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逃避行

作者: 野々
掲載日:2016/05/03

小さな小さな王国の、かわいらしいお姫様。ふわふわの髪に、ピンク色の綺麗なドレス。国民に嫌いな者は居ないと言われる程の人気者。

 そんな彼女の遊び相手はとっても明るく元気な女の子。生真面目でやさしい男の子。いつも三人で遊んでいました。

「いつまでも友達でいよう」

 それが三人の「約束」。お姫様はずっとずっと守ろうと心に決めていました。

 でもその「約束」はいつまでも続きませんでした。唐突に二人は居なくなってしまいました。二人の行った先はお姫様にはたどり着けない位遠い場所。

 お姫様は悲しくて涙が目から溢れてしまいました。どうして、どうして……お姫様の疑問は頭の中に浮かびます。

 それからのお姫様はずっと城の中。今まで出ていた舞踏会にも、お茶会にも出てきません。お姫様の姿を見る人はお姫様の部屋の掃除をする侍女位。

そんなある日、お姫様は自分の部屋に真っ白なウサギがいることに気が付きました。いつもいつもお姫様の視界をうろちょろうろちょろ。最初は鬱陶しいと感じていたお姫様。でも無邪気に飛び跳ねるその姿にお姫様も釣られて思わず笑顔。二人が居なくなってから初めて楽しいものに出会えました。

そんなウサギはピョンピョンとお姫様のベッドでトランポリン。ベッドの中へと落ちていきました。楽しいものを失いたくないお姫様。それにつられてお姫様も一緒に落ちていきました。暗い暗い穴の中。お姫様の目にはウサギしか居ませんでした。






ウサギを追いかけるお姫様。上から下へ、下から右へ、西から東へ、白い街から黒い森へ……お姫様は気が付くと茶色の大地に一人で立っていました。

ウサギが居なくなって一人ぼっちのお姫様。あの白い毛を捜してオロオロ。タイルのように規則的、だけど溝が深くてちょっと歩きづらい地面をピンクのパンプスで一生懸命で歩いて捜します。

でもその努力は実りません。歩けど歩けど地平線まで茶色の大地。雪のような真っ白ウサギは何処にもいません。疲れ果てたお姫様は、尻餅をついて固い大地に足を投げ出してしまいました。

「そんな事をしちゃ駄目だよ」

 その時、お姫様は思い出した。三人でやっていた鬼ごっこ。体格の差? 元気の差? 身分の差? どんな理由かは分からないけど、いつも鬼になるのはお姫様。そして最初に諦めるのもお姫様。

 彼女が地面に座り込むと彼がいつも近寄ってきて言ってくれました。まだ騎士じゃないのにまるでお姫様に仕えてるみたい。

 ここには彼女に注意をする人は誰もいません。侍女は居ないし、彼はもっともっと遠くに行ってしまった。その事を思い出して、お姫様の体が熱くなってしまいました。

 その時、ずぶずぶとお姫様のピンクのドレス、パンプス、白い肌……お姫様の体が地面に埋もれ始めてしまいました。お姫様の体の熱で溶けてしまったみたい。お姫様の綺麗なものに泥のような茶色の大地がべったりと……ああ、汚れてしまう!

 お姫様は腕をばたつかせ、足をがむしゃらに動かし、体をひねって抵抗します。

その時、お姫様は直ぐ近くに白いウサギを二匹、まるでお姫様が沈むのを待つかのように眺めているのを見つけました。お姫様は彼らの元へ行こうとするけれども、すればするほどずるずると、底なし沼のようにお姫様の体を飲み込んでいきます。

 最後に顔もすべて飲み込まれ、茶色の泥は彼女の体に入り込んできました。

 カカオ少なめ、砂糖は多め、とってもマイルドな大地でした。






 潜っていく? 上っていく? そんな些細な違いに興味は有りません。 進む? 逃げる? 今のお姫様には同じこと。彼女が感じていたのはトラウリヒ? それともエルガー?

 お姫様が目覚めた時、まず最初に見えたのはジャムのような真っ赤な目をした四匹の白ウサギと空に輝く色とりどりのお星様でした。お姫様が体を起こすと、ウサギ達は小麦色の網目状の大地を跳ねて、距離をとってしまいました。ですがお姫様は気にしません。今の彼女が見ているのは真っ黒な天井に張り付いている照明でした。

 赤橙黄緑青藍紫……星の一つ一つが明るい色から暗い色まで千差万別で、みんな自分の事を見てほしいかのように一生懸命輝いていました。

「ねぇそれ頂戴!」

 お姫様は二人で言った言葉を思い出しました。彼女は今まで二人で一緒に色んな人にこの言葉を使ってきました。お菓子を作るお城の料理人、草木を刈っていた庭師のおじいさん、忙しそうに四つん這いになって走る侍女……欲しかったものはお菓子に、鎌に、汚れた雑巾。おいしそうだから、珍しいから、楽しそうだから……色んな人に二人で言って来ました。

二人は国のお姫様と貴族の娘。強くは言えず、色んな人を二人で困らせてきました。

 それも昔の話。今のお姫様は一人。貰ったものを男の子に自慢しに行って、三人で分けあうなんて事は出来ません。

 それでも彼女は欲しがりました。自分の体が壊れてもいい、星を触った瞬間、傷一つ無い手が炭のように焦げても良い。でも届くはずがないのでただただ見上げていました。

 そう思った瞬間、小麦色の大地が大きく凹み、お姫様は体勢を崩してしまいました。ウサギ達もピョンピョンと驚きのあまり跳びはねます。

お姫様を空へ、大砲から飛び出るサーカス団のように勢いよく飛ばしました。標的はもちろんお空にへばりつくカラフルな照明達。でも残念、星の輝きには届きません。あと半分といった所で光から離れていき、背中から小麦の大地へ大きく墜落。衝撃でさっきよりも大きく凹んだ地面がお姫様をまた胴上げします。

