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骨勇者スケットンの受難  作者: 石動なつめ
第一章 死者の謳歌と生者の行進
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第二十八話「勇者とはそのような存在ではない!」


 襲い掛かってくるアンデッドを蹴散らし、スケットン達は広間を跳び出す。

 広間は長テーブルや椅子などが大部分を占めているため、この場では少々戦い辛いからだ。

 ナナシの魔法で牽制しながら廊下を走ると、三人は適当な部屋へと飛び込む。

 部屋に入って直ぐにナナシによって簡易の結界魔法が張られた。結界の内側にいる者達の声や姿を、結界の外側から見えなくする類のものだ。

 結界魔法の効果のおかげでスケットン達の姿はアンデッド達からは見えない。その証拠に、三人の頭上で壁を抜けた数体のゴースト達が、彼らを探してうろうろしていた。


「ナナシの【レベルドレイン体質】で強化されていても、まぁ、シェヘラザードと比べると大した事はねぇな」

「シェヘラザードさんは四天王ですからねぇ」


 スケットンの言葉にナナシは頷いた。

 オルビド平原で戦ったシェヘラザードは、生者であるためにナナシの【レベルドレイン体質】が正しく(、、、)作用する。

 つまり弱体化するのだ。だがシェヘラザードは弱体化しているにも関わらず上級魔法を涼しい顔で放ち、さらに大して休憩もしない内に同じく上級魔法の移動魔法(テレポート)まで扱っている。その間に魔力が切れた様子もなかった。

 さすがは通り名を持つ魔王配下の四天王と言ったところだろう。


「それにしても、ここのアンデッド達は妙に統制がとれた動きをしていますよね」

「ああ、そこな。俺も思った、動き方が寄せ集めだったり、素人のそれじゃねぇ」


 ナナシの言葉にスケットンは頷いた。

 ナナシの言う通り、スケットンもこの屋敷にいるアンデッド達は妙に統率されているように感じていた。

 彼らは常に数体でチームを組んで動いており、単独行動で動く者はいない。さらにそのチーム内でもきちんと役割分担が定められているようにも見えた。

 戦闘での役割分担とは意外に馬鹿にならない。チームごとに作戦を立てた上で動けば、やる事がはっきりしている分、それぞれの行動に迷いがない。

 戦場では一瞬の迷いが命取りだ。迷わない、もしくは迷う回数が少ないという事は、実はかなりのアドバンテージになる。

 そういった統制された動きがここのアンデッド達は出来ている。ただの寄せ集めならばこうはいかないだろう。


「……少し、良いか」


 そんな事をスケットンとナナシが話し合っていると、今まで黙っていたルーベンスがようやく口を開く。その声はピリピリとした緊張感を孕んでいた。

 相談に入ろうとして掛けた声ではない事は直ぐに分かった。

 細めた目でスケットンを睨みながらルーベンスは言う。


「君は……アンデッドだったのか」

「ああ」

「勇者様もご存じだったのですか」

「ええ」


 ルーベンスの問いに、スケットンもナナシも悪びれずに答える。アンデッドであった事も事実だし、知っていて黙っていた事も事実だからだ。

 だがその事にスケットンは後ろめたい気持ちは抱いていなかった。恐らくナナシもだろう。

 言えば面倒な事になる自信はあったし、言ったところで直ぐに別れる相手だ。必要が無い、とスケットンは思っていた。

 頷く二人にルーベンスはギリ、と強く奥歯を噛みしめた。


「何故ですか、勇者様。あなたは――――勇者は人々の安寧を守る者。それを、今この国を脅かしている(アンデッド)と行動を共にするなど!」

「彼はこの国を脅かしてなどいませんよ」

「そういう問題ではありません」


 ルーベンスは首を横に振る。

 ならばどういう問題だというのか。ナナシが困ったように顔に手を当てるのを横目で見ながら、スケットンはケッと悪態をついた。


「勇者、勇者ってうるっせぇなぁ」

「何だと!?」


 スケットンの言葉にルーベンスが声を荒げる。

 頭に血が昇っているからだろう、直ぐに激昂するその様子をスケットンは面倒に思いながら「やれやれ」と肩をすくめた。

 そして諭すようにルーベンスに言う。


「あのなぁ、勇者ってのはただの称号なんだよ。他人が勝手に期待して、勝手に面倒を押しつけて、そうして見殺しにするためだけにある称号なの。それを都合よく振りかざして、こいつを非難すんじゃねぇ」

