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ぼくはさかな

作者: 梨清 愛水


 僕は自分の身体が好きだ。黒くてつるるんっとした肌、ぴょこん、とはえた尾。小さいから水草の中にだって隠れやすい。 

 そんな僕の親友はめだかくんだ。たまにどっちが小さいかで喧嘩もするし、あのびょん、ととびでた目玉は正直嫌いだけど、良いやつだ。

 僕らはいつものように水底に並んで、話していた。弱い、自然な水の流れが身体をそっと撫でていく。水はだんだんあたたかくなってきていて、心地よかった。

「なあ、めだかくん、水の中って、いいなあ。」

しかし僕がそう言ったとたん、

「そうだな、今のうちに楽しんでおくといいよ。」

めだかくんはこちらを見ないままに答えた。 

「ん?どういうことだよ?」

「君は知らなくてもいいよ。・・・だって君、正直、ぼくのように突き出た目玉はきらいだろ?」

「うう・・・、でも、それが何か関係あるのか?」

「いや、君は知らなくていいよ、本当に。」

 隣にいるめだかくんの表情がくもった。めだかくんにはザリガニさんという物知りのお友達がいるから、必然的にめだかくんも僕よりずっと物知りだ。それが悔しくないといえば嘘になるけど、やっぱりザリガニさんは怖い。あのまっかっかで大きなはさみ、そして、めだかくんよりも突き出た目玉。

 その後、あまりめだかくんとの会話は弾まなくて、僕はもやもやしたまま寝床へ帰ったんだ。


 ある朝、目が覚めると、妙に身体がむずむずした。目のしたあたりが、かゆくて、ちょっともどかしい。え、掻けばいいんじゃないかって?無理な話だ。僕の尾はそんな器用に曲げられないし、こんなにやわらかくてつるんとしたものじゃ、触るぐらいしかできないもの。

 めだかくんのところに行ってなぜだか身体がかゆいんだというと、めだかくんはまるでそうなることが分かっていたかのように、複雑な表情でわらった。

 そのくせ僕が質問しても何も答えてくれやしない。仕方なく、僕は話題をかえることにした。たまにぷかりと浮かび上がってくるあぶくを口でつっつきながら、しみじみと言う。

「なあ、めだかくん、水の中って、やっぱりいいなあ。それに比べて地上ってのはいけない。はえてる草はここと違ってかたそうだし。まあそもそも僕たちが地上に行くことなんてないだろうが。よかったねえ、めだかくん。」

 しかしめだかくんはちょっと拗ねたように水草に身体をこすりつけた。

「そうかな。君は地上に行きたくなるんじゃないかなあ。」

 めだかくんのその返事に僕は憤慨した。

「なにいってるんだよ、めだかくん。きみ、三日前のことを覚えてるかい?人間に捕まった僕の兄弟が土の上に捨てられて、干からびて死んでしまったところを!」

「ああ、でもそれは時期が悪かっただけさ。」

「どういうことなんだい?めだかくん、君、この前からちょっと変だよ。僕には理解できないことばっかり言ってるよ・・・・・・。」

「別に、それでもいいけどさ。」

 地上だっていいところかも知れないよ、と、めだかくんは魚らしからぬ発言をして、それからはむっと押し黙ってしまった。

 僕はそんなめだかくんに戸惑ったけれど、どうにも身体がかゆかったので、おとなしく寝床へ帰った。


 

 太陽がさんさんと輝き、その光は池の底まで届きそうなほどだった。それから逃れるかのように水草の中へ身を隠している一匹・・・。

 

 僕はしばらくめだかくんに会わないことに決めていた。なぜなら、僕は病気にかかってしまったんだ。自慢のつるりとしたなめらかな肌に、二つのできものができてしまった。ちょうどこの前からかゆいなあと思っていた部分だった。しかも、日に日に大きくなっている。

 心配事はそれだけじゃない。なんと、僕は泥棒に襲われてしまったのだ。ぬすまれたのは、かわいい、これまた僕の自慢の尾っぽ。僕の寝床には、お気に入りの小石がひとつある。尾はついこの間までその小石の縦と全く同じ長さだったのに、気がつけば三分の二ぐらいの長さになってしまっていたのだ!

 恐怖で身体をぶるぶる震わせて、ぼくは涙目になった。だって、泥棒の正体は分からないままだし、それに、できものは明日もっと大きくなっているかもしれない。不安で押しつぶされそうだった。もしや、このまましっぽを失い、できものを抱えた醜い姿のまま死んでしまうのだろうか?


 がさがさがさ。

 突然近くの水草が大きくゆれて、僕はそちらをきっとにらみ、警戒しつつ大きな声を出した。

「だ、だれだ!」

 がさり。

音が止まって、懐かしい声が答えた。

「僕だよ、めだかだ。どうしたんだい、ちっとも姿を見せないじゃないか。」

 ほっとして、思わずめだかくんに抱きつきたくなったけど、僕はぐっと思いとどまった。

「出て行ってくれ。僕は、君に会いたくない。」

めだかくんが息を呑む音がした。静かに、どうかしたのかい、とたずねてくる。僕はもとの半分ほどの長さになってしまったしっぽをふるりとゆらした。

「僕は・・・病気になってしまったようなんだ。」

「病気?どんなふうにだい?」

心配そうなめだかくんが水草のすきまからこちらへ来ようとするのを、「だめだ!」と一喝して止めた。

親友に今の醜い姿を見せたくない。

「この前、目のしたあたりがかゆいといっていただろう?そこに、大きなできものができてしまったんだ。それに・・・そうだ、めだかくん、この池で泥棒が出たという話は聞かないかい?」

「泥棒だって?!きみ、何か盗まれたのかい?あのお気に入りの小石かい?」

ううん、と僕は首を振った。石なんかよりもっともっと、大切なものだ。

「尾っぽだよ・・・。僕の尾が、毎日ちょっとずつ盗まれているんだ・・・。」

 長い間、めだかくんは黙っていた。ただ、水草を隔てたすぐそばにいる気配だけが伝わってくる。そしてめだかくんは、あろうことか、勝手に僕のいるところに入ってきてしまったんだ!

