第五十九話「おいコラ誰が知恵熱だ、てめぇら!」
「あー! もー! 何人いるのコレ!? 教会騎士って暇なのかしら!」
「うーん、見事な等間隔。速度を出させないような、絶妙な配置具合がなかなか厄介ですね。よいしょっと」
「ハッハァ! 俺様の敵じゃあねぇがなぁ! って、げ! 矢に聖水仕込んでんじゃねぇか、ふざけんな! ルーベンスちょっと前に出ろ!」
「いや待ちたまえ、盾代わりにしないでくれないか!? 聖水はノーダメージでも、矢は普通に大ダメージなのだぞ!?」
世界樹へ向かう道中の森は大混戦だった。
と言うのも、森の中にかなりの数の教会騎士や傭兵が配置されていたからである。スケットン達が脱出する事を見越してか、それとも世界樹を引っこ抜いた際に現れるアンデッド達を警戒してか。一度に大勢ではなく、武器種の異なる数人のグループを複数、等間隔に配置する、という念の入れっぷりだ。
しかも当然、ほぼ全員が聖水装備である。アンデッドであるスケットンと、魔族であるシェヘラザードには厄介な話だった。
聖水、いわゆる聖なる力に、アンデッドも魔族も弱い。
それでも個々ならば苦戦する事はないだろうが、大勢が四方八方から聖水を仕込んだ武器で攻撃してくるとなれば、そうもいかない。
さらに付け加えるならば、一連の出来事で接近戦は不利であると判断されたのか、飛び道具メインで攻撃してくる。
簡単に言うと矢と投擲具の雨である。飛んでくる矢や、聖水の小瓶を、剣や魔法で弾いている内に、気が付けばスケットン達は防戦一方となっていた。
さすがに苛立ちが募ったのか、シェヘラザードが、
「いっそ全員まとめて炎で焼いたら楽なんじゃないかしら!」
などと言うと、
「そりゃ楽だな! やれやれ、やっちまえ!」
とスケットンが賛成する。それを聞いて、先の“竜の暴風”の一件で懲りたルーベンスは、
「やるんじゃない、森が大火事になるわ! 世界樹どころか、オルパス村にまで被害が出るだろうが!」
と目を吊り上げて怒った。最もである。
こんな森の中で、大勢を相手にして火など放てば、木々や草花に引火してあっという間に火の海だ。大惨事である。
「冗談だっての」
「そ、そうそう! 冗談よ、冗談!」
「冗談に聞こえない冗談は冗談ではないぞ!」
怒られたスケットンとシェヘラザードは、慌てて誤魔化している。その様子を見ると、何割かは本音も混ざっていたようだ。
なんてやり取りをしていると、不意にナナシが、
「ああ、それは良いですね」
などと、肯定した。予想外の賛成者に、ルーベンスはぎょっと目を剥く。
「は!? 君まで何を言うんだ!?」
「あ、いえいえ。焼くと言っても、そういう意味ではありませんので、ご安心を」
ナナシはにこりと笑ってそう言うと、直ぐに魔法の詠唱を始めた。
何をするのかと思いながらも、スケットン達は詠唱の邪魔をされないように動く。
そうしていると、比較的早くナナシの魔法は完成した。
「“火蜥蜴の衣”!」
ナナシが呪文を唱えると、スケットン、ナナシ、ルーベンス、そしてシェヘラザードの四人の身体が、薄い橙色の光で覆われる。心なしか暖かいようにスケットンには感じられた。
その光に聖水が掛かると、それは途端に、音を立てて蒸発する。
「なるほど、焼くは焼くでも属性耐性か、こりゃいいわ」
スケットンは器用に口笛を吹いた。
属性耐性とは、その名の通り、火属性、水属性など、属性に対しての耐性の事である。魔法全般に効果のある魔法耐性と違って限定的だが、嵌れば強い。
その中でナナシが使った“火蜥蜴の衣”は、対象に水属性の耐性を付与する属性耐性魔法だった。
スケットン達に降りかかった傍から蒸発していく聖水に、教会騎士達は一様にぎょっとした顔になる。先ほどまで優位であった手段が、効力を発揮しなくなったのだ。その驚きも仕方のない事だろう。
だがしかし、付与されたのはあくまで耐性であって、無効化ではない。
なので全く効かない、という事はなかった。
「蒸発したのが地味に痛ぇ」
「日焼けみたいにピリピリするわ!」
「そこは我慢して下さい」
微妙に不快なのか、顔を顰めて身体をさする二人に、ナナシは苦笑する。水分はとんでも、聖なる力は幾分残っているようだ。
今の状態は、頭から水をかぶって火に飛び込んでいるようなものである。効果がある内ならばそれで火のダメージは軽減できるが、煙などの副次的なものは防げないという事だ。
聖水の水部分をとばして効果は減ったが、蒸発した際に残った聖なる力の部分だけは、空気中に僅かに残り、ゆらりゆらりと漂っている。完全に消滅するまでには少し時間は掛かるだろう。
