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MEMOLIA LINK  作者: 氷滝 流冬
第二部 神獣篇
15/21

15 誓契者-フェアトラーク-

 リルアーテルで誓契していない神獣は風鳥-ファウライレ-のみという事で風の神殿へと向かったのだが、ファウライレとの誓契はひどくあっさりとしていた。

 祭壇奥にある神獣の間に着くなり、ディラルドは腰についているホルダーから取り出したブレスレットを左手首につけて胸の前で拳を握ると、目を閉じる。

「我は(あるじ)の代行者 我は願う 御身の姿を我が前に!」

 目を開けると、十字架の中心についている宝玉とディラルドの手首についているブレスレットの翠色の宝石――ベルデコアが淡く翠の光を放ち、互いの光が中心に向かっていくと、翠の光がぶつかった地点で風が渦を巻いている。

 すると光は消え、風が更に激しさを増して球状になり、中から白緑色の大きな翼が出てきて、それに伴い風の球が霧散した。額と足には他の神獣と同様の装飾品がつけられている、エメラルドグリーンの羽を持つ美しい鳥が、そこに浮いていた。三本の尾は、絹のように美しい。

【ボクはファウライレ ヒトに会うのは久しぶりだな フェアトラークがいるってことは誓契だね】

「は、はい。試練をお願いしたいです」

【ボクは試練なんてしないよ あんなもの ただの目安でしかないからね フェアトラークがいるんだから 試す必要性を感じないよ さあ 誓いを立てて】

 軽い調子のファウライレに戸惑いを見せていたディラルドだったけれど、何事もなく誓契できるならと、左拳を握って天井に向け、差し出すように手を伸ばす。ベルデコアがキラリと一度、煌いた。

「我が名はディラルド・エスティーダ。フェアトラークの資格を与えられし者。我が願いは主の願い、主の願いは世界の願い。我らに力と加護を与え賜え。我が生涯は主の為に」

【うん わかった】

 ファイライレの体を取り巻くように風が巻き起こり、風へとその姿を変えるとブレスレットのベルデコアの中へ入っていき、ベルデコアの中に風が吹いた。そして十字架の翠の宝玉が、一度大きく煌いた。

 拍子抜けする程あっという間の出来事だった為に呆気にとられたものの、誓契できたので特に気にする事もなく風の神殿を出る事にした。ファウライレも、ラディウスとアルフェーレス同様に連れている。

 風の神殿から泉の方を目指して歩いて行けば、すぐに開けた泉の畔へと出た。その時、先頭を歩いていたリクスの目に黒い二つの影が映り込んだ。

 瞬間、全身の血が沸騰するような感覚を覚えた。脳裏を過ぎるのは、フィエスタの惨状。しかしそれでも、すぐに飛び出すような事はしなかった。

 それは、派手な紫髪と、金と黒のメッシュの髪が目に入ったから。

 リクスの後ろから、キースが「あ」と声を漏らしたので、やはりリクスが思い描いていた人物がそこに居たらしい。そして、キースの声に反応したらしい二人組がこちらを振り向いて、その顔に確信を持った。

「げっ」

「げって何だよ、げって」

 心底嫌そうな顔をしている二人組は逃げたいような素振りを見せつつその場に居たので、リクス達は二人組に近付き、その距離を縮めた。

「あの、この方達が、例の?」

「そ。変な奴ら」

「変じゃねーよ! オレ様たちは、黒流浪-シュヴァルツォーク-だ!」

 威張るように、どうだと言わんばかりの顔をしている紫髪の男。対するメッシュ髪の男は、やってしまったというように頭を抱えている。

「……で?」

 冷ややかなキースとミレニスの視線。思わず、紫髪の男がたじろいだ。

「え、いや……で? って言われると、別に、何もねーけど……」

「あっそ。お前らにちょっと頼みごとがあるんだけどな」

「は? 何でオレ様がてめーらの頼み事なんか聞かなきゃなんねーんだよ!」

 絶対にお断りだと、腕組みしながらツンと顔を背ける紫髪の男に、キースとミレニスが額に青筋を浮かべた。イラッという効果音が聞こえてくるようである。

 更にミレニスは胸元の飾りに手を当てて武器を取り出そうとしていて、それが横目で見えたリクスが慌てて止めようとしたのよりも早く、メルヴィーナがミレニスを手で制した。見上げたミレニスに対して「任せな」と言わんばかりにウィンクすると足元に転がっていた、拳よりも一回り大きな石を手に取り、シュヴァルツォークと名乗った黒衣の二人組へと近付いた。

