五日目~心は何処に~
結城が保健室を出た後、部室前に海部が持ってきていた鞄の所為で
他の部員達がすっかり結城が鍵を取りに行っているものだという誤解があり、
普段よりほんの少し遅い開錠になった。
「飯も終わったな、んじゃあ話し始めるか」
一ノ瀬が部員の目の前にある荷物を軽く見て口を開く、飯を食いながらする話でもない
かといって、昼食を抜かすのも良くないだろうと彼が先に済ませるように促したのだった。
全員が彼の言葉に緊張した瞬間、小さくがたりと音がしてゆっくり扉が開いた。
「……失礼、します」
申しわけなさそうな声音で海部が部屋の中をそっと覗き込むようにしていた。
扉が開いたのを見ていた宮内が手招きをすると、緊張していた顔が少しゆるんで部室に入っていく。
他の部員はその様子に扉の方を見て、彼女の存在に気づく。
「ごめん、話はどのくらい進んだんだ?」
「さすが海部さん、今始めようとしたところだ」
「はいはいありがとうございます」
一ノ瀬のいつもの言葉を流しながらも安堵しながら海部は適当に目についた空いているパイプ椅子の後ろに立つ。
「あ、えっと、昼休みに塚本が倒れて……」
「それなら聞いた、どうなった?」
荷物を机に置きながら一ノ瀬の言葉を聴いて、周りと自分を落ち着かせるように穏やかな調子で言う。
結城は、三人に説明した時、一ノ瀬と鳴滝が目を合わせていたのを思い出した。
驚いていたからなのか、それとも……
「そうか、なら説明が省けるな……とりあえずさっき本人の意識は戻ったんだが、返事も鈍くてな。
とりあえず家に連絡して迎えに来てもらうって話になった。」
「そっか、ありがとね」
「やりたくてやっただけだ、気にするな」
結城の言葉に返しながらパイプ椅子を引いて一ノ瀬の方を見ながら、話を始めるようにと促す
が、その意図を汲み取るのに数秒かかり、「あぁ」と声をあげてから部員の顔を見て話す。
「んじゃ、揃ったところで話始めるか。昨日は俺と京くんが……まぁ、夢を見てたんだ
で、京くん、先に頼めるか?」
どこか一瞬迷ったような口調になるがそれを止めて鳴滝に話すように促す。
一ノ瀬の方を彼は頷いて正面を向き、なるべく全員に届くようにゆっくりと口を開く。
「僕は夢で最初公園に居たんだ、でも殆ど外灯の光が届いてなくて暗かったから道路に出たんだ。」
「確かに周りに建物もないから真っ暗になるよな、あそこ」
海部がその状況を思い浮かべているのか目を瞑りながら頷く。
「でも、悠斗くんはそこで影を見たんじゃないの?」
「あぁ、あの時は俺も一瞬光の前を何かが通った程度に見えたんだ
敵も至近距離に来たのを俺の見事なカウンターで……」
「はいはいありがとう、京くん続けて?」
「冷酷変態眼鏡どもが……」
続けようとした一ノ瀬を無視して宮内は鳴滝に続けるように言う。
流石に二回連続でノリを完全にスルーされた一ノ瀬は落ち込みながら小声で海部と宮内を貶した。
一ノ瀬の様子を見て困惑しながらも、鳴滝は話を再開する。
「…えっと、公園から出たって所だったよね?
その、公園出たところに坂道があるよね?終わりが線路の下になってる……
で、そこに出て行ったら影が見えて、悠斗の言ってたのと同じだと思って声をかけたんだ」
「公園付近に目撃が集中してるけどまぁ、関係ないか」
「そうとも言い切れないだろ、まあいい、続きだ」
結城が気がついたらしく、相手の言葉の後すぐに口を開く。
彼女が自分でもたいした問題でも無いと思ったが、海部は考えるように返す。
「えっと、影に会ったところだっけ?