けれど、先ほどと比べたら雲泥の差である。スケットンは先刻、自分の身を焼いた聖水の痛みを思い出して、今と比べた。
痛みの度合いが全然軽い。これならば動き回ってもシェヘラザードの言うように軽い日焼け程度のダメージで済む。
スケルトンの日焼けというものが、どんなものかはさておいて。
聖水と言う存在の弱体化に、一気に形勢逆転したスケットンは、そのまま教会騎士達を蹴散らして、世界樹へと急ぐ。
二度目ではあるが、教会騎士達の配置が多い方へ、多い方へと進めば自然とそこに辿り着くので、迷いもしなかった。
ただ近づくにつれて、自分達が戦う音とは明らかに違う金属音と怒声が耳に届く。
「どうやら、先に到着してしまったみたいですね」
誰が、とはナナシは言わなかったが、名前を出さなくても全員には伝わった。
今現在で戦えて、かつ、助けに飛び込むであろう人物。恐らくトビアスである。
もうちょっと遠くに飛ばしてやりゃ良かったのに、とスケットンは思ったが、遠かろうが何だろうが、トビアスは助けに行っただろう。
出会った時もトビアスは、ダイクに襲われてボロボロの身体で、直ぐにティエリ達の元へと向かおうとした。
自分の身を顧みず、なんてのはスケットンには理解したくもないが、同時に、それだけ愚直に生きる姿は眩しく感じた。
アンデッドに向かって『生きる』なんて言葉が相応しいかは分からないが。
ふと、スケットンの脳裏に、あの屋敷で戦ったスケルトンメイドの顔が浮かんできた。
理解は出来ない。したくもない。
だが――――経緯も背景も理由も感情も全て取っ払った先では、それが僅かに、本当に僅かに羨ましくも思った。
かつてまだ青臭い子供であった自分が、そう望み、そうなれなかった姿であるからだ。
だが。
(――――どいつもこいつも)
人間として生きていた頃に見ようともしなかった自分が、関わろうともしなかった者達といる事で浮かび上がってくる。
選んだつもりで、諦めていた自分が漂白されて現れる。
不快だ。
不愉快だ。
クソみたいに。
――――隣に誰かがいる事に、安堵している自分がいる。
そういう相手を多く見たせいだ。
琥珀砦の街のお人好しなカトラに、勇者に恋をしたシェヘラザード。
司祭を慕うルーベンスに、主とやらに心酔するスケルトンメイドのフランデレン。
フランデレンを失い怒り狂う屋敷のアンデッド達に、ティエリ達を想うトビアス。
皆、誰かを想って、愚直なまでに生きていた。
ならば自分にはそういう誰かはいるのか。誰かに想って貰えていたか。スケットンは自分問いかける。
―――誰も、
「スケットンさん、そろそろですよ」
結論を出し掛けた時、ナナシに声を掛けられ、スケットンはハッとする。
気が付けば、あとわずかで世界樹に到着するか、というところだった。
「どうした、らしくもなくぼうっとして。知恵熱か? それとも聖水のダメージが深刻なのか?」
「えっそうなのですか? 大丈夫ですかスケットンさん、魔力回復薬浴びますか? 知恵熱には効きませんが……」
「違ぇし! つーか、おいコラ誰が知恵熱だ、てめぇら!」
心配しているのか貶しているのか分からないルーベンスとナナシに、スケットンは憤慨する。
(まぁ、らしくもねぇのは確かか)
その部分だけは、スケットンも心の中で同意する。確かにらしくもなかった。そういう場合でもなかった。
全部後回しで考えれば良い事だ。
スケットンは頭を切り替えて、世界樹の方を睨む。その空洞の目が、世界樹で行われている戦いを捉えた。
やはりトビアスの姿があった。剣を手に、ティエリ達を庇って戦うトビアス。その周りには、ダイクや複数人の教会騎士の姿があった。
トビアスは自分に出来る限りの力で、ティエリ達からダイク達を引き離そうとしている。
トビアスの目は死んではない。諦めの色もない。
だが多勢に無勢、劣勢も良い所だ。
そんなトビアスに向かって、ダイクが魔剣を振り上げた。聖水を浴びた刃が鈍く光る。あれは駄目な奴だと、直感的にスケットンは理解した。
その途端、自然に身体が動いた。
ナナシの【レベルドレイン体質】で強化された骨の足が靴越しに、思い切り大地を蹴る。全身の力が、その一歩に集約される。
スケットンの身体は、ナナシ達を引き離し、矢のような速度で跳躍する。
「遅ぇんだよ!」
ほんの数歩でスケットンはトビアスとダイクの間に滑り込み、自身の魔剣でダイクの一撃を受け止めた。
その姿は、まるで獣のようであった。
勇者と呼ばれるが所以の本領を発揮したスケットンに、ルーベンスが思わず息を呑み、シェヘラザードが目を丸くする。
ナナシだけは驚かなかった。
「さすが」
小さくそう呟いたナナシも、同時に魔法の詠唱を開始し、スケットンに僅かに遅れて飛び出した。