 紫髪の男はリクスよりもやや低く、メッシュ髪の男はリクスよりもやや高いくらいの身長しかない為に、メルヴィーナの方が大きい。そんなシュヴァルツォークを見下ろし、先ほど手に取った石を握った手をシュヴァルツォークへと突き出す。

 一体何をするつもりなのかと身構えているシュヴァルツォークを一瞥し、ニッコリと笑ったメルヴィーナは手に力を込めると、軽々と石を握り潰した。

 パァンっと弾けるように粉砕された石の破片がシュヴァルツォークの顔や体に当たり、メルヴィーナの右拳から砂と化した石が零れ落ちているのを見て、シュヴァルツォークの顔から血の気が引いていった。

「頼みごと、当然聞くだろう?」

 清々しいほどの笑顔で脅迫されたシュヴァルツォークは反抗する気になどなれないらしく、ブンブンと勢いよく頭を振って頷いた。

 その反応に満足し、メルヴィーナは手のひらについていた砂を払うと踵を返し、キースの肩を叩いて後方に居るディラルドの方へと歩いて行った。後はよろしく、という事なのだろう。

 キースは乾いた笑いを漏らし、頭を掻くと改めて口を開く。

「で、だ。最近、何か変わった話とか聞かなかったか? 何か事件とか」

「し、知らねーよ」

「オレら、あんまり街には近寄んないんよ」

「そりゃ、自業自得だろ」

 半眼になりながらシュヴァルツォークを見やる。

 しかしながら、予想していた答えだった為に話を続ける。

「こっからが本題な。お前ら、フェルメールまで行って、情報収集して来い」

「はあ!? ぜってー……」

 嫌だと全力で拒否しようとした紫髪の男だったが、メッシュ髪の男が肩を掴んで後ろに下げた為に、最後まで紡がれる事はなかった。

 抗議しようとする紫髪の男には目もくれず、メッシュ髪の男は口を開いた。

「そんなん頼むってーことは、訳ありっしょ? ハイドレンジアん時にこいつの暴走止めてくれた礼もあるかんな、行ってくるわ。ただ、何の情報が欲しいかは聞いてないんから、そこんとこの文句は受け付けんよ」

 そう言って、メッシュ髪の男は納得のいっていない様子の紫髪の男を引き摺るように連れて、林の中へと消えて行った。

 その後ろ姿を見送り、ディラルドがぽつりと言葉を漏らす。

「何だか、聞いていた話とは違いましたね」

「だね。脅したのは悪かったかねぇ」

「あ、そうだ、メル。あれ、凄かったね!」

「大したことないさ。地のマテリアを少し使えば、あのくらい何てことないよ」

 羨望の眼差しを向けてくるリクスにニッコリと笑みを向けるメルヴィーナ。そうなんだと、今の説明で納得しているリクスだったが、キース・ミレニス・ディラルドの三人は気付いていた。

 今、確かにメルヴィーナは《地のマテリアを少し使えば》と言った。つまり、大半はメルヴィーナの力という事になる。拳一つで地震を起こしてしまうのだから、もう驚く事はなかったが、怒らせると一番怖いのはメルヴィーナだろうと思った。

 それからどのくらいの時間が過ぎただろうか。フェルメールからシュヴァルツォークが戻って来た。

「早速だけど、報告するわ。最近、大聖堂で何か事件があったっぽい。ただ、詳しい話は何も分からんって。神官と司祭が話してるんを偶然、聞いた人がいて、それが噂になってるんよ」

「つまり、詳しく知ってるのは司祭だけってことか」

 そういう事だと頷くメッシュ髪の男。

 神官がわざわざフェルメールまでやって来たという事は、リクス達の行方を追っているという事だろう。そうなれば、特徴なども伝えている筈。もしかしたら司祭が街の人達には黙ってくれているのかもしれないと思った。

