8 探しもの
ノヴァーリスを出た後、リクス達は霧の立ち込める巨大な森を歩いていた。バームダード大森林という、ノヴァーリスと同じように最古の森とされている場所。
「何だか、凄く暗いね……この森」
「バームダード大森林は古いだけあって、樹がでかいからな。そのせいで光が届かず、こう薄暗いんだ」
高く聳え立った木々は辺りを覆い隠し、その枝葉は太陽を遮ってしまっている為に、昼間でも殆ど光が射す事はない。
だからだろうか。とても不気味に見える森に脅えた表情を浮かべていたリクスを見て、キースは声を押し殺して笑い始めた。笑われている事に気が付き、すぐさまキースを見る。
「何で笑うの!」
「いや、ここは暗いから魔物が多くてな。今のお前なら、魔物のことをオバケだ! とか言いそうだと思ってさ」
くっくっと笑うキースに、ミレニスはくだらないと呆れた様な目をしているが、理解できていないスフィアは首を傾げる。
「おばけ?」
それは何だと言いたげなスフィアに、ミレニスが説明してやる。
「人が亡くなるとその肉体から魂が抜け出る。その魂の事を幽霊などと呼ぶらしいが……貴様、そのような話を本気で信じているのか?」
「だって、もう一度会えるんならその方がいいなって思って」
「怖がるけどな」
「仕方ないでしょ。急に後ろにいたら誰だってビックリするよ」
誰も居ない所に突然誰かが現れたとすれば、それが幽霊でなくとも驚くのは仕方がないとリクスは思う。それはリクスに限らず、誰であろうとそうなのではないかと。
「そういえば俺、ミレニスがビックリしたとこ見たことないかも」
「あー、確かにそうだよな。驚いたーってくらい表情変わんねえし……」
驚いたような態度を見せる事は何度かあったけれど、少しだけ目を見開くとか、眉を顰めるとか、僅かな変化しか見る事は出来なかった。それは驚いていると言えるほどのものでは到底なかった。
「くだらない話をするくらいなら足を動かせ。ここからは少し坂になっている。山ではないからあまり険しくはないだろうが、夕方までには次の街に着きたいからな、容赦なく置いて行く」
スタスタと歩みを速めるミレニスはスフィアの手を掴んでいて、引っ張られるように小走りをするスフィアはキョトンとしていたが、すぐに楽しそうに笑いながらミレニスと共に歩いて行く。
いつの間に仲良くなったんだろうと思うリクスとキースは、顔を見合わせて笑い合い、置いて行かれまいとすぐに後を追いかけた。
坂は険しくなかったのだが、道は綺麗とは言い難く、凸凹としていて歩き難い為に体力はどんどん奪われていく。傭兵なども熟していて体格の良いキースは平気そうだが、スフィアよりも少し身長が高いだけの小柄なミレニスの顔には疲労が見て取れた。それは、今まで村の外に出る事のなかったリクスにも少しだけ窺える。
「大丈夫か? お前ら」
だからキースは、敢えて誰とは言わずに声を投げかけた。
「僕は平気だ」
「俺もまだまだ大丈夫だよ」
しかしながら、予想通りの返答にキースは密かに溜め息をつくのだった。
スフィアについては訊くまでもない。彼女は疲れるという事を知らないのだから。
こうなれば、一刻も早く次の街に辿り着くべきだとそのまま歩き進めていくと、道の先に、木々の割れている場所がある事に気が付いた。そこは小道のようになっていて、少しだけ奥に入れるようになっている。
数メートル先が最奥となっていて、そこには石碑が置かれていた。
薄暗い森の中で木々に囲まれている古びた石碑。それは以前、山頂で見たものとよく似ていた。
書いてある文字も、やはり見た事のない文字だったが、ミレニスが口を開いた。
「これは古代文字の一つ、エクリで書かれている。《力を求め 力に溺れた兵 ここに眠る》」
「石碑っていうより墓標か……」
瞬間、リクスとキースの背筋に悪寒が走った。嫌な汗が頬を伝っているのがよく分かる。
「ねえ、キース。何か嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
すぐさまリクスはスフィアの手を、キースはミレニスの手を掴むと踵を返してスタスタと道を戻り、次の街へと向かって歩いて行く。
「貴様ら、急にどうしたのだ」
突然、手を引かれて訳が分からないといった様子のミレニスは、説明がない事が不満なのか、キースに手を引かれている事が不満なのか、とても不機嫌な顔をしている。
「もうあんなことは二度とごめんだからな、俺は」
「俺もだよ。絶対無理だって分かってるから」
「何の話をしている」
「力を求め、力に溺れて眠ったって、そうとしか思えないよね」
「ああ。確実にそうだろうな」
「いい加減にしろ!」
一切ミレニスの言葉を聞かない二人に、とうとう痺れを切らしたミレニスはキースの手を振り解くとその場で立ち止まった。
