4話
「何か目標があって東京へ行くって言うなら分からなくもないよ。だけど、天気が良いからとか交通機関が潤っているからとか、そう言った単純な理由で暮らしたいって言うのなら、私はやめておいた方が良いと思う。例え東京へ行ったとしても3年もしないうちにここに戻ってくると思うよ。考えてもみなよ。確かに東京は3分に1本電車が来るけど、私がいるんだよ? 私がいればいつ、どこにいても好きな場所に跳ぶことが出来る。それは電車なんかよりすごいことって気付かない?」
稟堂の言葉を聞き、僕は我に返るが、すぐに東京の方が働き手もあると反論する。僕の反論に対して稟堂も反論してくる。
「……そう言えば、レイセンに言ってなかったね。レイセンの住むこの場所には私と同じ世界から来た人がいるんだ。いや、もちろんこの地域限定でいるわけじゃなくて、47都道府県全部にそう言った組合がいるんだけどさ。その人たちに一旦会ってみる? もしかしたら、何か仕事を知っているかもしれないし、私的にも別世界から来た人たちから教えてもらう仕事の方が安心だし」
「その人たちってどこにいるんだ?」
「駅の近くって言うのは聞いているけど、どの辺りなのかは聞いてない。それに、この辺りは田舎だから規模もかなり小さいんだ。東京とか大阪だとかなり大規模な組織が組まれているらしいけど。まあ、その辺りは良いじゃない。探すだけ探してみない?」
働く場所がなければ飢え死にしてしまうので、探すだけ探してみるのも悪くないかもしれない。しかし、探すと言っても場所が分かっていない。
「何か特徴はないのか? 例えば、組織名とか」
「目立たないように表向きでは何かを経営しているらしいんだ。でも、コンビニとかではないって聞いたことあるよ」
結局彼女自身もどこに何があるのか分かっていないので、完全にお手上げ状態である。
「と、とにかくどこかに跳んでみようよ。だから人気のない場所に行こう」
稟堂はそう言うので僕たちは駅から離れて、人気の少ない高架下へと足を運び、その場で適当に跳んでみる。どこに着くのかは彼女の心しか分かっていないので、どうなるのかは分からない。
僕らが跳ぶ前には薄暗い高架下の上には電車が通っていて、ごうごうと空気を震わせていたが、目の前の光景がどこかの銭湯に変わった瞬間、音は一切聞こえなくなった。
「ここなのか?」
「分からない。表向きは確かに銭湯だし、人も来ると思うけどここに私と同じ世界から来た人がいるって思うと何だか心細いって言うか……」
キョロキョロ辺りを見回すと、ここは駅から港の方へと1キロほど進んだ場所にある銭湯だと言うことに気付く。高校生の頃に数回通ったことがあるので、思い出した瞬間に頭が少しだけスッキリする。
「とりあえず、入ってみる?」
「確かに寒いからな。風呂に浸かるのも悪くないかもな……って、まだ開店してないじゃん」
出入口には閉店の札がかかっている。煙突からはモクモクと黒煙が空へと上がっていたのでお湯を沸かしているのだろう。
その直後に閉店と書かれた札がかかっていた出入口が開き、茶色い髪をポニーテールにまとめた女性が出てくる。
「あー、すいません。まだ営業時間じゃないんですよ。あと1時間くらいしたら開くんでまた来てもらっても良いすかァ?」
眠そうな顔をしていたが、ついに大きな欠伸をして持っていたバケツの中に入っているお湯を近くの排水溝へと捨てていた。その背後にいた稟堂は必死に言葉を紡いでいく。
「あ、あの。ここ、支部ですか?」
お湯を捨てる手が止まり、茶髪の女性は稟堂の方を振り向く。
「君たちもあっち側から来たのかい?」
「いえ、あっちの世界から来たのは私だけです。彼はこの世界の人間です」
「そっか。ここは第5支部だよ。田舎だから規模は小さいけど君たちみたいな迷い人が来るとは思わなかったな。あっちの人間と分かったんだ。入りなよ」
手招きをする彼女を見て僕たちの足は動かなかった。
「い、良いんですか? まだ開店してないんじゃ」
「君たちは特別だからね。全然気にしなくて良いよ。入って入って」
言われるがまま銭湯内へと入ると玄関があり、向こう側には番台がある。その間にはイスがあり、テレビもある。見た目はただのどこにでもある下町の銭湯と言った感じである。
「自己紹介がまだだったね。ワタシは久良持 さくら。君たちは?」
「僕は弓削 玲泉です。彼女は稟堂 輪廻で、彼女が僕のことを幸運にするためにやってきました」
「変わってるねえ。普通は自分の幸運のためにこの世界にやって来る人の方が多いのに。レイセンくんはそんなに不幸なのかい?」