 司祭が皆、悪い訳ではないと、そう思いたかった事もあったのかもしれない。

 伝える事は全て伝えたと、シュヴァルツォークはすぐさま踵を返していて、その背にリクスが声を投げかける。

「あの! ありがとう!」

 素直なリクスの言葉に二人が振り返る。

「借りたもんは返さんとな」

「オレ様は二度とゴメンだからな!」

 べーっと舌を出す紫髪の男は不機嫌そのもので、苦笑と溜め息が皆から漏れた。

 そんな空気にも振り返る事無く、シュヴァルツォークは泉から居なくなった。 

 一応、警戒してはいたが、そこまで大変な騒ぎになっている訳でも、指名手配をされているという事もない為に、今はまだそれほど心配する必要はなさそうだ。

 その事が判明しただけでも、シュヴァルツォークには感謝するべきかもしれない。


 そうして一行は泉を後にし、ベルティエラへと渡った。次に目指すは、雷の神殿。エレウテリアでメイスタッドの反対側に位置する海辺の村まで行き、そこから高く聳える岩山を目指した。

 暗雲立ち込める空の下、岩山を登り切った頂上に雷の神殿はあった。

 中に足を踏み込めば、ゴロゴロと雷の音が鳴り響いている。薄暗い神殿内は天井から落ちる雷によって照らし出されている為、辺りが明るくなればなる程あちらこちらで落雷が発生しているという事になり、それは恐怖でしかなかった。

 人工的な造りの通路の両脇に避雷針が設置されている為に、リクス達に雷が落ちる事はなさそうだが、それでもすぐ傍に落ちた時には爆発が起きたかのような爆音で、体が竦み上がる。

「スフィア、大丈夫?」

「平気。ピカピカ、スフィア好き」

「そ、そう……」

 音の事は特に気にしていないらしい。それよりもピカッと光った瞬間の独特の光が気に入ったようで、怖がっていないのであれば何よりだとスフィアから視線を外した。そう言っているリクスが一番脅えているのだが。

 綺麗に舗装された石畳の道は、自然に出来ているものではなく、他の神殿と比べて異質に映る。複雑に入り組んで迷路のようになっている通路は各所で繋がっているらしく、結局のところは一本道になっているようだ。いつもなら神殿内という事で興奮気味のディラルドが大人しいのは、やはりまだ不安が残っているからだろう。

 後ろを歩くディラルドにリクスが視線を送ると、気付いたディラルドはニコッと笑って返してくれる。

 どうやら、不安と言うよりは緊張をしていると言った方が良さそうだ。

 今は声をかける必要はないと判断し、そのまま最奥を目指して歩いて行く。

 最奥は不自然に道が途切れていて、その先は落雷が滝のようになっていた。雷で奥を見る事はできない。

 いつものようにスフィアが崖先に立つと紋様が光り、その後、落雷を割って石造りの道が姿を現した。

 そのまま祭壇へと向かって歩いて行くのだが、祭壇へ続く道に遮られた雷が道の横を過ぎ、落ちていくのが見えている。落ちる雷を見る度にビクつくリクスを後ろから見ながら、笑いを堪えるキースと呆れるミレニス。しかしながら声をかける事はせずにキースが面白がっているのに対してもミレニスは呆れていた。

 祭壇へ入ると、透明な球体に覆われている電気の塊が四つ、四隅に浮かんでいる。

 雷鳴が遠く響くその場所は、まさに遠雷。

 いつものようにスフィアが祭壇の階段を登ろうとしているのを見て、ディラルドが慌てて声をかける。

「待って下さい、スフィアさん」

 今までと同じやり方ではまた記憶を失ってしまう。そうならない為には、別の方法を試すしかないのだ。

 キョトンとしながらディラルドを振り返ったスフィアの右隣に立ち、少ししか違わない身長のスフィアをディラルドは見上げる。

「水は雷と相性がいいので、水のマテリアを発生させましょう」

 水の神殿でリヴァーテルと誓契したディラルドは、水のマテリアを操る事が出来るようになったのだと言う。

「原理は、神術を使う時と同じです。手の先から水が流れていくイメージをして下さい」

 言いながら、ディラルドが右手を前に出すと手のひらの前に水の粒が現れ、それが次第に大きくなると球状になった。そのまま水球を十字架の宝玉に押し当て、押し込むように自らの手を宝玉に添える。

