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日の光が差し込む明るい部屋に、どんよりと暗い表情をした人物が2人いた。
「はぁ……俺、何であんな場所に立ってたんだろう」
「まぁ、そう気を落とすなって」
項垂れるカーリィーの肩に、ポンと手を置くジーク。
黒い騎士服に着替えたリュシーとジークと、強制連行されたカーリィーは、王城の中にある自分達が日頃使っている執務室にいた。
「全く……さっきから同じ事を何度言えば気が済むの?」
リュシーは腕を組みながら、溜息が絶えない2人を冷ややかな顔で見詰めた。
しかしそんな視線もなんのその。
「つーか、今回の任務は俺ら黒騎士団にとって、どうでもいい事じゃんかよ~。他の騎士団は何やってんだよ」
カーリィーが口を尖らせてブチブチと文句を言っていると。
「うっせーなぁ。ゴチャゴチャ言ってんじゃねーよ、クソガキ」
バンッ! と大きな音を立てて扉が開いたと思ったら、彼らを呼びつけた元凶が現れた。
「……って、たった3人かよ!?」
部屋に入り、中にいる人数を確認して口元を引き攣らせた男はガックリと肩を落とした。
「手が空いてるやつを連れてこいとは言ったが……まさか、後の奴らは手が空いて無かったのかよ」
他国のお偉いさんを護衛するのに、リュシーが2人しか連れて来なかった事に愕然としたようである。
「えぇ、そうよ。今、私達黒騎士は“忙しい”のよ」
「おぃおぃ、『お前達』が忙しいって……」
黒騎士が動く理由は唯一つ。
それは、この黒騎士達の『主』が帰って来た事を意味する。
ポカンとした表情の男を見ながら、リュシーは「何か文句でもある?」と聞いた。
「これは元々私達の仕事ではないのよ」
「いや……お前達が忙しいのは理解した。理解はしたが……相手はゼイファー国の宰相───あの三宰相の1人、ギィースだぞ?」
眉間に皺を寄せるバスクに、リュシーは首を傾げた。
「それが何? 私達黒騎士にとって関係のない事だわ。貴方も知っているように、私達はただ1人の人の為にしか動かない」
「それは、分かってはいるが……」
「だったらゴチャゴチャ言わずに、私達が動く事に感謝しろ」
「………あぁ、分かったよ」
バスクは仕方なく頷いた。
氷の様に冷たいと言われているこの彼女が、任務を引き受けてくれると言ったのだ。
ここで、あーだこーだと喚いて彼女の機嫌を損ねたら、「じゃあやらない」と言われる可能性が十分ある。
昔から彼女の事を知ってはいるが、自分が主と認めた人物の事以外は、本当に無関心だ。
───まっ、リュシーに限った事じゃなくて、黒騎士団全員に言えた事だがな。
バスクは何で自分がこんな奴らに頼まなきゃならんのだと、心の中で舌打ちしていた。
「それじゃあ、今から話し合いに行くから、ついて来てくれや……って、ん?」
クルリと踵を返し、部屋から出て行こうとしたバスクは、ピタッと立ち止まり、何か見慣れた物が見当たらなかったような? と首を傾げた。
回れ右してもう1度確認。
「どうしたんだ? バスクのオッちゃん」
白騎士団の隊長であるバスクに向かって、オッちゃん呼ばわりする奴はそうそういない。
いつもだったら、このクソ生意気なガキに即鉄拳制裁を食らわせている。が、今はそんな事はどうでもいい。
なんだ? なにが違う? と、グルリと部屋の中を見まわし、隅々まで確認するバスク。
何かが違うんだよなと首を傾げつつ、ジークにカーリィー、そして最後にリュシーに目を止めて───固まった。
「……………」
「おい、バスク。何リュシーをジッと見てるんだよ」
ジークに声を掛けられても何も答えず、バスクは目を限界まで見開いた。
そして、プルプルと震える指でリュシーを指す。
「お、お、お、お……お前、眼帯を外して……?」
今まで隠されていたリュシーの水色の瞳を見たバスクは、ポカーンとした顔で彼女の顔を指で指していた。
彼女が黒騎士となる前から黒い眼帯をしているのは知っていたが、それ以降眼帯を外した姿を見たのはこれが初めてだった。
しかし、彼女の瞳を見たバスクは、ふと、とある事に気付く。
確か、リュシーの目は深い刀傷で潰れていた筈だ。
治癒魔法でも治らないと言われていた目が治っている事に不思議に思っていると───リュシーが傷跡のある方に手を置き、目を閉じた。
「もう、眼帯はしない事にしたの」
そう言いながら柔らかく微笑むリュシーを見たバスクは、まるで頭のてっぺんに稲妻が落ちたかの様な衝撃に襲われた。
作り笑いでもなんでもなく、本当に笑ってる!?
