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見ちゃ駄目よ。と言われると、なぜかとっても見たくなる。
「肘上まで…………」
痣と言うものは、たった1日でこうも進行するものなのか。
今更ながら、自分の腕に何が起きているのか心配になってくる。
いや……心配するにはちょっと遅すぎるか??
そんな事を思いながら、薄い包帯で何重にも巻かれた腕に右手を当てて擦る。
そして、人差し指を使ってクイッと捲ろうとした所で、ジークさんに止められた。
「だーから、駄目だって」
「何でですか? どうなっているのか確認するくらい、いいじゃないですか」
だって、自分の腕だし当然でしょう。
「それとも、見られないくらい酷いんですか?」
私がそう聞くと、リュシーさんは首を振ってそういう訳ではないんだと言った。
「昨日と今日、その痣を見させていただきましたが、私が思うに、それは紋様ではないかと」
「……紋様、ですか?」
「はい。昨日は確かに赤黒っぽい色をした斑点の様な形をしていたんですが、今朝見た時には、黒い色をした紋様がハッキリと現れていていました。それに……私はトオルさんの腕にある紋様と、同じ形をした紋様を持った方を、幼い頃に見た事があるんです。その方も、突然痣が大きくなったらしく、しばらくしたら痣から紋様に変わったと言っていました」
「私と同じ人が……でも、それと私が包帯を取る事と、何か関係があるんですか?」
自分の腕を見詰めながらブツブツ言っていると、ジークさんが急に「危険なんだ」と言った。
「え。なにが───」
不思議に思ってそちらを見ると、真剣な顔をしたジークさんがそこにいた。
「“紋様を持つ者”が誰なのか知れると、その人物は大抵、いろんな奴らから狙われるからな。最悪、殺される場合もある」
「殺され……」
「だから、俺達は紋様が腕にある君に、包帯を取ってほしくないんだ」
それに、1度でも見てしまえば、気になってしかたないだろう? と、ジークさんに言われた。
確かにジークさんの言う通り、見たら絶対気になる。
でも、包帯を取って痣───というか紋様? を誰かに見られたら、私、殺されるかも知れないって事!?
この人達が私に嘘をつく必要なんかないから、多分、本当の事なんだろう。
口から魂が飛び出しそうになった。
茫然と天井を見ていたら。
「……もしかしてトオルさん。“紋様を持つ者”を知らないとか?」
恐る恐るといった感じで、私に確認するリュシーさん。
そんなの、全く知りませんと頷くと、2人は顔を見合わせる。
「ホンットーに知らない? 聞いた事もない? 嘘ついてない!?」
しつこいくらいに聞いて来るジークさんに、私はウンザリして来た。
知らないったら知らないっつーの!!
……とは流石に言えないので、本当に知りませんと丁寧に言った。
まぁ、不貞腐れた様な顔をしていたかもしれないが。
「「………………」」
私の言葉にしばし固まる2人。本当に、一体何だってのさ?
「あの、トオルさん。貴女はどこからいらしたんですか?」
「ん?」
「この国……いや、他の国に住んでいる奴らだって、“紋様を持つ者”の存在を知らない奴はいない。小さな子供だって知っている」
「貴女は一体………」
「…………」
しまったぁーっ!!
こちらの世界では、その“紋様を持つ者”を知っているのが当たり前の事なんだと気付いた。
「ん? どうした?」
どう言ったらいいのか分からなくて固まっていると、ジークさんがヒョイと顔を覗いて来た。
うぉっ。顔が近いっす!!
驚いて顔を引く前に、リュシーさんが襟首を掴んでジークさんを引き離してくれた。
そして、近過ぎだと言いながら首を締め上げている。
私はリュシーさんと、そのリュシーさんに締め上げられて落ちる寸前のジークさんを見つめながら、ついに来たかと考えていた。
何が来たかと言うと、そう、それは───。
私って、実は異世界人なんです!
と、言う言葉を使う時が、ついに来たのだ!!
