惚れた弱みにつけ込んで
ところがリスボンでは妙な宗教が流行したらしく、サン・ベニトといって、悪魔の絵や死体の絵を描いた囚人服を着せて処刑する、宗教裁判がおこなわれていた。
「理由なんて、どうでもいいんですよ、ご主人」
とカカンボが言った。
「よそ者を排除したいだけなんですね。まったくもって、くだらない」
カカンボだけはスペイン人だったので難を逃れたが、カンディードやパングロスはつかまって絞首台に連行された。
カエデちゃんの足首にも足かせがつけられそうになると、カカンボがあわてて兵士にラテン語で呼びかけ、彼女だけをなんとか手元においておくことができたのだった。
「ねえ、カカンボさん。なんていったの」
カカンボは照れた笑みを浮かべながら、
「えっ、まあいいじゃないか。ははは」
とだけいい、ごまかす。
「いじわる。教えてよ、けちなんだから」
何気なしにカエデ嬢のほうを見下ろすと、カカンボは、ぐらっときた。
――くぅぅ、かっ、かわいい〜!
こびたような目つきで上目遣い。
カカンボはそれで観念してしまう。
「じ、じつはだね、カエデは俺の妻だから助けてやってほしいって、その・・・・・・。あ、怒らないでね」
「何で怒る必要あるのぉ?」
カエデちゃんはどこかぼんやりした娘だったので、状況が飲み込めなかったらしい。
「だ、だってほら、俺とカエデちゃんは恋人ってわけでもないだろ。だからさ」
「え〜。よくわからないけど・・・・・・べつにいいと思うわ。カカンボさんのこと、嫌いってわけでもないし。ねっ」
ともう一度、媚びた目つきでカカンボを見上げる。
これにはクールなカカンボも、ふにゃりとだらしなく鼻の下を伸ばす。
だが・・・・・・。
兵士に何事か言われて、カカンボは困ったような表情をしていた。
「どうしたの?」
「いや、あの。だいじょうぶだよ」
何が大丈夫なのかさえわからないカエデ嬢。
「ねえってばぁ。カカンボさん・・・・・・」
「しばらく、こうしていて」
カカンボがカエデちゃんをすっぽりと自分の身体で覆ってしまった。
「な、な、な」
「まったく、冗談じゃない。カエデちゃんと俺とはただの他人なのに、夫婦の真似事をして見せろという」
「う、疑われたの?」
「どうかな・・・・・・」
カカンボは拳銃をこっそり取り出すと、撃つ機会を窺っていた。
「でも、ごめんね。あのね、あたし、カンディードが好きなの」
カカンボは表情を変えずに、
「うん、知ってる」
とだけ答えていた。
「でもあの人はキュネゴンド姫って人が好きなんだよね、それがなければ、っていつも想う」
カエデちゃんがカカンボの服の袖を、ぎゅうと強く握り締めた。
カカンボは心臓がはじけてどこか遠くへ吹き飛びそうなくらい、鼓動の速度を上げていく。
――かーっ、たまらん! こんないい子をほっといて、あのやろう!
というのがカカンボの心情だったのだが、相手は雇ってくれた主人である。
文句が言えずにいた。
「あなたをカンディードだと想って、こうしていてもいい?」
といわれて、傷つくのがカカンボであることに気づかないカエデ嬢。
カカンボは苦しそうにしながらも、好きになった弱みから、
「うん、いいよ」
と答えてしまう。
「よかった、ありがとう」
カエデ嬢のうれしそうな顔を見て、カカンボは複雑そうな笑みを浮かべる。
かわいそうな人なんです、カカンボは・・・・・・。(うるうる。