僕は二人と遊園地に行く その①
終わりはいつも、突然だ。けれど、始まりもまた、突然である。不意打ちである。藪から棒である。
僕らが出会ったのは、つい先日のこと。というか昨日である。
確かに、仲良くなった気ではいたけれど、それでも、これはどうなのだろうか。
せっかくの貴重な休日が、潰れてしまう。いや、別にそれが悪いとかどうとか言うつもりはない。だけど、少しぐらいは気を遣って欲しいというか、何と言うか。
いやいや。でも、二人は僕の諸事情など知らないのだろうし、仕方がないと言えば仕方がないのだが。まあ、いい。もうごちゃごちゃと考えるのはやめよう。
「ちょっと、御手洗君。どこ見てるわけ?」
「いや、別に……」
「ちゃんと前向いて歩きなさいよ。転ぶわよ」
高校一年生の僕に対して使う言葉ではない。
「だってさ、風見鶏ちゃん。ちゃんと前見て歩きなさいって」
「いえ、私じゃなくて御手洗さんに言ってるんですよ、桃音さんは」
僕らの前を歩く風見鶏ちゃん。昨日と同じ服を着ていることに、多少の疑問はあるけれど。まあ子供にとってすれば、洋服なんてどうでもいいのだろう。
しかし、それにしても、風見鶏ちゃんが桃音を、桃音さんと呼ぶのにはいささか違和感がある。妙に他人行儀で、だけども打ち解けているような、そんなよく分からない感じ。
「あのさ、桃音さん」
試しに僕も、桃音さんと呼んでみることにした。
「なに? きもい。あんたには桃音さんとか呼ばれたくない」
「も、桃音ちゃん……」
「ううん、なんかやっぱり、それもきもい」
「桃音……」
「うん、それならまあ、平気。背筋がゾゾゾっとしないから大丈夫」
酷い言い草だ。
なんだよそれ……初めて言われたよそんな悪口。
雲行きの怪しい空を見ながら、僕はため息を一つ。
日曜日とは言え、まだ午前八時ぐらいである。街を歩いている人はそんなに多くはない。交通量も普通だ。
「あっ!」
いきなり大きな声をあげた風見鶏ちゃん。何事かと思い、風見鶏ちゃんの視線を辿っていくと、そこには一匹の野良猫がいた。
全身は純白の体毛に包まれていて、なんとなくだけれど、風見鶏ちゃんに似ているような気がする。
たぶん、風見鶏ちゃんの服装も白を基調としているからだろうけれど。
ぼんやりと風見鶏ちゃんを眺めている僕。そして、笑顔で問いかける桃音。
「もしかして、優子ちゃん。猫好きなの?」
「はい! 大好きです!」
いつものツンとした表情はそこにはなく、代わりに、甘いスイーツを口一杯に頬張った時みたく、いまにも蕩けそうな顔をした幼女の姿が。
これは余談であるが、風見鶏ちゃんは僕の予想通り、小学一年生であることが分かった。なのでやはり、幼女と表現しても問題なさそうだ。
最近は、なんでもロリババアとか言う人種がいるようで、どんなに年齢を重ねても、その幼い顔つきは衰えないというか老けないというか。
だが安心してくれ。風見鶏ちゃんはロリババアなどではない。正真正銘の、ロリである。
「お前って、意外と子供っぽい一面も持ってるんだな。驚いた」
「わぁ……ねえねえ、猫ちゃん。あなたもお出かけ? 私もこれからお出かけだよぉ……」
無視、か。猫という畜生の分際で、僕よりも上の立場に君臨するとは。生意気である。
「本当に可愛いね、この猫。やけに人間慣れしてるから、もしかして飼い猫なのかな?」
僕と言う一人の人間の存在は、完全に二人の頭から消えているようで、その頭にあるのは、猫、猫、猫である。
しゃがみこんで猫を愛でている二人に、僕は言った。
「おい。本来の目的はどうした。こんなところで油を売っていられるほど、時間に余裕があるわけじゃないんだろ?」
「分かってるわよ、そんなこと……」
名残惜しそうに猫を見つめる二人。僕が悪いことをしているようで、嫌な感じである。そもそも、どうして僕が二人と一緒にいるのか。
それを事細かに説明していたら、時間がいくらあっても足りない。なので、残念ながら、割愛させてもらおう。
要するに、だな。
「あんた、ちょっとあたしに付き合いなさいよ」
「別にいいけど、どこに行くつもりなんだ?」
「遊園地。嫌い?」
