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作者: bluerot

 

 この話を体験したのは大学三年の夏のことだ、来年は就活で忙しくなるからとサークルの友達と旅行に行こうという話になり、両親の墓参りのついでということにして俺の地元であるS県のT村に行くことになった。

 T村は、S県の富士神山の麓付近にある農村で豊富な地下水が湧き出ており透明度の高い川や温泉がそこそこ有名な観光地だ。俺の実家はそこで数少ない旅館を経営していて、友達を連れていくと連絡したら旅館を経営する祖父母はただ同然の値段で部屋を用意してくれるというので、翌週の木曜日から一週間遊びに行くことにした。


 あの日のことは今でもよく覚えている。

 いや、忘れられるわけがないし忘れてはいけないのだ。


 その日はT村に遊びに帰り五日目の火曜日、T村にしては珍しく朝から酷く湿気が強くじめじめとした嫌な暑さの日だった。旅行も五日目となり回れる観光地は回りつくし川遊びくらいしかやることもなくなってきたころ、一緒に旅行に来ていたK(仮名)が肝試しをしたいと言い出した。

 俺たちの止まっている大部屋は、ちょうど角部屋で北側にある窓からは向かいの廃屋にある蔵が見えてしまうため、間取りとしてはそんなにいいものではないのでそれでただ同然の値で泊まらせてもらえたのだがどうやらKはその窓から見える廃屋で肝試しをしたいらしいのだ。

 もう一人のH(仮名)も乗り気であり俺自身も肝試し自体は夏らしいイベントの一つだと思うので、どこかでやりたいとは考えていた。


 しかしよりにもよって向かいの廃屋である。


 あの廃屋はいい噂が全くなく、祖父母がまだ子供の頃からあったと聞いており小さい頃は祖父母から絶対に中に入ってはいけないと言われていた。しかし、当時の俺は噂にしろ祖父母のいいつけにしろ田舎特有の迷信に基づいたものだと思っていて何一つ信じてはいなかった。

 祖父母に廃屋に肝試しにいく予定だと伝えたところ、案の定祖父には烈火の如く怒られ祖母には止めてほしいと言われた。けれど、俺たち三人がどうしても行く気だと分かると祖父は勝手にしろといい祖母はお守りを俺たちに渡し、裏口を開けておくから何かあれば戻ってきなさいと言ってくれた。



 その後、川遊びをしたりして時間を潰した俺たちは、深夜二時前後廃屋の門の前で懐中電灯一つを持って立っていた。夜の暗闇の中にひっそりと建つ廃屋はどこか現実離れした雰囲気が漂い、普段明るいK(仮名)ですらどこか気圧されたようだった。


「……行こうぜ」

「お、おう」

「あぁ」


 と短く言葉を交わしつつ、廃屋の門をくぐった俺は一瞬、別の世界に来てしまったのではないかという錯覚に襲われた。門をくぐる前はやかましく鳴いていた蝉や鈴虫、カエルの声が急に止んだのだ。まるでそんなもの初めからいなかったかのように、ピタッと音がしなくなったのだ。

 それにどこか不気味なモノを感じつつも、ここまで来てしまった手前引き返せなくなった俺たち三人は、なんか急に静かになったなと言いながら母屋に入っていった。

 廃屋は古びた木造の日本家屋で屋根の瓦は幾つか盗まれてしまっているようだった。母屋の奥には蔵があり、母屋以上に気味の悪さが漂っていた。

 特に何事もなく母屋の探索を終えた俺たち三人は、そのまま蔵の探索に向かうことにした。母屋で何もなかったことで調子づいた俺たちは、軽口をたたき合いながら蔵へと向かった。

 最初こそ軽口をたたき合っていた俺たちだが、蔵が近づくにつれまた口数が減っていった。近づけば近づくほど蔵から伸びる異様さというものがはっきりと伝わってくるのだ。

 空気はねっとりと重く、星明りは皆無となり月すらも雲に隠れ明かりと呼べるものは手元の懐中電灯ただ一つ、蔵の周りを包む暗闇もまるで闇そのものが質量をもって漂っていると思えるほど重苦しいものだった。俺たち三人はそんな不気味な様子を感じつつも明かりに誘われる蛾のように蔵の中へと入っていった。

 蔵の中に入った俺たちは、ふと足元に紙が落ちているの気付いた。その紙は古い和紙のようで、殴り書かれたように短歌らしきものが書かれていた。


  夜ヨリ暗キ丑三ツに

        格子窓カラ我ヲ見シ貌

             ニタリト歪ミ朱ニ染マリケレ


 と恐らく書かれていた紙は、所々黒い染みのようなものが付着しておりそれが嫌でも血を連想させた。俺たちはそれを、不気味であるが以前に来た誰かのいたづらだろうと思うようにし奥に進もうとした。途端、幽かに子供のようなカラカラとした嗤い声が聞こえ、それに気づいた俺たちが足を止めた瞬間、俺の意識は暗転した。