「勇者とはそのような存在ではない!」


 ルーベンスの目がつり上がる。

 スケットンは辟易とした。勇者とは何であるかを告げたスケットンの言葉を、ルーベンスが否定した事こそが、それを象徴していたからだ。

 勇者という存在を神格化して、何でも出来ると思い込んで、清廉潔白な姿を押しつけて、それが違うと分かれば勝手に失望する。

 それがずっと昔から続く勇者と人の関係だ。

 ナナシに出会った頃に聞いた「今の勇者は雑用係」というものは、実は真理なのかもしれないとスケットンは思った。


「そういう存在なんだよ。知らねぇくせに勝手な事言ってんじゃねぇよ」

「それは貴様だろう! 貴様こそ知らないくせに何を!」


 ルーベンスはスケットンの襟首を乱暴に掴む。

 ガクンと頭が揺れた衝撃でスケットンの仮面が外れ、カタンと軽い音を立てて床に落ちた。


「――――な」


 現れたのは骸骨の顔だ。アンデッドとなって蘇ったスケットンの今の顔だ。

 真っ暗な空洞の目に、乾いた白い骨。そんなスケットンの素顔を見たルーベンスは大きく目を見開いた。

 驚愕か、恐怖か、スケットンには分からない。分かりたくもなかった。


「――――驚くなよ。アンデッドなんだから、骨面だったっておかしくないだろ?」


 静かにそう言うと、スケットンはルーベンスの手を振り払う。

 そして床に落ちた仮面を拾って「ここならもう良いか」と懐に入れた。

 生きた人間などこの場にはナナシとルーベンスしかいない。その二人に素顔が知られたのだから、屋敷の中では仮面はもう必要ないだろう。


 スケットンの顔を見たルーベンスは酸欠のようにパクパクと口を開閉する。何か言おうとして、何と言ったら良いのか分からない、そんな様子だった。

 そんな彼に向かってナナシは告げる。


「ルーベンスさん、彼は勇者です」

「勇者、ですって? 勇者……まさか……まさか、おい……嘘だろ……」


 ルーベンスはナナシを見た後、明らかに動揺で揺れる目をスケットンに向ける。

 そして独り言のように呆然と呟いた。


「本当に、勇者スケットン、なのか……?」


 ルーベンスは、そんな、まさか、と、うわ言のように繰り返す。

 何度かナナシが声を掛けてみたが聞こえていないようで反応はなかった。

 そんなルーベンスを役に立たないと判断して、スケットンはナナシと相談を再開した。


「さて、これからどうするか……この結界はいつまで保つんだ?」

「十五分程度でしょうか。こちらの屋敷に施された結界の方が質が良いので、私の方の効力が削られます。魔力注ぐんじゃなかった」

「全くだ」


 親切――と言うよりは話を逸らすための手段ではあったが――が裏目に出たのが悔しかったようでナナシは、むう、と口を膨らませる。

 風船みたいだな、などと思いながらスケットンは頷いた。


「まぁお前は殺される心配はなさそうだけどよ。つーか、何かお前、ここの屋敷の主と知り合いみたいだな」

「ですねぇ。記憶がないので主が誰なのかとか、どういう関係なのかとかサッパリですが。まぁスケットンさん達を殺そうとする知り合いなんて、今の私はお断りです」


 言い切ったナナシにスケットンは小さく笑った。

 戦う事に躊躇いがあるかもしれないと少し心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。

 記憶を失くす前の知り合いより、今の知り合いに重きを置くナナシの発言に、スケットンは何だかくすぐったくなった。肉体はないはずなのに感じるそれ内心首を傾げながら、スケットンは話を続ける。


「それでルーベンスの野郎は殺してアンデッドにしようって魂胆だと」


 ちらり、とルーベンスに目をやるが、まだぶつぶつと何かを呟いている。

 まだまだ復活には時間が掛かりそうだ。こいつどうするかなぁ、などと思いながらスケットンはナナシに視線を戻した。


「ルーベンスさんをアンデッドにしようとするなら、主とやらが戻ってくる可能性が高いですね」

「ああ、確か死霊魔法(ネクロマンシー)は死の直前か直後でないと効果を発揮しない、だったか」


 スケットンの言葉にナナシは「はい」と頷いた。

 フランデレンの話を信じるならば、スケットンをアンデッドとして蘇らせたのはこの屋敷の主だ。

 となると面倒な事になるな、とスケットンは顔をしかめる。


「あいつ、俺の事も知っているような事言っていたよな」

「ええ。もしも屋敷の主がスケットンさんをアンデッドにした方なら、下手に出くわせばスケットンさんが命令で操られる危険性があります。……スケットンさんと戦うのは嫌ですねぇ。どうしようもなくなったら私が勝ちますけど」

