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MEMOLIA LINK  作者: 氷滝 流冬
第一部 女神降臨篇
11/21

11 大聖堂

 翌日、スフィアとディラルドのおかげで傷の癒えたリクス達は、メルヴィーナに言われた通りに、ウィスタリア王城より少し離れた場所に建っている聖堂へとやって来た。

 聖域と呼ばれている地の聖堂なだけあって、他の街のものよりも大きく、豪奢という言葉が似合う煌びやかさだった。

 そんな聖堂の前には、見知った顔が二つある。

 一つは、若い青年司祭。

 そしてもう一つはメルヴィーナだった、のだが、その姿を見て皆は絶句してしまった。

 胸の下までしかない短い服は袖が無く、襟がかろうじて肩にかかっているという状態のもの。太ももに少しかかっているだけの短い黒いショートパンツに、太くて長いリボンで腰に巻かれている足首までの布。上の服も布も、司祭服と同じ素材で出来ているらしくしっかりとした生地で、白を基調としていて襟と布は紅く縁どられている。リボンは縁と同じ色をしていた。手には指無しのグローブ、そしてショートブーツという服装。

 何より驚いたのはその髪だ。鮮やかな朱色の髪は肩口で乱雑に切られていて、両端は外にはねている。右の横髪は長く、黄色い留め具によって耳元で留められていた。

 露出が高すぎる服装、お世辞にも整っているとは言い難い髪。これが司教の姿かと目を疑ってしまった。

 そんなリクス達の反応を見て、青年司祭は溜め息をついている。

「メルヴィーナ様、やはり着替えた方が……」

「これが動きやすくていいんだって。他のは、布が多すぎて鬱陶しいったらないね」

「しかし」

「いいっていいって。んじゃ、改めて。アタシは、メルヴィーナ・キアニス。メルでいいからさ」

 ニカッと太陽のように笑うメルヴィーナに押され気味だったリクス達だが、あちらから名乗ったのに頼んだリクス達が名乗らない訳にもいかず、各々で自己紹介をした。

 ふむふむと聞いていたメルヴィーナは最後に「よろしく」と元気良く言うなり歩き始めてしまっていて、案内役のメルヴィーナが大聖堂に向かった為にリクス達も歩き始める事となった。

 まだ文句があり、煮え切らないといった様子の青年司祭に軽く手を振って別れを告げ、そのままウィスタリアの出入口まで向かって行く。

 歩きながら、先頭のメルヴィーナが皆を振り返る。

「んで、リックー達は何で大聖堂に行きたいわけ?」

「リックー? それって、もしかして俺のこと?」

「そ。アタシ、他人の名前覚えんの苦手でさ、覚えやすいように呼んでるってわけ」

 ちなみに、スフィアはスッフィー、キースはアル、ミレニスはレニ、ディラルドはディーちゃんと名付けたらしい。

 その事でディラルドが自分は男だと弁解するとメルヴィーナは驚いていたので、どうやら少女だと思っていたらしい。メルヴィーナ自身が「女の子だと思っていた」と口にしていたのでそれは確実だ。それでもディーちゃんぽいという理由から、ちゃん付けが取れる事はなかったのだが。

 更には妙なあだ名を聞いたミレニスが、聞いた瞬間に眉を顰めていたけれど、キースがたかがあだ名だからと宥めていた。

 少し逸れたものの、すぐに本題に入る。大聖堂に行く理由は聞かれるだろうと思っていた為に、ディラルドにしたのと同じ説明をする。話し始めてすぐに、祭壇に行くとスフィアの記憶が戻ると知るなり、メルヴィーナはリクスの話をぶった切った。

「よし分かった」

「えっ? まだ少ししか話してないけど」

「スッフィーの記憶を戻すって判ればそれでいいさ。張り切って行こうじゃないか!」

 そう言ってリクスの背中を思い切りバシンと叩くなり、後ろを歩いているスフィアに声をかけて呼び寄せると、スフィアと並んで再び先頭を歩き始めた。

 女同士という事もあって話は弾んでいるらしく、何だか楽しそうだ。

「あいつはあれだな。基本的には何も気にしねえんだな」

「みたいだね。本気で理由を知りたかったわけでもないみたいだし」

「恐らくは世間話の一環だろう」

「メルさんなりのコミュニケーションという事ですね」

 彼女にとっては、大聖堂を目指す理由などそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。元より、何も訊かずに大聖堂へ案内してくれると言い切った人物だ。今更、気にする筈もなかった。

 ウィスタリアを出て聖域よりも更に南に進んで行く。どのくらいの時間を歩いただろうか。途中で休憩をとりつつ南へ向かっていると、次第に様相が変わっていく事に気が付いた。

 段々と夜のように暗くなり、雪が降っているのかと見紛うような光の粒がゆっくりと降り始め、周りの木々はいつの間にか白くなっていた。石膏で出来ているのかと思うような樹だが、触れてみると質感は本物そのもので、白い葉も生い茂っている。木々は葉に仄かな明かりを灯していて、暗い道を照らしてくれていた。

