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「大丈夫ですか?」
「あ、いや、大丈夫なんでお構いなく」
心配そうな顔をしたリュシーさんにお尻の心配をされるが、私は引き攣る顔で何とかそう言うので精一杯だった。
だって、お尻が痛いのだ。
鈍痛+擦り剥き傷っぽいのが出来てるんじゃないんだろうかと、お尻を擦りつつそう思った。
───私達は今、川のほとりで休憩をしている。
あの後、リュシーさん達と共に王都へ行く事になったはいいが、馬で移動をすると言われた私はとても困った。
馬車じゃなくて……馬? 馬って、乗馬って事??
そう聞いたら、うん、と首を縦に振られた。
馬なんて今まで生きてきた中で1回しか見た事がない。それも、幼稚園の時に遠足で牧場に行った時に遠くから見ただけだ。
準備を済ませて家から出た私を迎えたのは、栗色と青毛の綺麗な二頭の立派な馬だった。
近くで見ると、思っていたより大きいし、血管が浮き出て凄みがある。
でも、くりくりした目が可愛かったです。
でかいなぁ~と馬を見詰めていたら、ジークさんが私の横に立った。
私は1人で馬に乗れないので、ジークさんの馬に乗る事になったのだ。
一通り馬の乗り降りを教えてもらった後、ジークさんの前に乗り込む。そして「それでは行きます」と言うリュシーさんの一言で馬は駆け出した。
振り返ると、今までいた家がどんどん小さくなっていく。
本当に白い家だなぁ……。
色とりどりの花が咲く花畑の中央に、ポツンと建つ白い家。外観も白ければ、内装や装飾品までも全てが白い。
1つだけ違うのは、白ではない薄いピンク色が使われた部屋だ。
あの部屋だけが、あの家の中で温かみがあると言えた。
不思議な家だったな。
そんな事を思っていたら馬の駆ける速度が上がったので、前を見る事に集中する。
───それから駆け続ける事約2時間半。
そう、2時間半!
私のけ……じゃなくて、お尻は限界が来ていた。
ソワソワし出した私に気付いたジークさんは、リュシーさんに声を掛けてから程良い場所を見つけると、ゆっくり馬を止めてくれた。
先に降りて木に馬を繋ぐと、「1人で降りれるか?」と聞かれるも、お尻は痛いし体は緊張して固くなっているしで、私は「無理です」と首を横に振った。
申し訳なかったが、ジークさんの手を貸してもらって降ろしてもらう。
ジークさんは私を草の上に敷いたシートの上に座らせると、川から水を汲む為に行ってしまった。
そして、冒頭へ戻る。
「しかし……」
「本当に大丈夫ですよ。ちょっと……お尻が痛いだけですから」
私は乾いた笑みを浮かべながらそう言った。まさか、乗馬がこんなに大変な事だとは思わなかったのだ。
横座りをしても、正座をしても痛い。いっそ、寝そべりたい。
溜息をつくと、リュシーさんがクスリと笑った。
「私も初めて馬に乗った頃、トオルさんと同じような状態になりましたよ」
「えぇっ、リュシーさんがですか!?」
驚いてリュシーさんを見つめると、そうなんですよ。と笑いながら言う。
そんな柔らかい笑みを浮かべる彼女を見て、私は息を呑んだ。
今まで気付かなかったけど。リュシーさんって。
メッチャ美人なんですけどっ!!
気持ちに余裕がなかった事と、黒い眼帯に気を取られて気付かなかった。
私より年上なのに、シミ1つない白い肌。そして女性的というよりも中性的な顔だちに、青銀色の髪と藍色の瞳が少し冷たい印象を受けるが、その分笑うと一気に和らいだ感じになる。
ポーッと見つめていたら、リュシーさんにどうしました? と聞かれた。具合が悪くなったのかと勘違いされたらしい。
まさか、見惚れていましたとも言えないので、笑ってごまかす。
「あ、いえ。何でもないです。アハハハハ~」
それでも、チラチラとリュシーさんの顔を盗み見る。
だって、美人な女性が黒い眼帯をしているんだよ? 失礼な事かも知れないが、彼女にとても似合っているのだ。めっちゃカッコイイ。
私が見つめている物に気付いたのか、リュシーさんは眼帯に手を当てて、「これが気になりますか?」と聞いて来た。
不躾にも、興味本位で黒い眼帯を見ていたのは確かなので、素直に頷く。
私が頷くのを見ると、リュシーさんは頭の後ろに手を回し、結び目を解いて眼帯を外した。
ワクワクしながら見ていた私は、そこから現れたものに愕然とした。
右側の瞼───正確には、額から下の瞼の少し下までに大きな刀傷があったのだった。
「………………」
その傷を近くで見て、私は言葉に詰まる。
刃物で切られた人なんて、未だ嘗て見た事が無い。
けれども、これはかなり深い傷だと分かる。これじゃあ、失明しているだろう。
興味本位で見るんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。
何を言ったらいいか分からなくて狼狽えていたら、水を汲みに行っていたジークさんが戻って来た。
「ん? 眼帯外したんだ」
彼はそう言うと、「すげー傷跡だろ? ハハハ」と笑うのであった。
えぇ!? そこって笑うとこなんですか?
