表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

僕は桃音と部屋で二人きり

「でねでね、結局、あたしの勘違いだったわけよ」

「ふうん……」

「なんかあたしってバカみたいだよね。勘違いして、やけになって、自爆しちゃったんだもん」

「うん……そうか……」

「反応……薄くない……? もうちょっと面白い返し出来ないの?」


 偉そうに僕のベッドを占領しながら、眉毛を上へと吊り上げて、桃音は僕を見る。

 そんな目で見られても困るし、というより、どうしてお前はそこにいるのかという疑問の方が強い。

 少しだけ事情を説明すると、昨日の桃音と朽木先輩のやり取りが一先ず終結し、僕は眠りにつき、朝起きて学校に行ってまたバイトに行って――家に帰ったら桃音がいた。

 昨日の今日で、またもや桃音とお喋りしているわけだ。

 いや、そこはさほど問題ではないか。

 そんなことより何よりも――


「どうやって、僕の家に入ったわけさ」

「え? だってあんた、鍵開けっ放しだったんだもん」 


 あれ、そうだっけ? 確かな記憶ではないけれど、僕は鍵を閉めたはずなんだが……。

 いや、どちらにしたって、もし鍵が開いていなかったら、桃音はどうするつもりだったのだろう。

 桃音の考えていることが、行動の意味が分からず、僕は混乱した。

 自分のことですらよく分からない、それが人間というものである。

 だとしたら、ますます桃音のことなど分かるはずもあるまい。


「それでお前は、何をしに来たんだよ?」と、そうやって聞いてみるのが最善の策だ。

「だから、あんたに朽木先輩との仲違いが、綺麗さっぱり解決したってことをわざわざ、伝えにきてあげたんじゃない」

「伝えにきて、あげたか。そいつはどうも、ご苦労なこった」


 皮肉交じりに言う僕を睨み、桃音は言った。


「嫌な言い方するよね、あんたって」

「それを言うならお前もな」


 そんなこと、明日でもいいじゃないか。

 こんな夜中に来る必要なんて微塵もありはしない。


「………」


 イジメを解決したいのなら、自分から行動するべきなんだよね。

 そう、朽木先輩は言ったらしい。

 だからこそ桃音を助けずに、ただ黙って見守ったんだとさ。

 要するに朽木先輩は、自分が干渉するべきじゃないと、気付いたのだろう。

 僕ならきっと、いの一番に気付きそうなものだけれど――朽木先輩には、優しすぎる朽木先輩には、その真実にたどり着くまでに、時間がかかってしまったのだ。


「じゃあ、もう用事は済んだろ。さっさと帰れ。補導されるぞお前」


 家の鍵を、今度こそちゃんと閉め忘れないよう手に持ち、僕は帰るよう促す。

 だが、桃音はその場から動こうとはしない。

 しまいには、布団にくるまって、反抗してみせる始末。


「早くしろ……帰るぞ……」

「帰るぞって……じゃあ、あんたも一緒に帰ってくれるの……?」

「まあ、駅まで送るぐらいはな」


 さすがにこの時間に女性一人で歩かせるわけにはいかない。

 面倒だとは言わないけれど、あまり気が進まないのは確実であった。


「やだ……」

「はあ? 駄々をこねるような歳じゃないだろもう」

「歳とか……そういうの関係ないし……」


 いつになく幼い桃音。


「お前、熱でもあるのか?」


 少し離れていた距離を一気に縮め、僕は桃音のおでこに手を添える。


「あれ、ちょっと熱くないか、お前の体温」

「そうかもしれない……」


 さっきまで意気揚々と話していたのに、なぜ今頃になって……。


「大丈夫かよ? 風邪でもひいたか?」

「風邪じゃない、と思う。風邪じゃなくて……」


 布団から顔を半分だけ出し、桃音は目で訴えかけてくる。


「口があるだろう、口が。はっきり喋れよ」


 忍者みたいにシュッと顔を隠し、もごもごと布団の中で何かを言っている。しかし、僕には何を言っているのか皆目見当がつかず――