 幻想的な光景に、メルヴィーナ以外の者達はその美しさに感嘆の声を漏らす事すら出来なかった。息を呑むような美しさ。

「大聖堂の結界ん中に入ったね」

「結界……夜のように暗いのはその為ですか?」

「そ。外界から完全に遮断されててね。司教と神官が持つ徽章-エンブレム-がなきゃ、ここはただの氷山なのさ」

 言いながら、左手のグローブを外して手の甲を皆に見せた。そこには、ヴェルミナ新教のシンボルともなっている紋様――重なる二つの三日月を覆う球体と、球体から伸びる草の弦のような紋様、その上にクリスタルで出来たような花が咲いたエンブレムが刻み込まれている。それは聖堂の扉上にも刻まれている紋様と同じだった。

 それがエンブレムであり、通行証の役割も担っているという訳だ。

 つまり、リクス達が幾ら大聖堂を探そうとも、シンボルをその身に刻んでいる者が居なければ一生辿り着く事は出来なかったという事だ。それは同時に、あの時、青年司祭の頼みを聞き入れ、メルヴィーナを助けた事が結果としては自分達の為になったという事。リクスの選択は間違いではなかったという事。

 光る木々の立ち並ぶ、光雪の降る白い道を歩いて行くと、木々が途切れた先には円形に溝が出来ていた。溝には光雪が溜まっているのか光が溢れていて、一メートルほどの幅の溝の先に、その場所は姿を現した。

 聖域の聖堂を軽く凌ぐ大きさをしているその場所は、神殿に良く似た佇まいをしている。幾つもの尖塔が連なりステンドグラスが鏤められている、細かな細工の施された大聖堂。長い階段の先には扉があり、そこだけは神殿の入り口と酷似している。神殿というには神々しすぎる堂々としたその姿は、降り注ぐ光雪によって照らし出されており、白い大聖堂自体が輝いているかのような錯覚に陥り、更に神聖さを増していた。

 これが、光の大聖堂と呼ばれているラディウス大聖堂。

 とうとう来てしまった。階段を前に、足を止めたリクスはその神々しい姿を瞳に映した。

 行きたくない。けれども行かなくてはならない。矛盾する二つの思いに、心が苦しくなるようだった。

 皆はすでに階段を上り始めていて、一人佇んだままのリクスの左手が、不意にぎゅっと握られた。自分の左側を見てみると、そこには大聖堂を見上げたままのスフィアが立っている。

 スフィアの手が、僅かに震えていた。

 怖いと思っているのはリクスだけではない。むしろ、当事者であるスフィアの方が怖いのは当たり前だ。

 これまで、スフィアがどれだけ理解しているのかを窺い知る事は出来なかったけれど、不安にならない筈がない。よく分かっていないからこその不安もあるだろう。

 だからリクスは、スフィアの手を力強く握り返した。震えを止めるように。

「行こう」

「……うん」

 大聖堂へと続く階段に、二人で一緒に一歩を踏み出した。

 階段の先にある縦長の扉は大きく、高さ十メートルはあるのではないかと思う程だった。メルヴィーナが床に刻まれているヴェルミナ信教のシンボルの上に立つと、メルヴィーナの手の甲に刻まれているエンブレムが光り輝き、呼応するように扉に刻まれている同様のシンボルも光を放った。

 すると扉のシンボルの中心に亀裂が入り、扉は重い音を立てながら地面を振動させながら、ゆっくりとこちらに向かって開く。全て開ききるとメルヴィーナは大聖堂の中へと入って行き、皆もすぐに大聖堂へと入った。

 城と似た造りのエントランス。天井は扉よりも更に高く、天辺はアーチ状になっている。外の暗さが嘘のような煌びやかな大聖堂内。それはまるで、光が溢れているかのようだった。エントランスからは、左右と奥へ続く通路があり、ここからは奥への道が見えているけれどその道は果てしなく、最奥を確認する事は出来なかった。

 圧倒されるように大聖堂を眺めていると、神官服に身を包んだ人物が三人、近付いて来た。

「司教メルヴィーナ・キアニス。大聖堂へ何用だ」

「この子らが、用があるって言うから連れて来たまでさ」

 言い、後ろにいるリクス達を指し示す。

 その事に神官はリクス達を見回したのだが、その表情はあまり変わらず、何を考えているのかを知る事は出来なかった。三人の神官の内、真ん中にいた四十代ほどの中年男性の神官がメルヴィーナの前までやって来る。

「司教メルヴィーナ・キアニス。そなたに話すべき事がある。来なさい」

「はいはい」

 まるで聞く気がないといった適当な返事をし、メルヴィーナは「ちょっと行って来る」と言い残し、中年男性の神官と共に左の通路の方へと行ってしまった。

 メルヴィーナが居なくなり、これからどうすれば良いのだろうと思っていると、残った神官が声をかけてきた。

「大聖堂へ、何のご用ですか」

 メルヴィーナと共に去った厳しそうな神官とは違い、これまで出会った司祭と同じような優しい笑みを浮かべている、三十代くらいの女性神官に訊ねられ、リクスは慌てて答える。