いつも無表情。時たま笑うにしても、口の端がちょっと上がるくらいで、周りからは『氷の微笑』と言われている、“あの”リュシーが……どうなってんだ!? と顔を引き攣らせる。
世にも奇妙なモノでも見ているといったバスクの顔に、視線を戻したリュシーはいつもの顔に戻った。
そして、宰相がいる部屋に早く案内するよう上から目線で催促する。
「今私の家に、大切な客人が来ているの」
だから、早く終わらせて帰りたいんだと述べるリュシーに、バスクは頭を掻いた。
「その、なんて言うか……早く終わらせるのは無理だと思うぞ?」
「……どういう事?」
「お前も、今来ている宰相の事は知ってるだろ?」
「まぁ、それなりにはね」
肩を竦めるリュシーに、バスクはこれならどうだ? と聞く。
「ギィース宰相は、宰相であると共に黒騎士である事は有名だ。だが今回、彼は宰相としてではなく、黒騎士として訪問して来た」
「なんですって!?」
バスクの言葉に、リュシーだけではなく、ジークやカーリィーも驚いた声を発する。
「と言うことは、あちらの国に『現れた』って事か?」
「あぁ。あっちの第3王子殿が獣人の召喚練習をしてたら、“先祖返り”を召喚したらしい」
ある意味、あっちの国にとっては嬉しい間違いだろうがな。とバスクが言うと、リュシーとジークの2人は何かを考えるように少しの間沈黙していた。
「あー、それで……なんでお前らを呼んだかと言うとだな」
何故か決まり悪そうに頬を掻いて、バスクは一気に言った。
「実は、その“先祖返り”がこの国に探し物があるとか言い出して、急にこっちに来る事になったらしい。だが、王都に入って、宰相が“先祖返り”から目を離した隙に、突然いなくなったんだと。……んで、事情を聞いた陛下が「それでは、我が国の優秀な黒騎士達をお貸ししよう」って勝手に言いやが……っとと。言われて、お前らを呼んだってなわけだ」
「……んじゃなに? 迷子中であるアイツらの主を、俺達が探さないとなんないわけ!?」
大人2人が沈黙しているなか、カーリィーが嫌そうにそうに言うと、バスクはそうだと頷く。
そして、「あ、言っとくけど、この任務は極秘だからな」と、のたまった。
「マジかよ……」
ガックリと肩を落とすカーリィー。
「そんなの、直ぐに終わるわけないじゃん。このだだっ広い王都で、聞き込みもなしで人を捜すなんて……」
「お前らの気持ちも分からない事もないがな。ま、宜しく頼むぞ」
そう、これも友好国との絆を深める為なんだ! とは、流石のバスクもカーリィーの暗い表情を見ると言えなかった。
なんつーか……こういった重苦しい雰囲気って苦手なんだよな、と心の中で思いながら、バスクはもう1度頭を掻くと自分はサッサとここから退散しようと決めた。
「んじゃ、行くぞ」
足早に部屋を出て行ったバスクを見ながら、リュシーとジークは溜め息をつきつつも後を追う。
「カーリィー。ほら、早くいくぞ」
未だに肩を落としたままのカーリィーにジークは手招きをする。
カーリィーは返事をしてからノロノロと足を踏み出すも、その顔には面倒くさいという文字がデカデカと書かれていた。
「……はぁ~っ」
彼の深ぁ~い溜め息が、部屋の中に響いたのであった。