第三十三話「文字通り身を削ってか? 妬けるね」
スケットンは魔剣【竜殺し】の切っ先を真っ直ぐにフランデレンに向けて突進する。
だがフランデレンは避けずに、その攻撃をモーニングスターの鎖で絡め取るように受け止めた。
ギチギチと金属が擦れる音が鳴る。
攻撃を止められてもなお退く様子のないスケットンに、先に焦れたのはフランデレンだ。【竜殺し】を受け止める鎖の力を僅かに解いて、スケットンの前進する力を利用し近づけると、その腹部を足で蹴り飛ばす。
その衝撃でスケットンは数歩後ずさる。
「乱暴な方ですわね」
フランデレンが不快そうに顔を歪めた。
彼女の背後にあるのは結界魔法の媒介と、それが置かれた台座だ。
フランデレンがあえて避けずにスケットンの攻撃を正面から受け止めた理由は、結界魔法の媒介を守るためだ。
クリスタルゴーレムの核を使った結界魔法の媒介はちょっとやそっとでは壊れない。だがそれは普通の武器や魔法の場合だ。
スケットンが振うのは竜の息の根すら断つとされる魔剣【竜殺し】である。こと壊す事に関しては他の追随を許さないその武器を、フランデレンは脅威に感じたのだ。
だがそれならば、結界魔法の媒介を安全な場所に移動させれば良いだけの話だ。ここにあると分かっているのだから、狙われるのは当然だろう。それに対してフランデレンは「待ち伏せ」を選んだ。つまり結界魔法の媒介は移動する事が出来ない、という事だ。
「どっちが乱暴なんだよ」
そんな事を考えながら、非難されたスケットンは、ケッと悪態を吐いた。
スケットンからすれば結界魔法の媒介に配慮する理由はない。そもそも、もともと破壊する予定のものである。
このまま破壊出来れば良し、戦いの最中に壊れても良し。詰まるところ邪魔にさえならなければどうなったって構わなかった。
蹴り飛ばそうが踏み砕こうが、とにかく壊せさえすればスケットン達の勝利なのだ。
「これがどれだけ大事な物なのか分かりませんか?」
「俺にとっては大事でも何でもねぇもんだ。まぁ、高くは売れるだろけどな」
「俗物が」
その言葉が癇に障ったのか、フランデレンは歪めた顔のまま、モーニングスターを叩きつける。
辛うじて避けたられたものの、鈍い音がしてスケットンの頬骨が擦れる。
だがスケットンはただやられるだけでは終わらない。モーニングスターの鎖を掴み、力任せに引っ張って自分の方へと引き寄せる。フランデレンは、ぐん、と体を引っ張られ体勢を崩した。
「俗物結構!」
スケットンは前のめりになった彼女の頭部を、片手で持った【竜殺し】で迷いなく薙いだ。シェヘラザードの時とは違い止めに対する手加減は何一つ感じられない。
相手が倒しても何度も再生する、というのは念頭にあるのだろうが、それだけではない。その躊躇いの無さは敵に向けるそれと同じだった。
間のない素早い動作に、咄嗟にフランデレンはモーニングスターを持った手を放し、その腕を犠牲に頭部をガードする。
腕は【竜殺し】によって切り落とされたが、弱点である頭は無事だ。
カランと乾いた音が狭い室内に響く。
「本当に乱暴な方ですわ!」
しかしフランデレンに動揺はない。残った腕の骨を乱暴に引っこ抜くと、尖った切っ先をスケットンに向けて投擲する。
狙うのは同じく頭部だ。破壊するまでにはいかないが、再生するまでの時間を稼ごうとしたのだろう。
スケットンはモーニングスターを投げ捨てると、マントを引いてその攻撃を防いだ。
「えげつねぇ攻撃だな。文字通り身を削ってか? 妬けるね」
「あら、スケットン様には言われたくありませんわ。二度目の生を与えて下さった主のためですもの、こんな事、大した事ではありません」
えげつない、と言われてフランデレンは心外そうに言った。
その部分にはスケットンも「確かにな」とは同意する。そしてちらり、と床に落ちたモーニングスターに目をやった。
彼女が振ったあの一瞬、鉄球に何かが刻まれているのが見えた気がしたのだ。