「俺たち、スフィアがキア・ソルーシュだって教えられて、それで大聖堂に来ました」

「キア・ソルーシュ……やはりその方が」

 頭から被った布に隠れて顔の見えないもう一人の男性神官の言葉に、二人の視線はスフィアに向いた。

 その上、その神官は「やはり」と口にした。つまり、スフィアの姿を見て予想はしていたという事だ。反応の仕方が他の司祭達とは違う。今まで、スフィアを女神ヴェルミナと見る事はあっても、キア・ソルーシュとして見る者は居なかったのだから。

「キア・ソルーシュとして目覚める為の儀式を行わなければなりません。キア・ソルーシュ以外の方たちは別室でお待ちください」

 男性神官はそう言って頭を下げたのだが、すぐさまリクスが口を挟む。

「あの、俺たち、できれば立ち合いたいんですけど……」

「儀式は神聖なもの故、神官以外の者は立ち入る事を禁じられています。ご了承ください」

 今一度、頭を下げると男性神官はスフィアを連れて奥の通路へと行こうとしていた。このまま別れる事になったらと思うと不安になり、リクスは咄嗟にスフィアの手首を掴んで止めた。

 掴まれた事で立ち止まり、振り返るスフィア。せっかくスフィアが振り返ったというのにリクスは声を出そうとはしていなくて、スフィアはそんなリクスをじっと見つめていたが、そっと自分の手首を掴んでいるリクスの手に逆の手を重ねた。

「スフィア、リクス一緒。また一緒、旅する。戻る、する」

 それだけ言ってニコリと笑いかけられると、リクスの手から力が抜けた。解放されるとスフィアは男性神官と共に奥の通路へと消えて行った。

「では、皆様はこちらへ」

 にこやかな女性神官に、右の方の通路へと案内される。エントランスから少し離れた場所にある、通路途中の部屋へ通される。

「こちらでお待ちください」

 一礼すると神官は出て行ってしまい、扉が閉まると室内が静寂に包まれる。

「スフィア、大丈夫かな……」

 ぽつりと、扉の方を見ながら呟かれたリクスの言葉。

 その言葉に、皆の表情が不安に曇る。まさか、自分達の知らないところでスフィアがどうなるのか、これからどうするのかが決まるとは思っていなかった。祭壇での儀式のように、その瞬間に立ち会えるものだとばかり思っていたのに、待っている事しか出来ないなど。

 けれども、そんな空気を破るようにディラルドが躊躇いがちに声を出す。

「あの、訊いてもいいですか?」

「どうした、ディラルド」

「その、キア・ソルーシュというのは一体……」

「そういえば、ディラルドには話してなかったよね」

 火砲の祭壇に入る為について来てくれるだけだからと話さずにいたのだが、今後はそういう訳にもいかない。こうして大聖堂まで来てくれて、神獣と誓契する為にこれからも行動を共にする事になるだろうから。そんなディラルドにこれ以上、隠しておく理由は見当たらなかった。

 それはキースも同じ考えだったらしく、頷いたのを確認してから、リクスは自分達の知る限りの事を話した。

 フィエスタにある立ち入り禁止の洞窟の事。その中にあった祭壇のような台座に浮かんでいた水晶の事。スフィアとの出会い。女神ヴェルミナに良く似ている事。女神ヴェルミナを知らなかった事。司祭からキア・ソルーシュとして大聖堂に行かなければならないと言われた事。

 そうして話していたのだが、話しながら自分達がいかに何も知らずにここまで来たのかを再認識させられた。

「天上の守り手、キア・ソルーシュ……初耳です」

 師であるハイネスから多くの事を教えられたディラルドでさえも、キア・ソルーシュと呼ばれる存在が居ると聞いた事がないのだと言う。

 他の司祭達も知らないようだったので、もしかしたら神官しか知る事のない情報なのかもしれないと思った。フィエスタの聖堂にいる司祭が知っていた事は気がかりだったが、それ以上の事を考えていても、今は答えに辿り着く事はないと話はそこで途切れた。

 そして不安からか再び静寂に包まれようとしていた時、扉が開いた。

 スフィアが戻って来たのかと思ったが、入って来たのはメルヴィーナ。

「まーったく、服なんて何でもいいでしょーが。お硬くってイヤんなっちゃうね」

 頭を掻きながら入って来るなり愚痴を溢している。どうやら今、着ている服装を咎められたらしい。ウィスタリアの青年司祭も言っていたが、咎められても文句の言えない服を着ているとリクス達も思った。