「ああ、もういい。しばらく安静にしてろ。それで具合良くなったら帰れ」

「これは……そんな簡単に治らないもん……」

「じゃあなんだ? まさか僕の家に泊まるなんて言う気じゃないだろうな?」


 いつになく強気な僕に、桃音は少し弱気になる。


「今日のあんた……なんか、怖い」

「そりゃそうだ。疲れて帰ってきたら、お前に話しこまれて、その上帰らないとか、わがまま言うし、ちょっとぐらいイラッとはくるだろ普通」

「ごめん……ごめんなさい……」

「……お前ほんとに、大大丈夫か?」


 今度はいきなり素直になったので、僕は心配をせずにはいられなくなった。人は弱っている時、どうしても誰かに頼ってしまうものだ。

 本当に桃音の具合が悪いのではと、僕は慌てて言った。


「ゆ、夕飯はちゃんと食べたか? もし食べてないならコンビニで買ってくるぞ?」

「平気……うん」

「じゃあ……栄養ドリンクとか? よし、分かった。すぐに買ってくる。ちょっと待ってろ!」


 ドタバタとその場で無駄なステップを踏み、僕が駆けだそうとした瞬間――


「待って」と、引き止められるのであった。

「あ、ああ分かったぞ! 冷えピタシートだな? オッケーそれも買ってくる!」

「違うってば! そうじゃない。そうじゃなくて……」

「まさか具合悪すぎて倒れそうとか!? 救急車呼ぶか!?」


 勢いよく布団を剥いだかと思うと、そのまま僕に覆い被せてきた。


「落ち着いてよ! あたしはただ……その……ちょっと、ほんのちょっとだけ、体調が良くないだけだから……」


 ベッドに小さく座り、桃音は窮屈そうに身体を縮めた。

 僕は布団を桃音の肩にかけて。


「なんだか釈然としないけど、とにかく、僕のベッド使っていいから寝てなよ」


 言われるまでもなく、僕のベッドを我が物顔で使っている桃音ではあるが、いまだけはそれも気にならず、むしろ心配しかない。


「ん……ありがとう……」


 熟れた果実のように、目尻ををトロンと下げている桃音。こうして意識してみると、やはり女の子なんだと実感する。

 まだあまり着なれていないのであろう制服から、細い手足が顔を出し、力強く握ってしまえば、どちらも簡単に折れてしまいそう。

 身体は華奢で、僕とはえらい違いだ。

 外で野良猫が鳴く。

 いつか優子が好きだと言っていた猫は、鳴いた。

 部屋の灯りがわずかに消えて、すぐにまた持ち直す。

 桃音が動くのと同時に、ベッドは軋む。安っぽい音なのに、甘美で優雅な音だと思う僕がいた。

 呼吸の仕方を忘れかけて、僕はようやく長い息を吐いた。

 ため息のようではあるけれど、確かにこれは、呼吸なのだ。


「あの、さ――」


 まるで桃音も、言葉を思い出したように、口を開いた。


「優子ちゃん……今頃どうしてるかな」


 質問と呼ぶには足りず、独り言だと決めるのにも及ばず、不安定な言の葉が飛び出した。


「あいつは、もう大丈夫だろう」

「そうかな。ううん……そうだよね」

「明日にでも、会いに行ってみるか?」

「だね。もしかしたらあの子、さみしがってるかも」

「ああ見えてあいつも、子供な面があるしな」


 桃音は布団を毛布のように身体に巻き付ける。


「あたしね、知ってたんだ」

「何をだよ」

「優子ちゃんが……施設から脱走してきてた、ってことを」

「なんとなく、そんな気がした。お前は知ってたんじゃないかってさ」


 少し考えれば分かる。

 初めて僕ら三人が顔をあわせた時、正確に言うならば、桃音と優子が帰る時。

 優子は家に帰ると言っていたけれど、実際の家は施設であり、また、その施設から脱走をしていたという、後付けの前提を考慮すれば、優子には帰る家などどこにもなかった。

 あんな幼い子供が一人、ホテルに泊まることなど出来るはずはないので、かといって野宿などするわけもなく――そうだとしたら、桃音の家に泊まったのだと、そう結論を導き出すことはできる。

