなら分からない。

 上か、下か。対等か、否か。なかなか絞り込み辛い。

 しかし、裏に誰かがいる、という事が分かった事は収穫だ。

 スケットンはそう自分に納得させると、ダムデュラクの方を振り向く。

 自分が会ってみたいと言いながら、話の最中、ダムデュラクはずっと黙ったままだった。眼光鋭くダイクを睨んで――いるように見えただけかもしれないが――いただけである。

 どんだけ人間が嫌いなんだよ、とスケットンは思いながら、ダムデュラクに声を掛けた。


「で、これで満足したか、ダムデュラクさんよ」

「ああ。……最後に一つだけいいか」


 どうやら、話の内容は満足のいくものだったらしい。

 ダムデュラクはひと言断ってから、ダイクに近づく。ジロリと見下ろすと、ダイクは気圧されて少し仰け反った。


「な、何だよ」


 それでもダイクはそう返す。だがダムデュラクは答えずに、スッとダイクの右腕を掴んだ。

 捕まれた途端痛んだようで、ダイクは顔を顰める。ダムデュラクはあまり強く握ってはいない様子であったが、それでも怪我をしたばかりだ。もちろん痛みはあるだろう。


「ダムデュラクさん」


 ナナシがダムデュラクの手首を掴んだ。

 ダムデュラクの性格からして、無為の行動ではない事は分かる。だが怪我人に対する事ではないと言うように、ナナシはダムデュラクを目で嗜める。

 ダムデュラクはちらりとナナシを見てから手を放し、

「いや、すまない。……魔力が残留しているかと思ってな」


 そして素直に謝った。憎まれ口を叩く事もなく、嫌そうな顔をする事もなく、ごくごく自然に。

 スケットンは空洞の目を瞬いた。


「やけに素直じゃねーの」

「何のことだ。私はいつも自分の感情に素直だぞ」

「いや、それはそうだがよ」


 悪びれないダムデュラクに、スケットンは肩をすくめた。

 本人の言うように、ダムデュラクは感情に素直だ。でなければ、ああもはっきりと、人間に対しての嫌悪感を顔にも口にも出さないだろう。

 まぁ、スケットンに言えた事ではないのだが。

 ナナシも似たような事を思ったのか、苦笑しつつ、ダムデュラクから手を放した。


「で、どうだったんだ?」

「魔剣本体を調べてみないと分からんが……恐らく魔剣の魔力であろうものが混ざっているな。だが微量なので分からん。むしろそこにいる彼女の魔力の方が強かったよ」

「え、私ですか」


 話を振られ、ナナシが目を瞬いた。

 だが思い当たる節もあるようで、ナナシが申し訳なさそうにダイクに顔を向ける。


「確かに大きな魔法を使ったり、魔力を叩きこんだりもしましたからねぇ。いやはや、何かすみません」

「え、あ、いや……別に何ともないからいいんだけどよ」


 謝られて、ダイクはあたふたしながら首を振った。

 体の中に魔力が残る、という事がどういう事なのかはスケットンには分からないが、何かしら変化があるようには見えない。

 と思っていたら、ダムデュラクが呆れた顔になった。


「何ともない事はないだろう? 魔剣を持っていてその程度で終わった事が疑問だったが、本当にその程度(、、、、)で済んだのはそれが理由だぞ」


 ダイクを指差し、そう説明する。

 きょとんとした顔になる三人に、ダムデュラクは大きくため息を吐いた。

 そしてその指を立てて、分かりやすく説明し始めた。


「魔力ってのは魂に干渉する。アンデッドもそうだが、食われた魂が補完出来たのも、彼女の魔力のおかげだ。運が良かったな」


 その言葉にダイクが驚いた顔になる。スケットンもスケットンで驚いてはいたが「なるほど、そういう事か」と納得したような意味合いの方が強かった。

 二人以上に驚いていたのはナナシだ。

 目を瞬き、何か言おうと口を開き。その口から言葉が漏れる事はなかったが、指で頬をかいて、はにかんだ。

 嬉しそうだな、とスケットンは思った。実際にそうなのだろう。


「…………あ」


 先に言葉を発したのはダイクの方だ。

 集まる視線に、ダイクは「うっ」と顔を逸らしかけたが、それでも踏みとどまる。

 バツが悪そうで――――それでいて、赤い顔で。


「あり、がとう。すまな、かった。…………ナナシ、さん。スケットン、さん」


 そして途切れ途切れに、掠れるような声でそう言った。

 スケットンとナナシは目を見開く。

 ああ、本当に落ち着いたんだな、なんて思っていると、ナナシは小さく笑って、


「ええ。儲けもんですよ。大事になさって下さい」


 と言った。ナナシらしい言い回しだ。つられてかスケットンも、


「……まぁ、生きてて、良かったな。お前」


 と、言って、ナナシに微笑まれたのだった。  

 憎まれ口の一つでも叩けば良かった、とスケットンはその顔を見て思った。

 照れ隠しに「てめぇ」なんて言おうとした時。

 スケットンの耳に、複数の馬の蹄の音が聞こえた。


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