どれほどの距離で大森林を抜けられるか定かではないが、すぐにでもここから離れたいリクスとキースだったが、ミレニスが止まった為に自然と足を止めた。
「何なんだ、貴様ら。さっきから訳の分からない事を言って。少しくらい説明したらどうだ」
確かに説明をしないリクス達が悪い。けれども、そんな余裕がないことも確かだった。
そして、ついにあの声が耳に届く。
「あ」
それはスフィアが何かを発見した時に漏らす声。
再び走る悪寒。
眉を顰めるミレニスに落ちる影。
青褪めるリクスとキースの顔。
何だと言うように振り返ったミレニスの目に映ったのは、剣と盾を持ち、腐敗した鎧を身に纏った巨大な骸骨。
「やっぱり!」
「とりあえず走れ!」
前回の経験を全く生かす事が出来ずに再び全速力で逃げ切った一行は、大森林を抜けた所で漸くその足を止めた。山の時と同じくらいの距離を走っただろうか。思わず座り込んでしまったリクスとキース。ミレニスも相当疲れたらしく、樹に体重を預けている。
「……まさか……あのようなものが……居たとは……」
「だから、さっさと離れ、たかったんだよっ」
「やっぱり、嫌な予感は、的中するね……」
息を切らし、肩で呼吸しているリクスとキースとミレニスの三人。
しかし、ふとスフィアを見たミレニスは再び驚く事となった。スフィアは平然と、顔色一つ変えずにその場に立っていたのだから。
「スフィア……疲れて、いないのか?」
「疲れる知る無い。ミレニス、辛い?」
キョトンとしているスフィアにミレニスは絶句したまま硬直していて、そんなミレニスを見てリクスとキースは溜め息をついた。
「スフィア、疲れたことないんだって」
「体力は化け物並みなんだよ」
自分よりもずっと華奢なスフィアが疲れ知らずとは、何と不公平なのだろうかとミレニスはがっくりと項垂れていた。
それから暫く平野が続き、次の街が見えてくる。
舗装された地面に、大きな建造物の立ち並ぶ街。そこは、英知の街と呼ばれるアリスハイト。学術で栄えた街には学問を学ぶ者達が集まっている。
賑わう街中では、本を持った者や眼鏡をかけている者、学生服や白衣・作業服を着ている者達が忙しそうに往来していた。
「わあ。何だか、見たことのない人がたくさんいる」
「ここは研究者や学者、あとは学生が多いんだ」
「ここが、アリスハイトか……僕はここで失礼する」
前を歩くリクス達に、突如そう告げたミレニス。どうしてなのかと問いたげなリクスの視線を受けて、ミレニスはそのまま言葉を続けた。
「この街に居るかもしれないんだ」
「何が?」
「前に捜している人物が居ると言っただろう。その人物は、ここに居る可能性が高い。だからここでお別れだ」
これまでもミレニスとは何度も別れてきた。リクス達の目的と、ミレニスの目的は違うからだ。ここで離れ離れになってしまうのかと思うと淋しさが込み上げてきて、リクスはミレニスに声をかけようとしたが、キースに手で制止される。
「分かった。どうせ、また会えるだろ」
「どうせとはどういう意味だ……とにかく、僕はここまでだ。また会いたいのであれば死なない事だな」
それだけを言い残し、ミレニスはアリスハイトの奥を目指して歩いて行ってしまった。
その姿が見えなくなった頃、リクスはキースを見上げる。
「キース、いいの?」
「俺らに引き留める権利はないからな。ミレニスにはミレニスの事情がある」
「それはそうだけど……」
「ミレニス、いる無い、ヤダ」
「長く一緒にいたい気持ちは俺にだってよく分かる。けど、止めていい時といけない時がある。今回一緒だったのは、偶々進む方向が同じだっただけなんだからな。また会えるかどうかは分かんねえが、一生会えないわけでもない」
だから見送ってやれと優しく言うが、スフィアの目には涙が溜まったままだった。
数日間、共に過ごしてミレニスと仲良くなっていたスフィア。だからこその哀しみと淋しさだったのだろう。少し一緒に居ただけの人達とは違う。スフィアの中でもミレニスは友だと、仲間だと思える存在だった筈だ。
それはリクスにとっても同じだったが、キースの言葉に頷いてみせる。
「そうだよね。前も会えたんだから、きっとまた会えるよね」
笑みを浮かべたリクスに、スフィアは涙をごしごしと服の袖で乱暴に拭うと笑って見せた。どうやら自分なりに吹っ切ったらしい。永遠の別れではないと悟ったのだろうか。
それから情報を集める為に、リクス達も街の奥を目指して歩き始めた。
学者や研究者の多いアリスハイトでは、大聖堂の事や祭壇の事が何かしら分かるかもしれない。そう思いながら歩を進めている。
聳え立つ建造物は、他の街では見た事もない二階建てや三階建ての大きなものばかりで、リクスもスフィアも驚きと感動にキョロキョロと見回しながら歩いていて、田舎者丸出しだなと思いながらキースは密かに笑っていた。
