第四十二話「人の話を聞かねぇのは最近の流行りなのか?」
「ベルンシュタインのババァといい、シェヘラザードといい、人の話を聞かねぇのは最近の流行りなのか?」
怪しい仮面の男扱いされたスケットンは、嫌そうに言った。
先日、スケルトンとして目覚めて以来、スケットンはそういう相手によく遭遇している。
数だけみれば多くはないが、実に強烈かつ濃い相手だったため、強く印象に残っているのだろう。
だが、そんなスケットンの物言いに、ナナシが小さく息を吐く。
「そういうスケットンさんも、流行に乗ってらっしゃった気もしますが」
「ハァ? 俺様がいつ、そんな流行に乗ったっつーんだよ」
言いがかりだ、と言わんばかりにスケットンが睨むと、ナナシはジト目になって、
「ベルンシュタインの時ですよ。人の話を聞かずに山に特攻したじゃないですか」
と言った。言われてみれば、確かにスケットンにも覚えはあった。
人生初の敗走を経験した時のアレである。あまり思い出したくない事を指され、スケットンは「うっ」と言葉に詰まると、露骨に顔を逸らした。
「まぁ、それはそれとして、だ。……おいナナシ、この村にいるのは、あいつだけだと思うか?」
そして話題を変えるように、そう言った。
ナナシはフードの男に目をやると、首を横に振って即答する。
「いえ、あの人だけでは無理でしょう」
「だよなァ」
スケットンは仮面の下でニヤッと笑う。
「何の話だ?」
「この村に入り込んでいるのは、あいつだけじゃねぇって事さ」
ルーベンスとトビアスが、一瞬息を止めた。そして目を剥いてフードの男を見る。
フードの男は彼らの視線に気づいたようで、口元を上げて笑った。
「そんな……村には他に教会騎士なんて……」
「別にサウザンドスター教会の教会騎士だけが、敵ってわけじゃねぇだろう?」
青ざめるトビアスに、スケットンは淡々と告げる。
トビアスの話では、サウザンドスター教会は世界樹に近づくために、オルパスを守る竜に結界を解かせようとしている。
結界を解かせる方法は、大まかに二つ。一つは結界の媒介となっているものを破壊すること、もう一つは術者を倒す事だ。
屋敷のように明確な媒介があれば別だが、トビアスの口ぶりからすれば竜が張った結界にはそれがない。ゆえに、サウザンドスター教会が取るのは、術者を倒すと言う方だ。
しかし、術者を倒すといっても、相手は竜である。そうそう簡単にどうこう出来る相手ではない。
まして一人で戦って倒すなど、それこそスケットンの持つ魔剣【竜殺し】のような、竜の息の根を断つ魔力を持ったものがなければ不可能だ。
冒険者や傭兵達が竜に挑む際には、複数人数で挑むのが基本である。国からも、無謀な者達に注意を促す目的で、竜は大人数襲撃戦闘クラスとして、個人で挑むのは控えるようにと、被害状況も合わせて各地に通達が出されていた。
「ちょっと待て。ならば、他に誰がいると言うのだ?」
「うーん、推測ですけれど。ルーベンスさんは心当たりがあるのではないですか?」
「何?」
「途中まで同行していたでしょう? ――――商人と傭兵に」
言われて、ルーベンスはハッと息を呑んだ。そして自分自身が言った言葉を思い出す。
――――彼らがオルパスへ向かうと伺ったので同行させて頂いたのです。
ルーベンスはスケットン達がオルパスへ向かうと聞いた時に、自分の口から確かにそう言ったのだ。
確証はないとは言え、それでも募る不穏な気配に、ルーベンスは苦い顔になる。
「彼らは、確かにオルパスへ向かうと言っていたが……」
ルーベンスは背負ったトビアスを振り返る。
商人達は馬車で移動をしていた。徒歩かつ、寄り道をする事になったスケットン達と比べれば、大分早くオルパスへ到着出来る。ならばオルパスの住人であるトビアスは、彼らを目撃してるのではないか。
そう問いかける視線を受けたトビアスは、首を横にぶんぶんと振って否定した。
「そんな人達、村には来ていません!」
オルパスに向かうと言っていた商人達をトビアスは見ていない。
万が一、商人達が途中で魔物やアンデッドに襲われたとしても、その残骸を、同じ道を歩いてきたスケットン達は見ていない。
それが示す答えは一つだった。
スケットンは「当たりだな」と頷くと、ナナシに視線を向ける。
「……で、どっちが行く?」
「竜が近いなら、スケットンさんの方がよろしいかと」
「まぁそうなるよな」
そう言うと、スケットンは魔剣【竜殺し】を鞘に戻す。その短い会話を聞いていたルーベンスは意外そうな顔になる。
「スケットンが残った方が良いのではないか? 【竜殺し】を持ったまま姿をくらませば、彼女らが激昂する恐れがあるぞ」
ティエリ達が激昂したのは、フードの男から魔剣【竜殺し】の名を聞いてからである。だからこそ、その持ち主であるスケットンがいなくなれば、彼女達は形振り構わず攻めてくる可能性がある。
そんなルーベンスの指摘をスケットンは「大した事ねぇよ」と一蹴する。
「激昂したところで、こいつの体質が効いてんだ。別にどうってことないだろ。そもそも、俺様ほどじゃあねぇが、ナナシだって勇者だ。放っといても死なねぇよ」
「いやぁ照れますね」
褒めているのか微妙なセンだったが、ナナシは褒め言葉として受け取ったようだ。ナナシはスケットン達ににこりと笑うと、ティエリ達の方へ一歩足を踏み出す。
スケットンもナナシも、本当に「問題ない」と思っているようだ。
ルーベンスはそんな二人の様子を見て、複雑そうな表情になる。
そして少しだけ思案したあと、
「……ならば、私も残らせてもらおう」
と言って、トビアスを下ろした。そしてナナシの隣へと歩き、剣を抜く。
その行動に今度はナナシが意外そうに目を瞬いた。
「一人でも構いませんよ」
「知っている。別に心配などしてはいない。私はただ、あそこに立っている、あの教会騎士に話があるだけだ」
「そいつは真面目なこった」
ルーベンスの言葉は明らかに建前だった。
スケットンは「ヘッ」と笑うと、トビアスの肩を軽く叩く。
「おいトビアス、お前、走れるか?」
「は、はい!」
「上等だ。じっさまの所に案内しろ」
「はい!」
トビアスのしっかりとした返事に、スケットンは満足げに頷く。
そして、一度だけティエリ達に目をやったあと、オルパスを守る竜の元へと駆け出した。