七日目~許されぬ力~
「それじゃあ、見せてあげる、私の力……」
塚本は笑みを浮かべて銃口を上げると同時に辺り一体に小さな黒い影が舞い始めた。
「これ、あの時の……」
「そうだよ、そのコウモリも私の力……まぁ、全力で襲い掛かってきちゃうのが難点だけど」
結城が呟くのに、塚本は心の底から楽しそうな笑顔を浮かべる。
その黒い影の群れは五人めがけて襲い掛かる。
「一気に蹴散らせばいいんだろうが!」
海部がそれを散らそうと斧を振り上げると、その腕が赤く染まった。
突然の痛みに斧をその場に下ろして、歯を食いしばる。
「ほら、あんまりそっちに気を取られるのも寂しいじゃん」
「そういうのうざったいって!」
結城が相手の手段に忌々しそうに叫び目の前にちらつく数匹を追い払い、塚本に向かって走る。
無防備にな体に向けて銃口は向けられるが、結城は即座に右に跳ぶ。
「簡単に打たれるわけにもいかないからね!」
「流石涼香ちゃん、順応早いね」
それでも余裕の顔に、結城は舌打ちをしながら回り込むように近づいていく。
「じゃあ、これは?」
塚本は両手を広げて結城の背後と前方に向けて銃弾を放つ、相手を見ていた彼女は足を止める。
動きの止まった身体に向けて、二つの弾は駆ける。
「うわっ!!……あぶな……」
咄嗟に銃口にむけて剣の腹をかざす、両手にガン!と強い衝撃が伝わって軽く痺れる。
当たらなかったことに対して思わず声をもらす。
「やっぱりしぶといね」
「まぁね」
不満そうな目の相手に、ニッと笑ってみせると小細工は効かないと思い正面から剣を構えて数歩進む。
塚本は後ろに下がりながらソレを迎え撃つように、相手の手を狙って引き金を引く。
結城は相手の目的を視線と銃口で察すると自分の手のあった場所に向けて勢いよく剣を払う。
ガキン!と心地いい音が響き、弾は力を失う。
「なるべく互いに怪我は勘弁したいし!さっさと終わってくれると嬉しいんだけど!」
「それ、そのまま返してあげる」
とうとう余裕がなくなったのか、塚本は彼女のもう一つの目に向かって銃弾を放つ。
結城は目の前に迫る弾丸に対してしゃがんでかわし、そのまま地面を蹴って距離を詰める。
彼女の銃を握る手目がけて剣を振るが、塚本は瞬時に結城の右肩を打ち抜く。
痛みに負けないと思いながら結城も剣を振り下ろすが、塚本は腕を下ろして後ろに跳んだ。
「ほら、無理しちゃ駄目だって、認めてよ、力を……」
「それはしない、正直この状況は面倒くさいし、そうしたっていいんだけど……」
グラウンドとコンクリートの狭間、一旦銃を下ろした塚本は無表情な尋ねるが、
結城は左手で剣を構えたままじっと相手を見つめながら尋ねる。
「大体、なんでこんな面倒なこと始めたわけよ?」
単刀直入に、一番の疑問を塚本にぶつける。
彼女は顔を伏せて少しだけ間をおいた後に、すっと顔を上げてゆっくりと告げる
「……私は……私は、認めて欲しい、だけ……」
「認めて欲しいって……私は別にアンタのことを認めてないわけでも何でも……」
「そんなの……そんなの信じられない!!わからないよ!」
結城の言葉を断ち切るような声、それに一瞬驚く。
それでも、すぐに冷静に戻り言葉を待つ、彼女の心を真意を掴むために。
「……認めてるなら……なんで何もかも『決まって』から伝わってくるの……?」
ぼそり、風に消されそうな微かな声。それでも彼女には確かに聞こえていた。
そして、ゆっくりと頷いて再び剣を持ち直す
「……そういうことね、それでも私は認めるわけにはいかないかな……
なんかその力を持ってるアンタを認めちゃいけないような、そんな予感がすんの」
「そう」
笑顔で言う相手に、一言返すとゆっくりと両腕を持ち上げる。
「……それじゃあ、まだ続くんだね」
これ以上は戦いたくない、そんな感情すら抱いているように感られる声で彼女は告げる。
「まぁ、そう長くはこっちも続けなくないから、こんな気分悪いのは嫌だしね!」
結城はコンクリートの地面を蹴り、相手に一気に詰め寄ってそのまっすぐに伸ばされた手を狙い剣を振り上げる。
相手も攻撃を食らうまいと後ろに下がりながら腕を広げてその攻撃をかわす。
結城がグラウンドの土を踏んだ瞬間、相手も反撃に出るために腕を上げて次に彼女の右腕を狙う。
しかし結城はそれを予想していたのか狙われた半身を下げてそれを避ける。
「ふぅ……もう当たってらんないって!」
一瞬銃弾の起動を見た後に相手の方を向きそのまま左足を軸にして、
後ろに回した右足を大きく踏み出して近づき、再びその手を狙う。
勢いに負けて一瞬怯んだ彼女は両手の銃を交差させてそれを受け止める。
攻撃源からの距離が近く、手に伝わる衝撃は強い。
「っ……!!」
(よし!このまま……!)
