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『透先輩、零先輩、陽子先輩。卒業おめでとうございま~す!!』
雲ひとつない青空の元、今日は3年間通っていた高校の卒業式。
無事に卒業式を終え、担任との涙の挨拶も終えた卒業生達がごった返している玄関先で、卒業証書と大量の花束を抱えている私達に、数人の女子生徒達が卒業祝いの花束を差し出してきた。
「ありがとう」
「ありがと!!」
「サンキュー♪ ……でも、もう持てないよ~」
振り向いた私達は、両手から落ちそうになっている花束と、更に後輩達から差し出された花束を見ながら苦笑した。
「あはは~。それはしょうがないですよ! 先輩達は我が校きっての弱小空手部を、入って間もないのに全国優勝にまで導いた伝説的な方々ですからねぇ~」
「伝説って……」
後輩の誇張表現に溜息が出た。
後輩達からの絶大な尊敬と信頼。そして、キラキラとした瞳で見つめられる私達。
私の名前は瑞輝透。
身長は172㎝。女としてはデカい方である。
1度も染めた事がない真っ黒な髪の毛は短くしている為、ズボンをはくと双子の弟によく間違われるのが悩みである。
性格は……自分でいうのもアレだが、温厚だと思う。
まっ。売られた喧嘩は買うし、完膚無きにまで叩きのめしますがね?
そして、この高校にある空手部の主将をしてました。
私の隣にいる少女の名前は瑞輝零。
身長は156㎝と少し小柄ではあるが、フワフワとした癖のある明るい茶色の髪を胸辺りまで伸ばしていて、笑うとこの上なく可愛い顔をした美少女である。
しかし、口より先に手(たまに足も)が出ることが有名で、天使の姿をした悪魔と恐れられている。 元空手部副主将。
(零の祖父と私の祖母が双子の兄弟なので、私達の苗字は同じである。――ちなみに、零も双子です)
そして最後の1人。彼女の名前は宮瀬陽子。
いつも明るく元気良く! がモットーで、もう1人の空手部副主将。
陽子の身長は166㎝で、私と零の3人でいると、よく空手部大中小トリオと呼ばれていた。
そして、度々暴走する私と零を諌める事が出来る幼馴染であり苦労人。
私達と小学校の頃から仲が良い、同じ空手道場出身者の友人達数人が同じ高校に入学した事により、今まで弱小&少人数のために愛好会とまで呼ばれていた空手部を、いまや部員数30人以上。全国優勝常連校と呼ばれるようにまでしたのだ。
私達は校内で知らない人はモグリと言われるほどの有名人……だったらしい。
憧れる先輩(私達)を前にして、後輩達のテンションも自然に上がる。
「先輩、卒業しちゃいましたけど、たまには練習に来てくださいね!」
「そうですよぉ~。まだまだ先輩達から教えてもらいたい事が、いっぱいあるんですから!!」
「お願いします。先輩!」
「分かった分かった。必ず行くって」
『やったぁーっ!!』
熱烈なお願いに、私達が笑いながら頷くと、後輩達は諸手を上げて喜んだ。
「あ、そう言えば……さっきゴリ先が資料を持って視聴覚室に入って行ったのを見たんだけど……あんた達これからミーティングなんじゃないの?」
零が思い出したように言うと、「ヤバ! 時間だーっ!!」と叫びながら、絶対来てくださいよーと手を振りながらダッシュで走り去って行った。
「元気だねぇ~」
「若いねぇ~」
「おばんか! あんたらは」
パンツが見えそうな勢いで走り去る後輩を見ながらそんな事を呟く私と零に、笑いながら陽子が突っ込んだ。
「ねぇねぇ透ちゃん、陽子。卒業旅行にいこう!!」
親が待つ駐車場に歩いている途中、零が突然そう言いだした。
「……卒業」
「旅行?」
零の場合「行かない?」とか「行こう?」とか、人の意見を聞く様な聞き方をする事はまずない。
「そっ。あたし達って小さい頃から空手漬の生活をしてたじゃん? どっかに行くとしても、遠征しかなかったし。……これからは別々の人生を歩むんだから、その前に女の子3人で楽しい思い出を作りに旅行にでも行きたいじゃん」
少し俯いてはにかむ姿に、私と陽子は顔を見合わせて笑った。
「んま~なんて可愛い事を言うのかしら! そんな子にはかいぐりしちゃる!!」
「うきゃ~っ!? せっかくセットした髪が乱れたじゃない!! 陽子のバカっ!」
怒った零が足を振り上げるも、陽子はそれを難なくかわしながら、「あんた、ホントに足癖悪いわねぇ~」と、笑っていた。
「旅行かぁー……うん。行こっか、旅行」
「ホント!?」
私の言葉に嬉しそうにする零を見た陽子が、来週以降にして欲しいと言う。
「うちは今から田舎のばあちゃんの所に行って、4~5日は泊る約束してるからね。卒業しましたって言う報告ついでに、最後の制服姿を見せに行くんだ。だから、旅行は来週以降がいいんだけど?」
「私は大丈夫! 透ちゃんは? 予定とか何か入ってない?」
「大丈夫だよ。入社式は3月の終わりだし」
「あー……透は一足先に社会人かぁ~」
今まで3人一緒だったのが、今年の春から別々になる。
それは当り前のことなんだけど、やっぱり、ちょっと寂しい。
「給料が入ったら、なにか奢ってしんぜよう」
私の実家は空手道場で、上に2人の兄がいるので道場を継ぐという必要は無かったけど、道場が広く、門下生も多いため、25歳になったら実家の手伝いをすると言ってあった。
それまでは、社会の荒波に揉まれてこいという父親からのお言葉により、親の知人が経営する会社で働くことになっていた。
「わぁ~い! 楽しみぃ」
零の実家は病院で、零の祖父がその病院の院長であるのだが、「妻とゆっくり過ごしたい」と言って、今は隠居生活を送っている。
今では息子夫婦(零の両親)に病院関係の事を全て任せている為、毎日忙しく働いていた。
零の年上の兄や姉達は、医師や看護師として多忙な両親を支えていた。
そんな兄弟達を見てきた零は、自分も両親の手助けをしたいという思いから、看護師を目指し、春からは看護学校に通う。
「ヴィトンのバック買って~」
「バーカ」
陽子は動物が大・大・大好きで、小さい頃から獣医さんになる!! と宣言しており、3年になって部活を引退してから猛勉強した甲斐あり、念願かなってその夢の第一歩となる獣医大学に入学することが決まっていた。
「それじゃあ、陽子が帰って来るまでに行き先を決めておかなきゃね」
校門を抜け、駐車場に両親と兄達が乗っているであろう車が見えてきた。
「ねぇ、これからまっすぐおばあちゃんの所に行くんでしょう? 花束抱えたままじゃキツイし、駅まで乗せていくよ?」
陽子が持っている荷物を見ながらそう言うと、陽子は首を振った。
「今回は汽車じゃなくて、バスにしたから大丈夫。バスだと乗り換える必要がないからそっちにしたの。それに、ここから歩いて5分の所にあるバス停から出発だから気にしないで」
「そっか。分かった」
「服とかの荷物は?」
「宅急便で送ったぁ~」
だって荷物なんて持ちたくないし~。と笑う陽子。
───この時は思いもしなかった。
「じゃあ、来週にね!」
「うん。帰って来たら電話して」
「了解!」
「おばあちゃんによろしく」
「伝えとく」
笑い合って別れた陽子の後ろ姿がもう見れなくなるなんて。
「あぁ~ん。来週が楽しみだね、透ちゃん!」
「そうだね」
この時には思いもしなかったのだ。