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ギルドの中に入った瞬間、今までのざわめきがピタリと止んだ。
そして、部屋の中にいる数十人という人間の視線が一気に私達に注がれる。
部屋の中にいる人間の殆んどが三十代~四十代の男性ばかりで、皆それぞれ屈強そうな身体つきをしており、戦い慣れしているのが見て取る。
「透ちゃん、受付の人が言ってたモヒカンどこにいるのかな?」
「ん~、こうも人が多いと探すのが大変だから、聞いた方が早いかもね」
そう言いながら、私達は歩き出す。
普通、大勢――それも、人相がよろしくない人達に一心に注目されれば、恐怖や緊張のために足が竦んだりして平常心を保つ事が難しいかもしれない。
だけど、私と零は幼い時から空手の大会や遠征試合などで大勢の人の前に出る事に慣れていていた。
それにプラスして、高校時代なんかはガラの悪い奴らからのヤジや挑発なんかも沢山あったから、こんな事で竦むような柔な心臓は持ち合わせていないのである。
二人で歩き始めた時、だみ声の男に声を掛けられた。
「おいおい、坊主。ここはガキが遊びに来る所じゃねえぞ?」
視線を声がした方へ向ける。
顎割れの、アメフト選手みたいな体格をした男が壁に寄り掛かり、腕を組んでニヤニヤと笑っていた。
笑う唇の隙間から見える前歯が一本、金色だったのが見えた。
「どうした? 怖くて返事も出来ないか? ほらほら、痛い目を見る前にお母さんの元にでも帰んな」
その言葉に、今まで静寂が支配していた部屋がどっと沸く。
馬鹿にした態度と皆の反応に、零が何か言おうと口を開こうとしたのを、私は手を上げてそれを制した。
「帰らないよ。ここには仕事を……働く為に来たんだから」
恐怖心も何も無く、至って普通に話すとは思ってもみなかったのだろう。
顎割れは一瞬驚いた顔をしたが、それも直ぐににやけた顔に戻る。
「そうかい。だが、ここで働きたきゃ強くなきゃいけねー」
「知ってるよ」
「へぇー。それじゃあ……」
顎割れは壁から背を離すと、腰に佩いていた剣の柄を握って鞘から素早く抜き取り――。
右頬に軽い痛みが走ったと思ったら、そこから血が流れる感触がした。
「透ちゃん!」
私の顔に出来た傷を見て声を上げる零に、大丈夫だと言って落ち着かせる。
顔の傷を右手で拭って手に着いた血を見ていたら、顎割れが剣で肩をトントンと叩きながら口を開く。
「ここに入れば、怪我はつきものだ。こんなもんじゃ済まないぜ?」
その言葉に、私は大袈裟に肩を竦めてみせる。
「だから、そんなのは分かってるって」
「俺が剣を抜いても動けなかった奴が、そんな事を言うか」
「別に、動けなかったわけじゃないし」
「……なんだと」
私の言葉に顎割れの片眉がピクリと上がり、纏う雰囲気が少し変わった。
おちょくる様なものから、棘のある鋭いものへと。
確かにこいつの動きは速い方だと思う。
でも、動けない速さでも無かった。
はっきい言って、剣を持たせたらカーリィーの方がもっと凄い。
剣を持った人間に襲われた時の事を想定して、カーリィーと手合わせをした事が何度かある。
初めてカーリィーに襲われた時、あの時はよく勝てたと思えるぐらい強かった。
本気の彼の剣筋なんか見えません。
そんなカーリィーと何度も手合わせをしているのだ、顎割れの動きなんて遅く感じるくらいだ。
まぁ、剣先が少しかすっちゃったけどね。
指先に付いた血を払いながら部屋の中を見渡せば、こちらを興味深そうに眺めている人々が多くいるが、仲裁しようとは思っていないらしい。