 すぐに部屋の中を見回したメルヴィーナは、そこにスフィアが居ない事に気が付き、不思議そうに首を傾げた。

「あれ、スッフィーは?」

「スフィアは儀式をしてるって」

「儀式? 何のだい?」

「詳しくは俺たちも判らないんだけど、キア・ソルーシュとして目覚めるとかって」

 キア・ソルーシュという言葉を聞いた瞬間、メルヴィーナの表情が強張った。それはまるで、世界の終わりを告げられたかのようで、キースとミレニスが眉を顰める。

「キア・ソルーシュ。何でアンタらがそれを知ってるんだい!?」

「えっ?」

「いや、今は問い詰めてるヒマないね。すぐに止めるよ!」

 言うなり扉を開けているメルヴィーナに、訳の分からないといった様子のリクス達。代表するようにミレニスが口を挟む。

「待ってくれ。どういう事なのか説明願いたい」

「話は向かいながらするさ。一刻を争うんだ、早く!」

 とにかく時間が惜しいという事らしい。切羽詰ったメルヴィーナの顔は青褪めていて、そんなメルヴィーナを前に止める者はおらず、すぐさま部屋から飛び出した。

 エントランスへ向かい、そのまま奥に続く通路へと入って行き駆け抜ける。走りながら、メルヴィーナは話をしてくれた。

「キア・ソルーシュってのは、天上の守り手って言ったら聞こえはいいけど、その実態は、マテリアを世界に循環させる人柱のことを言うのさ」

「人、柱……?」

「時には、肉体を失った女神を宿す器にもなるみたいだね」

「器って、じゃあ、スフィアは……!」

「ただの抜け殻になるのさ。死んでないが、生きてないって状態にね」

 それは、人形のようなものだ。自分の意思で動く事も出来ず、考える事すら出来なくなる。ただ心臓が動いているというだけの人形。そんなもの、生きているとは言えない。ただの、生ける屍だ。

 メルヴィーナの口から語られる話は、衝撃以外の何ものでもなかった。

 頭には入ってきたけれど、ハッキリと理解する事は出来なかった。否、理解する事を心が拒んでいた。

 何故なら、それを肯定する事は、これまでの旅を否定する事だったから。

「そんな……じゃあ、俺たちは今まで、スフィアを死なせる為にここまで来たってこと……?」

 それはあまりにも辛い現実。リクスは胸が締め付けられ、心臓が鷲掴みにされたように息が苦しくなる。走っているせいではない、罪悪感からくる痛みと苦しみ。

 スフィアを連れ出したばっかりに、スフィアの命を危険に晒す事になるなど、想像すらしていなかった。こんな筈ではなかった。こんな事の為にスフィアと旅に出た訳ではない。

 悔しくて、苦しくて、奥歯を噛み締める。

 そうしてやって来た最奥には仰々しい扉があった。そこは円形の広場のようになっていて、エントランスほどではないが、ある程度の広さのある場所だ。扉の前には、二人の神官が立っている。それは、大聖堂に入ってすぐに出会った神官ではなかった。

 一直線に扉へと向かっているリクス達を止めるように、二人の神官は扉の前に立ち塞がる。

「止まりなさい!」

「儀式中は何人たりとも中へは入れません!」

 けれども、止まる訳にはいかなかった。だからスピードを落とさずに向かっていると、広場にいた他の神官達も集まって来るなり、同様にリクス達の行く手を阻んでいる。

 武器を持たない者を傷つける訳にはいかない為に剣を抜く事はせず、そのまま突っ切るように走って行く。押さえつけて来る神官を振り解きながら、かき分けながら前へと進んで行き、大きな扉に阻まれた。

「いやああぁぁあああ!」

 中から、スフィアの叫び声が聞こえてくる。

「スフィア!」

 扉を叩いてもビクともしない。渾身の力を込めても開く事はなかったが、メルヴィーナが扉に手を当てると手の甲のエンブレムが光り、すぐに扉は開いたので扉の隙間から中へと転がるように入る。

「スフィア!」

 もう一度、名を呼んでスフィアを見、リクスはその光景を目に映した。

 フィエスタで、スフィアと出逢った時に見たのと同じような支柱の立つ台座。その上には水晶が浮かび上がっていて、中には磔にされたような恰好のスフィアが居る。その服装は彫像の女神ヴェルミナと同じもので、髪を結んでいたリボンも今はない。

 スフィアが閉じ込められた水晶からはエネルギーのようなものが放たれていて、それはスフィアの背後に聳えている巨大な十字架へと集まっている。その十字架は、各祭壇で見たものよりも繊細な造りをしていたが、何故かとても禍々しいものに見えた。

 十字架には中央部に四つ、上下左右の先端部に一つずつ、計八つの石が埋め込まれている。中央の石は蒼、紅、翠、橙。右に水色、左に黄。上に白、下に黒。七つの石は同色の光を灯していて、最後の一つ、白い石に光が灯った。

 瞬間、放たれていたエネルギーは空気に溶けるように消えた。

 そしてリクスのコバルトグリーンの目と、スフィアの金色の目が合い。

「リ、ク……ス……」

 か細いスフィアの声が聞こえたかと思うと、瞼が閉じられ、スフィアはぐったりとして動かなくなった。

 眉を顰め、リクスは拳を握り締める。

「スフィアに何をした!?」

 激昂するリクス。滅多に怒りを見せる事のないリクスの、憤怒。しかし、そんなリクスを前にしても、スフィアの閉じ込められている水晶の前に立っている、最初に出会った三人の神官は表情を変えなかった。

