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『あの白髪頭が召喚だか何だかに失敗して、私達をこっちの世界に連れて来たの!!』
衝撃の事実にしばし固まっていた私であったが、道のど真ん中で立ち尽くしていてもしょうがないと思い、口を開く。
「あ、のさ……私達、喉が渇いたからあそこにある『エルモ』って言う店に行こうとしてたんだけど……零達も行く?」
私にギューッとしがみ付く零を見ながらそう声を掛けると、間髪入れずに零は行くと言う。
しかし。
「駄目! レイは今直ぐ、僕と一緒に皆の所に帰るんだ」
零ん言葉に、フィードと言う少年が速攻でダメ出しをした。
「皆、レイが急にいなくなって、心配していたんだぞ」
「……ぃ」
「それなのに、これからまたどこかへ行くだって? 全く、君を捜していた僕の苦労も考えて欲しいよ」
「……さぃ」
「僕は疲れたんだ。レイを皆の所に連れて行って、早く休みたい」
「……るさぃ」
「さっ、行く───」
「煩いって言ってんでしょうがぁーっ!!!」
フィード君がレイの手を掴もうとした時、零はキッと目を吊り上げると、怒声と共に彼の鳩尾辺りを思いっきり蹴っていた。
「ぐぇっ!?」
零に差し出した手をそのままお腹に当て、数歩後ろに下がって蹲る少年。
まさか、蹴りが来るとは思っていなかったらしく、「うぐぅ~っ」と呻いて苦しんでいる。
そんな少年を冷めた目で見下ろす零に、周りの人は若干引いた。
「ったく、うっさいわねぇ。いぃ? 今はギィースや他の奴らなんかどうでもいいの。やっと透ちゃんに会えて、これからはずっと一緒にいようと思ってたのに。……なのに、それを邪魔しようとするなら───」
ぶん殴るわよ?
その言葉に一同唖然。
言う前からもう攻撃してるし。しかも、殴るんじゃなくて、蹴ってたし。
皆心の中でそう思ったが、誰も口に出す事はしなかった。
私は頭をポリポリ掻きながら、地面とお友達になっている可哀想な少年へと声を掛けた。
「えぇっと。大丈夫? そのぉ……私も、離れ離れになっていた零とやっと会えたのに、また離れるのもどうかと思うから……君も一緒に『エルモ』に行かない? 零を探してくれている人には、連絡蝶でも使って知らせたらどうかな?」
私がそう提案すると、紫色の瞳に涙を浮かべた少年は、力なく頷いた。
「……そうする」
10分後───。
漸く私達はエド一押しの店、『エルモ』で休憩する事ができた。
エドが以前飲んで美味しかったという飲み物を頼んでから、2人用のテーブルを3つ横に並べるようにくっ付けて、皆が一緒に座れる様にした。
私の右側に零が座り、左側にルルが座った。向かえ側には、右側から王子、フィード君、エドの順番で座っている。
「お待たせしましたぁ♪」
可愛いエプロンを着けたお団子頭のお姉さんが、頼んだ飲み物を置いていく。
「残りは直ぐにお持ちいたしますので」
ニッコリと笑い、少しお待ちくださいと言って去って行くお姉さん。
「……零。もうちょっと離れてくれない? ちょっと飲みにくいんだけど」
「いっやぁ~」
「………………」
目の前に置かれたジュースを飲みたくても、零が人の右腕に抱き付ていて飲みにくいったらありゃしない。
そんな時。
「これで最後だ」
不機嫌そうな低い声がしたと思ったら、小さなグラスを持つゴツゴツした武骨な手が、目の前を通り過ぎた。
横に顔を上げると髭もじゃのクマみたいなオッさんがいた。
私は、オッさんの姿に目を見開いた。なぜなら……。
髭もじゃのごっついオッさんが、レースが付いた黄色いエプロンを着て立っていたからだ。
エドがコソッとここの店主だと教えてくれる。
あのお団子頭のお姉さんと同じ、レースがふんだんに付いたフリフリのエプロン。
ペアルックか?
