第二十一話「“弱さとは如何なるものであろうか?”」
スケットンは自分が死んだ時の事をそれなりに覚えている。
「あんたが悪いのよ! あたしの事を捨てたから!」
憤怒の形相を浮かべた美女のナイフが心臓をひとつき。それが死因だ。
死因だったはずだ。
だがそれについて、スケットンは一つ疑問を持っていた。
スケットンの体はご存じの通りスケルトンである。つまりはアンデッドだ。しかも生前同様に意識を保つことが出来ている。そこから見てもスケットンは死霊魔法によってアンデッドとして蘇らされたのは確実だ。
だが。
だがスケットンはそこが不可解であった。死霊魔法とは、死の直前、または直後に施さなければ効果を得られないものである。
にも関わらず、スケットンが命を落とした時に、彼の周囲には美女以外は誰もいなかったのだ。
他人を信用していないスケットンは、自分以外の気配には敏感だ。相当に上手く隠していたなら別だが、基本的には付近に誰かいるならば気が付けると自負している。
まぁ、幾ら気配に敏感でも、美女にはアッサリ刺されたが。
「その女性が死霊術師だった可能性は?」
「百パーない、とは言い切れねーが、まぁ違うだろうな。そういう類の死臭がしなかったし」
むしろ良い匂いだったぞ、などと言うとナナシは「スケットンさんらしいですね」と言って苦笑する。
何が自分らしいのかスケットンには分からなかったが、馬鹿にされている節は感じられなかったので、適当に流した。
二人は今、オルビド平原を抜けた先にある『活路の泉』で休憩をとっている。
シェヘラザードとの戦いでナナシが予想以上に魔力を大量消費してしまった為だ。もちろん回復アイテムは持ってはいたものの、体力的な回復にはならないので、一度落ち着ける場所で休もう、という事になったのだ。
ちなみに肉体のないスケットンにも疲労と言うものは存在する。体を動かす事で『疲労』という概念が魂に蓄積され「疲れた」と感じるのだ。
アンデッドであるスケットンは睡眠を必要としないが、それでも疲労を感じるというのは皮肉なものである。
疲労と言えば、モンスターであるブチスラも疲労は感じるようだ。
泉に到着した途端、ぶるぶると震えながら泉の水の中にダイブしたブチスラは、泉の底で揺れている。
スケットンは水底を覗きこみながら「呼吸関係どうなってんだ……」などと微妙な眼差しを向けていた。
「そういや、ナナシよ。さっきのアレが何なのか分かったか?」
ブチスラを見ていたスケットンは、ふっと思い出したようにナナシに尋ねた。
さっきのアレ、とは、さきほどシェヘラザードから貰った護符の事である。
ただの護符には見えなかったのでナナシに鑑定を依頼したのだ。
「ちょっとアレンジされてますけど、移動魔法関係の詠唱が刻まれていますね。こちらから転移するのではなく、護符の座標を目がけて転移してくる類のものです」
「という事は、あいつまた来る気かよ……」
「来るんじゃないですかねぇ。だって友達ですし。友達ですし!」
大事な事らしく、ナナシはデレデレとしながら『友達』を強調した。
シェヘラザードから友達認定された事が相当嬉しかったようだ。
放っておけば延々と護符を見つめてデレデレとしていそうな雰囲気である。そんなに嬉しものかね、とスケットンは思いながら、
「それ、やるわ」
と言うと、ナナシは何を言われたのか分からなかったようで、きょとんとした顔になって聞き返した。
「え?」
「俺は友達なんてもんは御免なの。だから、それいらねぇからお前にやる」
「……いいんですか?」
「ああ」
「わあ、ありがとうございます!」
ナナシは嬉しそうに笑ってスケットンに礼を言った。
何がそんなに嬉しいのかサッパリ分からねぇとスケットンは思ったが、ナナシが楽しそうに笑うので敢えて言葉にはしなかった。
スケットンは肩をすくめると、オルビド平原で拾った剣の手入れし始める。
