ツクマン人
リスボン行きの船が停滞する港町で、スペイン人のような若者が、ヴァイオリンでヴィヴァルディの旋律を弾き、民衆をうならせていた。
カンディードは、その若者があるものにはフィーレン・ダンク、ダンケシェーン、あるものにはムーチャス・グラシアス、あるものにはメルスィ・ボクゥ、とやっているのを聞き、ぴんときた。
「彼だったらきっと、この子のこともわかるかもしれない」
カンディードはヴァイオリン弾きに早速、東洋の言葉はできるか、とたずねた。
「ええ、できますよ。やってみましょうか」
快く引き受けてくれた若者の手を握り、何度も礼を述べる。
「ありがとう、ありがとう、フィーレンダンク!」
「おや、あなたはドイツ人ですね。私はツクマンの出身ですが、ある程度の言語は得意ですから、出会う人がどこそこの生まれで育ちか、なんてことまで把握できます」
「おお、そいつはすごいね。ぜひ通訳として雇いたいな」
聡明な青年は、上品に口元を袖で隠しながら笑うと、さっそく娘に問いかけた。
「きみの名前を、この人が知りたいそうだよ」
娘は、
「カエデっていうのよ」
と答えた。
「なんだって、なんていったの」
カンディードが青年をせかす。
「カエデさんというのだそうです。どうやらヤパーネリン(日本人女性)だな」
「あなたはなんていう名前?」
反対にカエデが尋ねると、青年はにこやかに、
「私はカカンボです。よろしくね、カエデさん」
と返す。
「カエデでいいわよ」
しかし、いちいち通訳をしてもらわなくてはならないもどかしさを抱えるカンディード。
「ああ、じれったいが、しかたない。一刻も早くキュネゴンド姫にたどり着かねばならぬのだから・・・・・・ここは耐えねば」
船乗りが不足していると聞いたカカンボは、きらりと瞳を輝かせてこういった。
「へえ、水夫もほしいんですか。それなら私も行きましょう。船乗り、兵隊、それにこのとおり、聖歌隊の一員でもありましたからね。たいていのことならお任せください」
なぜか先ほど以上、熱心な態度でカンディードに雇うように伝えた。
「なんと心強いのだろう。ありがとう、カカンボ!」
カンディードも生涯の友ともいえるこの男に、愛着を持ち、ともに船へと乗り込んだ。
彼の目的はカエデ嬢だったのだが、脳が天気なカンディードはそのことに気づかなかった。
カンディード、やっぱ、あほですな・・・・・・。