第四十六話「何やら骨がカチャカチャ言っておるのう」
ドラゴンゾンビ。
その名の通り、ドラゴンが何らかの要因で命を落とした後に、アンデッドとして蘇った姿だ。
ドラゴンとは高い魔法耐性と物理耐性を持った頑強な肉体と、鋼すら食い千切り、切り裂く歯と爪を備えた強力な魔物だ。
当然、普通の人間が太刀打ちが出来る相手ではない。
スケットンの魔剣のように、竜特攻の効果を持った武器や道具を使わなければ、その肉体に傷をつける事は難しく、またそれを以ってしても、倒すのは相当に困難な相手である。
例えドラゴンの血が万病に効くだの、ドラゴンの鱗は高い防御性能を持った素材だのの、そんな話があったとしても、ドラゴンに挑む事自体が無謀であり、命知らずな行動なのである。
ゆえに、ドラゴンがアンデッドになる際には、自然にそうなる事が多かった。
――――のだが。
どうやらオルパス村のドラゴンゾンビは、理性を失ってはいないらしい。
しかも何だか友好的だ。その好々爺とした雰囲気に、初対面のナナシは目を丸くして見上げていた。
「この方がじっさまですか。初めまして、じっさま。今代勇者のナナシと申します。どうぞご贔屓に」
ナナシはそう言うと、丁寧に頭を下げて挨拶をした。
一度じっさまの姿を見ているスケットンには、特に新しい驚きはないが、ナナシは驚いたようで、赤色の目を普段より大きく開いている。
どちらかと言うと、興味深いという感想を抱いている方が強いのかもしれない。魔法使いとは、その大体が知識欲の塊だ。知らないもの、初めて見るものに対しては、特にそれが顕著に現れるのだ。
じっさまは、そんな様子で自分を見上げるナナシに「ほっほ」と楽しげに笑った。
「うむ、よろしくな。どこぞのスケルトンと違って、礼儀正しいお嬢さんじゃ」
「オイコラ、誰がどこぞのスケルトンだ。一人しかいねぇじゃねぇか、このクソジジィ」
「ふむ? どこにクソジジィがおるのか分からんが、何やら骨がカチャカチャ言っておるのう」
スケットンの言葉を、じっさまは軽やかに受け流す。年の功、という奴だろうか。受け流す上に言い返されたスケットンが「このジジィ」と睨んでいると、ふとじっさまが、その濁った目を細めた。そしてスケットンとナナシを順番に見ると、
「しかし、そうか。やけに体が軽いと思うておったら、そうか。……難儀なんものじゃのう」
と言った。その声には、どこか気の毒そうな色合いが含まれている。
じっさまの言葉の意味が分からず、スケットンは怪訝そうに、ナナシは不思議そうに首を傾げた。
「何が難儀なんだよ?」
「いや、色々じゃよ。勇者じゃったかな? それが、アンデッドにさせられた者と、アンデッドの力を増す者にさせられておるとはな」
「させられている?」
聞き捨てならない言葉が聞こえて、スケットンは空洞の目を細めた。
どうやらじっさまは、ナナシが【レベルドレイン体質】であるという事は分かったようだ。だがそれよりも、スケットンには気になる部分があった。
「おい、させられてるって、どういう意味だよ? 俺様はまだしも、こいつがこの体質なのは、生まれつきじゃねぇのか?」
「体質というものは、本来であれば自分のみに影響を与えるものじゃ。それが他者に、しかもそれが広範囲の不特定多数に、となれば、それは体質ではなく呪いの域じゃよ」
ゆらり、とじっさまは尻尾を揺らす。
「呪い、ですか」
「うむ。そして呪いとは、他者によって施されるものじゃ。つまり、お嬢さんのその【レベルドレイン体質】というものは、何者かによって与えられたもの、という事になる」
何者かによって与えられたもの。
不穏な言葉に、珍しくナナシは動揺したように、目を彷徨わせる。
普段のどこか淡泊な雰囲気とは違うその様が、スケットンには酷く不安定に見えた。
「おい、ナナ――――」
「ところで!」
スケットンが声を掛けようとした時、不自然なまでに元気に、ナナシが声を張り上げた。
「私、ドラゴンゾンビは初めて見ました」
作ったように笑うナナシに、スケットンはそのタイミングを失う。
何とも言えないもやもやとした気持ちを抱きながら、スケットンは控えめに頷く。
「まぁ……俺も初めて見たわ」
「そうじゃろうなぁ。わしらをアンデッドになどと考える輩は、あまりおらんのでな」
二人の言葉にじっさまは頷いた。
前述の通り、ドラゴンとは強力な存在であり、倒す事は難しい。
そして万が一倒すことが出来たとしても、ドラゴンゾンビにするなどと考える者はごく僅かだ。
何故ならば、ドラゴンゾンビとして蘇らせる事よりも、その血肉を食らい、骨や鱗を素材として手に入れるほうが、よほど利便性が高いからである。
確かにドラゴンゾンビを従える事が出来れば、強力な味方にはなるだろう。
アンデッドとなっても、ドラゴン自体の脅威は変わらない。
もちろん生前と違って、魔法耐性や物理耐性が弱まったりはしている。だがその代わり、爪や牙などでの攻撃で毒を与えたり、酸を含んだ息吹を吐いて武器や防具を溶かす事も出きる。
純粋な意味で強い生前と比べて、凶悪な意味での強さを得たのがドラゴンゾンビなのだ。
だがしかし、そんなドラゴンゾンビを従え、連れ歩くとなると、それは思いのほか厄介な話になる。
理由の大部分はその臭いだ。強烈な腐臭を放つ巨体を連れて歩くのは、相当に困難な事だろう。
「つまり、よほど酔狂な奴が存在したから、ドラゴンゾンビになったって事か」
「うむ、そうじゃな」
「なら何で、こんな場所でのんびりだらっとしてんだ? 死霊術師にアンデッドにされたんなら、何かしら命令を受けてんだろ?」
スケットンはじっさまに尋ねる。そう、問題の一つはそこだ。
アンデッドが理性を保っているという事は、それはスケットン同様に死霊術師が蘇らせたという事になる。
何故か自由に行動が出来ているスケットンは例外として、アンデッドならば死霊術師から命令を与えられているはずだ。
この村を守る事が目的ならば別だが、スケットンからすれば、オルパスのような田舎村をドラゴンゾンビに守らせる理由が分からなかった。
「確かに、命令を受けてはいる。だがあいにく、わしはここから動けぬのでな」
じっさまは全く残念そうではないような調子で言いながら、足元に視線を向けた。
そこは尻尾が隠れている。じっさまがゆっくりと尻尾を動かすと、前足が見えるようになる。
その前足は、白銀の剣に貫かれ、地面に縫い付けられていた。