「いやいや、嫌いじゃないけど、どうしてまた、そんな急に……」
「友達がドタキャンして、だけどチケットはあたしが持ってたから。それで、仕方なく、本当に仕方なくだけど、一緒に行こうかなって」
と、まあ、こんな感じだ。
朝いきなり僕の家にやってきたと思ったら、これである。結局、風見鶏ちゃんも連れていくことになって、というよりも。
最初から、僕と二人で遊園地などに行くつもりはなく、風見鶏ちゃんと行きたかったのだろうけれど。
それにしても――
「どうして休日まで、遊園地で過ごさなきゃならないのかねぇ……」
遊園地でバイトをしている僕。しかも、僕の勤め先に遊びに行くのだ。心から喜べるはずがない。でも、不服な態度をとるわけにもいかず、今にいたる。
せっかく僕のことを誘ってくれたのだから、その厚意を無碍にするのはダメだ。時間の無駄ではあるが、今日ぐらいは、付き合ってあげようじゃないか。
「ほら、行くぞ二人とも。早くしないと、電車がこむぞ」
「あ、あと三時間ほど待ってください!」
「そんなに待てるか!」
風見鶏ちゃんの腕を無理やり引っ張って、僕は大股で歩みを進める。白猫と僕を交互に見ながら、最終的にはついてきた桃音。
底知れない猫への愛情はよく分かった。だが、そんなことより何よりも、僕の自由時間を割いてまで付き合ってあげているのだ。
それなのに、猫の観賞で一日を終えるなど、とうてい許せることじゃない。そんなことをされたら、僕が感傷に浸ってしまう。
いまだに駄々をこねている風見鶏ちゃんを抱きかかえ、僕らはようやく、やっとの思いで駅に到着した。
「御手洗さん、自分で歩けます。地に足をつけて歩けます。だから離してください」
「だめだ。だってお前、ここで解放したら、さっきの猫のところまで全力疾走で戻りそうだもん。だから、だめ」
桃音に目配せをして、切符を買ってこいと指示を出す。僕の意図を理解してくれたようで、やや早歩きで券売機へと向かう。
「御手洗さん」
「なんだ」
「私って抱き心地いいですか?」
突然、周りの視線が僕に突き刺さる。いや、これは視線ではなく死線なのかもしれない。
小学一年生の幼女に、抱き心地が良いかと聞かれた僕。別に普通に、当然に、当たり前に、「何を言っているんだお前は」と、言えばいいだけの話。
それなのに、僕は返答するのに戸惑い、結果、僕はロリコン変態くそ野郎へとなり下がってしまった。
クルクルパーマのおばちゃんたちは、僕を指さしヒソヒソと話し出す。どうやらあのおばんさんたちは、脳みそまでもがクルクルパーのようだ。
これ以上の失態はさらさない。
僕は大真面目な表情で、風見鶏ちゃんに言った。
「お前の身体って、なんか良いよな。抱いてると、なんて言うか、気分が良くなってくる。ハイになってくる」
「あの、御手洗さん。その言い草だと、なんだかとても変態染みた発言に聞こえるのですが、気のせいでしょうか」
風見鶏ちゃんの頭頂部を見つめ、僕は首を傾げる。
「変態? なに言ってるのお前。ああ、あれか。生物学的な意味での変態? そういうこと?」
「え、驚きです。御手洗さんって変態するんですか? それはもう、人間とは呼べませんね。プランクトンです」
「難しい言葉を知ってるんだな、風見鶏ちゃん。プランクトンなんて、早々出てこない言葉だよ。少なくとも僕がお前ぐらいの時は、知らなかった」
「いえ、違います。恐らく、御手洗さんの脳みそがミジンコ並みなんですよ。小学一年生ともなれば、プランクトンぐらい知ってます。淑女の嗜みです」
ガキの癖して、何が淑女の嗜みだ。足し算がちゃんと出来るようになってから、そういうことを言うんだな。
冷静なツッコミを心の中でいれていると、桃音が戻ってきて。
「なんか、あんたたちのこと皆見てるけど、何かしたの……?」
ソワソワとあたりを見渡しながら、そう言った。
「いや、別に、何も。なあ? 風見鶏ちゃん」
「そうですね。あ、そうそう、桃音さん――」
嫌な予感がした僕は、急いで口封じをしようした。けれど、間に合わず。
「御手洗さんって、変態するらしいですよ」と、会話の前後を完全に排除して、風見鶏ちゃんは桃音に告げたのであった。