 そしてスフィアを振り向き、「手を……」と重ねるよう促した。

 どこか不安げなスフィアを見て、リクスがスフィアの左斜め後ろからスフィアの右手に自分の左手を重ねた。そんなリクスを振り返り、顔を見上げてくるスフィアに大丈夫だと頷いてあげると、決心したのかスフィアはリクスの手が重なった右手を更にディラルドの右手に重ねた。

 ディラルド、スフィア、リクスの手が重なり、宝石から出てきた淡い黄色い光がリクス達の体を包み込むと、電気が三人の体を取り巻いた。

「眩き狼が雷と謳う」

 目を閉じたスフィアの口から言葉が紡がれると、呼応するように電気が消え去り、三人を包んでいた光が消えたので、リクスもディラルドも他の者達もスフィアを見る。

 いつもと違い、十字架にはディラルドが触れていたのだが、そのディラルドには変わった様子は見受けられない。そしてスフィアは、何の反応も示していない。失敗したのだろうかと、不安な空気が流れ始めていた。

「……スフィア……?」

 痺れを切らしたリクスが名を呼ぶと、スフィアが銀色の髪を靡かせながら振り返った。その顔は、溢れんばかりの笑顔。

 そのまま、飛び込むようにリクスに抱き着き、突然の事に驚いて受け止めきれなかったリクスは、尻餅をつくように三段の階段から落ちてタイルに座り来んでしまった。

「リクス、平気か?」

 心配そうに声をかけてくるキースに一応、頷いて返したリクス。しかし、スフィアはそんな事も気にならないのか、幸せそうにリクスの胸に顔を埋めている。

「え、えっと……スフィア?」

 一体全体どうしたと言うのだろうか。困り果てたリクスが今一度その名を呼ぶと、漸くスフィアが顔を上げる。

「あ……ごめん。何か、嬉しかった」

「記憶は……?」

「平気。失くなってない。大切な記憶、みんなある」

 そう言ってスフィアは、ディラルドの方を振り向いた。そして再び笑みを向ける。その微笑みは慈しみのような、惹きつけられるほどの美しいものだった。

「ありがと、ディラルド。ディラルドのおかげ」

 その言葉に、笑みに、まるで力が抜けてしまったかのようにディラルドはストンとその場に座り込んだ。そして、自分の仮説が正しかった事を漸く実感したらしく、はにかんだ笑みを浮かべている。

 良かったねと、スフィアとディラルドの二人に各々の言葉をかけていた。

 それからスフィアはリクスの上から避けてリクスを立ち上がらせるなり、再び十字架の方を向いた。そして十字架の宝玉に触れる。

「ネダーリク」

 十字架の宝玉が黄色い光を放ち、祭壇が光に包まれ目を瞑った次の瞬間、光は消え去り、そこにあった筈の十字架はなくなっていた。あるのは、神獣の間へと続く道。前回、地の神殿でラディウスが行っていた事と同じだろう。

 道が出来たのでそのまま奥へと向かい、すぐにディラルドが神獣を呼び出した。雷が形を成し、額と足と胴に他の神獣と同様の飾りをつけた狼が姿を現した。

 雷狼-ルーヴァオン-の試練は、落雷を避けて一撃を自分に中てろというものだった。狭いという程ではなかったけれど、容赦なく雷を落としてくるルーヴァオンに苦戦をしつつも、ミレニスとディラルドが突破口を見出し、メルヴィーナが床の一部を持ち上げて投げつけるという暴挙を成し遂げた為に見事クリアし、誓契をする事が出来た。

【チッ まあいい 心底イヤだが誓契してやろう 誓いを立てろ】

 随分と上から目線な神獣だったが、ディラルドが黄色い石――マルフィールコアに誓いを立てるとマルフィールコアが一度煌き、ルーヴァオンが雷になってマルフィールコアの中へと入っていくとマルフィールコアの中で電気がバチバチと音を立てた。

