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僕はあの歌を無性に聞きたくなる その②

 場所は変わって。

 僕らはとあるデパートへと買い物に来ている。

 遠出をするのは、優子に与えられた自由時間を考慮すれば、当然するべきではないと判断したわけだ。

 まあ、許可をもらえばどうにかなるようだけれど、面倒だしな。


「さあ優子、どれでも好きなものを選ぶがいい!」

「じゃあアイス買ってください。この前ポップコーンだったので」

「それなら、あたしにもアイス買ってよ」

「桃音……お前は勝手に食べてろ……」

「ああ、なるほど。お兄ちゃん、買ってと勝手をかけたわけですね! すごいですね!


 というわけでアイスをお願いします」

 物欲に満ち溢れているじゃないか。

 アイスだって、立派な消耗品だぞ。


「まあ……いいんだけどさ……僕がお前に買ってあげたいのは、アイスとかじゃなくて洋服なんだけど……」と、僕が恨めしそうに言った時には、既に二人は消えていた。

「お兄ちゃん! こっちです、こっち! アイス売ってますよ!」

「うわぁ……美味しそう……優子ちゃん何食べる?」


 やはり、あの二人は姉妹なのだろう。

 メニューを同時に指さしたかと思うと、同じものを選んでいた。

 僕は重たい足取りで二人のところへと向かい、投げやりに「それ……二つください……」と注文を済ませる。しかし――


「待って御手洗君。同じものを頼むのは、ルール違反なんだよね」

「知らないよ、お前のルールなんて」


 僕らがどうするのかと戸惑っていた店員さん。ひとまず注文を取り消し、桃音を待つ。


「優子ちゃんがチョコレートなら……あたしは、どうするべきだと思う?」

「そうですね……チョコをちょこっと味わいつつ、バニラで畳みかけるのも、悪くはないですよね」

「うん。だけど待って。このソーダ味とか……気にならない……?」

「そーだ、ソーダにしよう。というわけでソーダとチョコをください」


 面倒になった僕は、勝手に注文を済ませることにした。


「ああ! お兄ちゃん酷いです! 私は認めませんよ……ソーダなんて邪道は、認めませんからね!」

「あのぉ……すいません、そちらの妹さんが……そう言ってるんですけど……本当にチョコとソーダでいいんですかね……?」


 困り果てている店員さんに頭を下げて、「もう少しだけ……待ってください……」と、僕は何度も頭を下げざるを得なかった。


「決めた! チョコはやめて、レモンにしよう。うん」


 桃音は決心をして。


「なるほど。では私はそのままチョコにします。お兄ちゃんはどうしますか?」

「僕はいらない……」

「だめよ、御手洗君。あんたはソーダを頼みなさい」

「どんだけソーダ味が気になってんだよ……ああ、もう、分かった。じゃあチョコとレモンとソーダをください」

「本当に、本当の本当に、その三つでいいんですね?」


 僕ら三人を交互に見回し、最終確認を念入りにする店員さん。すごく申し訳なく思え、僕は頷くと、千円札を出して、「お釣りはいいです」と言ってあげた。


「あの……?」


 またもや困り顔の店員さんをしり目に、恐る恐る金額を確認してみた。

 千――三百五十円。

 無情にも、レジにはそう表示されていたのである。

 無表情で残りを出し、品物を受け取ると、無言で僕らは立ち去る。


「釣りはいらねえよ……――とか、まじで恥ずかしいんですけど……もうあのお店には行けなくなったね、御手洗君のせいで」

「なんと言いますか、恥ずかしいを通り越して、もはや無の境地に達しましたよ、私は。言葉が出てきませんでしたからね」

「………」


 近くにあったベンチに、静かに腰をかける。

 それに倣って、二人は僕を挟む形で座る。


「美味しいな……ソーダ味のアイス……」

「レモンもなかなか、うん。なかなかだよ」

「チョコはもう、言わずもがなってやつですね」