アリスハイト第二図書館、スキエンティア学術研究院、グリモワール神術研究所、アトレーテス武術学院などの建物が過ぎていく。本当に学術に関する施設だらけで、学校に行った事のないリクス達にとっては未知の領域だ。
「何だか、俺たち場違いな気がするね」
「確かに視線が痛い気がするな」
噴水のある中央広場に差し掛かった頃、立ち止まって苦笑しながら言うリクスに、キースも引きつった笑みを浮かべている。
どこか異質なものを見るような、はたまた下等なものを見ているかのような視線が二人の肌に突き刺さっている。スフィアは理解していないのかキョトンとしていて、この時ばかりは何も知らず気付かない事が羨ましいと素直に思ったのだった。
そんなリクスに勢いよく人がぶつかってきたのは、そんな時。
「わっ!」
「あっ!」
突進するかのように背中から激突されて地面に倒れたリクスと、リクスにぶつかった衝撃で持っていた本やら資料やらをばら撒き尻餅をついている、スフィアよりも小さな体をしているその人物。
すかさず、キースもスフィアも駆け寄った。
「大丈夫か? リクス」
「痛い?」
心配そうに覗き込んでくるキースとスフィアに、リクスは苦笑しながら頷くと上半身を起こす。
ぶつかってきた相手がリクスよりもずっと小さかったとは言え、結構なスピードだった為に衝撃はかなりのものだった。
キースとスフィアの言葉を聞いて、慌てた様にぶつかってきた人物がリクスの方へ向かおうとしていたのだが、目の前に落ちていた自分が落とした本に躓くとリクスの背に前のめりにぶつかり、重なり合うように再び二人仲良く倒れ込んでしまった。
何をやっているんだと、溜め息をつくキース。
「いたた……あの、大丈夫ですか?」
うつ伏せに地面に突っ伏したままのリクスの背に乗っている、ぶつかって来た人物はそのままの状態で下にいるリクスに声をかけている。リクスは苦笑を浮かべた。
「うん、平気だけど……でも、ちょっと退けてほしいかな」
リクスを下敷きにしている事にたった今気が付いたという様子のその人物は、慌ててリクスから降りて立ち上がったのだが、バランスを崩して三度転びそうになっていて、これ以上は勘弁してほしいと思ったキースが腕を掴んで支えてあげた事で、三度目の転倒は何とか回避する事が出来た。
上に乗っていた人物が居なくなった事で、漸く立ち上がる事が出来たリクスは服についた砂埃を落とす。
リクスが立ち上がったので、これでもう安全だと思うとキースは掴んでいた腕を放し、ぶつかってきた人物はリクスに大慌てで深く頭を下げた。
「す、すみません。その、急いでいたもので……」
色素の薄いアクアブルーのくるくるとしたくせのある長い髪をポニーテールに纏めているその子は、十二、三歳ほどの、スフィアよりもずっと身長の低い子だった。大きな目が特徴的な可愛らしい子で、声も幼さの残る愛らしいものだ。
ローブのようになっている学生服に膝丈のズボンを履いている為、学院生だという事はすぐに判る。
「俺も道の真ん中で立ってたから。ごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「これ」
落としたものをせっせと拾っていたらしいスフィアから本や紙束を受け取ると、学院生の子はニッコリと笑った。
「ありがとうございます。本当にすみませんでした。それじゃあ、失礼致します」
思わず見惚れてしまうような可愛らしい笑みを向け、それから出入口の方へと向かって走って行った子の後ろ姿を見ながら、リクスとキースは不安を抱いていた。
「あの様子じゃ、またコケるかもな」
「かもしれないね。ああいうのを、ドジっ子って言うんだよね」
「ドジっ子?」
「うん。何回も転んでたし、危なっかしい感じするしね」
「ふぅん」
生返事をするスフィアはきっと理解していないのだろうが、それでもそれ以上教えられる事はなく、又、変な言葉ばかり憶えてしまっても困ると思って話を中断すると、この街にある宿屋に向かってみた。
学術都市ともあって世界中から人が多く集まる為に、宿屋も他の街と比べて大きかった。
入ってすぐのカウンターにいる店主らしき人物に話しかける。
「すみません。ちょっといいですか?」
「何だ?」
「あの、祭壇って知ってますか?」
不精髭を生やした中年の店主は少し考えるような素振りを見せていたが、すぐに思い出したのか口を開く。
「ああ、多分あれのことだろう。街の北西から出て道なりに行くと岩山みたいな建物が見える。その中にあるって話だ」
教えてくれた店主に礼を言い、早速、街の北西の方へと向かった。入って来た大森林は北東だった為に逆方向に位置するアーチを潜り抜け、更に道を進んで行く。
まさかこんなに簡単に場所が判明するなど思ってもみなかったリクス達は、正直なところ拍子抜けしていた。学術都市というだけあるという事だろうか。神獣や神術を研究しているのだったら、神殿の位置を把握していてもおかしくはない。
