3話
僕と稟堂は学校から出た後、人気のない場所へと向かった。
「おい、どこ行くんだよ。校門は反対方向じゃねえか」
「こっちで良いの」
僕の手を掴みながら辺りをキョロキョロと見まわしている。体育館の近くで稟堂は死角を見つけたのか木陰へと進んだ。
「この辺で良いか。それじゃ、手を握ってて」
僕が返事をしようとしたとき、目の前の景色は体育館ではなく、どこかの道路であった。
あまりにも唐突すぎて理解出来なかったが、数百メートル先にコンビニが見えて、やっとどこにいるのかを理解した。
「な、何したんだ? 僕、高校にいたはずなのに、何で……?」
「細かい話は後でするよ。とにかくコンビニ入ろ? お腹空いちゃった」
笑顔でコンビニへと向かう稟堂を見て僕は少しだけ恐怖に震える。彼女は本当に別の世界から来たのだ。僕とは違う、全くの別世界……。半信半疑だったが、本当に幸運を削ぎ取り、僕の幸運に変換することが出来るのかもしれない。
コンビニで適当な弁当や総菜パン、飲み物を購入し、また人気のない場所で先ほどのこれから暮らしていくと言う場所に戻ってくる。
「稟堂、何をしたんだ? ワープ?」
「ま、そんな感じだね。空間転移だからね。私たちは跳ぶって言っているけど、別にすごいことじゃないよ。レイセンたちの住む世界だと大変なことかもしれないから、人気のないところで跳んでいるんだよ」
「……いや、そう言うことじゃなくてさ。何て言えば良いのかな……君は、本当に別の世界から来たの?」
「跳んでも信じないなんて強情だなあ」
竜田揚げを小さな口で食べている彼女の口元には竜田揚げのタレが付いていた。それを見ながら僕は頭を掻きながらお茶を喉へ流し込んだ。
「私はレイセンを幸運に変えてきた、もっと大雑把に言えばレイセンの人生、いや、運命を変えに来たんだよ」
「僕の運命?」
「そ。だって、レイセンの幸運はミジンコくらいの大きさなんだよ? それで生きて行こうだなんて無謀すぎよ。このままだと20歳になる前に死んじゃうね。でもレイセン、可愛い顔しているから奇跡が起きて女の人のヒモになったりはしていたかもしれないけどね」
綺麗な箸使いでご飯を掴み、口へ放り込んでいた。
可愛いと言うのは特に否定はしないが、自分ではそうは思わない。
そう言う話は置いておくとして、僕は彼女が来なければ20歳になる前に死んでいたと言うことか。まず、18歳で勘当されることは稟堂が来ていようが来ていまいが変わっていなさそうだったので、成人式に出ることはあり得なかった。やはり、彼女の言うとおり20歳前に死んでいると言うのは否定できないかもしれない。
「稟堂には、僕の未来が見えているの?」
「未来は見えないよ。でも、その幸運で生きて行くって言うのは無理があるんだもん。ミジンコだよ? 微生物を想像してごらんよ。顕微鏡でのぞいてやっと見えているくらいの幸運がレイセンにはあるんだよ。死んでいてもおかしくないのに良く生きていたね」
「その幸運って言うのは、ひょっとして受験にも関係するのか?」
僕はふと思った疑問を彼女にぶつける。
「あると思うよ。そりゃ努力で埋めることはできるけど、どうしてもわからない問題とかあるでしょ? そう言うのって勘で答えるもんじゃん。勘って言うのは別の良い方をすれば幸運だからね。たいていは努力で埋めているし、そう言うのは信じない人の方が多いけど」
弁当を食べ終えた彼女は袋の中に空になった弁当箱を入れていた。僕はその光景を見ないで受験に堕ちたのは幸運が足りなかったからではないかと考えていた。
「レイセン、今大学に落ちたのは幸運のせいだと思っているでしょ? それ、関係ないよ。ただ単にレイセンの努力不足。合格した人はみんなレイセン以上に努力したんだよ。もちろん、レイセンより記憶力が良い人とか要領が良い人がいると思うけど、それがその人の幸運なわけ」
