男女の支え
カカンボの心配が的中した。
というのは、カンディードがキュネゴンド姫と仲むつまじくしている姿を目の当たりにし、カエデちゃんが傷つくのではないか・・・・・・といった心配である。
そして予感が的中。
カエデ嬢はなるべくふたりのそばから離れ、背中を向け、ところが、がっかりしているものと思いきや、カカンボはカエデ嬢の様子に呆けた。
とくにふてくされた様子も、悲観した様子もなく、ただ空腹を満たそうと魚を釣り上げていたのだった。
「カカンボさんもどう。鮎ってあたし、食べたことないんだ」
「あ、そ、そう。ええと、じゃあ俺が釣ってやろうか」
ふたりは、肩を並べてその場に座り込んで、釣竿とにらめっこしていた。
「あのね、カカンボさん・・・・・・」
カエデ嬢が口火を切った。
「な、なに?」
カカンボはカエデ嬢の次の言葉を待つ。
「ううん、なんでもない」
カカンボはこぶしを握り締めて、はしゃぐカンディードとキュネゴンドのほうを鋭い視線でにらみつけた。
何も知らないカンディード。
ただただバカ騒ぎをしている。
「俺が、そばにいてやるから。困りごとがあったら、いつでも頼るのだよ」
カカンボは、ぽんと軽めに彼女の肩をたたいた。
「そんな。困りごとなんて」
恥ずかしそうに魚を見張るカエデ嬢のことを、頬杖ついて、いとしげに、また、まぶしそうに見つめるカカンボ青年。
――彼女が好きなのは俺じゃないからなぁ。どうしてカンディード様ばかりがもてるんだろうか・・・・・・。
アガペーという、絶対愛というものが、キリスト教には存在するが、カカンボがたとえ完璧な人であろうとも、そこまで至る境地ではなかった。
アガペーとはユダヤ地方の言葉で、神の愛。
神が絶対であるというなら、なぜ人間に与えなかったのか。
それは、神が自身の能力をアダムとエヴァに分け与え、支えあうようにとの配慮である、と日曜学校で子供時代に聞かされていた。
――俺には必要のない言葉だったのに・・・・・・。でも今は違う。
カカンボはうなだれ、しばらくその格好でいると首が疲労してくる。
それでもカエデ嬢のことを見つめる勇気は、すでに失せていた。
「ねえ、釣れたよ。カカンボさん、見て」
「この旅が終わったら、カエデちゃん、俺と結婚してくれる? なんだか、きみをこのままで見ているの、つらいよ・・・・・・」
カカンボは司祭の言葉を思い出しながら、カエデちゃんに言った。
「人は、支えあう生き物です。男女が夫婦となるのには理由があり、お互いに足りない部分を補いなさいという、神のご意思です。あなたがたのお父さんやお母さんが、愛し合い、あなた方が生まれました。それもまた、神の意思なのですよ。昔神様は、アダムとエヴァに自身の能力を分けて与えました。それは一種の罰でしたが、それでも充分意味はありました。男は力仕事ができるように、女は産む苦しみ、すなわち子供を生む力。神様が与えてくださったお力は、永遠に続くのです」
カカンボは、司祭の言葉を思い出し、カエデちゃんを今度こそまっすぐ見つめた。
「俺なら、きみを泣かせたりしないし、悲しませないし、寂しい思いもさせないと誓えるよ。俺じゃだめなのかな。昔、俺が聖歌隊やっていたころ、司祭さんがよくいってたんだ。人間は支えあうから愛し合えるんだって。俺はカエデちゃんを好きになっちまったんだ。そのことはけして、悪いことじゃないと思う・・・・・・」
カエデ嬢はそっぽを向いたまま、何も答えなかった。
カカンボは服をはたいて立ち上がると、やはり無言のままでカンディードのいる天幕に戻っていく。
「私にはまだわからないの。だからごめんね、カカンボさん・・・・・・」
カンディードを見ても複雑、カカンボの愛を受け入れる覚悟もまた、できていない。
非常にあやふやな状態だったカエデちゃんの心。
それでも、後々、カエデちゃんにはカカンボがだんだんと必要になっていく。
後半のカンディードは、ほとんどアホですからな。
ここはあの方の登場を待つしかない・・・・・・。