 誓契が終わり、次の目的地である氷の神殿へと向かう為に皆が神獣の間を出て行く中で、スフィアは一人、立ち止まってその場に佇み、後方にある巨大な十字架を振り返った。

「スフィア……スフィアは、スフィア、なの?」

 その問いかけに答える者は、誰も居なかった。




 氷の神殿へと向かう為に立ち寄った街。そこは雪に覆われた地域の為に、その街で防寒具を調達する事となった。

 各々が気に入ったコートやケープを身に纏い、店を出ると雪山の方へ歩き始めた。

 その道中、前方から歩いてきた、赤いフードのついた防寒着を頭から被った人物とリクスの肩がぶつかり、互いによろめいた。

「あ、すみません。俺、ボーっとしてて」

「いえ……」

 短くそう言うとその人物はそのまま歩いて行ってしまい、怪我をしていないか少しばかり気になったものの、キースに呼ばれた事でリクスは踵を返し、皆の後を追って雪山に向かって歩き始めた。

 氷の神殿は、灰色の雲に覆われた暗い空の下に広がる雪原から続く雪山に建っていた。雪の白に溶けてしまいそうな純白の神殿。雪山の中腹に位置する場所に不自然に出来た平らな地が、神殿のある場所だ。

 中へと歩を進めると、神殿内は全てが氷晶に覆われていた。壁、床、天井……ありとあらゆる所からクリスタルの結晶が突き出している。

「わー、綺麗だね」

「全部クリスタルとか、すげえな」

「何かアタシ、場違いな気がしてきたよ」

「メルさん、クリスタルはただの鉱物ですから、気にする事はありませんよ」

「床は氷だな。氷がクリスタルになっているという事か」

 クリスタルの根元と氷は完全に融合されていて、クリスタルが氷を突き破っているという事も、クリスタルが生えた地面が氷に覆われたという事もなさそうだ。ミレニスの言う通り、氷がクリスタルに変化しているという事だろう。

 それが一体どういう原理なのかは、初めて見たディラルドにも判らないという事だ。その為、ディラルドはとても興味津々といった様子でクリスタルを観察しているのだが、そのまま考察を始めてしまった為に慌ててリクスとキースが止めに入り、引きずるように奥を目指した。

 道はあちこちクリスタルで阻まれていて、まるで迷路のようになっている。一本道に変わりはないのだが、クネクネと折れ曲がっているのと、どこもかしこも変わらない景色ばかりが続いているので、方向を間違えると永遠に彷徨ってしまいそうだ。

 それでもただ前を向いて歩いて行けば、辿り着いた最奥には巨大な氷の塊が崖の先に浮いていた。

 スフィアが崖先に立つと氷が弾けて中から通路が出てくる。その通路を通って祭壇へ向かえば、青白い仄かな光を宿した小さなクリスタルがひしめき合う祭壇があった。

 霧のように氷が舞うその場所は、正に霧氷。

 雷の神殿と同様に、ディラルド、ミレニス、スフィアの三人が十字架に触れてマテリアを注ぎ込む。すると、宝石から出てきた淡い水色の光が出てきて光がスフィア達の体を包み込むと、雪の結晶が三人の体を取り巻いた。

「清き兎が氷と踊る」

 目を閉じたスフィアの口から言葉が紡がれると、呼応するように雪の結晶が消え去り、三人を包んでいた光が消えた。

 そしてスフィアはすぐさま、再び十字架の宝玉に触れ。

「ネダーリク」

 十字架の宝玉が水色の光を放ち、祭壇が光に包まれた。次の瞬間に光は消え去り、十字架は消え、奥にある神獣の間へと続く道が出現した。その道を通って神獣の間へとやって来るなり、ディラルドはブレスレットを嵌めている左手を前に出す。

「我は主の代行者。我は願う。御身の姿を我が前に!」

 突如降り出した雪が一点に集まり、それが氷の結晶となった。すると、パアンッと内側から弾け、砕氷が辺りに舞い散る。キラキラと輝く砕氷が幻想的な光景を作り出す中で、額と足に装飾品をつけた、クリスタルで飾られている水色の兎が地面に降り立った。

