第十七話「あたしは魔王様の四天王の一人、シェヘラザードよ!」
周辺のアンデッドを倒し終えたスケットンとナナシは、封印石の近くへとやって来た。
戦いのごたごたで完全に割れてしまっている。
効力を失い、ただの岩と化したそれの前には、先ほど叫んでいた猫耳娘が立っていた。
悲壮な姿はどこへやら、猫耳娘は腰に手を当て、高らかに笑った。
「にゃーはっはっは! 封印が解けたのならこっちのものよ!」
キンキンとした甲高い大声がオルビド平原に響く。
スケットンは耳を押さえてうるさそうに目を細めた。
「かしましい奴だな、少しは静かに出来んのか」
「にゃ!? ほほほ褒めても何も出ないわよ!」
かしましい、つまりは騒々しいと言う意味でスケットンは言ったのだが、猫耳娘は何と解釈したのか、違うように受け取ったらしい。急に頬を染めると、照れたように耳と尻尾をパタパタと動かした。まるで本当に猫のようである。
大変可愛らしいのだが、スケットンには興味がないようで、ため息を吐いて言う。
「万に一つも褒めてねぇよ。それよりも、お前は一体何なんだよ」
「あっそうだった! 聞いて驚くがいい。あたしは魔王様の四天王の一人、シェヘラザードよ!」
猫耳娘ことシェヘラザードは胸を張って名乗った。
四天王シェヘラザードとは、稀代の魔法使いと呼ばれた魔王配下の四天王の一人だ。
強大な魔力を内に秘め、古今東西の魔法に精通し、あらゆる叡智を手にした魔族――――と数多の書物に記載されている。
しかしスケットンには目の前の少女が四天王だとは思えなかった。
スケットンはなかなか、いや、かなり疑わしい眼差しを向けながらナナシに言う。
「おい、四天王だとか言い出したぞ。どうすんだよコレ」
「勇者博物館に展示されていた資料では、もう少し神秘的な雰囲気だったと記憶してるのですが……」
二人はシェヘラザードに背を向けて、こそこそと話し始めた。
どうやら疑わしく思っているのはスケットンだけではないらしい。
「何こそこそしてんのよ」
「いや別に」
「……まぁいいわ。助けてくれたんだから、一応はお礼を言わないとね。ありがと、死ぬかと思ったわ!」
シェヘラザードはにっこり笑ってウィンクをした。
四天王云々は置いておいても、お礼がちゃんと言える辺り悪い人ではないらしい。
ナナシはつられて笑顔になって、
「いえ、ご無事で何よりです」
と言った。スケットンは「もっと感謝しろ」と言おうとして、ふと浮かんできた疑問を口にする。
「そういや、封印って死ぬのとは違うんだよな?」
「ええ。封印というものは、何らかの理由で命を奪えない相手に対して行うものですから」
スケットンの言葉にナナシは頷く。
基本的に封印とは、その名の通り封じ込めるためのものだ。
ゆえに命は奪わない。奪えない。どうにもならない相手に対し、結論の先延ばしをする魔法なのだ。
「封印されると歳は取らねぇの?」
「封印が解けたら天寿を全うしていた、とは聞いた事がないので、恐らく。昔の魔王も封印されてから百年後に蘇ったとかありますから」
「それアレだよな。魔王に合わせて勇者も未来に送られるとかされたらすげぇ嫌」
顔をしかめてスケットンは言う。
ナナシは「それは思いつきませんでした」と目を丸くした。
「できたらある意味便利そうですけどね、参加するか否かは希望制ならなお良いです」
「好き好んで未来を救いたいお人好しがどこにいるんだよ」
「私は意外とアリですけど。やる事あって良いですよね」
「お前、馬鹿じゃねーの。良いように使われるだけだぞ。やりたい事くらい自分で探せよ。勇者だろ? 立場利用して好きに遊べよ」
「遊ぶ、ですか……」
スケットンの言葉にナナシがあごに手を当てて考え込む。そこまで悩む事なのかとスケットンは思った。
「ねぇ、ちょっと。あたしの事を忘れないでよ、寂しいじゃない」
話し込むスケットンとナナシの肩をシェヘラザードが叩く。
振り向くと、彼女はむう、と拗ねたように口を尖らせていた。
「何だ、まだいたのか」
「いるわよ!」
「失礼しました、スコンと忘れてました」
「揃って失礼よね、あんた達……」
シェヘラザードは半眼になって、呆れたように言った。
そしてふとナナシの顔を見て首を傾げる。
「あれ? あんた、どこかで会った事ない?」
「あるかもしれませんがないかもしれません」
「どっちよ」
シェヘラザードは訳が分からない、といった様子で首を傾げる。
それを聞いていたスケットンが、
「こいつ記憶喪失なんだよ」
と補足すると、シェヘラザードは納得して頷いた。
「へぇそうなんだ……。えっと、あんた――――あ、そう言えば、あんた達の名前を聞いてなかったわ。名乗りなさいよ」
「いちいち上から目線の奴だな」
「それをスケットンさんが言いますか。ええと、私は勇者のナナシと言います。こちらは、同じく勇者のスケットンさんです」
「歴代最強の、が抜けてるじぇねぇか」
「歴代最強のスケルトンさんです」
「てめぇ……」
スケットンがナナシを軽く睨んでいると、シェヘラザードは「勇者?」ときょとんとした顔になる。
そして俯くと、しばらく勇者、勇者と繰り返す。
やがてその体がぶるぶる震えだした。
「おい、ブチスラみたいに震えてんぞ。通訳しろ、通訳」
「彼女はブチスラじゃないですからちょっと……」
スケットンの無茶振りにナナシが肩をすくめていると、シェヘラザードが勢いよく二人を指差した。
そして顔を上げ、キッと睨んだ。
「あんた達があたしを封印したのね!」
「人違いです」
ナナシが即座に否定したが、シェヘラザードは聞く耳を持たない。
それどころかより怒りのボルテージが上がって行く。
「うるさい! あたしを封印したのも勇者よ! ならあんた達がやったって同じ事じゃない! そうでしょ!?」
「違ぇわ。どんな理屈だよ」
同じではないが、同じことだとシェヘラザードは言い切る。
その目の端にはキラリとした涙が浮かんでいた。
「うるさいうるさーい! 中途半端に封印が解けてから、あたしがどれだけ寂しかったと思うの!? アンデッドしかいないのよ!? お腹も空くし、喉も乾くし、魔法も使えないし、さんざんよ! あんた達もあたしと同じように封印して、一人ぼっちにしてあげるんだから!」
要約すると寂しかったらしい。
半ば八つ当たりのように怒鳴るシェヘラザードを見ながらスケットンは言った。
「おいナナシ、ぼっち仲間だぞ」
「ぼっち言わんでください!」
ナナシが両手で顔を覆って嘆く。
その間にシェヘラザードは、シャラン、と腕のリングを鳴らして高らかに言い放つ。
「いくわよ、闇遊戯おおおお!」
「封印するって割に変な事言い出したぞ」
「あれ、闇の上級魔法ですよ。確か魔法の効果の一つに、確率は低いですけど即死があったはずです」
「ぼっちにしてやるって言うレベルじゃねぇんだけど」
スケットンはひくっと顔を引きつらせると【竜殺し】を抜く。
唐突に、そして理不尽に始まったシェヘラザードとの戦いに、二人は戦闘態勢を取った。