声をかけたんだけど、そのまま居なくなっちゃって、そのまま夢の獣……虎に挟み撃ちにあって、しかも前と後ろ合わせて四匹」
「うわぁ、でそこで悠斗くんがお約束みたいに」
「そうだったらよかったんだけどね……」
「えっ」
宮内は一瞬驚くものの、きっといつもの展開だろうと予想して言う。
返ってきたのは左右に首を振りながら言う暗いトーン、それには戸惑いを隠せないままにその一音を発した。
「僕一人で戦って、どうにか倒したのは倒したんだけど、肩切られて、今も、結構痛い。」
「虎の爪なら当然だろうな」
「もうその時点でお疲れ様って感じだわ」
海部が表情を引きつらせながら相手の痛みを想像してグッと歯を食いしばった。
結城もはぁと息を吐きながらその苦労に思いをやる。
「そのあと影が学校まで向かってたから、それを追いかけたら悠斗と会って……
ここから先は悠斗に任せるよ、そっちの話も僕は詳しく知らないし」
「そうだな、京くん、ありがとな」
緊張の糸が一度切れたのか、鳴滝が息を吐くのに一ノ瀬はぽんと肩を叩いた。
「んじゃあ……こっちで起こったことだな?
「俺が目を覚ましたのは学校の近くの駅の方だな、あの辺りで目が覚めるのは初めてだからびびった。」
「駅って、お前の家の最寄でもないだろ?なんでまた?」
「俺はわかんねぇ、でもまぁ使ったこと無いわけじゃないし、学校近いからな。」
海部が疑問に思ったのか口を開く、だが、一ノ瀬の方はなんと言うことは無いだろうと流した。
「で、駅で目覚ましたところだな?
場所は階段の下あたりだったから、そっから上に上がって道路に出たら獣に待ち伏せされてた、いつもの狼だったな」
「悠斗は……そのとき怪我しなかったんだね」
「京くんは状況が違ったじゃん、仕方ないって」
鳴滝が自分の力不足を嘆くと結城が宥めながら続けるように一ノ瀬の方をちらっ見る。
「俺もその状況ならどうなってたかわからないしな、だってこの前……スイマセン」
そう続けようとした瞬間、海部の視線が酷く突き刺さったような気がして口を閉じ、大人しく話を元に戻す。
「えっとなんだっけ、あ~、うん、俺が狼ぶっ倒したところだな?
その後、俺も影を見た。呼びかけても京くんと同じで返事は無かった
違ったのはその後だな、俺はソイツに攻撃された」
「やっぱり敵かぁ、どんな感じ?」
宮内がほんの少し落胆したような声で言う、何もしない存在なら放置できると思っていたのだろう。
「その時は……やられたときはわかんなかったんだ
突然右腕が痛くなったと思ったら、もうとっくに攻撃されてたんだぜ?」
「でも悠斗くんって鉄甲はめてたよね?それを?」
「あぁ、まぁ、それは……な」
ソレが出来るのは暗闇にまぎれたコウモリではない、そうならばもっと違う感覚を彼は言う。
それを何となく察してしまった宮内はそれ以上の追求をやめた。
相手の予感をわかっていて触れずに、一ノ瀬は続ける。
なるべく口にしたくない、肯定も否定も今はするべきではない。
「俺は呼び止めた、だけど影は走っていった。
それを追いかけたら正門に続く道あるだろ?そこに出て京くんと会った
びっくりしたな、あんだけ酷い怪我してたんだから」
「……うん、僕も悠斗に会ってびっくりした」
反応が鈍い。
これから突きつける事実を目の当たりにした彼も心の傷が痛むのだ。
「それで、影とはどうなったの?」
「あぁ、ご丁寧に消えた街灯の下で待ってたな。
俺と京くんは武器を構えながらそいつに声をかけたら、街灯が点いて……」
結城が尋ねると、一ノ瀬は先ほどまでと同じ口調で続けるがその正体を明かすのに一瞬間を置く。