所詮他人事、弱い奴ならここにはいらない。
ま、そんなもんかと思っていると、視界の端で何かが動いた。
あの、青黒い毛並みの獣人だった。
眉間に皺を寄せ、こちらにゆっくりと向かって来ていた。
「口先だけは、達者な奴だ」
視線を戻すと――肩から剣を降ろし、ジッと私を見詰める顎割れ。まるで獲物を狙う猛禽類の様な目を私に向ける。
それに怯む事無く、私はニッコリ笑う。
「売られた喧嘩は買うけど?」
まさかそんな反応が返って来るとは思っても見なかったのだろう。
驚いた時に出来た一瞬の隙を私は見逃さなかった。
スッと右手をマッチョに向けて一言。
「――裂けろ」
突然、顎割れの周りだけに鋭い風が巻き起こったと思ったら、風は瞬く間に顎割れの服を細切れに切り刻んでから消える。
そして、目の前にはパンツ一丁で佇む顎割れがいた。
突然起こった出来事に放心したようにそこに立っていたが、体にはかすり傷一つも無い。
それを間近で見た人間は息を飲む。
『おい、あいつ、今詠唱してなかったよな?』
『あぁ。詠唱せずに魔法を使いやがった』
『詠唱破棄か……しかも、かなり強い魔力を放出してたな。一瞬で服だけをズタズタにした』
『……魔力操作も完璧ってわけか』
コソコソ話を聞きながら、私は口の端を上げる。
人間は見た目で人を判断する。特にこう言った所では第一印象が大事だと思う。
私達はこの世界では実年齢より子供に見られるので、自分達には力があると――ここで働ける力があると証明する必要があった。
どう照明しようか悩んでいたところに、顎割れが来てくれた。
しかもこんなにいっぱい人が多くいる所で、自分の力の一端を見せる事が出来て笑っていると――。
「ぶっ飛べ」
零の冷え切った声が部屋中に響く。
驚いて零の方へ目を向けようとしたら、顎割れが悲鳴を上げながら窓を突き破り、外にぶっ飛んでいた。
「透ちゃんを傷つけた罪は重い。そこで頭でも冷やしてろ」
外に置かれていた空の樽に頭から突っ込んで動かない顎割れを見ながら、絶対零度の声でそう言う零を見て、周りにいた人間が震え上がっていたのが目に入る。
誰もが目の前で繰り広げられた光景に声を出せずにいると。
「おいテメェーら! 喧嘩はしてもいいが、物を壊すんじゃねぇー!!」
人混みの中から、探し人がやって来た。
小鼻にピアスをしている、モヒカンが顎割れにした行為に怒っているんじゃないのだと分かり、胸を撫で下ろす。
それから、刺青君から渡されたメモをモヒカン君に渡した。
「あん? 何だよ」
やる気の無さそうな感じでメモの中身を見ていたモヒカンは、読み終わった直後、大声を上げた。
「おいっ! 誰か、ミシェルとロズウェルドをここに呼んで来い!」
その瞬間、周りにいた屈強そうに見える人達が震えあがる。
『おいおいおい! ミシェルって言ったら、このギルドの第一階級の一人で、“笑う死神”って言う奴だろ?』
『ロズウェルドは“冷酷なる悪魔”と言われる、第一階級の中で最強の人だって話だよな?』
『あ? 俺はそのロズウェルドって奴は最弱だって聞いた事があったぞ?』
コソコソと周りで話す人達の言っている人物に、どんな人達なんだろうと思っていると。
「なんだい? 人をこんなむさ苦しい場所に呼び出して」
声がした方へ顔を向ければ、私達の後ろの方にある階段の上から、淡い金髪に褐色の肌と濃い緑色の瞳を持った隻腕の美女と、透き通るような白い肌に、綺麗な青い瞳と同色の長い髪を高い位置で結んでいる、これまた綺麗な顔をした男性がそこに立っていたのであった。
次は28日の9時に投稿予定。




