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「うわっ、何この部屋……汚っ!」
フィードの部屋に入り、目の前に広がる光景を見た零は眉を顰める。
私も部屋の中の状況を見て、一瞬言葉を忘れる。
「……だから、ちょっと散らかってるって言ったじゃないか」
部屋の中央で、紙の束を抱えているフィードが口を尖らせている。
しかし、その言葉を聞いた零が、これがちょっと!? と呆れていた。
フィードの部屋の中の状態は、分厚い本や、何かを書きなぐった様な紙などが床に大量に散らばっており、床が見えなくなりつつあった。
汚部屋に近い感じになっている。
「ちょっと~! 歩く場所が無いんだけどぉ!」
「フィード、整理整頓って言葉を知ってる?」
物を踏まない様にしながら部屋の中に入り、今日初めて入るフィードの部屋の中をグルリと見回す。
床も凄い事になっているが、机の上も凄い。
分厚い辞典みたいな本が乱雑に積み重なって置かれているし、グチャグチャに丸められた紙クズや少し焦げた様な洋紙などが散乱している。
そして、ベッドの上には洗濯して畳まれたままの状態の洋服が、クローゼットの中に入れられる事無く放置されていた。
「あんた、毎日どこで寝てんのさ」
私が思っていた事と同じ事を零も思っていたらしい。
大量の洋服が重ねられて置かれているベッドを見らがら、零はフィードに聞いた。
「どこって、ベッドだけど?」
「はぁ!? って、そこ山のように重なってる服の下にある黒いズボン、私が三日前に畳んだヤツじゃない! それがベッドの中央に置いてあるのに、どうやってここで寝れんのよ!」
「どうやってって……こうやって?」
フィードはそう言うと、ベッドの上にある山のように重ねられている洋服の束をむんずと掴み、それを壁側にせっせと置いて行く。
粗方作業をし終えると、ベッドの三分の二程空いたスペースをポンポンと叩き、ここで寝てると真顔で言う。
美少女顔した美少年の、あまりの物臭加減に、私達はもう何も言えなかった。
どっちかって言うと、綺麗好きそうに見えたんだけど……人は見掛けによらないんだな、としみじみと思った瞬間であった。
ベッドの空いたスペースに私と零が座り、私達の向かえに椅子を持って来て座ったフィードが口を開く。
「それじゃあ、召喚魔法と獣人。どっちから知りたい?」
「私、獣人が知りたい」
「獣人ね……分かった」
零の希望で、獣人講義が始まった。
「獣人は色々な種族がいるけど、それぞれの個体の強さによって階級が上がっていく」
「階級?」
「そう。下級の『チェルディル』、中級の『エルゲード』、上級の『イシュディック』……そして、最上級の『ヴァンデルッタ』がある」
フィードはそう言うと、近くにあった紙に羽ペンで三角形の絵を描き、それぞれの階級を書いて説明を続ける。
「下級の『チェルディル』は獣の姿だけど、人語を話す事が出来る。魔力は普通の人間より少し高いくらいだな。それに、群れになって過ごすのを好む。んで、次は『エルゲード』。こいつは見た目は獣と言うだけで、人間とほぼ変わりはない。魔力は強大な魔力を有する貴族とだいたい同じくらい。で、上級の『イシュディック』。こいつは、そうだなぁー……」
フィードは、一度言葉を区切り、零をジーッと見詰める。
「な、なによ?」
「レイ、ちょっと猫耳と尻尾を出してくれない?」
「猫耳と尻尾?」
「うん」
何をするんだろうと思いながらも、零が言われた通りにすると――。
「これが、イシュディックの姿だよ」
フィードは、猫耳と尻尾を出した零の姿を見てそう言った。
つまり、『イシュディック』は耳や尻尾など、部分的に動物の部位が見える姿をしているらしい。
「狼族や猫族とかは、人間の姿に動物の耳と尻尾があるんだ。零の姿の様にね。そして、鳥族は背中に大きな翼がある」
フィードの説明に、私と零はへぇ~と頷く。
「見た目的に言えば、イシュディックよりエルゲードの方が強く見える。だけど、イシュディックが持つ魔力は王族並み……いや、それ以上の力を持っている者が多い。――そして、最後に最上級の階級を持つ『ヴァンデルッタ』。ヴァンデルッタは数が少なくて、魔力は王族以上あると言われている。姿は、人間とほぼ一緒」