が、それは全員にその事実が残酷なものであると告げるための覚悟を促すための一呼吸で、決してためらいではなかった。
「塚本が、そこに立っていた」
「えっ!?」
結城は大きく声を上げ、海部は舌打ちをしながら一ノ瀬から視線を部室の壁に向け、投げつけるように彼に問う。
「本物だったのか」
「はっきりとはわからない」
一ノ瀬はただ左右に首を振ることしか出来なかった。
「相手は狐なんかじゃないって言ってたけど……」
「そりゃあ、自分で始めから『偽者です』って名乗るくらいなら化けないと思うんだけど」
「そう……だね…」
鳴滝が遠慮がちに言うが結城ははっきりとした口調で否定する。
「けど、ひっかかることもあったんだ。
俺が突然攻撃されてた理由が、アイツが『音の出ないように望んだ銃』で攻撃したからだってことだ」
「音の出ない銃……?まぁ、確かにそれならさっき言ってた
気がついてたら怪我してたってのもわかるけど」
結城が彼の先ほどの言葉を思い出すと、宮内も口を開く。
「それに、私たちを助けることも出来たんじゃない?あの時」
「コウモリが消えたみたいにいなくなったって……言ってたね」
鳴滝が考えるようなしぐさで以前部室でなされた話を思い出した。
それでも結城は納得がいかないと声を荒げる。
「そうだとしても意味がわからないじゃん、だってそのときは助けてくれたってことでしょ?
なんで今は敵だって話が出てるの?わけわかんない」
「私がそうだった、最初に塚本を引き入れるために味方として近づいた
……まぁ、アイツが本物だとして、そうする理由はわからないがな」
海部は腕を組んで俯きながら目を背けたいことだったのか暗い声で言う。
「そういえば海部さん、さっきまで塚本と一緒に居て、会話はした?」
「私が奴を引き入れたと思うなら勝手にしろ、自分のしたことくらいわかってる」
「そういう意味じゃないって、ただ単に手がかりが欲しいだけ」
相手を見ないまま宮内の言葉を一度突き放すが、少し渋り一通り話すと乱暴に言い切る。
「普段と違うところなら……ぼーっとしてのは寝起きだからだとして
目を覚ましたときに自分は部室にいたんじゃないのか?って聞いてきたことと……もう一つ……
私が部屋を出る直前、『楽しみにしててね』って言われたことだ」
一ノ瀬と鳴滝が、彼女の言葉に肩を少し震わせた。
「……塚本は、夢の中で言ってたね『次は皆を驚かせてあげたいから』って」
「楽しみに……驚かせてあげる……」
結城が二人の言葉を繋ぐ、現実世界の彼女の言葉を否定することはできない。
「ともかく、ちゃんと話は聞かないとなんともいえないだろ。
……そうだ、そういえば夢の中に思った人間を誘えるんだよな?」
「ああ、まぁ、私と宮内は何度か試したからな……」
「あ、僕も、できる……けど」
一ノ瀬に突然尋ねられたのに驚いて、海部は咄嗟に夢を操ったことがあるであろう人間をあげた。
鳴滝は以前を思い出して少し暗い調子ながらも名乗り出る。
「三人いれば大丈夫だろ、塚本のこと本人に確かめるぞ」
「それが一番だろうね、私も今のままじゃあ信じられないことが多すぎる」
結城は一ノ瀬に対して頷く、まだ全てが決まったわけではない。
「狐はどうするの?」
「適当に挑発すればコロッと正体は現しそうだけど、所詮獣だしね」
不安げな鳴滝に宮内は気持ちを軽くさせるためか声をかける。
海部は顔を上げて全員の顔を見つめている。
「じゃあ、確かめよう、皆で、私と宮内の見た最初のことも
悠斗くんと京くんの夢も、海部さんの聞いた話も」
その言葉に、全員が視線を交えて頷いた。