第三十話「壊す以外に方法があったとは驚きです」
ルーベンスの案内のおかげで、スケットン達は迷う事なく書斎へ辿り着く事が出来た。
スケットン達が駆けて来た方向からはアンデッドが追いかけてくる音が聞こえるが、多少距離は稼げているようで姿はまだ見えない。
距離を詰められる前に書斎に入ってしまおうと、スケットンがドアノブを回した。
だが案の定、書斎のドアには鍵が掛かっていた。
最初にここを訪れた際にはフランデレンが書斎の鍵を開け、中へと入れてくれた。恐らく今も鍵を持っているのは彼女だろう。
開かないならば仕方がないと、スケットンが試しに【竜殺し】で斬りつけてみる。
だがしかし、エントランスホールの時と同じく“魔力盾”に弾かれ、ドアにはかすり傷一つつける事が出来なかった。
この結界魔法に付与された“魔力盾”は、屋敷の建物として認識されている部分に効果があるようだ。
開かない扉を見ながらスケットンは顎に手を当てる。
「駄目だな、開かねぇわ。フランデレンを探すしかねぇか……」
やれやれ、とスケットンが面倒そうに言うと、ルーベンスが不思議そうに首を傾げた。
「フランデレンを探さずとも、鍵を開ければ良いのだろう?」
「開けるっつっても物理も魔法も効かねーぞ」
「別に鍵を使ったり、壊すだけが扉を開ける方法ではないだろう」
さも当然のようにルーベンスは言うと、ドアの前にしゃがみ込む。
何をするのかと覗き込むスケットンとナナシの視線を受けながら、彼は懐から鈎針のようなものを取り出した。
ルーベンスはその鈎針を何の迷いもなく鍵穴に入れ、ガチャガチャと動かし始める。
それを見てスケットンは合点がいった。これは鍵開けという、宝箱や扉の鍵を開けるための技術である。
一般人が行っている所はあまり見かけないが、鍵師や盗賊のそれををスケットンは何度か見たことがあった。
「教会騎士とは」
「うるさい、騎士になる前に覚えたものだ。……開いたぞ」
憮然とした表情でルーベンスは立ち上がり、書斎のドアを引く。すると、カチャリと静かな音を立ててドアは開いた。
鍵開けという特技を見せたルーベンスにナナシがパチパチと小さく手を叩く。彼女のフードから顔を覗かせたブチスラもルーベンスを讃えるように体を震わせた。
「スケットンさんより有能だってブチスラが言っていますよ」
「ぶった斬るぞ」
讃えるついでに馬鹿にされたスケットンは、ブチスラとナナシを半眼で睨む。
ナナシは慣れたものだが、ブチスラは軽く揺れるとナナシのフードの中につるんと隠れた。
「いやぁ、壊す以外に方法があったとは驚きです」
「君も意外と物騒なのだな……」
ナナシの言葉にルーベンスはこめかみを押さえる。
言われてみれば確かにそうだとスケットンは思った。どちらかと言うと物騒というより大雑把という方が相応しいかもしれないが。
ナナシはその儚げな見た目に騙されてお淑やかな言動を期待すると、ガツンと無遠慮に打撃が飛んでくるタイプである。
「つまりお前はイロモノ系ってことだな」
「イロモノ系の代名詞であるスケットンさんがそれを言いますか」
「俺様のどこがイロモノ系なんだよ。どう見てもイケメン系だろ」
「イケメンというか、骨面というか……そんな事よりも、さっさと中に入りたまえ。ドアを閉めるぞ」
呆れ顔のルーベンスに促され、スケットンとナナシハ書斎の中に入った。そしてドアを閉め、中から鍵を掛け直す。
開けたままではアンデッド達が入ってきてしまうからである。ゴーストに対しては無意味だが、その他に対してならば戦う相手を減らせるという意味で有効な方法だ。
書斎の中に入ったスケットン達は、周囲を警戒するようにぐるりと見回す。
「部屋の中はさっきと変化がない……か?」
「さて、どうだろな。あちらさんのテリトリーだから、何か仕掛けてきそうなもんだが……おっと、もう来たぞ」
話していると、天井をすり抜けてゴースト達が現れた。
移動方法を見る限り、上から下へ、壁を突き抜けて隅から隅までスケットン達を探していたようだ。
目標の後を追うチームと目標の動向を関係なく探すチームで分けられている感じだろうか、やはりその行動に統制が取れている。
「ゴーストに壁は関係ねぇから便利なもんだ。こっちは徒歩だっつーのによ」
「スケットンさんはスケルトンじゃなくてゴーストになりたかったんですか?」
「んなわけあるか。つーか生まれたてのスケルトンにもなりたくなかったわ」
「生まれたてのスケルトンって何だ」
「キュートではない事は確かですね」
「てめぇ……」
話しながらスケットンは襲ってきたゴーストを【竜殺し】で斬るが、一瞬霧散しても直ぐに元に戻ってしまう。
ゾンビやスケルトンと違って肉体がない分、再生する速度が速いようだ。これではキリが無いと判断したスケットンは、
「じゃあちょっくら結界ぶっ壊して来るわ」
と、結界魔法の媒介を破壊する事を優先する事にした。
ナナシはそんなスケットンに向かって、
「あ、はーい。扉とか特にありませんでしたけど、お気を付けてー」
と、さらっと言って手を振った。まるで「飯行ってくるわ」「はいはいどうぞ」程度の感覚である。
実に軽い。あまりに緊張感のない会話にルーベンスはぎょっとした。
「軽すぎないか!? もっとこう、あるだろう!?」
「こう、とは?」
「今生の別れのような何かが!」
「俺様が死ぬ前提で話をするんじゃねぇ!」
スケットンはひくっと頬骨をひきつらせて怒鳴る。一度死んではいるが、反応せざるを得なかったようだ。
にこやかに見送るナナシと、まだ何か言い足りなさそうなルーベンスにこの場を任せ、スケットンは結界魔法の媒介のある奥の小部屋へと向かいカーテンを潜った。