「め、めだかくん、なんで・・・!」

 あわてて自分の身体を尾でかくそうとするけど、そうすることで尾の短さをあらためて感じてしまい、悲しくなった。そんな僕の姿をみためだかくんは、驚いたというよりむしろ、「やっぱり」といった表情をしていた。

「めだかくん、僕の病気がなんなのか、知っているのかい?というより、僕の近くに来ないほうがいい。うつってしまうかもしれないよ・・・。」

 大丈夫、これは病気じゃないよ、きっと。と、めだかくんは静かに、どこか切なげにほほえんだ。そして何日か前までのように僕の左隣に並んで、なにをするでもなく、ただ黙ってそこにいた。夜になってもめだかくんはそこから動かず、僕らは並んで眠った。


 できものは四つに増えて、そのどれもが自在に動かせることが分かった。ついに尾がなくなりかけていた僕に、あれからずっと僕の隣で生活していためだかくんは「足を使って泳げばいい」とアドバイスした。

 そう、めだかくんは僕ができものと呼んでいたものを、まるでそれが当たり前かのように〝足〟と呼んだ。魚である僕が足、というのもなかなかに抵抗があったが、仕方なく僕もそうよぶことにした。


 僕は池の中を自由に泳ぐようになった。ずうっと水草の茂みの中にいる生活は苦痛だった。そしていつのまにか僕は水面の近くを好むようになって、そして信じられない思いを抱くようになった。

〝地上に、でたい。〟

 その衝動は、一日に何回も僕の身体を襲った。地上に行けば、死んでしまうのは目に見えている。だって僕はめだかくんと同じ魚なのだから。

しかしめだかくんは言った。

「地上におゆきよ。この頃は何度も上を見上げているだろう。大丈夫、君は死なないさ。それに、君にはこの足があるじゃないか。これを使えば、きっと土の上でも進めるよ。さあ、いってみなよ。そして、この池の外がどんなふうか、教えておくれ。」


 僕は地上に行く決意をした。苦しくなったら、すぐに戻ってくればいい。めだか君に背中をおされたのもあるが、もう僕は土を踏みしめたいという衝動を抑えきれなくなってしまっていた。

 いよいよ池の外へ出発する、というとき、めだかくんは見送りにきてくれた。

「じゃあ、ちょっくらいってくるよ。」

 そう言って僕が振り向くと、今にも泣き出しそうなめだかくんの顔に行き会った。僕はあわてふためき、枝分かれして人間の手のようなかたちになった前足をぶんぶん振った。

「どうしたんだ、めだかくん。ははあん、実はきみも地上に行きたいんだろう。大丈夫さ、ちょっと行ったらすぐに戻ってきて、君に外の様子をこと細かく語って聞かせてあげるから。」

 ありがとう、待ってるよ。そういってやっと笑っためだかくんを見てから、僕は泳ぎだした。足を使って、浅いほうへ。

 

 やがて足が水の底に着いていても、身体の上のほうが水面からでるようになった。そのとき、僕はめだかくんの声が思い出せなくなった。

 

 水があまりにも浅くなったので、泳ぐのをやめて、後ろ足と前足を使って、器用にはねるようにして進んだ。そのとき、僕はめだかくんの姿が思い出せなくなった。

 

 そして完全に身体が水からでたとき・・・・・・


 めだかくんの存在を、忘れてしまった・・・



 めだかのかたわらにやってきたのはザリガニだった。

「よく決心したな。かえるは、おたまじゃくしからかえるになって初めて地上に出たとき、水の中での記憶をなくしてしまう。それを知っていて、送り出すのはつらかっただろう。あれは、君の親友だったのだから。」

めだかは弱弱しくほほえんだ。

「いいえ、今も、これからも彼は親友です。たとえ、僕のことを覚えて無くても、僕は彼を覚えてる。ずっと。」

 ザリガニははさみでめだかの頭をなでた。


 俺はけろけろと鳴きながら土の上をはねていった。小さな水溜りをのぞくと、自分の姿が見える。突き出た目、吸盤のついた手足、茶色っぽいからだ。なんとも格好いい。とくに、このぎょろっとした目なんて、最高じゃないか。

 きっと、この容姿なら女の子にだってもてるだろう。そんでもって結婚して、あの大きな水溜りに嫁さんと卵を産みに行くんだ。

 そうこころでつぶやいて、俺は自分がでてきた池を振り向いた。

 そこにはなにかとても大切なものがあるような気がしたが、俺は思い出せない。

 まあいいか、と俺は真っ青な空に向かってけろけろと高らかにうたった。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっぴり切なくなるお話ですね。 「尻尾がちょっとずつ盗まれているんだ」という“僕”の考え方が、童話みたいというか、かわいらしくて好きです。
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