今度のお姫様はお星様まであと少し。伸ばした手が煌びやかな星に少し掠ったけれども再び地面に水の中に沈んでいくかのように落ちていきます。

落ちてきてもっともっと凹みます。お姫様の重さで出来た柔らかクレーターに白いウサギ達が飛び込み、お姫様の体に着地して、更に大地が形を歪めます。もしパンが落ちたらジャムが出ちゃうくらいの深さに大地まで達し、弓から飛び出る矢みたいに、暗闇の中、逃げるように駆ける白馬のように、お姫様の体をすごい速さで空に投げ飛ばしました。白いウサギは大地に落ちて、お姫様は流星のように飛んでいきます。

お姫様の体は空へと飛び、徐々に光は近くなり……お星様と正面衝突しました。衝撃で空が波立ち、お星様が剥がれ落ちて、色とりどりの輝きが大地に落ちていきます。大地がぶつかった場所から徐々に穴ぼこになっていき、中から透明な粘液が溢れだします。

お空にぶつかりお姫様の意識はもやもや綿飴。その時一つの輝きが彼女目掛けて飛んできました。

彼女にぶつかって砕けたお星様はとっても甘々、含有率は糖高め、どうしてトゲトゲになるかは誰も知らない不思議なお菓子。






お姫様の姿は猫の様? 鳥の様? もしかしたら亀の様。 彼女はトラウムへ進んでいく。 ヴィルクリヒカイトは近づいていく。

お姫様の周りは大忙し。緑の原っぱを重ね過ぎて柱みたいになってるお皿を走って運ぶ侍女、大きいテーブルを運ぶ鎧を着た衛兵達、人より大きなボールに乗るカラフルな服の大男、石造りの塔に紐で吊るされたボサボサ髪の男、楽器の準備をしている演奏隊。どうやらパーティーの準備みたい。

お姫様が歩いても彼女を気にする人の姿は有りません。お姫様は邪魔にならないように避けながら、通りかかった侍女の腕をもいで人気のない所に座り込みます。

お姫様はぼうっと染色剤の青い空に浮かぶ白い綿飴を眺めていると、彼女の周りには二十匹の真っ白ウサギ。お姫様はウサギ達の砂糖の体を撫でながら、甘々の侍女の腕を舐めて、大変そうで楽しそうな準備を少し遠くから眺めていました。

 

 人工的な青い空は、何時の間にか黒々とした夜空に変わり、お姫様が侍女の腕を舐めきる頃には準備していた使用人達に慌ただしさは無くなっていました。そしてそれを眺めていたお姫様に近づいてくる影が一つ。お姫様の身の回りを掃除していた侍女そっくりの砂糖菓子。彼女は笑顔を浮かべるとお姫様に手を差し伸べました。

 侍女に連れられ、白い砂糖の椅子に座ったお嬢様。彼女の目の前には三階建ての円形ケーキ、真っ白ゼリーにカラフルマカロン、色とりどりのお菓子が山程積み重なっていました。

 お姫様の周りには待機している侍女や執事、少し離れたところではカラフルな大男はボールに乗りながら沢山の飴玉を回しており、近くの衛兵はプレッツェルの槍を握って周囲を見張っており、演奏隊はチョコの楽器を吹き鳴らしていて、逆さ吊りの男はチョコの烏に目を食べられ、ウサギ達は音楽に乗って跳ね回る。お姫様はこの騒がしい光景に笑顔が零れました。

 とっても甘いお菓子達。決して苦くない優しい味。


「○○!」

 お姫様がみんなと一緒に笑いあっていた時、彼女の名前を呼ぶ声が二つ。お姫様にとっては聞き覚えのある声。お姫様は声の方を向くと懐かしいけれど、違う二人の姿。

 二人は心配するようにお姫様に近づいてきます。

とっても遠くへ行ってしまった二人。「いつまでも友達でいよう」と約束した三人。子供の頃から一緒だった三人。まるで本物の騎士みたいだった。二人で一緒に行ってみんなを困らせた。

ずっと一緒に居たかった

ずっと一緒に居たかったのに

いつまでも「友達」でいようって言っていたのに

「どうしてあなた達は私の前から消えていったの!」

 お姫様は叫びました。精一杯、心の底から吐き出すようにただひたすら叫びました。

 どうして、どうして……お姫様は答えを知っています。でも理解はしたくありませんでした。騎士の息子とお嬢様……身分の違い、二人で遠くへ。乙女なら誰もが憧れる甘さに、想像以上の苦さ。二人はお姫様からたどり着けない位遠い場所に行ってしまった。場所と心、どちらとも。

 叫んだお姫様に驚いて立ち止った二人に衛兵達が急いで向かいます。そして二人の体に向かって勢いよく突き刺すプレッツェル。二人の体から噴き出す赤い液体。この飲み物は全然甘くありません。

 二人の血を思いっきり浴びたお姫様。気付いた頃には二人の体はお姫様の部屋に横たわっていました。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 お姫様の謝罪は闇の中。どこまで深く潜ったか分からない。ただただ彼女は謝るだけ。

 彼女の謝罪を聞くのは、数えきれない位いっぱいお菓子細工のウサギだけ。


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