そうして街から離れたところまでやって来ると、その建物は見えてきた。その姿は岩山と言っても過言ではない景観をしている。辛うじて見える入口部分は神殿の入り口と同じで、ここが神殿であるという事は間違いないようだ。
入り口の両脇には槍を持った男性がそれぞれ立っているのが見えて、リクスとキースは顔を見合わせて首を傾げたが、とりあえず入口まで近付いてみる。
「何者だ、止まれ」
槍で行く手を阻まれ、その場で立ち止まった。
「あの、俺たち、祭壇に入りたいんですけど」
「許可証は持っているのか」
「許可証?」
キースは眉を顰めて訊き返す。これまで寄った祭壇前には人などおらず、許可証を必要としていなかったからだ。何故このような措置が取られているのかという事に、疑問を抱かざるを得ない。
「許可証って、どういうことだ?」
「この、火砲の祭壇へはアリスハイト中央学会から認められた者に与えられる、許可証を持つ者しか入れない」
「そんな、俺たちどうしても祭壇に行きたいんです」
「許可証を持たぬ者は例え誰であっても通すことはできん」
そうして一蹴してくる男達は事情を聞く気などないといった様子で、リクスは困ったようにキースを見上げるが、キースも困ったように頭を掻いている。予想外の出来事に思案しているようだ。
「どうしても入りたいのであれば許可証をもらって来るがいい」
「ま、神獣学の最高峰であるディラルド博士くらいまでならないと、許可証はもらえないがな」
言いながら高笑いをしている男達。これは本格的に話をしても意味がないと悟ると、仕方なしに来た道を戻って行く。
あれは完全にリクス達を馬鹿にした笑いと言葉だった。どうあっても通す気はないという事だが、正面突破をしてアリスハイトから非難を浴びるのは避けるべきだろうとキースは思う。
そうなれば、他の手段を探すしかない。
「どうしよう、キース。こんなに近くに祭壇があるのに……」
「祭壇、入るしない?」
「……いや、入るさ」
「でもどうやって? 許可証がないと……」
「さっきあいつら、ディラルド博士くらいまでならないともらえないって言ってたけど、つまりそのディラルド博士は持ってるってことだろ」
そこまで言えば、リクスも気付いたらしくキースの言葉を引き継いだ。
「そっか。そのディラルド博士が一緒ならいいってことだね」
「そいういうこと。神獣学の最高峰って言ってたから、多分、神獣研究所にいると思う」
「そこ行く?」
「ああ。すぐ行こうぜ」
そうと決まれば時間をかける必要はないと、そのままアリスハイトへと戻って来た。その足で神獣研究所を探し出し、中に入ってみると、広いエントランスの奥にカウンターがあり、数人の女性が座っている。
中央に居るコーラルピンクの髪の女性に話しかける事にし、女性へ近付いた。
リクスと同い年か少し上の年齢の営業スマイルを浮かべたにこやかな女性に、リクスが声をかけた。
「すみません」
「はい、何でしょうか」
「あの、ここにディラルド博士っていますか?」
先程あの男達が言っていた名をそのまま告げてみる。今のリクス達にはその名しか情報がないからだ。
「ディラルド博士ですか? アポイントはお取りでしょうか」
「あぽ……?」
キョトンとするリクスに、ニッコリと笑いかける受付の女性。
「アポイントのない方はディラルド博士とはお会いできません」
一切、笑顔を崩す事無く言い切った女性は頭を下げていて、それ以上踏み込む事を良しとしていない様子だった。
再び困ったようにキースを見上げれば、キースは深々と溜め息をついた。
「どんだけ段階踏まなきゃなんねえんだよ……」
祭壇に入る為には許可証が必要で、許可証を持っているのは神獣学の最高峰と言われているディラルド博士という人物だけで、その人物に会う為にはアポイント――つまり、会う約束を取り付ける必要があると言うのだ。
この調子だと、ディラルド博士と会えるまでに数日の時間を要する事になりそうだ。しかし、たったそれだけの事にそこまで時間をかけるべきか悩むところである。
このまま、大聖堂を先に目指した方が早いのではないかと思うが、スフィアの記憶を早く戻したいという気持ちもある。
どうするべきか思案していると、声をかけられた。
「あれ、先程の方達じゃないですか」
突然の声に振り返ってみれば、そこには先程、中央広場でリクスとぶつかったドジっ子の姿があった。
「どうかしたんですか?」
何かお困りのようですけど、と言われてリクスはキースを見て様子を窺った。リクスが話すべきかどうか迷っていると悟ったキースはリクスにしては珍しいなと思いつつ、話しても良いと目で合図すると、リクスは頷いてから口を開いた。
「俺たち、ディラルド博士って人に会いたいんだけど」
「はい? 何か御用ですか?」
「え? あ、うん。火砲の祭壇に行きたいんだ。でも、許可証がないとダメだって」