まさか、はいそうですね。とも言えないし、ジークさんみたいに笑うなんて事は出来るはずがない。
どうしたらいいのか分からないで固まっていると、リュシーさんが溜息をついた。
「ジーク。トオルさんが困っているでしょう」
そう言うと、彼女は右の瞼をゆっくりと開けた。
「え……う、そ」
傷が深いから開かないと思っていたのに、その目が開かれた事に驚く。でも、それよりももっと驚いた事がある。
それは、ザックリと切られて眼球にまで到達したであろう瞼の傷の下から、全く傷付いていない瞳が現れたからだ。
開かれて現れた右の瞳は───綺麗な水色の瞳だった。
左は藍色の瞳。右は透き通った空色の様な水色の瞳。
でも、これってもしかして……。
「あ、こいつの目。本物だから」
私が思っていた事を察したジークさんがそう言った。多分義眼じゃないと言いたいのだろう。
と、いう事は?
「綺麗な、オッドアイですね」
リュシーさんの瞳を見詰めながらそう呟くと、彼女は一瞬動きを止め、俯きながら本当にそう思いますか? と聞いてきた。
「え?」
「気持ち……悪くないですか?」
「気持ち悪い??」
「だって、瞳の色が左右違うんですよ?」
心底そう思うのであろう。俯くリュシーさんの声が何時もよりも低い。
「私は……幼い頃からこの瞳が嫌でたまりませんでした。どうして同じ色を持って生まれて来なかったんだろうって、ずっと思っていました。周りからは気味悪がれ、親にまで……っ。この瞳のせいで、私は辛い経験ばかりしてきました」
「………………」
これまた何と言っていいのか分からなくてジークさんを見るも、彼もまた、ジッと足元を見つめていた。
何かを耐えているような表情をしているではないか。
え、えぇ!? 傷よりも瞳の色に触れちゃ駄目だったの!?
しかも、空気がメッチャ重いんですが……。
心の中で泣きそうになりながら、私は何とかこの場の雰囲気を良くしようと、言葉に気をつけながら話す事にした。
「え、えぇ~とですね? 私はリュシーさんの過去がどうだったのか分かりませんし、リュシーさんが自分の瞳を嫌悪するのも、してしまう理由も分かりません。……でも、私はリュシーさんのその綺麗な瞳が見れて、良かったです」
「…………え?」
「確かに、オッドアイって初めて見たので驚きましたけど……リュシーさんの瞳、近くで見るとすっごく綺麗で、まるで宝石みたいだし」
黒目の私からすれば、羨ましいぐらいだ。
日本では、カラーコンタクトをわざわざ付けてまで色を変えたい人がいるというのに。
そう言ったら、リュシーさんは1度大きく目を見開き、それから笑った。
「もう1度、その言葉が聞けるなんて……」
「え? 何か言いました?」
呟くように囁いた言葉が聞こえなくて聞き返すと、彼女は何でもありませんと言った。
そして、膝に手をついて立ち上がると、そろそろ出発しましょうかと言って、馬が繋がれている木の方にまで歩いて行く。
「あれ? リュシーさん、眼帯つけないんですか?」
右手で眼帯を持って、着ける様子のないリュシーさんに声を掛けると、「もう、必要ありません」と言ってポケットに仕舞ってしまった。
え、リュシーさん。いきなりどうしたんですか?
驚いた表情でリュシーさんの後ろ姿を眺めていたら、横にいたジークさんに急に頭を撫でられ、ありがとうと言われた。
「別に私が何かをしたという訳じゃ……」
「いや、リュシーにとっては、とても重要な事だったんだよ」
何が何だか分からないでいると、ジークさんは「んじゃ、行くぞ」と言って、さっさと歩き出してしまった。
「ほら、早く来ないとリュシーに置いて行かれるぞ」
「…………はい」
あぁ、またお馬さんに乗らないといけないのね……憂鬱です。
溜息をつきたくなったが、前を歩くジークさんはドンドン進んで行く。
「あ、待って下さいよ! ねぇ、ジークさん。ここから王都までは、後どれくらいで着くんですか?」
「ん? そうだなぁ。夕方前には着くと思うよ」
「……そうですか」
夕方って……まだまだ結構あるじゃん。泣きたくなってくる。
馬に乗った所で、リュシーさんが馬を走らせる前に口を開いた。
「王都に着いたらまず、トオルさんに会ってもらいたい人物が3人います」
「会うって、誰にですか? リュシーさん達は、急ぎの用事があるんじゃ……」
不思議に思ってそう聞くと、
「いえ、そんなに時間は取りませんので。それに、会わせたい人物というのは、私の部下です。……女性が1人に男性が2人。男2人は、森の中でトオルさんを襲ったと聞きました。会って、謝りたいそうです」
「えっ……」
頭の中に、2人の少年少女と、顔は分からないがナイフを投げた人間が思い浮かぶ。
その人達にこれから会う……て言うか、部下!?
馬の上で、私はポカーンと口を開けながら、リュシーさんを見詰めていた。
可愛いけどちょっと失礼な女の子と、私を襲ったり殺そうとした人達がリュシーさんの部下なんて。
ホント、昨日今日と驚きの連続である。