 僕の前でアイスの交換をして、お互いに感想を言い合っている二人。やっぱりバニラにしておくべきだったと桃音が言い。

 レモンではなくピーチにするべきでしたね、桃音さんだけに。とか、優子が下らないことを言っている。

 たかだかアイスで、ここまで悩んだり議論できるのだから、凄い。

 感心とも寒心とも言えない感情を胸に抱く僕。

 ソーダの爽やかな味を堪能していると、不意に桃音が言った。


「あんたも交換しようよ、あたしのと」

「ん? ああ別にいいぞ。ほら」


 手渡しをして、桃音は右手にレモン、左手にソーダを持つ。


「じゃあ、これ、食べてみて」

「おう、サンキュー」


 渡されたアイスを見る。


「………」


 桃音と優子が舐めた箇所だけ、溶けている。アイスの液体が僕の手に落ちて、僕はそれをペロリとしてみる。


「なに? 食べないの?」

「ううん、まあ、僕はいいや」


 ガキじゃあるまいし。

 ガキじゃあないのだから、別に間接キスとかそういうのは気にならない。

 ましてや二人は僕の妹であるわけで、気にするようなことではない。

 しかしいざ、二人の舐めたアイスを前にすると、なんだか非常にえっちな想像をしてしまい、とてもじゃないけれど食べる気にはなれなかった。

 まとめると。

 僕は思春期なのだろう、ということだ。


「さてはお兄ちゃん、桃音さんの唾液がべっとりついたアイスを見て、変な想像をしましたね?」

「否めない」

「否んでよ!? ちょ、ちょっと……なんかそう言われると……あたしまで、なんか……」

「あたしまで変な想像、しちゃったのか?」

「してない! してないしてないしてない! してないから!」

「あらぁ……」と、やけにおばさん臭い感じで、優子は僕らを見る。

「桃音さんはもう既に、お兄ちゃんの食べた――いえ、しゃぶりついたアイスに、これまたしゃぶりついてしまいましたからねぇ……手遅れです」


 手遅れって……なんだか昔を思い出す。

 いわゆる、小学生の時に流行った、ばい菌ゲームである。


『うわっ汚っねえ! 御手洗に触ったから、御手洗菌に感染しちまった!』

『はいバリアー! これで俺には感染しねえから!』

『ぎゃはは! お前はもう――手遅れだ!』


「………」


 手遅れ? なにそれ? 御手洗菌ってそんなにやばいの? 致死率何パーセントだよ。

 過去の嫌な記憶を振り払い、僕は桃音に言ってやった。


「バリアー!」

「はあ?」

「いやいや、だから、バリアー!」


 桃音は優子と顔を見合わせ、そして二人は同時に首を傾げる。


「バリアフリーの間違いですか?」

「そんなに大きな間違いするわけねえだろ」

「ババロア、の言い間違えとか?」

「このタイミングでババロアはないだろ、どう考えても」


 結局。

 僕とは世代が違うのだと、もうそういうことにして話を終了させた僕は、携帯で時間を確認すると既に、時刻は午後五時ちょっとであった。


「うわ……もうこんな時間じゃん……」

「本当だ。あーあ、御手洗君が意味わかんないこと言うからだよ」


 コーンをヒョイと口に放り込み、桃音は立ち上がる。


「まあ、お兄ちゃんが私たちの期待に応えられたことって、今までに一度もないですし」


 ペロリと口のまわりを舐める優子。


「僕のせいだと言いたいみたいだが、ほぼお前らが原因だぞ、予定が狂っちまうのは」


 僕も一気にアイスを食べて、キーンと頭が痛むのを堪えて、立ち上がる。


「今日はもう、帰ろうか」


 洋服を買えず、アイスを食べるだけで終わってしまった。僕たちらしいと言えば、そうだけれど……。

 今日ぐらいは、せっかく優子と遊べる今日ぐらいは、らしくない方が良かったのにな。

 僕と桃音は、優子を挟む形で手を繋ぎ、悪あがきとしてゆっくり歩いて帰ることにした。

 夕焼けに染まる二人の姿を、しっかりと脳内に刻み込み、僕はまた明日も頑張ろうと、なんだか前向きに思えるのであった。

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