第三十七話「魔剣、ガジガジされていますよスケットンさん」
「何だこりゃ」
自分の腕を見て、スケットンはぎょっとした。骨がやや溶けて、まるで皮膚のように爛れている腕が出てくれば、それは驚くだろう。
焼けた様な、という言葉が正しい。それに付随した熱さや痛みもまたスケットンは感じていた。
ナナシは驚くスケットンをよそに、爛れた患部に魔力回復薬をざばっとかけた。
「何しやがる!」
「治療ですよ」
睨むスケットンに、ナナシはさらっと答える。
彼女の言う通り、魔力回復薬をかけると白い煙は納まり、爛れた骨がじわりと修復されていく。
確かに治療になっているようだ。スケットンは目を丸くしたあと、思い出したように頷いた。
「ああ、そういう事か」
「そういう事です。スケットンさん、アンデッドですからね」
だから魔力回復薬で治ったのだと言うナナシに、ルーベンスは不思議そうに首を傾げた。
「アンデッドと魔力回復薬に何の関係があるんだ?」
「それは……っと、それより先に、彼を治療してしまいましょう」
ルーンベンスへの返答を後回しにして、ナナシは倒れた少年を見た。
その体から立ち上る白い煙に、ナナシは魔力回復薬を軽く振る。
「それ、傷薬よりそっちの方がいいんじゃね?」
「ですね」
スケットンの言葉にナナシは小さく頷く。
――――その時、不意にに少年が身体を起こした。
「あん? 何だ、動けるのか?」
小さく呟いたナナシの目の前で、少年はゆっくりと体を起こす。
動けるくらいは大丈夫なのかとスケットンが思っているが、どうにも様子がおかしい。
少年は相変わらず、体中から白い煙を上げている。肌もあちこち爛れているのが見えた。だがそれにも関わらず、少年は痛みを感じていないようだ。
見れば、その目もどこかうつろで、焦点が定まっていない。少年の顔を見て、スケットンが「面倒くせぇ」と呟いた。
「気を付けろ、様子が変だぞ」
スケットンが注意をする傍らで、少年はゆらり、ゆらりと体を揺らす。まるで糸にでも操られているかのような不安定な動きだ。
少年は少しの間、何かを探すように体を揺らし、やがてナナシとルーベンスの方を見て止まる。
その次の瞬間、少年は人間らしからぬ速度でナナシとルーベンスに飛び掛かった。
「おっと」
「うわ!」
二人は咄嗟に飛びのいた事で、少年の攻撃を躱す。そして少年を見れば、不安定な様子と同様に、異様さが増していた。
口から覗く尖った歯、赤く光る眼、そして刃物のように伸びた爪。
ただの人ではない、そう思ったルーベンスの額から、たらりと汗が流れた。
「これは……」
「吸血鬼でしょうか。あの爛れた跡も、あの男が持っていた聖水によるものでしょう」
ナナシが冷静に説明している間にも、少年は二人に跳び掛かって来る。
理性があるとは思えない、獣のような動きである。
だが不思議な事に、少年が狙うのはナナシとルーベンスだけだった。その目は一度たりともスケットンを見ない。
「何故、我々ばかりを狙うんだ?」
「吸血する事で傷を回復しようとしているのだと思いますよ」
回復薬と一緒ですね、とナナシは言う。
「血ってそんな効果あんの?」
「どちらかと言うと、血中に混ざる魔力でしょうか」
「へーえ。そいつは大変だ。まっせいぜい頑張ってくれたまえよ」
スケットンはどさっと腰を下ろすと、ひらひら手を振り、すっかり観戦モードだ。ルーベンスの目がつり上がる。
「他人事だな!?」
「だって俺様に害はねーしー?」
他人の不幸は蜜の味。などとでも言いそうな勢いで、スケットンはケラケラ笑う。
だがそれも長続きしなかった。
「魔剣、ガジガジされていますよスケットンさん。魔剣の魔力って美味しいんですか?」
何てナナシに言われて、スケットンは自分の魔剣【竜殺し】を見る。そこでは抜かれたままの剣身に食いつく少年の姿が合った。
「何しやがる!」
スケットンは少年の頭を掴むと、魔剣から引き剥がし、投げ飛ばす。見た目通り、少年はとても軽かった。投げ飛ばされた少年は、木の幹に体を打ちつけ、がくりと頭を垂れた。
「俺の【竜殺し】ちゃんを食べるなんてふてぇ野郎だ」
「魔剣って基本的に魔力いっぱいですからねぇ。そっちの方が美味しそうに見えたんでしょうか」
「……私達は魔剣よりまずそうなのか」
スケットンは一転して不機嫌に、ナナシは相変わらず呑気そうに、そしてルーベンスは若干微妙そうにそう言って少年を見たのだった。