「ああ、そういう事ですか。でしたら、ご一緒します」
ニッコリと笑いながら軽く了承の返事を受けたのだが、一体どういう事なのかと理解できていないリクスとキースは顔を見合わせる。
「もしかして、連れて行ってくれるの……?」
「はい。祭壇に行けばいいんですよね」
「え? でも、ディラルド博士は祭壇にいなかったけど」
「あ、申し遅れました。僕がディラルドです」
今一度、とても良い笑顔でそう言い切ったディラルドと名乗るその人物に、目が点になる。
そして、エントランスにリクスとキースの驚く声が木霊した。
「ディ、ディラルドって女だったのか?! 名前からてっきり男だと……」
「名前通り男ですよ」
よく間違われますが、と言いながら苦笑する姿はとても美少女と称する方が相応しく、少年には見えなかった。そして更に驚きなのは、その幼さで博士という称号を得ているという事。
どこから訊いていいのか分からずに戸惑っていると、ディラルドが踵を返した。
「もうすぐ日が暮れてしまいます。行くのでしたら先を急ぎましょう」
どうも腑に落ちないという顔のキースだったが、ディラルドはお構い無しにドアの方へ進んで行ってしまうので、言われるがままに神獣研究所を後にし、再び火砲の祭壇のある神殿を目指して歩いて行く。
その道中でディラルドが、祭壇を訪れる理由を訊いてきたので、大まかな説明をする事にした。こうして協力してもらっているのだから、多少なりとも話さなくてはならないと。
スフィアの事、記憶がない事、祭壇と記憶の関係などを説明している間、ディラルドは静かに聞いていた。神獣学の研究者ではあるが学者であるという事に変わりなく、様々な事に興味があるのだろう。
そうして話し終えると、突然ディラルドが「あっ」と声を上げた。
「ど、どうしたの? 急に」
「きちんとした自己紹介がまだでしたよね。僕はディラルド・エスティーダです。ご存知かと思いますが、神獣研究所で神獣学について研究しています」
唐突な自己紹介に正直、戸惑っているリクスとキース。これも研究者ゆえという事なのだろうか。
「名前、スフィア。ディラルド、よろしく」
「宜しくお願いします、スフィアさん」
しかし、何だかすでに打ち解けているらしいほんわかと花を散らしているスフィアとディラルドの二人を見ると微笑ましくて、リクスもキースも笑みを浮かべるとディラルドを見る。
「俺はリクス・ユーリティ」
「キース・アルキードだ」
名を告げれば、立ち止まって「宜しくお願いします」と頭を下げるディラルド。どうやらかなり律儀な性格らしい。
それから少し歩けば神殿の入り口が見えてきて、両脇に立っている男達が槍で行く手を遮っているのが分かった。けれども、先程のように追い返される事はない。
「すみませんが、そこを通していただけますか?」
「先程も言ったが、ここは許可証を……って! ディラルド博士!?」
「はい。僕が許可証を持っている事はご存知ですよね」
キラキラとした笑顔。この笑みに誰が勝てると言うのだろうか。ミレニスと対面した時の反応を見てみたい気がするなと、リクスもキースも思っていた。
槍を退け、どうぞお通り下さいと両脇に避けて深々と頭を下げている男達。随分と態度が違うと思うものの、神獣学の最高峰と呼ばれる博士を前にすれば、アリスハイトから派遣されたであろう男達はひれ伏すしかないといったところか。
ディラルドを先頭に中に入ると、そこは灼熱の地獄だった。
砂漠の暑さが生ぬるく感じてしまう程の熱気。それは、奥に続く道の両脇で煮え滾るマグマの海のせいだとすぐに理解した。マグマと通路との距離はおよそ十メートル。
洞窟となっている内部だったが、天井はとても高い。それなのにもかかわらず、熱気で肌が焼かれるようだ。神殿内なのだから予想してはいたが、この暑さは異常ではないだろうか。
「僕が道案内をします。先を急ぎましょう」
風韻の祭壇よりも少し幅の広い道を通って奥へと進んで行くのだが、リクスは隣を歩くスフィアを心配そうに覗き込む。
「スフィア、大丈……夫じゃないよね」
火照った顔、焦点の定まらない目。砂漠の時よりもずっと辛そうなスフィアは、今にも倒れてしまいそうだった。
「スフィア。無理しなくていいからね」
「……無理、する無い。平気」
そんな筈がないという事はスフィアを見ていれば判るというのに、それでもスフィアは弱音を吐くような事はしない。判っていても強がりを咎める事が、今のリクスには出来なかった。
祭壇には行かなければならないのだから。スフィアの記憶を取り戻す為には大事な場所で、避けて通る事は無理なのだ。だから、今はスフィアの強がりを信じて我慢する事しかリクスには出来なかった。
その前を歩くキースはディラルドと話をしている。
「ディラルド。お前、一体何者なんだ? さっきのあいつらの態度、博士に対してだけとは思えなかったけど」