「儀式は成功した。この娘はスフィアという個体ではなく、キア・ソルーシュである。全てを女神と世界に捧げるだけの存在」

 目の前が真っ暗になるようだった。

 本当に、スフィアが居なくなってしまったのかと思うと足に力が入らなくなり、リクスは床に膝から頽れた。

 そんな事ある筈がないと思うけれど、目に映るスフィアからは生気が感じられない。数分前まで笑っていたのに、繋いだ手は暖かかったのに、戻って来ると言っていたのに、また旅をすると言っていたのに。

 出逢った時の事が蘇る。あの時もスフィアは水晶の中に居て、まるで眠っているようだった。

 ハッとして、リクスは俯きかけていた顔を上げてスフィアの居る水晶を見上げた。あの時と同じように、水晶から出られればまた目を開けるのではないか。そう思い、なくなりかけていた力を振り絞って足に込めると立ち上がり、水晶に向かった。

 最早、何をしても無駄だと思っているのか神官達がリクスを止める事はなく、傍まで近寄るとそっと手を伸ばした。

 無機質な水晶に触れ、願う。

「ラヴァンアイド……」

 紡がれた言葉が浸透するように、一度、水晶が震えた。そしてリクスが触れている所からヒビが入っていく光景を、キースは憶えている。スフィアと出逢ったあの時と同じだ。

「水晶が、割れる……!」

 予想外の出来事なのか、キースの呟くような声を聞いて神官達が慌てたように水晶を見ていて、そしてすぐさま男性神官がリクスを背中から羽交い絞めにして水晶から離した。しかし、亀裂はどんどん入っていき、頂点まで到達するとガラスが割れるように内側から弾けるように、粉々に砕けた。

 水晶がなくなった事でスフィアを拘束していたものもなくなり、宙に浮いていたスフィアが重力に従って落ちてくる。羽交い絞めにしてくる神官を振り解こうとするが、思った以上に力が強くて苦戦しているとフッと神官の腕がリクスから離れ、その隙にスフィアの真下までやって来ると華奢な体を抱き留めた。

 勢いで座り込んでしまったものの、スフィアに外傷は見られない。とりあえず床に落ちなかった事に安堵して、振り返るとキースとミレニスがそこに立っていた。剣と薙刀が握られているのを見ると、どうやら二人が助けてくれたらしい事を知った。けれども神官から血が出ている様子はないので、恐らく柄で殴ったというところだろう。

 仮にも大聖堂の中で血を流す気は、毛頭ない。

 その間にも騒ぎを聞きつけた大勢の神官がこの場に集まって来ていて、すぐにリクス達は囲まれてしまった。

「キア・ソルーシュは、ここから出すこと罷りならん」

「スフィアに酷いことして、そんなの聞けるわけないじゃないか!」

 スフィアの体を強く抱き締め、キッと神官を睨み付ける。

 すると、大聖堂で最初に出会った厳しい顔の神官はメルヴィーナを見た。

「司教メルヴィーナ・キアニス。キア・ソルーシュをこちらへ」

「お断りだね! 強行突破させてもらうよ!」

 言ってそのまま右拳を振り上げたかと思うと、メルヴィーナは右拳を振り下ろして床に強く打ちつけた。すると床が揺れ、地震が起こる。地震に合わせるように強い光が降り注ぐ。強い揺れと強い光に神官達が動けずにいる事を確認し、メルヴィーナはリクス達を見た。

「今の内だよ!」

 メルヴィーナの合図に、一番体格がよく体力もあるキースがスフィアを抱き上げ、一斉に飛び出し扉を潜り抜けた。メルヴィーナの先導に、通路を進んで行く。エントランスまで戻り、そしてリクス達が通されたのとは逆の左の通路の方へ進んで行くと、地下に下りる階段が奥に見えた。メルヴィーナは何も言わずに曲がると、階段を駆け下りて行く。

 二階分下りると通路が続いているのだが直線ではなく入り組んでいて、メルヴィーナが居なければ迷ってしまいそうだ。

 このまま何事もなく外に出られたらと思うけれど、そうもいかない。

「そこで何をなされているのです!」

「止まりなさい! ここは神聖なる大聖堂ですよ!」

 前方に突如、現れた神官達。上の騒ぎを知っている訳ではないだろうが、大聖堂には神官以外の人間が入る事は基本的にないのだと大聖堂に来る道中でメルヴィーナが言っていた為、不審者としか映っていないのだろう。

「邪魔をしないで!」

 声を張り上げるけれどリクスの声が届いていないかのように阻もうとする神官達に、ディラルドがワンドを手にし、手のひらの前でワンドが縦回転を始めた。

「押し通ります! 渦巻く気炎-ハイスヴィアベル-!」

 炎塵が渦を巻いて神官達を取り巻き、その体を熱の中に閉じ込めている。触れれば焼ける渦に触れる勇気もないらしい神官達は、それだけで身動き一つとれなくなっている。

 いざとなった時に見せるディラルドの思い切りの良さには驚いたが、今は気にしている余裕などなかった。すぐにでもここから離れたかったから。

 神官達の間を通り過ぎ、角を右に曲がった所に、これまでとは違って機械的な扉が聳えていた。扉の脇にある操作パネルに数回触れると扉は横に開き、滑り込むように中に入るとメルヴィーナは中の壁にも設置されている同様の操作パネルに再び触れていて、すぐに扉は閉まった。

