八日目~源泉の欠片~
「はぁ、ったく毎日毎日めんどくせぇよな……」
「うん……」
放課後、一階の廊下では既に周囲の教室が掃除も終わり引き上げようという所で、
一ノ瀬と鳴滝はその喧噪を耳にしにながら歩く。
彼らのクラスは今日もいつも通りに小テストがあった。
掃除当番の班は今から残るということを考えると、残された者たちに少し哀れみを覚える。
「仕方ないって言ってもやっぱり待たせるの、悪いからね」
「まぁ、あいつらと居る時間が少なくて気持ちはいいけどな」
「……悠斗が一番楽しんでるよね?あの場所」
「俺があいつらにレベルを合わせてやってるんだ、京くん」
一ノ瀬は口では強く否定する、が事実鳴滝には彼のテンションが教室と部室とでは違うように思え、
また結城と言い合いをしているのを、傍目で見ても明らかに心のソコから楽しんでいるように見えた。
「……でも、今日は聞きたいことたくさんあったのにね」
「だな、まぁそれよりも、あいつが無事学校に来れてるのが一番だろ」
鳴滝が息を吐きながら言うのに、一ノ瀬は鞄を背負いなおして言った。
結城たちによると、塚本は少し疲れたとは言うものの雰囲気からも以前の明らかな無茶の様子は見られないという。
「うん、それは一つ、よかったことだね」
鳴滝は頷いて廊下の一番奥を見る、三年生の下駄箱の手前を曲がれば部室だ。
見える窓は人の存在を知らせるようにライトで白く照らされている、
辺りに掃除当番も居なく、部活に向かう生徒もまばらなため、声も微かに聞こえる、部員達の談笑の声。
扉を開く、聞きなれたレールの音が響く。
荷物置き場から、部員達が話している様子が見えた。
海部と塚本が並んで奥につめて座り、その後ろでは結城と宮内が机にもたれて立っている。
何故か人口が左半分に偏った部室を眺めながら一ノ瀬は鞄から水筒を取り出して部屋に入った。
「よっす」
「こんにちは」
後ろから、筆記用具とノートを取り出す分少しおそかった鳴滝の挨拶の声が聞こえる。
部屋に居た女子四人からも、それぞれが返事を返す。
「塚本は……どうなんだ?」
「うん、もうばっちりだよ、二人とも過保護だし」
「病み上がりみたいなもんだろうが……」
「また倒れられても困るんだから、要監視なのは当然でしょ?」
海部は自分の気持ちを誤魔化すようにそっぽを向き、結城はわがままをいう子どもを優しく咎めるように言う。
「夢のこと、話すのも……いいの?」
「それも心積もりしてきてる、また誰かにあんなこと起こったら嫌だから……」
一ノ瀬が遠まわしに聞こうと思っていた事実を突然突きつけたことに驚いたが
塚本は大して支障が無いかのように笑顔で答える。
「嫌なら黙秘権しちゃえばいいんだし」
「それは俺の権利だ!……まぁ、今日は許可してやるけどな」
宮内が普段から一ノ瀬が自分のことを隠すときに使う言い回しをわざとひっぱりだす。
それを不快だと誇張するように言うが、そもそも始めから無理強いをする気は無かったのだが
流れでいつもの上からの言い回しをする。
「なら……話、始める?まぁ改まった雰囲気でも嫌でしょ?」
「取調べみたいになっても困るからな」
「じゃあ俺カツ丼買ってくるか?」
「それは取り調べ感増しちゃうでしょうが!!」
一ノ瀬が外に向かうそぶりをするのを結城が制止して、彼の隣にそのまま立つ。
「……あ、えっと、話、進めても……?」
「悪い!またいつものクセで……」
「えっと、塚本……最初に異変っていうか、それを感じたのは何時のこと?」
一ノ瀬が平謝りするのに全員がため息を吐く。
このままでは進まないと判断したのか、
宮内は彼女の空いているほうの隣の席に座りながら言葉を出しやすいように質問をした。
「その……あの時、話をしてたときは覚えてなかったんだけど
私、涼香ちゃんと舞ちゃんと……悠斗くんもだっけ?三人が夢を見たときと同じ時に居た」