「てことは、幸運って生まれた時点で決まっているのか?」
「そう言うことだね。レイセンだってたまにこんな田舎に生まれて不幸だって思っていたでしょ? どうせ生まれるなら東京や都会の方が良いって。だから東京で生まれた人は多分、最も幸運じゃないかな。欲しいものは全て揃うし、テレビだって何でも映るし、アニメだって最速放送でしょ?」
「やけに詳しいな……」
顔を真っ赤にしていた稟堂は咳払いをしてさらに話を続けた。
「とにかく! 私はレイセンのことを幸運にしに来たわけ! それは嘘偽りない。早速だけど、人が集まる場所へ行きたいんだけど」
「人が集まる場所って言うと、この辺りだとオゾンか駅だろうな。駅の方があらゆる地域から大多数の人間が来ているけどな」
「じゃあ駅に行こう」
立ち上がった稟堂は僕の手を掴み、すぐに駅へと跳んだ。
目の前の光景が駅近くの路地裏に変わると同時に僕たちも先ほどまでブレザーでいたのに対して、いつの間にか靴も履いていて、コートまで来ていた。
「へえ、本当に立派な駅だね。ここならそれなりに幸運を集められそう」
「毎回あの俊敏な動きをするの?」
「そんなわけないじゃん。ちょっと待ってて」
稟堂は右手を右目に当てると、碧眼が黄金に輝き始める。
「お前、目……ッ!?」
「うん。それなりにみんな幸運だね。平均以下だけど。そんじゃ、ボチボチ削ぎ取りますかね」
僕の声も聞かないで稟堂は駅へと進み始める。
「おい、稟堂。何してんだよ。どこ行くんだ?」
「とりあえず改札かな。一旦中に入ろうよ」
駅の中へと入って行くとたくさんの人で溢れ返っていた。国内から国外までさまざまである。
稟堂の目が青から金に変わってから何十人とすれ違っているが、一向に彼女はあの不良にしたような動きはしていない。
兼六園口から金沢港口へと移動し、出入口に到着すると稟堂は立ち止まり、再度右手を右目に当て、金色の瞳を碧眼に戻す。
「さすが主要駅だね。思った以上に幸運が集まったよ」
僕に小さな手を見せているが、そこには彼女の手があるだけで何もなかった。
「……見えないんだけど」
「あっ、そっか。ま、安心してよ。レイセンはミジンコからアリくらいの大きさにはなるからさ」
「ミジンコからアリって大成長じゃないか?」
「アリは言い過ぎかもしれないけど、アリより少し小さいくらいかな? もちろんかなり小さめのアリだからね」
慰めにもならない言葉を彼女は僕に言ってくるが、ミジンコより大きいのならまだマシだろう。アリくらいの大きさでもまだ一般人より小さいと言うことを考えるとあまり腑に落ちないが。
「一応言っておくけど、幸運はすぐになくなるからね。放っておいたらまたミジンコサイズに戻っちゃうよ」
「……それを先に言えよ。内心少し浮かれていた自分がバカみたいじゃないか。あと、その右目だけ金色になるその現象、何とかならないのかよ。結構目立つぞ」
「仕方ないよ。私の家系はそうしないと幸運を削げないんだもん」
「何かしろよ。例えば結構髪も長いんだし、前髪で隠すとかさ」
僕がそう言うと稟堂は前髪を右目で隠すが、若干瞳が見えているのであまり意味はないだろう。
「……眼帯でもする?」
「稟堂が痛い女だと思われても良いならしても良いんじゃないか?」
「頭や右腕に包帯を巻いて、眼帯もすればただのケガ人だと思われるんじゃないかな?!」
「余計に痛々しい女だと思われると思うぞ……」
しかし、そう言ったコスプレマガイなことをした稟堂を見たくないと言えば嘘になる。言動も行動も痛々しいが彼女は不良たちも言っていたように可愛げがあるのだ。
「ま、幸運はある程度手に入れたから駅から離れようよ。私、この世界の子とあまり詳しくないからもう少しこの辺りを見まわりたいんだけど、何があるの?」