【こんにちは ボクはクルスタリス キミ達のこと 待ってたんだ】

 突然の言葉に、戸惑いを見せるリクス達。

「えっ? 俺たちのこと、知ってるの?」

【知ってるって言うか 見たって言うか…… ボクには先見の力があるんだよ】

「先見……未来を見る力か」

【そうだよ メイスタッドのお姫様】

 一瞬、ミレニスの眉がピクリと動いた。名を捨てた訳ではないとは言え、やはり姫扱いをされるのは癇に障るようだ。それでも怒鳴る事をしないのは、メイスタッド城でのレティシアとの会話があったからだろう。

「何でもお見通し、という事か」

【まあね こうやって氷や水晶に囲まれてるとね いろんなものが見えちゃうんだ 世界に暮らすヒトのこと 未来のこと 世界に起きてる異変のこと】

「では、あなたも知っていたのですか」

【神獣って自然と同じ感じだからね 判っちゃうんだよ ただボク達は 判っても何もできない 神獣ってね すっごく窮屈なんだ】

 言いながら、苦笑のようなものを浮かべるクルスタリス。

 その言葉はまるで、自分達は一体何の為に存在しているのだろうかと、嘆いているかのようだった。

 それから一度、呼吸を置いてクルスタリスは皆を見回し、一度、その目が煌くと床から六つの水晶が円状に並んで出現した。

【それじゃあ 試練をするね 水晶の前に立って】

 説明はそれだけで、けれども試練と聞いた皆は迷う事無く、中心に背を向けて水晶の前に立った。クルスタリスから右回りに、リクス、スフィア、キース、ミレニス、ディラルド、メルヴィーナという順に。高さ二メートルほどの大きな水晶に、それぞれの全身が映し出されている。

 暫し見つめていたその時、一度、水晶が光を反射するように煌くと、そこに別の映像が映し出された。

 映像を観た瞬間に、皆の表情が一変する。

 リクスは呆然とし、キースは訝り、ミレニスは驚愕し、ディラルドは哀しげに眉根を下げ、メルヴィーナは拳を握り締め……スフィアだけが表情を変えずに、ただじっとクリスタルを見つめていた。しかし数十秒後に映像は消え、皆の姿が映し出されるだけの、ただの水晶へと戻っていた。

【それが キミ達の知りたかった真実ってやつだよ みんな 納得いかないって顔してるね】

 軽く言われた言葉に、皆がクルスタリスへと視線を移したのだが、キースとメルヴィーナは明らかな怒りを見せていて、リクスもミレニスもディラルドも、彼らの表情を見て戸惑いを隠せないでいる。

 普段、年長者だからなのかあまり怒る事のない両者。キースは叱る事はあっても、怒りを露にする事はなく、明らかな敵意にだけその感情を出していた。メルヴィーナは怒る事も叱る事もせず、ただ一度だけ見せた怒りはスフィアを殺そうとした神官に対してだけだった。

 そんな二人がここまで怒気を孕んでいる理由が見当たらない。

「真実ってのは、どういう意味だ」

 怒気を含んだままの声でクルスタリスに声をかけるキース。対するクルスタリスの声音は、先程と何ら変わらず軽い調子のままだった。

【先見っていうのはね 見通す力のことなんだ それは未来もヒトも ボクがキミ達を見通したものを水晶に映したっていうことだよ】

「今、見たものが真実だっていう証拠はないってことだな」

【信じる信じないはキミ達次第だからね でもね 今のまんまじゃ 残念だけど試練は失敗だよ】

「えっ? どうして、ですか」

 初めて神獣から聞く試練失敗の言葉に、動揺を隠せないディラルドとリクス。

 しかし、訊ねてみてもクルスタリスから語られる言葉は、理由になどなってはいなかった。

【それがわからないんじゃ 話にならないってこと 一晩ゆっくり考えて また明日来てよね】

 そう言うなり雪が吹き荒れてクルスタリスの体を包み込んだかと思うと雪は十字架の宝玉へと入っていき、全てが消えた時、クルスタリスの姿はどこにもなかった。

 後には六つの水晶だけが残っており、キースは「くそっ」と吐き捨て苛立ちをぶつけるように水晶を横から殴った。それはただの八つ当たりであり、何にもならないという事は理解している筈のキースだが、それでも抑えられないものがあったように思う。