「覚えてなかった……?」
海部が不思議そうに呟く、確かにこの夢を見たとき、誰も覚えていないなどという人間は今まで居なかった。
意図的に嘘を言っていなければの話だが、彼女の言葉が嘘である意味などどこにもない。
「そういえばあの時、塚本ぼーっとしてたし、何か関係あったのかもね」
「それより夢の中の方が気になるな、そもそもの原因の方を気をつけたほうがいいだろ」
結城がそのときの彼女の様子を思い出しながら言うが一ノ瀬は彼女に夢の話を進めるように促す
「じゃあ、夢の話でいいのかな?」
「うん、そっちは一旦保留で、覚えておいて損しないとは思うけど」
「じゃあ、まずは夢の世界のことを話していいのかな?」
塚本の言葉に、全員が頷く。
少しだけ戻ってきた緊張感に一度深呼吸をしてから彼女は続ける。
「えっと、さっきの続き、夢で目が覚めたんだけど、場所は悠斗くんの言ってた公園だった
そこでね『聞いたことのある声』に呼ばれたの。」
「俺の言ってたって……そんな声知らねぇぞ?」
「でも……確かそこで「誰か」を見かけたんだっけか?」
海部が腕を組みながら椅子を傾けて思考をめぐらせるように反対側の天井を見る。
「あぁ、シカトされて学校に向かっていったアレか……」
「それが塚本……なのかな?」
「多分、そう思う、私が声の方に行かなきゃって思ったのは学校の方だし」
鳴滝が少しだけ申し訳なさそうに尋ねると、塚本は確証が無いながらも頷いた。
「でも、その夢の記憶が此処で一旦途切れちゃって、
気がついたら学校で気を失ってたから……正体までわからない、かな」
「それじゃ仕方ないか……にしても『声』か」
弱くなっていく声に、結城は話を進めて彼女の意識を罪悪感から背ける。
「突っ込みどころが多いなぁ……悠斗くんが塚本に呼びかけたのとは別の『声』なんでしょ?
しかも無視されたって事は悠斗くんの声は塚本には聞こえてないってことだし」
「うん、でも私も『聞いたことのある声』ってこと以外わからない
私にはその声以外何も聞こえなかったのに、誰かの声っていうことがはっきりわからないのが
今、自分でも気持ち悪い」
「確かに、すっきりしない状態だな」
笑いながら言う塚本に、相手の心中を伺いながらも海部は頷いて笑い返す。
「で、次の夢は……京くんと悠斗が塚本と会ったとき、か?」
「そうだね、あの時と、あ、そうだ!涼香ちゃんと舞ちゃんを助けたときも、だけど
自分でもびっくりするんだけどね『自分の力を認めさせなきゃ』って思いがあって
それから『皆を倒して認めさせるしかないんだ』って、それ以外何も考えられなくなってた」
「洗脳というか……なんというか、だな」
塚本は落ち着いた様子で言葉を続ける、
その様子に少しだけ安堵しながらも彼女の状況に緊張した声で海部は呟く。
「結構敵はヤバめってことじゃない?それ?」
「姑息だわー卑怯だわー最低だわー」
結城が深刻そうにため息を吐くが、宮内は白々しいほど大げさな声で言う。
「思って無いでしょアンタ……」
「本気で言っても『お前が言うな』じゃないの?」
「よくお分かりで」
脱線をそのあたりにしておきたい、と相手を冷たい目で見つめる。
「でも実際怖いよ……戦いたくなくても、戦うかもしれないんじゃあ……」
「その辺りは考えないと、だな……」
鳴滝が俯きながら言うのを見て、一ノ瀬も真剣な表情で頷く。
「……そのときのことだけど居たのは京くんと悠斗くんだったよね?」
「あぁ、でもなんで俺たち二人だったんだ?認めて欲しいなら、全員最初から呼べばよかっただろ?」
「力を最初に試したかった……と思う、私もはっきりわからないけど、多分」
一ノ瀬の疑問に塚本は慎重に喋る、自分もつい今朝方思い出した情報ばかりであるのと
自分の思考が思考であったために、その記憶さえも確かですらなかった。
