2
休憩を何度か取りながら、私は2人にいろんな事を聞いていた。
例えば、この世界の事や今向かっている国の名前。
2人はどんな仕事をしているのか。とか、リュシーさんの部下の事など。
───そして、リュシーさんとジークさんはどうして私と話せるのか(これ1番大事)。
でも、教えてくれた事はこの国の名前と、2人がどのような仕事をしているのかだけだった。
この国の名前は『ウェーゼン国』。そして向かっている先は『王都フィルシル』だと教えられ、リュシーさん達は“ある人物”に使える『黒騎士』なのだそうだ。
それ以外の事は、また後で。と言われてしまった。
何でも、ここでは言えないらしい。
その代わり、王都に着いたら、全て話してくれると約束してくれた。
馬をかっ飛ばす事、更に6時間半。
漸く目的の地、王都にたどり着く事が出来た。
既に私の尻は感覚が無くなっていたが、痛さに悶え苦しむ私を見かねたジークさんが魔法で癒してくれたので助かった。
「うぁーっ。緊張する」
そして今、私はリュシーさんの家(家と言うよりもはや城です)の前にいる。
目の前には大きな木の扉。この扉の向こう側に、あの人達がいるらしい。
本当は違う場所で会う予定だったのが、何でもその場所は人が大勢いて使えなくなってしまったらしく、急遽リュシーさんが1人で暮らしている(執事&メイドは大勢いた)、リュシー
さんの家に決まったらしい。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
心臓に手を当てながら深呼吸をしていると、私を見ながら苦笑したジークさんが取っ手を掴んで扉を押した。
きぃーっという音と共に完全に扉が開かれると、そこには3人の少年少女が並んで立っていた。
赤髪の少年は、あの時と変わらない出立ちをして立っており、スケスケの格好をしていた少女は、隣にいる赤髪の少年と同じ黒い騎士服を着ている。
───そしてもう1人。
2人と同じ様に黒い騎士服を着た少年がそこにいた。
初めて見る少年は、耳にかなりの数のピアスをしていて、オレンジ色の少し長い髪をカラフルなピンで止めていた。
見た目はかなりヤンキー。
赤髪の少年と同じくらいの歳だろうか?
そんな事を思っていたら、リュシーさんがスッと横を通り過ぎる。
『××……×××……』
リュシーさんは何か喋ろうとしたヤンキー少年に近寄ると、目にも止まらぬ速さで左頬を殴りつけた。
スローモーションの様に後ろに吹っ飛ぶ少年。
見てしまった。一瞬の事だったけれども、私はバッチリ見ていた。
「あぁ~。ありゃ腫れるな」
唖然として声も出ない私の横からジークさんの、のほほんとした声が聞こえる。
『××××』
倒れ伏した少年に何か言ったリュシーさんの声が、氷の様に冷たかった。
『××、×××××』
『……×××』
ヤンキー少年は膝に手を当てて立ち上がってから、口元を手でぬぐって何かを言った。
「………………」
「おーい、トオルはお前達が何を言ってるのか分からないんだから、きちんと説明してやらなきゃ。それより、トオルをいつまでここに立たせておくつもりだよ」
ジークさんはそう言うと、私の肩を押して扉の中に入り、お城みたいな家の中にある客間へと案内してくれた。
「疲れただろ? ここに座っててくれ」
「ありがとうございます」
部屋の中央にある大きなソファーに私を座らせると、ジークさんは後を付いて来た少年達に「お前らはこっちに来い」と言って私の前に立たせたると、今まで話せなかった事をこれか
らリュシーさんが説明してくれると言ってくれた。
「それじゃあ俺はちょっと連絡入れてくる。リュシー、後はよろしく」
「分かったわ」
リュシーさんは頷くと、前に立っている3人の紹介をしだした。
「まず初めに。彼女の名前はルル・オルディガといいます。その隣にいるのが、カーリィー・フェイス。そして、エド・シラークスです」
『『『××××』』』
「あっ、初めまして。瑞輝透です」
リュシーさんの紹介の後に、三人が頭を下げたので、私も慌てて頭を下げながら挨拶をした。
顔を上げると、真っ先に殴られた少年が目に入った。
たしか、エドとか言う名前だったが、左頬が可哀想なくらい膨れ上がっていた。
「あのぉー。リュシーさん? エド君の頬が凄い事になっているんで、冷やすか何かした方がいいのでは?」
「いいえ。これぐらい何ともありませんよ。昨日貴女にした事を思えば、当然の事です」
「いや、私の傷はもう治してもらってますし、何ともありませんから。昨日の事だったら、私はもう何とも思ってないんで……」
何とも思っていないというのは嘘だったが、そうでも言わないとリュシーさんの機嫌が直らなそうだったのでそう言った。
だって、少年の顔が膨れ上がっているのをずっと見ているのは……精神的にかなりキツイ。
私がそう言うと、リュシーさんは溜息をついてから異世界語で少年達に何かを話した。
すると、ルルちゃんがエド君に駆けよって、魔法で治してあげていた。
それを見ていたカーリィー君……だったかな? が、ホッとしたような表情で見ていた。
「トオルさんは、優しいんですね」
そう言われて、私は視線を横に向ける。そこには苦笑しているリュシーさんがいた。
優しい? まぁ、確かにリュシーさんから見れば、私が言った事はそう取れるかもしれない。
「それは違いますよ。確かに、あの時は怖かったし、なんでこんな目に会うんだ……って思っていました。でも、私も悪かったんです」