「ふざけろ、俺様がお前に負けるもんかよ」


 憮然としたスケットンの言葉にナナシは「それはどうでしょう」と冗談めかして笑った。

 実際に戦った事が無いので勝敗がどうなるかは分からないが、どちらも「負ける」という部分は頭にないようである。


「まぁそれはそれとして、人に利用されるのは御免だ」

「ええ、そうですね」

「という事はアレだな。もう屋敷ぶっ壊して逃げるでOK?」

「そうしたいですけど、魔力盾(マジックシールド)を何とかしないとどうにもなりませんよ」

「あー、生かして逃がさないっつーアレか」

「アレです。でも結界魔法の媒介を壊すのは【竜殺し】なら行けると思いますよ」


 ナナシの話に、スケットンはと面白そうに「ほほう」と言って腕を組んだ。

 他の魔法と比べると、結界魔法の媒介は魔法の効果の性質上壊されにくいものが選ばれる。つまりは魔法の攻撃や物理攻撃に耐性のある素材である事が多い。

 そう言ったものを普通の武器では壊すのは一苦労なのだが、魔剣や聖剣など魔力が込められた武器はその限りではない。

 特にスケットンの持つ魔剣【竜殺し】は竜の命すら断てるという魔剣だ。壊す事、倒す事に関してだけ言えば、他の武器より遥かに向いていた。


「壊すってのはアリだな。で、ここの結界魔法の媒介ってどんな物だったんだ?」

「クリスタルゴーレムの核で出来た水晶玉ですね」

「クリスタルゴーレムって……また凄ぇ高いもん使ってんのな……。まぁいいや、じゃあそれで行くか」


 話が決まったので「よし」とスケットンは立ち上がる。

 ナナシもそれに続いて立ち上がって、ふっと何かを思い出したのか、心配そうにスケットンに聞いた。


「そう言えば、書斎までの道は覚えていますか?」

「いや? 適当に進めばその内着くだろ」

「マジですか。この屋敷、結構入り組んでいたから、私もよく覚えていないんですよ」


 困ったな、とナナシが腕を組んでいると、


「――――覚えている」


 と、ルーベンスが軽く手を挙げて言った。

 声自体は強張っているものの、先ほどよりも落ち着いた雰囲気が感じられる。

 ルーベンスはスケットンとナナシの視線を受けながら、重たそうに口を動かして言葉を続けた。


「書斎までの道ならば、覚えている。私が先導しよう」

「戦えるのか?」

「無論だ。私はサウザンドスター教会の教会騎士だ」

「でも【レベルドレイン体質】の私がいますよ」

「存じています。ですが――――だからと言って戦えない道理はない」


 そう言うとルーベンスは腰に下げた剣を抜いた。見れば剣身には幾つか穴が空いている。

 珍しい造形の剣だな、とスケットンが思っていると、ルーベンスは懐から透明な石を幾つか取り出した。石の中には何やら液体が入っているようで、動かす度に中の液体が揺れた。

 ルーベンスはその石を空いた穴にカチリ、カチリとはめ込み始めた。

 一つ、また一つとはめて行くにつれて剣が仄かに白い光を放ち始める。明け方に白む空の色に似た儚い色の光に、それが聖なるものであるとスケットンにも分かった。


「……足手まといになるなら置いていくぞ。どうやらここの連中は、片手間で相手するにゃあ面倒くさそうだ」

「自分の身くらい自分で守れる」


 スケットンの言葉にルーベンスははっきりと答えた。普段よりも少ない言葉の様子から、余裕の無さが伝わってくる。

 少々心配ではあるが、やる気がないよりもマシか、とスケットンは頷いた。


「そうか。それならいい。それじゃあ――――いっちょ始めるか」


 スケットンの言葉を皮切りに、三人はナナシの結界を出て行動を開始した。

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