 ふと気が付くと、俺は暗闇の中に一人立っていた。

 辺りは暗く自分の足元すら碌に見えず、K(仮名)もH(仮名)見当たらない。俺は二人の名前を叫びながら暗闇の中を歩き始めた。

 おかしい、そう感じるのにさほど時間はかからなかった。いくら蔵とはいえ、三人が全員お互いを見つけれないなどいうことはあり得ない。二人を探し続けながらも漠然とした不安が鎌首をもたげる。自分は蔵の中にいるのか、二人は無事なのか、祖母から貰ったお守りを握りながら俺は辺りを探した。

 先ほどまでの漠然とした不安は、今や俺の中で明確な恐怖に変わっていた。どこまで行っても壁に当たることもなく延々と続いていく暗闇、その暗闇から時々聞こえてくるカラカラとした子供のような嗤い声、俺は半ば半狂乱で二人の名前を叫びながら暗闇の中を走り回った。

 走り疲れ重くなった足を引きずりながら暗闇の中を歩いていると、少し先で着物を着た中学生くらいの女の子が座っていた。おかっぱで顔は陰になっていて見えないが十分美人であることがうかがえた。少女の周りにはたくさんの豪華な食事やある程度離れている俺にも届くほどいい香りのお酒が並び、その真ん中に少女が座っていた。

すると、呆然と見ていた俺に気付いた少女がこちらに向き直り手招きをした。その仕草に寒気を感じるものの、どうやら俺の体は自分の意志で動かなくなったようでゆっくりとその少女の近くによっていった。

 

「ようこそお越しくださいました。さ、たーんとお食べください。」


 少女の前に着き目の前に座った俺に、少女はカラカラとした子供のような嗤い声でそう言った。

 これを聞いたとき、俺の中でヤバいという思いが沸いた。何がヤバいかはわからなかったが少なくとも、これを食べるべきではないと強く感じた。全身に鳥肌が立ち皮膚が泡立つような感覚を覚える。今、嗤っているであろう顔であのいい香りのお酒を勧めてくるこの少女から一刻も早く遠ざからなければならない。そんな思いがひたすら湧き出てくるものの、俺の手は自分の意思とは関係なく少女に酒を注いでもらいそれを口に運ぼうとする。


 あと少しで口に含んでしまう。


 そうなりそうになった瞬間、ふっと体の自由が戻ってきた。俺は杯を投げ捨て一目散に暗闇の中を走って逃げた。その直後俺の背後から少女の声が響いた。


 「ほんに、惜しかったやんねぇ」


 カラカラとした嗤うような少女の声で呟くように紡がれたその言葉は、反響しているかのようにそこらじゅうから聞こえ、聞こえなくなると同時に辺り一面から何かを噛み砕くような磨り潰すような咀嚼音が一斉に響いた。そうして四方八方から響く咀嚼音に狂いそうになりながら俺は再び意識を失った。



 目が覚めると俺は病室のベット上で、渋い顔をした祖父が険しい目で俺を見ていた。俺は泣きながら祖父に謝り、K(仮名)とH(仮名)はどうなったかを聞いた。

 俺自身は怪我一つなく、翌朝俺を探していた祖父が肝試しをしたあの廃屋で見つけたとのことだが、K(仮名)とH(仮名)はどれだけ経っても見つかることが無かった。祖父母以外の大人は何かトラブルに巻き込まれたのだと考え、捜索願が出され警察官による山狩りまで行なわれたが発見はされなかったという。


 俺は、ベッド上で祖父に泣きながらあの時蔵で体験したことを伝えた。


 すると祖父はあるものを俺に見せた。それはあの蔵で拾った短歌らしきものが書かれた和紙と同じものだった。血のような染みはついていなかったが、書かれている紙と書いてある短歌らしきものは同じもので祖父はそれを見せながら、祖父の祖父に当たる人物が遺書のようにこれを残し、あの蔵に向かいそのまま失踪したと、自分の祖父にあたる人はあの蔵にいる何かに魅入られ消えたのだと教えてくれ、俺がそうならなくてよかったと言ってくれた。

 結局その後もK(仮名)とH(仮名)は見つかることはなく、俺は大学を中退して実家の旅館経営を継ぐことにした。あの出来事を過去にできつつある今だからこそ考えらることだが、俺たちの見つけたあの和紙は警告だったのかもしれない、おそらくあの少女に捉われたであろう俺のご先祖様からの。

 あの事件から20年近く経ち、世間では事件自体すっかり風化し忘れられてしまったが、私にとってはつい昨日のことのように思い出せる。祖父にも誰にも話していないのだが私はあの出来事以降、見えるようになってしまったのだ。これを読んでいる誰かにへ警告したい。もしこの話を読んでも、絶対にあの蔵へは行かないでほしい。

 どうやら私も、祖父の祖父に当たる人物と同じくあの少女に、廃屋の蔵にいる何かに魅入られてしまったようだ。あれから視界の端々に、あの暗闇の中でご馳走に囲まれて座っていた少女のニタァっとした嗤い顔がちらつくのだ。きっと私もすぐにあの少女の姿をする何かの下に呼ばれることになるだろう。


ほら、今も格子窓の向こうで嗤ってる。







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