「ロック完了。これで暫く中には入って来れないさ」

 リクス達が入った部屋は、普通の部屋ではなかった。各地にあった聖堂がすっぽりと入りそうなほど大きな部屋の中は、まるで船渠のようだ。数段の階段を下りると桟橋のようになっていて、水の張ったその場所に小型の船が停泊しているのだが、その船は今までリクス達が目にした木造の船ではなかった。

 どこか機械じみた船は流線型をしているが、小ささ故にコロンと丸い印象だった。前面はほぼガラス張りで、両脇には翼のようなものが取り付けられている。白いボディにエメラルド色のラインが入っていて、翼はラインと同色の緑色だ。

「さ、乗って乗って」

 桟橋から続く渡し板を通って、ミレニスを先頭に、スフィアを抱いたキースとディラルドが乗り込んでいくけれど、リクスはその手前で立ち止まったままメルヴィーナを見上げている。

「リックーもさっさと乗んな」

「あの、メル」

「ん?」

 どうかしたのかとリクスを見返してくるメルヴィーナに、リクスは躊躇いながらも口を開いた。

「こんなことして、大丈夫なの? 俺たちはまだしも、メルは司教だし……」

 聖域と呼ばれているウィスタリアの司教を務めているメルヴィーナが、大聖堂の神官に背いているという事実。それがリクスには心苦しい部分でもあった。このままでは、メルヴィーナは居場所を失ってしまうのではないかと。

 そんなリクスを見て、メルヴィーナはニッと悪戯な笑みを浮かべてからリクスの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「そんなこと気にしなくていいの! アタシだって、あったまきてんだ。あんなの、聖職者がすることじゃないね。そんな人間のいるとこなら、こっちから辞めてやるってんだ。アタシは、アンタらにとことん付き合うよ。いいだろ?」

 その言葉が何だか嬉しくて、頼もしくて、リクスは頷いた。

「ありがとう、メル」

「そんじゃ、こっから出よっか」

 そしてリクスとメルヴィーナも船に乗り込むと、扉が閉まった。中は、見た目から想像していたよりもずっと広かった。

 四人分のシートが設けられた操舵室。しかしそこに、船のような舵はついていない。舵のあるべき場所に設置されているのは上部の広がった台で、そこには球状の蒼い石が置かれているだけだった。

 メルヴィーナは台の後ろに立つと蒼い石に手を翳す。すると、蒼い石から蒼く細い光が何本も台を伝って降りていくと船内に広がっていき、機能が動き始めた。そして自動的に船渠の扉が開かれると、そのまま外へ向かって発進する。

「凄いです! メルさん、どうやって動かしてるんですか?」

 興味津々といった様子のディラルド。初めて見るものに、学者としての血が騒いでいるのだろう。

 暗い、断崖絶壁の間を流れる川を下っていく船。

「この船は海雨艇-エレウテリア-っていってね、原動力は体内を巡るマテリアなんだ」

「なるほど。この球体を通して、マテリアを船全体に供給してるという事ですね」

「そ。ディーちゃん、あったまいいんだね」

「とんでもないですよ。僕なんてまだまだです」

 台の後ろで話しているメルヴィーナとディラルドの事を、後部右側の座席に座りながらリクスはボーっと眺めていた。その膝には、キースから託されたスフィアを乗せていて、華奢な体を抱いている。

 その表情は暗く浮かないもので、自然と眉間に皺が寄る。

 そうしていると、不意に肩に手が置かれてリクスはその人物を見上げた。

「そう、焦るもんでもないだろ」

「キース……」

「スフィアはちゃんと生きてる。目覚めてないだけだ。今は待つしかないだろ」

 分かっている。けれどそれでも、メルヴィーナの話が頭から離れない。神官が言っていた言葉が離れない。

 生ける屍。女神と世界に全てを捧げる者。

 それが、キア・ソルーシュだったなんて。

 暗い空気が船内に流れていて、楽し気に話していたメルヴィーナとディラルドもその空気に気が付き、メルヴィーナは片手を翳したまま振り返り、ディラルドは座席の方へとやって来た。

「ちょっと、いいかい?」

 声をかけてきたのはメルヴィーナの方だ。

「さっきは時間がなくて言い切れなかったことを、話しておこうと思ってね」

 スフィアの許に向かう途中に話していた事の続きがしたいという事だろう。詳しい話を聞きたいのはこちらの方だ。

 誰も口を挟む事はせずにメルヴィーナの言葉を待っている。

「キア・ソルーシュ……本当は、アタシがなる筈だったんだ」

 驚きに、皆が目を見開く。

「アタシさ、こんな髪色してるだろ。元々、双子で生まれる予定だったのに片割れは死んじまって、生まれてきたアタシは赤髪だったんだ」

 ただ赤髪だっただけでは、そんな事にならなかっただろう。しかし、生まれてくる筈だったもう一人の子の血を全て浴びて赤く染まったかのような髪に、立ち会った司祭は恐怖したのだという。それを裏付けるかのように、死んでしまった子の髪は茶色で、両親の髪も茶色だった。