異世界トリップ小説などの主人公になった気分を味わいながら、ふと思う。
私は異世界からやって来ましたぁ~。なんて言ったら、この2人はなんて思うのだろうか、と。
普通だったら、
1、精神の異常がある。
2、現実逃避をしている。
3、頭を強ぉーく打った。
4、本の読み過ぎか、極度の妄想壁がある。
の、どれかを疑うだろう。
もし私がそんな事を言われたら、相手の額に手を当てて熱を測り、可哀想に……と思うだろう。
しかーし! 私は現に科学が普及した地球から、魔法が普通に使われている異世界にいるのだ。
頭が可哀想な事になっているわけでは断じてない。
どーか2人が信じてくれますようにっ! と願いながら、私は言った。
「なぜ知らないかと言いますと……えー、それはですね。それは、私が異世界からやって来たからです!」
うわぁぁぁ。どんな反応が返ってくるんだ? と思っていたら、彼らの反応は。
「異世界? へぇ、それは凄いな」
「異世界ですか……それなら納得出来ますね」
などなど、私の思っていた反応の斜め上を行くものであった。
「え? あの、それだけ?」
信じてくれて嬉しいが、あまりにもあっけない。
ポカンと呆けた顔をする私を見たジークさんは、肩を竦めた。
「それだけも何も、トオルは魔法を初めて見たと言っていたし、“紋様を持つ者”も知らないんだろう?」
「……はい」
「この国……いや、この世界では、治療院にでも行けば、傷くらい直ぐに治療魔法で治す事が出来るんだ。それを、有り得ない物を見ましたみたいな、凄い顔をして治療魔法を見ているんだもんなぁ」
だから、異世界からやって来たと言われても、やっぱり? としか思えないと言われた。
たったそれだけの理由で、私が異世界人だと受け入れたらしい。
少し腑に落ちなかったけど、そこはまぁ、良しとする事にした。
「少し話がずれてしまいましたが、これで包帯を取らない理由を理解して頂けましたか?」
リュシーさんにそう言われ、私は深く頷いた。
危ない目に合うくらいなら、もう一生包帯は取りません!
だって、生きて元の世界に帰りたい。なぜなら───。
来月には気になっていた小説が出るし、まだ読んでいる途中のマンガがあるのだ!
続きが気になって仕方がない。
そんな事を思っていると───突如目の前に、黒に近い紫色をした蝶が出現した。
「蝶?」
ひらひらと舞いながら目の前を飛ぶ蝶を見ていると、ジークさんが突然椅子から立ち上がった。
「特一!?」
「……あちらで何かあったのかしら」
リュシーさんはヒラヒラと目の前を飛んでいる蝶を見ると、右手の人差し指を出す。蝶はヒラヒラと羽ばたきながらそこに止まると。
『×××××!!!』
蝶が喋った。
しかも、時々何かを叫んでいるのだが、その語調に合わせて蝶の羽も慌ただしくパタパタと動いていた。
どんな作りなんだろうと蝶を思いながら、ふと、リュシーさんを見てみると。眉間にクッキリと線が1本入っていた。
「……うるさい」
リュシーさんがそう言うと、バタバタと動いていた羽ばたきがピタリと止まり、声の大きさもかなり小さくなる。
そんな蝶を見て溜息をつきながら、リュシーさんは蝶に向かって何やら話し込んでいる。
不思議に思いながらリュシーさんと蝶を眺めていたら、あれも魔法の一種で連絡用に使われているモノなんだとジークさんに教えてもらった。
こちらでは携帯の代わりに、魔法で作り上げた蝶を通して話すみたいだ。蝶の色によって重要度が違うらしいが、相手が居る場所さえ分かっていたら必ずその場所にたどり着けるし、 お金もかからない。水に濡れても死なない。連絡を取りたい相手が何処(秘境の地でも)にいようとも、鮮明に相手の言葉か聞こえるとのこと。携帯よりかなり便利ですね。
「───分かった。それじゃあ又後で」
話が終わったらしい。リュシーさんの指から離れた蝶は2、3度羽ばたくと、何もない空間に溶け込むようにして消えてしまった。
魔法って凄い、と思いながら蝶が消えた空間を見ていると、疲れた顔をしたリュシーさんが溜息をつきながら口を開く。
「突然ですいませんが、仕事が入りました」
「仕事……ですか?」
「はい。隣国の宰相が突然我が国を訪問して来たそうなんです」
彼女はそう言うと、その人達とこの国の偉い人たちの護衛があるから、今すぐここを出発しなければならないと言った。
「あの、その、私はどうしたら……」
仕事がある人にこれ以上迷惑はかけられないが、又1人にされるかと思うと、私は怖くなった。
気付かないうちに不安そうな表情をしていたのか、ジークさんは私の頭に手を置くと、優しく撫でてくれた。
「心配するな。1人にはしないよ」
「トオルさんがずっとこの家にいたいと言うなら別ですが、もしそうではないのなら、私達と一緒に王都に行きませんか?」
「一緒に……行ってもいいんですか? 大事な仕事があるんですよね? 邪魔になるんじゃ」
私がそう言うと、2人は首を振った。どうやら、私を1人ここに置いていく方が気になるらしい。
「これからはどんな事があっても、私がお守りします。と、そう約束いたしました。ですから───」
一緒に行きましょう?
私は、柔らかく微笑むリュシーさんに頷き、差し出された手を掴んで立ち上がった。