入り口前に居た男達。幾らアリスハイトの博士だからと言っても、あそこまで過剰な反応を見せるだろうか。
訊かれ、ディラルドは苦笑を浮かべる。
「ああ、それは僕が十三歳で博士という立場だから、アリスハイトでは少しばかり有名なんですよ。よほど珍しいんですね」
「確かに、その歳で博士になれる人間なんか、そういないからな。けど、ホントにそれだけか?」
「ええ、それだけです」
笑顔で答えたディラルドは、それ以上訊かないでと言っているような気がして、キースはそれ以上、踏み込む事をしなかった。何かを隠していたとしても、今の自分達が詮索していい事ではない、と。今回は偶々協力してもらっているだけで、仲間になった訳ではないのだから。
暫く歩いて行くと、最奥へと辿り着いた。他の所よりもマグマが活性化しているのかゴポゴポと音を立てている。
最奥部のさらに奥、マグマの海の中央部には大きな球体が浮いていた。ガラスなどの硬質なものではなく、泡のような軟質のように見えるその球体。しかし、そこへ続く道はどこにも存在していない。
「ここで行き止まりです。これ以上、先に進む道はありません。ここに祭壇があるのは間違いない筈なのですが……」
やはり、スフィア以外の者では祭壇は姿を現さないのだとリクスもキースも確信した。それは過去二回の経験から判っている事だ。
だから何の説明もなしにスフィアは先端へと向かい、球体の正面に立った。
「一体、何が……」
「見てれば判るさ」
するとスフィアの立っている地面に、円形の複雑な紋様が刻み込まれた陣が描き出されたかと思うと紅く光り輝いた。
直後、地鳴りのような音が響き渡り、球体の中から分厚い白い石で出来た板が伸びてきて崖の先端に結合し、板に水平に亀裂が入ると上部分が、板と同様の石で出来た石柱に押し上げられて垂直に上がって行く。石の板は三メートルほどの高さに達すると重い音を立てて止まり、球体は弾けて消え、陣も消えた。
「行こう、スフィア」
頷いたスフィアの手を引いて祭壇へと歩いて行くリクス達の後姿を見てから、キースはディラルドを見下ろした。
「俺らも行こうぜ、ディラルド……ディラルド?」
視線の先にいる小さな博士は、目を丸くしたまま動こうとはしない。
「……ディラルドー……おーい」
目の前で手をぶんぶんと振ってやると、ディラルドはハッとして慌ててキースを見上げた。
「大丈夫か?」
「へ? あ、え、は、はい!」
どうしたんだと苦笑するものの、とりあえず行こうとディラルドの背中を押して祭壇へと続く道を歩き始めた。
祭壇前で、すでに待っていたリクス達と合流する。
台座を囲むように設置された燭台に灯った炎と、十字架の中央部に埋め込まれている宝石が仄かに明かりを灯している。
大砲のように時折マグマが噴出している様は、まさしく火砲。
銀色の髪を靡かせながら台座に乗ると、十字架の宝石に手を伸ばしてそっと触れた。
宝石から出てきた淡い紅い光を両手で包み込み目を閉じると、光はスフィアの体を包み込み炎がスフィアの体を取り巻いた。
「猛き竜が炎を生む」
紡がれた声と共に炎は消え去り、スフィアを包んでいた光が弾け霧散すれば、暫しの沈黙が降りた。そして、スフィアは薄っすらと目を開けた。そして虚ろな目で振り返るとリクスを見、そっと手を伸ばす。
「……スフィア……?」
しかし、名を呼ばれた事でハッとするとハッキリと目を開き、そのまま正面にいるリクスを見る。
「リクス、スフィア、今……」
真っ直ぐに見合って、リクスの顔が不思議そうだという事に気が付くとスフィアは慌てて口を開く。
「思い出すした。スフィア、スプライト一緒いた。花、草、いっぱいあるとこ」
「スプライト?」
「キラキラ、ひらひら飛ぶする」
キラキラしていて、ひらひらと飛んでいるもの。それを聞いて思い当たるのは一つしかなかった。
「もしかして、蝶のこと?」
「ちょう?」
「スフィアが泉の辺にいた時に周りを飛んでたでしょ」
「うん! スプライト!」
楽しそうに嬉しそうに返事をするスフィア。草花の咲き乱れる光り輝く場所にスプライトという蝶と共に居た。
聞く限りの情報を纏めてみても、とても綺麗な場所でスフィアは育ったということが窺える。そこで楽しく過ごしていたのならば、帰してあげたいとリクスは思った。その為には、スフィアの記憶を取り戻す事が先決だ。
そうしていると、今まで事の成り行きを見守っていたディラルドが興味深そうにスフィアを見ている事に気が付いた。そして、とうとう我慢が出来なくなったようにスフィアに詰め寄っている。
「あの、スフィアさん! い、いい今の何ですか!?」
突然、目の前に来たディラルドを見て、目を丸くしてキョトンとするスフィア。
いきなり迫られたら驚くのも無理はないだろうと見守っていたリクスだったのだが、不意に視線がリクスに向けられスフィアに見つめられた事で困惑する事になった。あれは、助けを求めているという事だろうか。ここでリクスに振られても困るというものだ。