 ただ静寂が流れるばかりの空間で、見兼ねたように口を開いたのはミレニスだ。

「とにかく一度、戻ろう。先程の街で一晩を明かすしかないようだからな。従うしか、今は道もない」

 ここに居続けたとしても、一晩考えて明日になったら出直せと言った張本人であるクルスタリスが再度、出て来る事など有り得ない。

 けれど、意味がないと知りながらも釈然としない気持ちが、この場に留まらせていた。それでもミレニスの言う通りでしかなく、色々なものを腹の中に押し込め、鉛のように重い足を動かし始めた。

 来た道を戻り、神殿を抜け、サクッサクッという雪を踏みしめる音だけが聞こえてくるだけで、街に着くまで誰一人として口を開くような事はしなかった。

 悠久の雪影 セラスノウ。

 氷の神殿に行く前に立ち寄り、防寒具を購入した街である為に、足を踏み入れるのは二度目となった。真っ直ぐに大きな宿屋へ向かい、ミレニスが取った上階にある部屋へと通された。

 通常の宿屋とは比べ物にならない程広く、豪奢な部屋。天蓋付きのベッドに大きなテーブルと椅子、三人掛けのソファやバルコニーまで設置されている。それが二部屋、用意されているという話だ。

 それでもやはり、はしゃぐ気になど到底なれなくて、リクス達は男子部屋へと集まっていた。

 何故、誓契に失敗したのか。その理由を探る為だ。しかし、道中と同様に誰も話をしようとはしない。タイミングを計っているような、誰かが話すのを待っているような、今は何も話したくないと言うような――何とも言えない空気が流れている。

 どのくらい時が流れただろうか。

 ぽつりと、ソファに座っていたディラルドが呟くように声を発した。

「僕は、八つのコアを握って生まれました」

 唐突な話。けれども口を挟むような事はせずに、皆が耳を傾ける。

「それが、誓契者-フェアトラーク-の証です。僕は生まれながらに、フェアトラークだったんです。フェアトラークとは、神獣に誓いを立て、契りを結び、力を借り受ける事の出来る人間を指します。今でこそあまり知られていませんが、人にマテリアをもたらした人間です」

 それは先日、リクスが聞いた話だ。フェアトラークが何であるかという話。

 初耳の者が多いらしいというのは、その表情から読み取れる。

「長い年月の中で人は、体内にマテリアを宿しているという事も、生を終えるとマテリアとなり神殿へ還るという事も、フェアトラークの事も忘れてしまいました」

 話が途切れたタイミングで、壁に体重を預け、腕組みをしているミレニスが口を挟んだ。

「神殿へ還るというのは、どういう事だ」

「人はマテリアを宿し、マテリアを育み、マテリアとなり、神殿へと還ります。そうして循環する事で世界は存続しています。人がマテリアとなり神殿へ還らなければ、マテリアは消費し続けられるんです」

 さすがにこの話はミレニスも初耳だったようで、とても信じられないという顔をしている。

 しかしそれ以上は話の邪魔になると思ったのか口を噤んだので、ディラルドは逸れた話を戻すように言葉を続ける。

「神殿へと還る過程で、フェアトラークのコアと魂は、次のフェアトラークの中へと入ります」

 マテリアとなったフェアトラークのコアと魂は神殿へと還る途中で、素質ある者に引き寄せられてその体内に入り、新たなフェアトラークを生み出す。血で受け継がれている訳でなく、弟子になる訳でもない。その為、どのような基準で選定されているのかという事は未だ解明されていないのだと言う。