 死を呼ぶ子として畏怖されたメルヴィーナは、一夜明けた日に処分されようとしていたのだが、そこに神官がやって来た。どうやら噂を聞きつけたらしい。メルヴィーナの家に来た神官はそこでメルヴィーナを見、こう言ったのだという。

《この子は不吉を招く。このまま殺めれば不吉は広がるかもしれない。この子はヴェルミナ様に全てを捧げ、生きるべきだろう。キア・ソルーシュとして》

 名前は、ヴェルミナのアナグラムでメルヴィーナと名付けられ、生まれて間もなく、親元から引き離されて大聖堂へと連れて来られた。

 そこでメルヴィーナは、当時、一番若かった神官に預けられる事となった。

 十七歳になったばかりのラグナ・キアニスという青年だ。彼は、神官の中でも特殊な人間だった。自由奔放という言葉の良く似合う、気さくで明るいラグナは、初めての赤子の世話に悪戦苦闘しながらも必死にメルヴィーナを育てていた。

 例え、いつかその身をも女神に捧げなければいけない運命だったとしても、明るく元気に過ごしていれば良い事があると。

「アタシはもう、心は決まってたからその時がきても何ともなかったんだ。けど、スッフィーは違うだろ。大聖堂には、生かしてもらってたって恩はあるけど、納得はできなかったのさ」

 いつか生きる屍になると分かっていて、それでも今日まで生きてきたというのか。そうではない。メルヴィーナが生きていくには、それしか選択肢がなかったのだ。

 実際のところ、その不吉というものが撒き散らされる確証はなかったが、それでも可能性があるから見過ごせなかったのだろう。無視をして、黒い戦慄と同じような事が起こったら、それこそ取り返しがつかなくなってしまうのだから。

 だからこそ、メルヴィーナは自由気ままに生きているのかもしれないと思った。それは、育ててくれたラグナという青年の教えでもあったのだろうと。

 話が一段落して、皆が一息つこうとしていた時、ディラルドの左手首にあるブレスレットに埋め込まれた宝石の一つ、白い宝石から強い光が放たれたかと思うと船内は光に包まれた。あまりの眩しさに目を開けられなくなり、目を瞑っていると数秒で光が収まったので目を開ければ、ディラルドの傍にいるものに皆が目を瞠った。

 そこにいたのは、光り輝いている白く美しい毛並みの八尾の狐。額と胸元にはクルガトワールと同様の装飾品をつけていて、体の周りには光の球が幾つも浮かんでいる。

「光の神獣……光弧-ラディウス-」

 口にしたのはディラルドだ。

 何故、この場に神獣がいるのかは判らなかった。ディラルドは火の神獣・クルガトワールとの誓契が初めてだと言っていたのだから、まだ誓契していない光の神獣がいる筈が無かった。

 それに、誓契したとは言っても力を借りる事が出来るようになるというだけで、実態を呼び出す事は出来ないのだともディラルドは言っていた。

 だとすると今、目の前にいる光の神獣は一体何だというのだろうか。

【フェアトラークよ 私を連れ出してくれたこと そなたに感謝致します】

 鈴の音のような透き通る声。それは確かに、光の神獣から発せられていた。

「もしやあの時、強い光が放たれたのは、あなたのお力だったのですか?」

 スフィアと皆を大聖堂から出す為にメルヴィーナが地震を起こした時、今と同じような強い光が室内を埋め尽くしていた。

【そうです 私は光華の祭壇に眠っていましたが いつからか淀んだ空気が流れるようになり フェアトラークが現れるのを待っていたのです】

「それって……」

 メルヴィーナの呟きに、光の神獣は微笑むように目を細めて首を横に振った。

【お気付きになられたかもしれませんが 今の大聖堂は光の名を持つに相応しくありません それは聖域とて同じことです その効力を失いかけているのです そしてメルクリウスも】

「それじゃあ、ノヴァーリスが魔物に襲われたのも、ウィスタリアに魔物が入り込んだのもそのせいなの?」

【どうやら 魔が侵入しているようです 光が最も影響を受けている為に このようなことが起こっているのです】

「そういえば、クルガトワールも思い過ごしではなかったと言っていました」

 あの時は何の事を言っているか理解できなかったけれど、光の神獣ラディウスの言うように、何か異変を感じ取っていたのだとすれば辻褄が合う。

【神獣は神殿から出ることを禁じられていますが そうも言っていられない状況です 私はそなた達に同行しましょう】

 だからついて来たのだと、ラディウスは言っているようなものだ。

 確かに、大聖堂の空気は悪かったような気がする。何より、スフィアに人柱になれなどと、聖職者が口にするべき事ではない。聖域の空気の悪さもそうだ。何か異変が起きていると感じていたが、自分達が思っているよりもずっと深刻なのかもしれない。