フランデレンのモーニングスターは年季は入っているものの、手入れされ、大事に使われているという事が一目で分かるものだった。
そしてその鉄球には、炎を纏った狼の紋章が彫られていた。
「『灰狼』か」
スケットンは腰に差した剣に触れながら言う。オルビド平原で拾ったものだ。
『灰狼』と呼ばれたフランデレンは、懐かしそうに目を細め、微笑む。
「その名前を誰かから聞くのは随分久しぶりです」
「屋敷の連中は、皆それか」
「大体はそうですね」
「道理で」
スケットンは納得して頷いた。
あれだけ統率がとれているのだから、何かしらのまとまった組織か何かだったのだろうとはスケットン予想はしていた。それが傭兵団『灰狼』だった、というのは意外ではあったが。
「お前らをまとめて蘇らせるなんて、随分手間がかかる事したんだな。その主とやらは」
「ええ、そうですわ。主には感謝の気持ちしかありません」
フランデレンは胸に手を当て、歌うように続ける。
「泥沼のような日陰で生きる事にどうとも思っていなかった。理不尽で、不愉快でも、仕方がないと思い込んだ。でも」
そう語る空洞の目に宿るのは紛れもない感謝の念だけだ。
「一度主に照らされてしまったら、その泥沼がたまらなく嫌になった」
顔を上げ、フランデレンはスケットンを見る。
スケットンはその間、ただ静かに彼女の言葉を聞いていた。
「――――利用されるだけされて使い捨てられた私達を必要として、助けて下さったのは主です。あなたならば分かるでしょう、勇者スケットン様?」
フランデレンは床を蹴ると、投げ捨てられたモーニングスターを拾い、スケットンの頭部を狙う。
だがスケットンは努めて冷静だった。
飛んでくる鉄球をフランデレンの懐に飛び込む事で避け、そのまま【竜殺し】の柄で、彼女の顎を殴り上げ、飛ばす。
ぐらり、とフランデレンは倒れながら体を捩り、結界魔法の媒介に台座ごと覆い被さる。守るように胸に抱く。
そんな彼女に一筋の月の光が差し込む。フランデレンが飛び込んで来た天井の穴から届く光だ。
「――――」
その光に導かれるかのように、スケットンは天井を見上げた。
天井の穴の向こうの、さらにその天井。そこにはボロボロの旗が張られていた。
破れ、虫食い、それでもそこに在った。
旗に描かれているのは炎を纏った狼――――傭兵団『灰狼』の紋章だ。
スケットンの目にはまるでその旗から光が差し込んでいるように見えた。
たった一筋。道標のようなそれ。きっとフランデレンにとって主とは、そういう光のような存在だったのだろう。
利用され続けたのだから、今度は自分達が利用してやるのだ。
そう言うフランデレンの昏い目から滲み出る、人に、国に、彼女が向ける憎悪に底はない。
それがどれ程のものであったか、スケットンには想像がつかない。だが、それだけの仕打ちを彼女達は受けて来たという事は伝わって来た。
デュラハンに向けた憎悪も、恐らくは主を裏切った事からだけではないだろう。きっと彼女はデュラハンが人間で、この国の騎士であったからこそ向けたのだ。
自分達を利用し、捨てた人間や魔族全てへの激情を、理由を正当化した上でデュラハン一人に叩きつけたのだ。
スケットンにはフランデレンの憎しみが理解が出来た。
スケットンにはフランデレンの怒りも理解が出来た。
理解出来た上で、スケットンはそれを良しとする事は出来なかった。
「――――分かるさ」
スケットンは視線を戻すと【竜殺し】を大きく振りかぶる。
そして、小さく呟く。
「だが納得はできねぇ。同情もしねぇ。――――悪ぃな」
再生しかけたフランデレンごと結界魔法の媒介を、台座ごと【竜殺し】で叩き斬った。
パリン、と音を立てて媒介が割れる。それと同時に屋敷を包んでいた結界の気配がスウと消える。
スケットンに台座ごと真っ二つに斬られたフランデレンは、結界魔法の媒介を胸に抱いたまま、二度と動き出す事はなかった。