「そして、フェアトラークは先代の魂とコアを受け継ぐ為に、常に一人しか存在しません」

「十数年前までフェアトラークはベルティエラに居たのだが、彼女が亡くなって以降は現れていない」

「僕が、フェアトラークとなったからです」

 ディラルドの年齢とベルティエラのフェアトラークが亡くなった年を考えれば辻褄が合う。

 しかし、気になるのはそのような事ではなかった。

 いつまで経っても変わらぬディラルドの、フェアトラークについての話。一体、何を言いたいのかが理解できず、苛立ちの収まらないキースが、苛立ちを隠す事無く口を挟んだ。

「で? それが何だって言うんだ」

 今、話すべき事はそんな事ではなくもっと他にあるのではないかと、そう言っているかのような口調。

 ディラルドはその苛立ちと言葉を受けて一度、目を閉じ、大きく深呼吸すると改めて皆を見回した。

「僕が生まれた時、父と母はとても驚いていました。コアが何なのかという事を知りませんから、当然でしょう。コアだけではなく、僕は明らかに他とは違ったんです」

 そう言いディラルドは今一度、大きく息をついた。

 緊張を解すように。

「生まれてから今までの全ての記憶が、僕にはあるんです。いえ、それだけではなく、生まれる以前のも」

「生まれる、前……?」

「ええ。魂を受け継ぐというのは、記憶を引き継ぐという事です。つまり、生まれた時には、すでに自分がフェアトラークであるという事を知っているんです」

 それは一体、どんな感覚なのだろうか。

 他人の記憶を有して生まれるというだけでも、生まれたばかりの赤子には理解し得ないだろう。前世の記憶を持っていたとしても、生まれた時の脳は他の赤ん坊と何も変わらないのだから、記憶が何であるかという事をまだ知らない。

「先程見た映像には、両親が映っていました。アリスハイトのどこかの建物の裏で、中央学会の者と会っていたんです。莫大な金貨を受け取り、両親は、笑顔でアリスハイトを去りました」

 ディラルドは話している最中ずっと、笑みを絶やさなかった。

「二歳の時にアリスハイトに連れて来られましたが、自分がフェアトラークだから来たのだという認識はありました。世界の為に必要な事なのだと、納得もしていました。その為なら仕方がないのだと、両親が自分を手放したと思っていました。けど、違ったんですね」

 震える声。振り絞って声を出しているという事が、痛いほどに伝わってくる。

「僕は……両親に売られたんです。確かに愛を感じていました。いえ、両親に愛されていたんです。僕が寝ている間に家にやって来たアリスハイトの学者と話して、両親の目の色が変わるまで。僕は……そんなアリスハイトに……」

 それ以上、ディラルドから言葉が紡がれる事はなかった。

 何かを我慢するようにぎゅっと服の裾を握っている手は小刻みに震えている。翡翠の目からは、堪えきれずに溢れ出した大粒の涙が零れ落ち、頬と床を濡らす。

 十二歳の少年が冷静に話せるような内容ではなかった。それでも、皆の空気を変えようと、前に進もうと勇気を振り絞ったのだ。

 その姿に、居ても立っても居られなくなったリクスは不安げな面持ちのまま、腰掛けていたベッドから立ち上がってディラルドへと近寄った。ソファの前に立てば、座ったままのディラルドが顔を見上げてくる。リクスの顔を見て溢れてくるものを抑えきれなくなり、ディラルドは両手を広げ、立ち上がってリクスの腰に抱き着き声を出してわんわん泣きじゃくった。

 戸惑うリクスだったが、それでもディラルドの小さな肩に腕を回し、逆の手で優しく頭を撫でてやる。

 この涙は止めてはいけない気がしたから。ディラルドは二歳の頃から親元を離れ、ハイネスの許で暮らしていたのだから、生活をしていく上で我慢をする事ばかりだっただろう。言葉を呑み込む事だって多かった筈だ。

 それが、キースの家でずっと暮らしていたリクスにはよく理解できる。言いたくても言えない事は沢山ある。我儘を言いたくても、言える筈がない。自分の本当の家族ではないのだから。一年程暮らしてリクスからその気持ちは段々と薄れていき、本当の家族として過ごす事が出来るようになった。そして十六になった今、そんな気持ちは微塵もない。

 けれど、ディラルドはまだ十二歳。まだまだ親に甘えたい年頃だろう。それでも学者として、博士として大人の中で暮らしているディラルドに、甘えなど許されない。そこへ、追い討ちのように降りかかった真実という名の出来事。ディラルドに耐えろという方が無理な話だ。

 だから、こうして気持ちを吐き出せる時に全て吐き出してしまえば良い。そうすれば、きっと心は軽くなるのだから。

 ディラルドはその後も泣き続け、その悲痛な声を聞きながら、皆は何を想っていただろうか――。


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