第三十一話「名前の通り星になるわ」
背後から響く戦いの音を聞きながらスケットンがカーテンを潜ると、そこには小部屋があった。
小部屋の中央には光を放つ水晶玉がある。クリスタルゴーレムの核で出来た結界魔法の媒介だ。
(これが結界魔法の媒介か、綺麗なもんだな)
アンデッド屋敷のものだからもっと禍々しいかと思ったが、案外そうでもなかった事にスケットンは感心する。
手を加えられているにも関わらず、クリスタルゴーレムの核の持つ美しさを損なわない輝きがそこにあった。
クリスタルゴーレムとは、魔法使いの中でもゴーレム作成に特化したゴーレムマイスター達が作り出した魔力を糧に動く人形の一種だ。ゴーレム種らしい頑強な体に加えて、ゴーレムが弱いとされる攻撃魔法に対して魔法耐性を持っている事から、敵として戦った時は非常に厄介な相手である。
その反面、維持費が恐ろしい事になるので、大体は観賞用に作られて魔力切れでモニュメントと化す、という事が多かった。しかもクリスタルゴーレムを作る際に使用する素材も高級なものがほとんどで盗まれる可能性も高い。魔法耐性もあるものだから装飾品にも再利用できるのだ。
クリスタルゴーレム自体は巨体な上に重いので、そのまま持って行くという事は出来ないが、削って砕いて切り分けたものであっても高く買い取って貰える。なので防犯を疎かにすると痛い目を見るのだ。
その中で最も重要視されているのがこの『核』であった。
ゴーレム種の『核』は、そこに稼働するために必要な魔力が供給される仕組みになっている。それゆえに魔力を溜めるための容量が広く、大きい。また誰の魔力に対しても反発が少なく、とても扱いやすい代物だ。
屋敷の結界魔法など、長期間効果を保たせなければならないものにとって、魔力切れは死活問題だ。ゴーレム種の核のように容量が大きい方が望ましい。しかも誰が魔力を注いでも問題ないという事で、媒介として人気の素材だった。
その中でもクリスタルゴーレムの核は、元々高い物理耐性に加え、魔法耐性まで備えている。壊されにくいという点では、他の媒介と比べて頭一つ抜き出ていた。
「まぁ俺の【竜殺し】にかかれば何でもねぇが……」
「ええ、そうですわね!」
スケットンが呟く同時に、頭上から声と共にモーニングスターが降ってくる。
だがスケットンは予測していたようで、さして驚きもせずにするっと避けた。
「まぁそんなに簡単には行かせてくれねぇよなぁ」
「ええ、その通りです。お待ちしておりました、スケットン様」
スケットンを攻撃した相手――フランデレンはメイド服の裾を摘まむと、ニコリと笑ってお辞儀をする。
彼女も彼女で避けられる事を想定していたようだ。
ちらり、とフランデレンが現れた天井を見上げれば、そこに取り付けられていた四角形のドアが開いている。小部屋側からは見え辛いように作られているようで、閉まっていた時はスケットンも気が付かなかった。ただ「何かあるだろうな」と思っていたのと、僅かに漏れる殺気のようなものを感じ取っただけである。
「女に待たれるのはまぁ悪くねぇが、出会い頭にモーニングスターで殴りかかって来といて、待っていたも何もないもんだ」
「あら、これは挨拶のようなものですわ」
「名前の通り星になるわ」
スケットンの冗談――ではないかもしれないが――にフランデレンはクスクスと楽しげに笑う。だがスケットン同様の空洞の目が、全く笑っていない事など容易に伝わって来た。
そして、それこそ挨拶代りの会話を終えると、フランデレンはこてりと首を傾げてスケットンに問いかける。
「スケットン様、何故あなたは主の命令に従わないのです? 従っていた上でその行動ですか? 確かにナナシ様は殺すなと言われておりますので、そうであるならば理解は出来ますが」
スケットンはフランデレンの言葉を意外に思った。
スケットンは自分が主とやらに操られている、もしくは命令を受けているなんて全く思ってはいないものの、その確証はなかった。だがそれはフランデレンも同じのようで、スケットンが自分の意志で動いているのか、命令の上で動いているのか判断しかねているようだ。
スケットンは大げさに肩をすくめて、問い掛けに答える。
「さて、どうだかな。俺様は三十年分の記憶がねぇから、その間の事は知らねぇよ」
そしてフランデレンに【竜殺し】の切っ先を向けた。
「それよりもナナシを殺すなってのはどういう事だ? お前らの主にとって、あいつはどういう存在なんだ?」
「ご自分でお聞きになっては?」
「嫌だよ」
他人に利用されるのなんて御免だとスケットンが言うと、フランデレンは人差し指を立てた。
「それでは取引をしましょう」
「あ? 取引だ?」
「はい、取引です。なに、そんなに難しい事ではありませんよ」
フランデレンは笑みを深めて頷く。底冷えのする嫌な笑顔だ。悪巧みをする連中が相手を騙そうと浮かべる笑顔とは違う、纏わりつくような不気味な笑顔。
善意をマントのように纏った純粋な悪意だ。子供が無邪気に行う残酷な行為に似ている。
相反する二つの意志が実に上手く混ざり合ったその笑顔にスケットンは僅かに嫌悪感を覚えた。
否定も肯定もしないスケットンにフランデレンは笑顔のまま、話を続ける。
「ルーベンス様を置いていって下さい。そうすれば、あなたとナナシ様は屋敷の外に出して差し上げあげますよ」
「つい今しがたまで俺も殺そうとしていたくせに、そいつぁ破格の待遇だな」
「スケットン様は様子次第では始末する数にいれなくて良いと仰せ付かっておりました。なので、まぁ、ついでです」
「ついで」
ついで扱いは、それはそれで何か面白くない。
憮然とした顔になるスケットンに、何かおかしな事をいっただろうかとフランデレンは「ん?」と首を傾げた。