 そうして一段落したのか、ラディウスはゆっくりとリクスの方へと近付いて来た。そしてリクスを真っ直ぐに見る。その目には、慈しみのようなものが見て取れた気がした。

【心配ありませんよ マテリアを搾取されたことにより昏睡状態に陥っていますが 時が経てば回復し 目覚めます】

「ホント? 良かった……」

【スフィアという その娘が大切ですか】

 唐突なラディウスの問いに一瞬驚き、すぐにリクスの顔がカァーッと赤く染まった。そんなリクスを見て、ラディウスがフフッと優しく笑む。

【それで良いのです 己の心に従い行動すれば 道は開けるでしょう】

 これまで、リクスが行動を起こした事で、幾度となく道が開けてきた。リクスの行動なくしては進めなかった事もあっただろう。その結果が今回の出来事を引き起こした事が気がかりでならなかったリクスは、後悔している部分も大きかった。

 けれど、それで良いのだとラディウスは言う。心を偽った先に本当の幸福はないという事だろうか。

【私は眠りにつきます フェアトラークよ そなたが願えば私は力を貸し与えましょう】

 そう言い残すとラディウスの体は光に包まれて自身が光となると、白い宝石――ブランカコアの中へと入っていった。

 一方的に話をしていったラディウスだったが、その内容は有益なものばかりだった。リクス達が知りたかった事は粗方、知る事が出来たと思う。

 そこで一つ問題になったのは、これからの事だ。大聖堂を敵に回したとなると、リルアーテルを敵に回したようなものだからだ。リルアーテルにいる限り、逃げ続けなければならないだろう。

「これからの事についてだが」

 口火を切ったのは、壁に寄り掛かっているミレニスだった。

「神獣と誓契をしたいというところではあるが、肝心のスフィアがその状態ではどうする事も出来ない。その上、リルアーテルで休息は望めないだろう」

「聖堂のない街に行っても、いずれ神官に見つかるだろうな。スフィアの格好も問題だ」

 今のスフィアは、女神ヴェルミナそのものだと言っていい。

「そこで、だ。貴様らには一度、世界を渡ってもらおうと思う」

 突然のミレニスの提案に、皆が驚いたのは無理もない事だ。

「ちょっと待て。それはつまり、ベルティエラに行けってことか?」

「その通りだ」

「それは出来ません。世界の扉は何千年も開かれていませんし、その方法も解明されていないんです」

 ウェッジウッドでハイネスから聞いた話の中でも、二つの世界を分断している扉が開かれたのは世界創造期だけ。それ以来、扉は固く閉ざされて開かれる事はなかったという話だ。

 ディラルドでさえも知らない事が出来るのかという疑問が生まれるのは当然だった。

 しかし、ミレニスはその表情を全く変えない。

「扉を開く方法など、ベルティエラは知っている。何しろ扉を閉ざし、封じたのはベルティエラなのだからな」

 その言い方。それはまるで、自分の事を言っているかのようで。

「ミレニスさん、あなたはもしかして、ベルティエラの人間なのですか?」

「ああ、そうだ」

 至極あっさりと、さも当たり前だと言うかのようなミレニス。

 けれども、妙に納得したような気がした。ミレニスの言動には不可解な事が多く見られていたからだ。

 共鳴石の事を知っていたり、婚儀の事を知らなかったり、多くの魔物の情報を知っていたり、見た事のない文字が読めたり。

 武器だってそうだ。普段から持ち歩いている訳ではなく、留め具のプレートについている宝石に触れると形成されるようだった。スフィアも同様の方法でベルを取り出していた為に気に留めてはいなかったのだが、今思うとおかしい。ディラルドの武器も取り出し方法は似ているけれど、小さくして携帯しているようだった。

 それがもう一つの世界、ベルティエラから来た事によるものならば、辻褄が合う。

「僕はフェアトラークを捜す為にリルアーテルへとやって来た。ベルティエラでは失われてしまったのでな」

「つまり、ミレニスさんが居れば、世界の扉を通る事が出来る訳ですね」

「ああ。この船の技術はリルアーテルのものではないな。リルアーテルは自然豊かな世界だが、発展途上の世界だ。大聖堂はこの技術を隠していたらしいな」

「えっ、どうして?」

「独占すれば利益と権力を手に入れられるといったところだろう。神獣の影響もあるがな」

 神獣のいる神殿は八つあり、リルアーテルに火・風・水・光、ベルティエラに氷・地・雷・闇。つまり、リルアーテルには火・風・水・光のマテリアがより強く影響しており、ベルティエラには氷・地・雷・闇のマテリアがより強く影響している。

 技術の躍進に必要な雷の神獣はベルティエラにいる為に、より差が生まれたのだろうという事だった。

「メル。世界の扉の位置は知っているか」

「もちろんさ。向かうよ」

 思ったよりも沢山の出来事があって、皆、疲れていた。休める場所は設けられていないが、それでも出来る限り休んでとメルヴィーナに言われ、操縦できるメルヴィーナとミレニスが交代で操縦する事にし、他の者達は眠る事にした。

 目を瞑り、口を閉じていた為に船内は静かだったが、それでも暫くの間、誰も寝付く事など出来なかった。






第一部 女神降臨篇 完

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