そんなやり取りを見ていたキースは半ば他人事のように思っていたが、他人事にする事は出来なかった。困惑したリクスが、今度はキースに助けを求めたからだ。
一体何の連鎖なんだと思いつつ、溜め息をつくと仕方がなくキースは口を開いた。
「今のは、正直俺らも判んねえんだ。ただ、スフィアが祭壇に近づくと、それまでなかった祭壇への道ができて、祭壇の十字架のとこに行くと記憶が戻るらしい」
「それは、儀式みたいなものでしょうか」
「なんじゃねえかな」
キースの説明を聞いて「興味深いですね」と呟きながら、ディラルドはスフィアや祭壇を食い入るように見つめている。学者の性とでもいうのだろうか。自分が知らない事はとことん調べないと気が済まないのだろう。
「俺、ディラルドが博士って呼ばれるの分かる気がする」
探究心が強いという事なのだろう。常人の何倍も。
「でぃら、るど……?」
ディラルドを見たままキョトンとしているスフィア。
先程までとは一変したディラルドの事を、スフィアはずっと不思議そうに見ている。そんなスフィアの視線にリクスもキースも気付いていたが、ディラルドのような反応をする人間が珍しいのか、初めて見たからなのかは判らなかったけれど、きっと何をしているのか理解できていないのだろうと思い、特に気に留める事は無かった。
その後、祭壇を隅から隅まで調べ切って満足したらしいディラルドを先頭に祭壇から離れて広場へと戻って来るなり、その足でアリスハイトへと戻って来た。
しかし、帰りの道でもディラルドの好奇心は留まる事を知らず、リクスとキースはひたすら質問され続けていた。
前に行った祭壇はどんな所だったのか、何故スフィアが近付くと祭壇が反応すると思うのか、スフィアはどこの誰なのか、何故女神ヴェルミナにあんなにもそっくりなのかと、質問攻めだった。
答えられる範囲で適度に答え、時に話を流していた二人は、アリスハイトに着いた頃には満足気なディラルドとは裏腹にげっそりとしていた。
「キース……学者ってみんな、こうなのかな?」
「いや、あれは稀だな」
苦笑するリクスと呆れたように半眼のキース。
今まで何度か学者の傭兵をした事のあるキースだったが、あそこまでの人物は見た事がなかった。多少好奇心は強かったものの、それでも常人よりはという程度だったのだから。
街の出入口付近まで戻って来たリクス達は、グリモワール神術研究所へと戻る最中にディラルドがアリスハイトを案内してくれると言うので、逆方向へと歩き出そうとしていた。
その時だった。
グリモワール神術研究所のある方から勢いよく走って来た人物が、突如として後方にいたディラルドの背中にぶつかったのは。その衝撃に、前のめりに倒れたディラルドはそのまま目の前にいたリクスに衝突し、バランスを崩したリクスも倒れた事で三人が地面に突っ伏してしまった。
またこういうパターンかと頭を抱えているキースと、「おぉー」と何に感心しているのかよく判らないが感嘆の声を上げたスフィア。
倒れた三人がそれぞれ声を漏らした事で皆が無事だと確認し、キースは手を差し伸べる。
「何やってんだよ、全く。ほら、掴まれ」
ぶつかってきた人物にそう言うと、その人物はキースの手に掴まった。
「すまない。急いでいたもので……」
言いながら顔を上げたその人物と目が合った事で、互いに驚き、目を丸くした。
「ミレニス?!」
「なっ、キース!」
ディラルドにぶつかったのは、アリスハイトに来て別れたミレニスだった。とりあえず手を掴んだまま引き上げて立ち上がらせてやれば、ミレニスは不服そうな顔をしている。
「珍しいな、ミレニス。お前が人にぶつかるほど慌てるなんて」
「う、煩い!」
掴まれていた手を弾くとその拍子に後退してしまい、後ろで起き上がろうとしているリクスに躓いて尻餅をついたミレニスの体重で、再び地面に倒れこんでしまったリクスは苦笑を浮かべるしかなかった。
「俺、何かこんなのばっかり……」
フェルメールでのサァラといい、先程のディラルドといい、ミレニスといい。巻き込まれる体質なのだろうか。
その後、三人が起き上がった事で漸く話が出来る状態となった為に、リクスがミレニスに声をかける。
「ミレニス、用事は終わったの?」
アリスハイトに来た時、捜している人物が居るかもしれないからと言って別れたミレニス。しかし今、ミレニスは一人でいる上に、先程「急いでいて」という事を口にした。何やら事情があるのではと思ったのだが、ミレニスが首を横に振った事で案の定だったらしい事を知る。
「何とか捜し当てる事は出来たのだが、会いに行ったら不在だと言われてな」
「そうなんだ……それって有名な人なの?」
「ああ。神獣学の権威と呼ばれている博士なのだが……」