「人間と同じ姿をしているなら、見分けがつかないんじゃないの?」
「確かに、パッと見だけなら分からないんだけど、ヴァンデルッタの瞳は“金色”なんだ。これは、人間には無い色だから直ぐに分かる」
「へぇ~、そうなんだ。まぁ、獣人については少し分かったけど、フィードが召喚しようとしていた獣人の階級って、イシュディック? それとも、ヴァンデルッタ?」
私が質問すると、フィードはふふんと鼻を鳴らした。
「もちろん、ヴァンデルッタだよ」
フィードの話によると、強大な魔力を有している獣人と契約を交わすと、その獣人の魔力を自分の魔力に取り込む事が出来るんだとか。
「獣人と契約をするのは別に大変な事でもないし、王侯貴族なら一般的に行なわれている事なんだ。だけど、階級が上になればなる程、召喚するのが難しくなる。……僕は、魔力があまり多い方じゃないから、ヴァンデルッタと契約したかったんだ。だから、召喚に関する勉強もかなり頑張っていたんだけど……これがなかなか難しくて」
「成程ねぇ~。……でもさ、獣人って召喚しなきゃ契約って出来ないの?」
「ん? そんな事はないよ? 下級の獣人なら、そこら辺に一杯いるし。だけど、イシュディックやヴァンデルッタなんかは自分の姿を変えて暮らしていたりしているから、見つけにくいんだ。だから、召喚魔法を使って召喚するんだよ」
「へぇ~」
「そうなんだ」
声を揃える私達に、フィードが何かを思い出した様に声を上げた。
「そうだった、レイやトールに重要な事を言うのを忘れてた」
「重要な事?」
「そう、獣人はそこら辺に一杯いる。……一杯いるからこそ、気をつけなければならない事がある。それは――」
名前を付ける事。
獣人に名前を付ける事によって、契約は完了すると言われた。
「君達なら、そこら辺にいる犬か何かに姿を変えている獣人を拾って来ては、「かわいぃ~」とか何とか言って、名前を付けそうだからね」
その言葉に、私達は何とも言えなくなる。
「まぁ、獣人と契約するのは悪い事じゃないからいいんだ……だけど、同性の獣人じゃなく、もし異性の獣人と契約を交わしたなら、ちょっと面倒な事になるんだよね」
「面倒事?」
「ん~何て言うか、獣人は契約を交わした相手を主――絶対服従者と認識するんだ。……だけど、獣人が選んだ契約者が異性の場合、何て言うか独占欲が強くなるんだ」
「……何に対しての独占欲?」
「だから、契約者に対しての」
どうしてその様になるのかは、分からないらしい。
だから、そこら辺にいる動物に、気軽に名前を付けて呼んだりしてはいけないと言われた。
それが唯の動物なのか、獣人なのか分からないから。
獣人に名前は絶対付けないようにしよう、と心の中で決意していると。
「皆さん、ここにいらしたんですね」
声が聞こえた方へ視線を向けると、そこには、デュレインさんが立っていた。
「あ、お帰りなさいデュレインさん」
私がそう言うと、デュレインさんは只今戻りましたと言って頭を下げた。
「こんな汚い部屋で、皆さん何をされていたんですか?」
部屋の中を見回しながらそう言ったデュレインさんに、フィードの顔が引き攣る。
確かに本当の事だったので、私達もフォーローのしようが無い。
「そろそろ夕食の時間です」
そう言うと、デュレインさんは怒りでプルプル震えるフィードを軽く無視し、さっさと戻って行く。
「くそっ、皆して人の部屋を見ては汚い汚いって言い過ぎなんだよ!」
「あんたねぇ~。この部屋のどこを見てそう言えるのよ」
「汚いんじゃない、ちょっと散らかってるだけだ!」
「ちょっと~!?」
「あ~はいはい、そこら辺でやめときな」
どうでもいい事で言い争う二人を止める。
「私達を元の世界へ帰す為の魔法陣を探してて忙しいのに、今日はどうもありがとうね」
そう言っから、夕食を食べる為にデュレインさんがいる居間に行く為に部屋を出る。
その間際、「僕がさっき言った事、忘れないで」と言うフィードの言葉に、私達は素直に頷いた。
いつもとは違い、真剣な目をしてそう言ったから。
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