シェヘラザードの“闇遊戯”を打ち破る際に投擲した剣を、何となく拾ってきたのだ。
「それ、オルビド平原に落ちていた剣ですか?」
「ああ。ボロボロだが、まぁ、世話になったしな……ん?」
剣を見たままナナシに答える。
錆を落としていると、ふと、刃の部分に何かが彫られている事に気が付く。
その部分の錆を重点的に落とすと、炎を纏った狼の紋章が浮かんできた。
「こいつは……『灰狼』か」
「灰狼?」
「傭兵団の名前だよ」
『灰狼』とは人間と魔族の混血で構成された傭兵団の事だ。
その出生は様々であれど、人間からも魔族からも疎まれ、厄介がられていたとスケットンは聞いている。
スケットンも『灰狼』と直接関係があったわけではないが、戦場などで何度かその姿を見た事はあった。
『灰狼』の紋章が彫られた剣がオルビド平原に落ちていたのならば、おそらく彼らも『灰狼』もオルビドの戦いに参戦していたのだろう。どちらについたのかは分からないが。
スケットンがそう説明すると、ナナシは複雑そうに頷いた。
「色々あったんでしょうね……」
「まぁ、このご時世だからな」
彼らに対する風当たりはとても辛く、厳しいものであった。
だから混血達は身を守り、そして生きる為に『灰狼』に集まった。
集まざるを得なかった。
人間と魔族の仲が悪くなければ、今後良くなる傾向があったなら、彼らは二つの種族の橋渡し役として活躍出来ていたのかもしれない。
たらればの話をしても仕方はないのだが、他人に興味の薄いスケットンですらそう思った。
「だから彼らには仲間が必要だったんですね」
「仲間が必要なんてのは弱い奴の言う言葉だが、まぁ、仕方なかったんだろうよ」
スケットンがそう言うと、ナナシはふむ、と腕を組み、
「“弱さとは如何なるものであろうか?”」
と謎かけのように言った。
「あん?」
「魔法を詠唱する際の最初の言葉の訳ですよ。魔法を使う時には、誰しもがそう問いかけるんです」
「へぇ」
変な決まりがあるもんだとスケットンが思っていると、ナナシはさらに続けた。
「スケットンさん。あなたにとって弱さとは如何なるものでありましょうか?」
ナナシの赤い目が真っ直ぐにスケットンを貫く。
スケットンは不可解そうに空洞の目を細めた。
「急に何だよ」
「いえ、何となく聞いてみたくなって」
ナナシの言葉に、スケットンは少しだけ沈黙した後、口を開く。
「『当然』だ。望んだものが当たり前にそこにあると、信じて全てを他者に委ねる事さ」
そう言った後、スケットンはナナシに聞き返す。
「……で? 俺に聞くだけ聞いて、お前は言わねぇってのは筋じゃねぇよなぁ?」
「そうですねぇ」
「なら、お前にとっての弱さってのは何だ?」
スケットンが尋ねると、ナナシもまた少し考えてから答える。
「『後悔』です。出来たはずの事を出来ず、ただ出来なかったと嘆く事」
後悔。
そう聞いた時、スケットンの頭に、洞窟で目覚めた時の事が浮かんだ。
あの時スケットンが感じたそれは。
それは。
「そうかよ」
ナナシはスケットンの事を指したわけではない。だがナナシの言った言葉に、ないはずのない心臓がじり、と痛んだ。
スケットンの顔から表情が消える。
ナナシはそれに気づかずに、頭をかいて笑う。
「まぁしてたかもしれないですけどね、後悔。記憶がないのは実に不便です」
「忘れていた方が幸せなことだってあるだうよ」
スケットンは淡々と返すと立ち上がった。
言葉の端から伝わってくる、ピリッとした不機嫌そうな空気に、ナナシは目を丸くする。
「スケットンさん?」
「そろそろ十分休めただろ。行くぞ」
「え? あ、ちょっと! 待って下さいよ!」
そう言って歩き出したスケットンを見て、ナナシは慌てて泉の底からブチスラを引っ張り上げる。
そしてパタパタと駆け足でスケットンを追いかけた。