コトンッと王子の前にグラスを置く姿を見た私は───。
「……ぶぐっ……」
余りの似合わなさに、吹きそうになった。が、プルプルとふるえる腹に力を入れ、急いでそこから視線を逸らす。
そして何とか笑いを堪える。
零の前にトロピカルジュースみたいな飲み物を置くと、エルモの店主は「ごゆっくり」と言ってカウンターの所に戻って行った。
「何か、凄いのを見ちゃったわ……って、何?」
零と一緒になって笑いを堪えていると、なぜか顔を強張らせたフィード少年と目が合う。
首を傾げながらどうしたと聞けば、恐る恐るといった感じで口を開く。
「あ、あのぉ~。貴女といると、いつもそんな感じなんですか?」
どうやら、引き攣った顔の原因は零にあるらしい。
私に甘える零を、信じられないといった感じで見ていた。
「あー……まぁ、いつもこんな感じだね。ちょっと気が強いけど、可愛い女の子だよ」
私が零の頭を撫でながらそう言うと。
「……貴女は……猛獣使いですか?」
「ぶっ……」
真顔で言うその言葉に吹き出してしまった。
冗談を言っているのかと思ったが、フィード少年の顔はマジ顔である。
「誰が猛獣よっ!?」
ある意味ピッタリな表現に内心笑っていると、今まで黙っていた零がギロリと睨んで叫ぶ。
「だって、そうだろ? 人の顔を見るや否や急に殴り掛かって来るし、僕を助けようとした人間をことごとく倒したくせに。……それに、あの時僕が召喚用に作った魔法陣から抜け出しただろ。あの魔法陣は、対獣人用の特殊な魔法陣だったんだぞ」
「獣人用の魔法陣ってなによ?」
「……獣人は、強靭な肉体を持ち、巨大な魔力を持っている。大抵は穏やかな性格なんだけど、たまに凶暴な性格な奴がいて、呼んだ人物が自分より力が弱いと見做すと攻撃してくる事があるんだ。だから、召喚用の魔法陣は普通の魔法陣と違い、魔法陣の中から一歩も出る事が出来ない様に、結界みたいなものを三重四重にして施してあるんだ」
「それがどうしたって言うのよ? その魔法陣と、私が猛獣って事とどう関係あるのよ!?」
零がイライラした感じでそう言うと、フィード君は思いっきり「はぁ~っ」と息を吐いた。
「レイは、厳重に施した分厚い結界を素手で殴って壊したんだぞ? そんな獣人でも出来ない芸当が出来る奴を、猛獣と言って何が悪い」
「あんですってぇ~?」
「あー……はいはい、分かったから。零、落ち着け。ほら、これでも飲んで」
テーブルから体を乗り出す勢いでフィード君に殴りかかって行きそうな零を何とか宥め、たった今来たジュースを零の手に持たせる。
ぐるるるぅぅ……。という唸り声が聞こえそうな零の表情を見ると、確かに猛獣に見えなくもない。
何というか、零は顔と中身のギャップが激しすぎるのだ。
零が猛獣? フッ……そんな事、元の世界のいる友達が聞いたら、全員が「そうだそうだ」と頷いていただろう。
そんな事を思いながらフィード君に視線を向けると、彼は零に睨まれて固まっていた。蛇に睨まれた蛙状態である。
大人気も無く、こんな幼気な少年をイジメルなよ……。
溜息を吐いた私は、零の睨み殺す様な視線から少年を救うべく、フィード君に声を掛ける事にした。
「ねぇ、フィード君。もっと詳しく、零を召喚した時の事を教えてくれないかな?」
「……詳しく?」
「そう。君に呼ばれた零の足元に魔法陣が浮かんだ時、零は不思議な言葉を呟いたの。どうして零がそんな言葉を話せたのか、そして、巻き込まれた私が、零と離れてあんな森の中に1人でいたのか。それを知りたいの」
「……そうですね、貴女は知る権利がある」
フィード君はそう言うと、一度姿勢を正してからまっ直ぐ私を見た。
「実は───」
「ちょーっと待った!!」
口を開いた途端、急に私に止められ、えっ? っと目を見開く少年。
おっと危ない。1番聞かなきゃいけない事を聞くのを忘れてた。
「あ、ごめんね? 確かにその事も聞きたいんだけど、それよりも、今直ぐに聞きたい事があるの」
「えっと……何でしょうか?」
「うん、それはね。私達を召喚出来たんだから、元のせ……ゴホンッ。元の場所に帰す事も出来るよね?」
多分、仕事場の方には馨か、お母さんが電話してくれていると思う。
今日か明日に元の世界に帰れるなら、騒がれていたとしても、直ぐに収まるだろう。そうしたら、会社に出勤して、溜まっている仕事や引き継ぎをやってしまいたい。
出来るよね!?
期待を込めた視線をフィード君に向けるも、彼はきっぱりハッキリこう言った。
「無理です」