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骨勇者スケットンの受難  作者: 石動なつめ
第三章 魔王の器と傭兵の矜持
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閑話 ダイクの後悔


 オルパス村の、村長宅。

 他の家と比べると広いが、決して豪華ではなく、家主の性格を現しているような素朴な内装をしていた。

 その一室に、ダイクは寝かされていた。


 世界樹での騒動のあと、ナナシらの尽力により、ダイクは一命を取り留めた。

 だがその身体、特に右腕に負った火傷は酷く、右手から肘のあたりまで炭のようになってしまっている。

 魔剣の性質によるものか、そんな状態でも動くことは動くし、痛覚なども残っている。だが、あくまでそれだけで、元のように動かす事は出来ないし、物を掴むことも無理だろう。

 どんな治療をしても、二度と元には戻せない。 ダイクを診たオルパスの医者もそう言っていた。

 それをダイクが知ったのは、つい先ほどだ。

 ダイクは怪我と疲労によって、騒動からずっと眠ったままだった。二日経ってようやく、意識が戻ったのだ。


 ダイクは薄いカーテンごしの窓から、外の景色に目をやっている。

 別に、何かを見ているわけではない。何かを考えているわけでもない。

 ぼうっとした頭で、ただ見ているだけだった。

 ダイクの表情は、憑き物が落ちたかのように、激情がスコンと抜け落ちて静かだ。空っぽのような、と言っても良い。

 まるで抜け殻のように、ただぼんやりとダイクは外を眺めていた。

 

 そんな時、コンコン、とドアが控えめにノックされた。ダイクは音に反応してそちらを向く。それから程なくして、静かにドアが開いた。

 顔を覗かせたのはオルパス村の村長夫人であるリアムだ。


「こんにちは、体の調子はどう?」


 そう言うと、リアムは部屋の中へと入って来た。手には食事の載ったトレイを持っている。

 ダイクは答えようと口を開くが、何と言ったら良いか浮かばない。そのまま固まっていると、


「ミルク粥なんだけど、食べられる?」


 リアムはトレイを見せた。そこには温かそうなミルク粥が載っていた。

 美味しそうだと、思った。同時に腹の虫が鳴いた。

 言葉や思考よりも体はずっと正直で、ダイクは「う」と気まずそうに目を逸らす。リアムは「ふふ」と微笑んだ。


「起きられる?」

「…………うす」


 今度はダイクは答え、体を起こす。その際に包帯に巻かれた腕が痛み、顔を顰めた。

 リアムが手を貸そうとするが、それを断り、何とか起き上がった。

 ふう、と息を吐くダイクにリアムは、


「うん、男の子ね」


 などと言った。二十歳もとうに過ぎているダイクに、男の子も何もないものだが。

 そんな風にダイクは思ったが、リアムは別にからかっているわけではないようで。

 にこにこ笑いながら、ダイクの膝の上にトレイを置いた。

 ふわり、とミルク粥の良い香りが、ダイクの鼻に届く。


「腕は大丈夫? もし痛むなら、私が……」

「い、いいっス。一人で食えま……食べられ、ます」


 大慌てで首を振ると、ダイクは左手でスプーンを持った。

 ダイクの利き腕とは逆なので違和感はあるが、掬って食べるくらいは出来る。

 だが、そこでダイクの動きは止まった。

 腹は確かに減っているし、ミルク粥も美味しそうだ。だが、これを食べて良い権利など、自分には無いと思ったのだ。

 スプーンを持ったまま食べようとしないダイクに、リアムは首を傾げた。 


「どうしたの?」

「…………何で、俺に良くしてくれるんスか?」


 オルパス村を襲ったのは自分だし、火も放った。リアムたちを捕まえて、縄で縛った。

 それで負けて、死にかけて――――みっともなく死にたくないと訴えて、助けられた。

 そんな自分に何故優しくしてくれるのか、ダイクには分からなかったのだ。

 リアムはダイクの疑問に不思議そうな顔になる。 


「あら、別に良くしてはいないわよ? 普通の事をしているだけだし」

「普通じゃ……」

「それなら、私にとっては普通の事をしているだけね」


 腕を組み、リアムは言った。


「主人……フランがね、そういう人なの。捕まえた人だって、病気や怪我で死なせてはいけないって。でも、別に優しいからってわけじゃないわよ? もしそうなった時に、アンデッド化したら困るからって理由だけど」

「…………お人好しって言うんスよ、そういうの。どんな理由があったって、そういうのは……損するばっかりだ」


 ダイクは俯く。

 どんな理由があっても、普通だと言いながら誰でも助けるなんて事は、普通はできない。少なくともダイクはそういう人間を僅かしか知らない。

 そしてダイクもそんな事を、一度たりともした事はなかった。


「あの勇者だってそうだ。俺を助ける理由なんて、なかったのに」


 どうして、とダイクは呟く。

 その時ふわり、と頭を撫でられた。ぎょっとして上を向けば、そこにはリアムの手がある。


「な、にを」

「あなた、後悔しているのね」


 リアムの言葉がダイクの胸を突いた。

 ああ、それだ、とダイクは思った。そして上手く理解出来ずにいた、胸の内に広がる感情が何なのかをようやく理解出来た。

 

 自分は後悔しているのだ、と。


「安心したわ」

「……え?」

「後悔しているのなら、まだまだ見どころがあるもの」


 リアムは「うふふ」と笑って、腰に手を当てた。

 言葉の意味が分からず、ダイクは首を傾げる。困惑するダイクに、リアムは話を続ける。


「ほら、俺は悪くないんだー! って反省しない人もいるでしょ? 現に捕まえた人たちの中にもいたの」


 言うだろうな、とダイクは思った。

 世界樹の一件は司祭の言葉で始まった。それに賛同したのがダイクたちだ。

 唆されたと言う者もいるだろう。傭兵たちも金で雇われただけだ、と言い訳をするだろう。

 自分も、とダイクは包帯に巻かれた腕を見る。魔剣を持ったままだったら、自分もそう言っていただろう、と。

 魔剣が手から離れたあと一緒に、荒れていた心も凪いだ。だからだろうとダイクは思う。


「でもあなたは、後悔している。それなら、きっと、繰り返したりはしないでしょう」

「そんな保証はねぇッスよ。……まぁ、繰り返す機会もねぇでしょうけど」

「そうね」


 ダイクの言葉にリアムは頷く。


「あなたたちのやった事は、確かに許されない事だわ。私の家族を傷つけて、村の人たちと村を傷つけた。それは法の下で裁かれる事になる。それがどういう結果になるかは、私には分からないわ」


 だから、とリアムは続ける。


「ご飯をちゃんと食べて、元気になりなさい。あなたは、そうするべきだわ」


 リアムはダイクの目を真っ直ぐに見て言う。

 その眼差しが、曖昧に濁さない姿勢が、ダイクには自分に食ってかかって来たティエリと重なった。

 そして自分の両親とも重なって見えた。


「…………うす」


 声が震えた。

 ダイクはそれだけ答えると、ミルク粥を掬って、食べる。

 それはとても――――懐かしいくらいに、優しい味がした。

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