首だけを動かし、僕に目線を向けている久良持さんの瞳は先程と変わらず茶色い瞳であった。
「ああ、こりゃ不幸なのも頷けるくらい小さいね……」
「これでもさっき駅で少し幸運を集めて大きくしたんですよ!」
「ええ!? これよりも小さかったのかい!!? よく今まで生きてくることが出来たね!」
久良持さんも驚きの声を上げているのを見る限り、相当僕は不幸だったらしい。
「ま、気にすることないさ。輪廻ちゃんがこれから大きくして行ってくれるんだ。ちょっと待ってて」
久良持さんは番台へ向かい、下から名簿を出してくる。
「家を追い出されたんだろう? ここに住みなよ」
「僕たちは別の部屋に住んでいるので大丈夫ですよ」
「それは輪廻ちゃんが作った異空間の部屋だろう? 別にあそこに住んでいても不自由はないかもしれないけど、働くとしたらあんなところにいつまでもいることはできないだろう? 住所だってないと働けないんだからさ。それなら、建前では借りてることにして、あっちの部屋で暮らせば良いじゃないか。ま、何にしても君たちの名前は書いておいてよ」
名簿に稟堂は自分の名前をサラサラと綺麗な字で書いていたので、書き終わった後に僕も名簿に名前を記していく。その際に稟堂より上に名前があることに気付く。
「あの、僕たち以外にも誰かいるんですか?」
「まあね。これから関わって行くと思うけど、仲良くしてね。変な子はいないから安心してよ」
名簿には一番上に葉夏上 ちまきと言う人物の名が書かれていた。その下には稟堂の字が合る。ひょっとするとこれは2枚目の紙で、本当はもっとたくさんいるのかもしれない。
書き終えた後、久良持さんに僕は自分の思いを口にする。
「僕、まだ高校生なんですけどこうやって勝手に部屋を借りても良いんですかね?」
「別に良いんじゃないかな。レイセンくんみたいに家を出てまで人生を変えようとする子は最近いないからね。そう言う点、私は評価するよ」
半ば強引に稟堂が出て行くように言ったのだが、そこは話さなくても良いだろう。
「んで、レイセンくんはこれからどうすんだい? 就職っつっても、もう遅いんだろう? フリーターかい?」
「そうなりますね。別にフリーターになったとしても、僕には稟堂がいますし、彼女が幸運にしてくれるのならフリーターでも構わないです」
「ま、レイセンくんがそれで良いならワタシは良いけどさ。他人の人生に口出しするほどワタシはおえらい存在じゃないからね。自分のことは自分で決める。レイセンくんは18歳と思えないくらいしっかりしてんよ」
僕の長い髪をグシャグシャと撫でた後、名簿を番台の下に片付けていた。
「そんじゃ、まずはバイトかい? それとも、輪廻ちゃんと幸運を溜めるのかい?」
「どっちがいい?」
隣にいた稟堂が僕に視線を向けてくるので、僕は考える素振りを見せる。本当は決まっている。バイトと言いたいが、実は家を出て行くとは思わなかったので、貯金がある程度だが残っている。その貯金を切り崩しながら幸運を溜めることに僕は専念した方が良いと思っているので、バイトとは言わずに、幸運を溜めることを説明する。
「だけど、簡単に溜めるって言うけどさ。そこまで簡単に溜まらないと思うよ。同じ人から削ぎ取るわけにもいかないしさ」
「ダメなの?」
「いや、ダメってわけじゃないけどさ。やっぱり可哀想じゃない。言ってなかったけど、完全に幸運が亡くなった人って本当に不慮の事故で亡くなることになっているの。歩いていたら突然車が突っ込んで来たり、家にいても心臓麻痺でなくなったりね。私たちは幸運のおかげで生きているって言っても良いかもしれないね」
笑いながら恐ろしいことを話している稟堂を見て僕はやや恐怖におびえる。より一層自分が生死の境目にいたことがよく分かった。
「ま、レイセンがそう言うなら良いよ。幸運を溜めようか。でも、これから生きて行く資金はあるの?」
「ああ、自動車の免許取るために高校生の頃からアルバイトしていたから、お金はある。ある程度幸運が溜まったら新たなバイトを探そう。今はアリ程度の大きさなんだろ? それならせめてサイコロくらいの大きさにはしようぜ」
「そこは現実的なんだね。そんじゃ、幸運を集めに行こうか」
僕と稟堂が久良持さんに背を向けると、久良持さんは話しかけてくる。
「ある程度溜まったと思ったらまた戻ってきなよ。今日はごちそうしてあげるよ」
僕たちはお礼を言って、銭湯から出て行った。
つづく
あけましておめでとうございます。
新年最初の投稿になりますが、正直またグダグダしてきている気がしますね。