 きっと、優子と二人きりで過ごした際に、色々と詳しい話を聞いていたのだろう。

 そして桃音は、思い立ったんじゃないだろうか。

 施設での暮らしぶりを聞き、なんだか憐れに思えた桃音は、優子を遊園地に連れていってあげようと。

 下手したら、友達と行くはずだった遊園地を変更してまで、優子を楽しませてあげようと考えていたのかもしれない。

 それとも単純に、本当に友達からドタキャンをされたので、妥協案として僕らを連れていったのかもしれないけれど。

 まあどちらにしたって、桃音には優しいところがあるのだと、僕は思う。


「良いとこあるんじゃんかよ、桃音」

「なにが?」

「いや、なんでもない」


 事実は小説よりも奇なり――事実は小説よりも嬉なり。こういう考えも、あるかもな。


「なによ。あんたがあたしにさっき言ったように、口があるんだからハッキリ言いなさいよね」

「ていうかお前、もう元気そうじゃないか」

「ご、ごほん……」と、大根役者顔負けの演技を披露して、桃音は言う。

「やば……今の御手洗君の余計な一言で、体調が悪化したかも……」


 帰りたくない理由は分からない。

 けれど、帰らせる理由も、分からない。

 呆れた視線を送りながらも僕は、言った。


「お母さんにはちゃんと連絡しておけよ? ったく……」

「分かってるって。平気だよ、平気」


 一瞬、桃音の両手に力が入ったような気がしたけれど、勘違いかもな。

 まさかこいつが、ガッツポーズなどするはずがない。


「あ、でもどうしよう」

「なんだ。言ってみろ」

「替えの下着、持ってきてない……」

「僕の貸してやるよ」

「いや、いやいや、下はそれで済むかもしれないけど……上が、ほら……」


 下は僕のパンツでもいいのかよ。

 冗談で言ったつもりが、あっさり納得されてしまったので僕は、驚きと焦りが入り混じった複雑な心境になる。

 しかし、複雑なのは僕の心境だけにとどまらない。

 桃音の発言、すなわち上をどうしよう発言をしてしまったけれど、それはすなわち明日一日をノーブラで過ごします発言――もとい宣言をしてしまったので、なんとも言えない表情をしていた。


「持ってたり……しないよね……?」

「逆に聞こう。もし持ってたとしても、それを使いたいと思うか?」


 うーん、と唸りながら考えた結果。


「まあ、悪くはないかな」

「お前ってもしかして、変態?」


 悪くはないって……なんだかそれでは、むしろ良い、と言われているような気分だ。


「ちがっ――違うに決まってるでしょ!? 変態なのは御手洗君だし! そうやって人のせいにしないでよ、この変態!」

「ああ、そうだな。僕は変態だな」

「開き直んないでよ」

「じゃあ――」


 じゅるりと舌なめずりをして、僕はいやらしい笑顔で言ってやった。


「僕は変態だから、今夜、お前を寝かさないぞ?」

「………」

「嘘だ。冗談だよ」

「………」

「ねえ、嘘だよ? 本気じゃないよ? ねえってば?」

「………」


 沈黙は金、雄弁は銀なんて言葉があるけれど――だけれども僕には、沈黙は禁。そんな風に思えた。


「すいまめん」


 茶目っ気をふんだんに使って、ちょっとくだけた謝罪『すいまめん』と言ってみる。


「はあ……これだから御手洗君は御手洗君なのよね……」

「それ、優子にも言われた」

「さすが優子ちゃん。良くできた子供だわ。ていうかあれ? そういえばあんた、いつから優子ちゃんのこと、優子って呼ぶようになったの?」


 遅すぎだろ、気づくのが。


「おとといだ。ちなみに、僕が優子と呼ぶことで、優子は僕をお兄ちゃんと呼ぶことになった。等価交換ってやつか、いま流行りの」

「いや流行ってないし。ていうか、うわあ……そんなの全然、等価交換じゃないじゃん」

「そうか?」

「そうだよ。だって優子ちゃん、不利益しか蒙ってないじゃん。十日効果ならまだ良かったのにね」

「なんだよ十日効果って。十日間限定のお兄ちゃんってことか?」

「あたしは絶対呼ばないからね、あんたのことお兄ちゃんって」


 心なしか、さきほどよりも桃音が、僕よりも遠くの方へ後退したような気がするけれど、まあ気のせいだろう。


「でも……」と、終わったと思った話を仕切り直し、桃音は言う。

「透君って呼ぶのなら……まだ……やってあげなくもないけど……?」

「やだよ。透君って呼んであげる代わりに、等価交換としてお前の命をもらっていく、とか言われそうだもん。お前の場合」


 意外とショックが大きかったようで、桃音はうつむいていた。軽い言葉で受け流したつもりだが、桃音はこう見えても繊細な心の持ち主なのかもしれない。


「せっかく……勇気出したのに……もう知らない。もう知らないから、御手洗君なんて」


 プクッと頬を膨らませる桃音。

 まあ、正直なところ、透君と呼ばれるのは照れ臭いのだ。女性から下の名前で呼ばれることに抵抗があると言うのに、それに君付けをされてしまったら、もうね。


「そうか……ごめんな、せっかく勇気出してくれたのに」

「や、やめてよ……そうやってあんたに優しくされるの、嫌なんですけど……」


 そっくりである。

 優子も素直に物を言う子ではないが、桃音も十分そういう人間だ。素直になれないのは良いことなのか、悪いことなのか。

 僕には分からない。

 でも――嬉しそうにしている桃音を見ていたら、なんだかそんなことは、どちらでもいいような気がしたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