「トオルさんも?」
「はい。私もです。実は……透けた下着姿のルルちゃんの前に私が急に現れちゃって、男と勘違いしたルルちゃんが叫んじゃったんですよねぇ~」
今でも思い出すあの絶叫。
キャー! というより、ギャーッ! に近かったと思う。
「……えぇーと。トオルさんを……男に?」
「そうです。胸を触らせたら、私が女だと気付いたみたいですね」
「………………」
「多分、ルルちゃんの叫び声を聞いたカーリィー君が助けに来たんじゃないかな? あんな格好をしたルルちゃんを、私が襲っていると勘違いしたんでしょうね」
「………………」
「それで、カーリィー君に襲われたわけなんですけど、私、卑怯な手を使って勝っちゃったんですよね。それで、倒れている彼に落ちていた剣を返そうとしたら、ナイフがグサッと肩に
刺さったんです」
その時の事を思い出しながら、遠い目をする。
「……今考えるとあれですよね。私がカーリィー君に剣を向けていたのを見たエド君が、カーリィー君を助ける為に、ナイフを投げたんじゃないかって思うんです」
「………………」
ポカーンとした表情で話を聞いていたリュシーさんは、私から視線を外すと、前にいる彼らに何かを話しかけていた。
多分、私が言った事が本当かどうか聞いたのだろう。
リュシーさんの話を聞き終わった3人は、パッと視線を別々の方向へ向ける。
それが答えだった。
「………………有り得ないわ」
そんな彼らの態度を見ていたリュシーさんは、額に手を当てて頭を振っていた。
「そう言う事なんで、もう彼らを怒らないでくれませんか?」
「……トオルさんがそれでいいと言うのなら」
私はそれでいいんですと言うと、リュシーさんは分かりましたと言って、もう彼らをこの事で怒る事は無いと約束してくれた。
「それじゃあ、今度は私の疑問に答えてください」
私は、今までずっと不思議に思っていた事を聞く事にした。
「どうして、リュシーさんとジークさんだけが私と話す事が出来るんですか?」
「そうですね。それは───」
ついにこの謎が明らかになる時が来た!! と思っていた私だったが、ふと、部屋の外から何かが走ってくる音が聞こえて来た。
何事かと扉の方に皆の視線が集中する。
足音は次第に大きくなっていき、この部屋の前で止まる。
「リュシーっ!! い、今ジークから第1級連絡蝶が来て、あの人が……来たっ、て………」
扉が激しく開いたかと思ったら、そこから金髪碧眼の美青年が現れた。
その人は、初めはリュシーさんに話しかけていたが、ふと、私を見て固まった。
ルルちゃんより明るい金色の髪をゆるく結んで右肩にたらしている青年は、見た目が完璧に『王子様』だった。
ルルちゃん達と同じ黒い騎士服を着ているから王子様では無いのだろうが。
「……トオルさん。あれは、ハーシェル・オルギディスといいます。あれも、トオルさんと言葉が通じる人間の1人です」
「あ、そういえば言葉がわかる」
どうしてだろう? と思っていると───今まで氷の様に固まっていのが瞬時に解凍され、瞬く間に私の前に跪いた。
そして、そっと私の右手を掴む。
「うぇぇっ!?」
突然の事に、私はおろか、リュシーさんも目を点にしていた。
「初めまして、私は黒騎士団副隊長を拝命している、ハーシェル・オルギディスといいます。どうぞ、ハーシェルとお呼びください」
王子……いや、ハーシェルはそう言うと───。
私の右手を軽く持ち上げ、恭しく口付けをしようと顔を近づけて来た。
ふぎゃぁぁぁぁぁっ!?
心の中で悲鳴を上げる。 いきなり何をするんだ王子っ!!と思いながら手を引こうとするも、ガッチリと掴まれているのか、外れない。
マジかよ!?
「先に走って行ったと思ったら、お前はなぁーにしてんだよ」
あと1㎝で王子の唇がつくという所で、ジークさんが王子の頭を掴んで止めてくれた。
ギリセーフ!!
「ジーク。何で私の邪魔をするんだ」
「いや、お前がいきなり何してんだよ」
「何って、挨拶をしているだけじゃないか。何が悪い」
「悪いも何も、どう見ても嫌がってんだろ」
ジークさんの一言に、部屋にいた皆が頷く。
「あ、いや、その、嫌というか……急にされたので驚いただけです。───それよりも、なんで言葉が通じるんですか?」
話を戻さないと、また変な所に行きそうだった。
「え? まだ話してなかったのか?」
「違うわよ。言おうと思ったら、ハーシェルのせいで出来なかったのよ。……トオルさん、ちょっとこれを見てもらえますか?」
リュシーさんはそう言うと、右腕の袖を捲って手首の裏側を私に見せてくれた。
何だろうと思って見ると、そこには不思議な形をした刺青が手首にあった。
「これは、“ある方”と契約をした際に出来た、いわば誓約印なんです。これがあるおかげで、トオルさんと話す事が出来るんです」
「という事は、その……誓約印? は、ジークさんにも王……じゃなくて、ハーシェルさんにもあるんですね?」
2人に顔を向けると、彼らも手首の裏側を見せて、誓約印を見せてくれた。
「……でも、どうしてその誓約印があると、私と話せるんですかね?」
首を傾げながらそう言うと、ジークさんがとんでもない事を言った。
「あぁ、それは、俺達が契約した人が、トオルと同じ世界から来たからじゃないかな?」
一瞬、頭がジークさんの言葉の意味を理解するのに時間が掛かってしまう。
「………………えぇぇぇぇぇっ!?」
そして、大げさと言えるくらい驚いてしまった私であった。