「駅周辺は年配者向けの建物ばかりたけど、少し向こうに行けば若者向けの建物がたくさんあるけど」
「じゃ、その若者が集まる場所へ行こう」
彼女はそう言うのでバス停へと向かうと、僕のことを呼び止める。
「どこに行くの?」
「どこって、バス停だよ。歩くと少しかかるんだよ」
「何言ってんの。時間かかっても良いから歩いて行かないと幸運が溜まらないよ。ほら、幸せは歩いてこないだから歩いていくんだよって歌詞もあるくらいなんだし」
全く関係ないが、幸運を採取するにはその方が良いのだろう。たしかに、バス内では一定の人としかすれ違わないが、歩いて行けば大多数の人間とすれ違うことが可能だ。細雪が降りしきる中、僕と稟堂は市街へと向かった。
駅から30分程歩いた辺りで若者向けの建物が増えてくる。主にアパレルショップだが、向こう側にはファーストフード店やゲームセンターもある。この辺りは城下町だったのですぐ近くに城がある。その分、観光客も多いのでこの辺りでなら幸運は採取しやすいのだろう。
「本当人多いね。この辺りにはレイセンもよく来てたの?」
「昔はね。でも、市民は遊ぶ場所って言うとこの辺りくらいしかないんだよね。あとはオゾンのような総合施設くらいしか遊ぶ場所はないからね」
「へえ、やっぱりレイセンはそう言う意味でも東京みたいな都会へ出たいって言う思いがあるんだ?」
どこで話したのか覚えていないが、彼女は僕の深層心理で思っていたことを話してくる。
僕は生まれ故郷である金沢から出て行きたいと何度も思っていた。何をするにしても不便なこの町を出て、東京のような交通が潤っている場所で生活がしたかった。天気で考えても東京の方が良い。冬が近付けば金沢は毎日のように厚く低い雲に覆われ、太陽は滅多に出ない。東京はその逆で毎日のように晴れている。雪が降りしきる外の景色を見ながら天気予報を見ていると、現在の渋谷の様子だと言いながら背景に使われることが多いが、その渋谷の光景は金沢では体験できることが出来ないことばかりである。渋谷にもある有名アパレルショップは金沢にもあるが、当たり前だが渋谷には敵わない。
「……まあ、そうだね。こんな田舎で生きていても楽しいことなんか何もないよ。車が必須だし、寒いし、何もないし」
「ふーん。ま、考え方は人それぞれだから私は何も言わないけど、レイセンはそう思っているんだ」
「て言うか、僕、いつの間に稟堂に東京へ行きたいって意思を説明した? 全然記憶にないんだけど」
僕は目線だけを彼女に移し問うてみる。
「極端だもん。テレビで東京の様子が映っただけで建前では人が多いとか空気が汚いとか言っていたくせに、その映像を真剣な眼差しで見ているレイセン、どう見ても東京へ行きたい、東京で暮らしたいって意思が丸見えだよ。みんなも気付いていたと思うけど、言わなかっただけだと思うよ」
僕は何も言えなかった。いや、何も話したくなかったのかもしれない。
みんな、建前では東京のことをそう言っているのだ。空気が汚い、人が多い、犯罪者の巣窟。そう言って、東京へは旅行で十分だと言う意思を示しているが、本当は暮らしたいのだ。田舎のシティボーイ、シティガールではなく、都会の、東京の場合はメガが付くシティボーイ、ガールになりたいと思っている。
東京へ行けばチャンスはたくさんある。それでも、心のどこかで自分なんて無理だとか、俺なんてどうせ、私には何も出来ないとネガティブな心が強まって、結局この田舎に留まって何も出来ないまま時間だけが経ち、気付いたときにはもう遅くて、結局後悔しながらダラダラと死んでいくのだろう。
「もう一つ聞かせて。レイセンは東京へ行って何をしたいわけ?」
彼女の言葉に僕は言葉が詰まった。
つづく
年内のうちに4話を仕上げて投稿する予定です。