「そういえば、僕も最初は全員っていうのはできなかったから、それも関係してるのかも?」
鳴滝は自分が夢の主であった時の事を思い出しながら人差し指を顎にかける仕草をする。
「京くんのときは本来私だけを呼びたかったんだけど、私が巻き込んじまったからな……
まぁ、今回は塚本が敵だって情報が無かったからそれも起きなかったんだろ」
海部は鳴滝の言葉に付け足して
腕を組んだまま落ち着かないためにゆらゆらと前後に揺らしていた椅子をゆっくりと止める。
「それとあの無音の銃のことなんだけど、どうしてあんなことになったのかわからないのに
ずっと前から、夢で闘い始めた頃からそうだったみたいな、当たり前のことみたいに頭に浮かんでた」
「大方、最初の夢で気を失ったあたりで手に入れたって所じゃない?それ以外無いだろうし」
「まぁ、そうでしょ、当面はそいつのことを気にかけるっていうのが目標かな」
目標を提示するように結城は全員に届くようにはっきりと伝える。
「まぁ、そっから後は俺たちが伝えたそのまんまで、戦ったのもわかってる……これくらいか?」
「あ、待って!関係ないかもしれないけど……とりあえず現実世界のこと、なんだけどね」
塚本が話をまとめようとするのを引き止め、呼吸を整える。
一ノ瀬がそういえば、と思い直し彼女の話を聞く。
「みんなの話を聞いてたときとか、倒れる前なんだけどね
なんだろう、起きれてはいるんだけどまるで感覚がふわふわして、それこそ夢でも見てるみたいな感覚だった
……それにね、倒れたとき、あったでしょ?」
塚本が問いかけるのに海部と結城が深く頷く。
「あの時、海部さんは知ってるだろうけど夢を見てたの、部室に居た夢
だけど普通の違ったのがね、夢のほうが現実だって、そう思えるくらいにリアルだったんだよ
現実がふわふわしてたからかもしれないけれどね?」
「部室がどうとか言ってたのはそれか……そういえばその後自分のこと覚えてる……
力のことを覚えてるみたいな言い方だったよな?」
海部は少しだけ聞きづらそうにそっぽを向きながら尋ねる
「うん、倒れてから後はもう今まで通りっていっても「力をみせつけなきゃ」って言う意思以外はだけど
普通に起きてる感覚も普通だったんだよね」
「そうか……」
海部は聞きながらも状況がわからないというようにワシワシと髪をつかむ。
「でも、結局何をどうしよう、その「声」っていうのが敵なんだとして」
「だな、警戒しようにも「聞いたことのある声」だとしたらどうしようもねぇ」
鳴滝の途方にくれたような声に一ノ瀬も特に策が浮かばなかったのか声を上げる
「だからって疑い合うのも気分悪いじゃん!それは絶対反対!」
「うん、それが狙い……ってなったら怖いしね」
結城が力強く言うのに、塚本は頷く
「まぁ、だとしても?犯人がこの中に居ないとも限らないし?」
「お前は場を乱すな」
「可能性の話だって……可能性の」
海部の相手を睨みつけて真剣な怒りを込めた低い声に対して、慌てて宮内は相手を宥める。
「とにかく次夢を見たときはすぐに誰かを探そう、運がよかったら俺みたいに近くにいるかもしれないしな」
「叫んで助けを求めた私としてはあまり賛成できない案なんだが……
そうするのが一番か、夢で殺されても死ぬわけじゃないし、絞殺じゃなきゃ」
「他の奴らは?」
他の四人も頷くのを確認して、一ノ瀬は大きく息を吐く。
「これで今は終わり……か、不安要素がありすぎるけどな」
「何事も無いっていうのが一番だけど、そういうわけにもいかないだろうし
そもそも「声」の目的がさっぱりだし、正体もわかんないし……」
「まぁ、今もこれから先の動き待ち、しかできないか、なんか気持ち悪ぃ」
話のまとまった彼女のたちの心の中に、大きく残ったわだかまり。
それをどうすることもできない今は、ただそれをなるべく意識しないこと以外手段は無かったのだった。