その言葉は、衝撃以外での何ものでもなかった。神獣学の権威で博士という人物など、一人しか思い当たらなかったから。
自然と、リクスとキースの視線がディラルドへと向けられた。
「あの、僕に何か御用ですか?」
唐突なディラルドの言葉に、ミレニスは眉間に皺を寄せて明らかに怪訝な顔をしている。その反応はリクス達にもよく理解できるものだった。恐らくは、先程リクス達がディラルドを見て感じた事をミレニスも思っているのだろう。
「いや、僕は……」
「申し遅れました。僕はディラルド・エスティーダ。神獣学の学者で、博士です」
本人の口から告げられたが、それでもミレニスは怪訝そうな目を向けたままだった。それから、確認するかのようにリクスとキースを見てきたので、リクスは苦笑して頷き、キースも頬を掻きながら肯定の意を見せた。
「お前の気持ちはよく分かるけどな、正真正銘、本物のディラルド博士だよ」
ここまで来て、リクスとキースが嘘をつくとは到底思えず、ミレニスは再びディラルドを見た。
自分よりもずっと小さな、少女のような人物が神獣学の最高峰と呼ばれる人物だという事を理解できないようだった。それとも、理解したくないといったところだろうか。
だが、事実は事実なのだから仕方がないと腹を括り、真っ直ぐにディラルドを見る。
「ディラルド博士、貴様に訊きたい事がある」
「ミレニス……人に話を訊く時に貴様はマズいんじゃないかな」
「ディラルドがあの容姿だからな。格上と見るのは屈辱だったんだろ。博士ってつけただけいいんじゃないか? あれで精一杯だったらしいし」
「黙れ!」
苛立ったミレニスは二人を怒鳴りつけて一蹴するなり、ディラルドを見据える。その目は睨んでいると言っても過言ではないほど鋭いものだった。
「貴様は唯一、《誓契者-フェアトラーク-》の資格を持つ者だと聞いた。それは本当か」
ミレニスの言葉に驚いたディラルドは、すぐさまミレニスから視線を逸らした。その態度が気に入らないのか眉を顰めたミレニスだったけれど、すぐにリクスとスフィアの言葉に気が削がれてしまう。
「フェアトラークって何?」
「スフィア、知る無い」
キョトンとしているリクス達に、キースは腕組みしながら言葉を紡ぐ。
「俺も噂で聞いただけだがな、神獣と心を通わせ、その眷属となり直接力を借りることができるって話だ。現存している有資格者は一人だけって話だったが、それがディラルドなのか?」
あくまで噂で、都市伝説のような話だという認識しかなかった。あまり有名な話でもなく、信じる人間もいないというのが現状だろう。
しかし、キースの言葉にディラルドの表情は曇っていって、それはディラルドに何者かと問うた時にも見た表情だった。
「僕にはフェアトラークの力が必要なんだ。どうか、力を貸してほしい」
自信が無いかのように視線を逸らしているディラルド。けれどもミレニスはそれを許さないというように真っ直ぐにディラルドを見続けていて、数秒の沈黙の後、観念したようにディラルドはミレニスを見返した。
「確かにフェアトラークの資格は持っていますが、僕、一度も神獣と誓契をした事は無いんです」
すみませんと謝るディラルド。
しかし、誓契――誓いを立て契約を結んだ事が無いというだけで引き下がる事の出来ないミレニスは、どうにかしなければと何かを思案している。
けれども答えを出したのは、ディラルドでもミレニスでもなかった。
「だったら、契約しに行けばいいんだよ」
突然の思いつきのようなリクスの言葉に、キースもミレニスもディラルドも呆気にとられたような表情になる。
「祭壇のある神殿には、神獣が祀られてるってミレニス言ってたでしょ。だったら、火砲の祭壇にもいるんじゃない? それに今なら、スフィアが一緒にいるから祭壇に入れるよ。そうすれば、神獣と誓契っていうのができるよ」
確かにリクスの言う事は一理ある。これまで、幾ら調査をしていても行く事の出来なかった祭壇にスフィアが居れば入る事が出来る。否、この期を逃せばもう二度と誓契する機会を失うかもしれない。
スフィアが共に居る今しか出来ないと言ってもいいだろう。
そのチャンスを、神獣学の学者であるディラルドが逃す筈がない。
「是非、行きましょう! すぐにでも! 僕、頑張ります!」
突然テンションが上がり、キラキラと目を輝かせているディラルド。リクスとスフィアは一緒に頑張ろうねとはしゃいでいるのだが、キースはやれやれと息をついていて、ミレニスは呆れた目で見ている。
そうして盛り上がっているリクス達に、キースは水を差すような言葉を告げた。
「行くのは別にいいんだけどな、今日はもう遅い。明日、出直そうぜ」
気が付けば太陽は沈み始めていて、辺りはオレンジ色に染まっている。もうすぐ夜になるというのに外に出るのは危険だ。
そう判断したキースの言葉に頷くと、ディラルドに連れられて一行は宿屋へと向かうのだった。