相手が怯んだと確信した結城はその十字に向けてもう一度剣を浴びせる。
身を守ることに意識が集中してしまっている塚本は十字を崩さずに再び剣を受け止めた。
と、同時にフラフラと数歩後ろに下がる。
「せぇあああああああああ!!」
勢いと渾身の力を込めて、剣を振り下ろす。
塚本は再び条件反射のように銃を交差させて剣を受け止めた。
衝撃で両手が開く。
銃は地面に落ちてグラウンドの地面にザッという音と小さな土煙を立てると軽く弾んで銃は消えた。
全身から力が抜けたのか、塚本はふらりと前に倒れそうになるのを
剣を降ろして様子を伺っていた結城は剣を手放して近づき、抱きしめるように相手を支える。
終わったのか、という安堵が胸から起こる寸前に背後から聞こえる羽の音に振り返る。
コウモリが彼女目がけて襲い掛かってきていた。
「ちょ、ちょっとどういうこと!?」
主である塚本は意識を失っている、今あの獣はどうして動いているのか……
理由がわかるよりも先に相手は牙を向いて二人に襲い掛かる。
「あぁもううっとうしい!どっかいってよ!」
左手で塚本を庇いながら腕を振って追い払おうとするがコウモリはその程度では跳ばない。
二人の身体に小さな傷が積もっていく。
「お前なにやって……ってそういうことかよ!!」
真っ先に駆けつけた一ノ瀬が彼女の様子を見て状況を理解すると
落ちていた剣を拾い上げて二人を庇うように立ち闇雲に剣を振り回す。
「大丈夫か?」
「とりあえず私は、塚本も多分大きい怪我はしてないけど……」
一ノ瀬が攻撃の切れ間に尋ねるのに結城は頷く。
「うあああああ!」
叫びながら鳴滝がコウモリの群れに向かって槍を何度も払う。
何匹かが巻き込まれてその場で消滅していき、危険を察して数匹が散るように鳴滝の後ろへ逃げていく。
「……逃がして、大丈夫か?」
「いいんじゃない?めんどくさいし」
一番後ろ、コウモリが空に消えていくのを見送って海部が尋ねる、
宮内はいつもの調子で軽く返す、事実もう見えない場所まで飛んでしまったソレをどうにかする手段は無い。
見えなくなるコウモリへの関心をそこまでにして、海部は結城に近寄り声をかける。
「結城、大丈夫か?」
「うん、大丈夫大丈夫」
結城が顔を上げて、海部と鳴滝が緊張から開放されたように息を吐く。
二人の露骨な感情に思わず笑ってしまう。
もぞり、と自分の腕で何かが動く感覚がして咄嗟にそちらに顔を向ける。
他の全員も、その動きに対して様子がよく見えるように近づき、視線を集める。
「……すずか、ちゃん?」
「織枝」
長い眠りから覚めたような、微かな声。
ゆっくりと動かした頭は結城と、周囲に居る部員の安心したような表情を見る。
そこに、先ほどまでの暗闇は無い、彼女の本来の生気の宿った瞳が、彼女達を写していた。
「塚本、なんか気分悪いとかなんかそんなのとか無いか?」
「聞き方が雑すぎないか?」
一ノ瀬が真剣な声で聞くがその文章の雑さに海部は呆れながら斧でとんとんと軽く肩を叩く。
「私より、涼香ちゃんの方が……」
「あぁ、ソレは頑丈だから大丈夫だろ」
「うん、大丈夫なんだけど物扱いされるのはちょっと傷つくかな」
「海部さん大丈夫ですか!?」
「はいそうですか無視ですか」
心配そうに結城の頭に巻かれた袖を見る塚本に、彼は本当に何事もなかったかのように返す。
いつものことだと思いながらも結城はため息を吐いて一ノ瀬の方を見る、彼は海部の方を見て声を上げていた。
彼の態度に完全に流された自分のことが少し悲しくなりつつも海部の方を見る。
「わ、私は別にこの程度……」
「このひとドMだから、むしろご褒美だから大丈夫」
「てめぇ……解体してやろうか……」
「ちょ、冗談だって、どこにそんな元気あるの!?」
海部が一ノ瀬の態度に戸惑いながら言葉を返すと、隣で宮内がグッと親指を立てる。
それを睨みつけると海部は斧を高く振り上げる。
「海部さん、本当のこと言われても我慢するべきときはあると思うよ」
「京くん……それは酷いと思うけどな……」
「え、あ、そうなの?」
ぼそり、と呟いた言葉は幸い一ノ瀬の耳にしか届いておらず、近くに居た彼が苦笑いする。
彼は心の底から傷つける意味は無かったかのように驚いて返す
「……はぁ、まぁ、みんな元気そうでなにより、かな」
「そう、だね」
結城はその様子を半ば呆れた声で見ていた。
こんな出来事の後でもすぐにこの調子になる、この面子の空気。
それを思い出した塚本は彼女の腕の中で笑っていた。
「変わらないんだね、皆」
「まぁ、うん、こいつら変だから……」
「うるせぇ変の塊」
「私よりあんたの方が変だって!!」
彼女の目の前でも、結城と一ノ瀬の聞きなれた言い争いが聞こえる。
それはとても心地が良い居場所を塚本に教えていた。
「……涼香ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「どーいたしまして、まぁ、今はこれでいいでしょ、詳しい話は今度ね」
結城がゆっくりと彼女の頭を撫でると、塚本を急な眠気が襲う。
きっと、夢から目覚める時間なのだと彼女は感じた。
「……うん、また、ね」
与えられる手のひらからの温もりを感じながら目を閉じる、何も無い暗闇が広がる。
彼女の耳には、少しずつ遠くなっていく聞き慣れた仲間達の声が届いていた。