神をうらむ
「あのね、カカンボさん」
白い馬にまたがって、カカンボとカエデ嬢は新大陸へ渡ろうというところに差し掛かっていた。
この新大陸はのちに独立戦争をし、アメリカと名づけられる。
活躍したのが、リンカーンやラファイエット侯爵。
まあ、それはあとのお話になるが。
「なんだい」
「このごろね、なんだか、だるくて」
カカンボは馬の手綱を操縦して、歩みをゆるめた。
「だいじょうぶかい、そういえばなんだか、からだ、熱いような。どこかで休む?」
「まだ平気だけど、そうね。ちょっと休みたい」
カカンボが馬を止めて近くの宿に宿泊を頼み込んでいると、カエデ嬢が路地で嘔吐しているのが見えた。
「お、おい、無理しないほうが、いいんじゃないか。何日かこの宿に停滞しよう」
「うん・・・・・・」
宿の部屋に入ると、カエデ嬢は身体を重そうに引きずって、ベッドに転がった。
「顔色が真っ青だよ。ごめん、気づかなかった」
「へいき・・・・・・」
と一言漏らすのが精一杯の様子だった。
二時間ほどして、カエデ嬢はひどい寝汗をかいてうなされた。
カカンボは悪い病気にかかったのだろうと、あわてふためき、カエデ嬢のからだをさすってやった。
「どうしたもんかな」
カカンボは上着を引っ掛けて外へ出て行き、病院の扉をたたいて医者を呼んだ。
「先生、先生、彼女が、私の彼女が大変なんです」
「どうしたね、今、夕食時だよ」
むっつりとした顔で、口ひげ男が白衣をだらしなく羽織っていた。
「どうか先生、お願いです。私の連れを助けてください」
「な、なんだ、どうしたね」
ただ事ではないと判断した医者は、すぐにカエデ嬢を診察に宿へ訪れた。
「ふむ、これは確かに・・・・・・」
聴診器を当てて医者は青ざめた。
「危険な状態かもしれない」
「そんな。どうすれば治りましょうか」
「ううむ、時間をくれたまえ。薬の処方もあることだしね」
「はい」
鎮静剤を打って、明日もう一度診察に来ると告げる医師。
カエデ嬢は何とか落ち着き、寝息を立てていた。
「ああ、神様・・・・・・」
カカンボは信心深いわけではなかったが、こうでもしていないと、祈らずには、いられなかったのだ。
「ああ、神様。どうかお慈悲をください。アヴェ・マリア!」
「じつは、大変言いにくいんだが」
翌日、カカンボに医師が告げた事実。
「彼女の身体には、子供がいるんだ。しかし手遅れでね。手術しても母体は百パーセント救えるが、おそらく子供のほうは・・・・・・」
「子供?」
カカンボはがっくりと膝をつき、こらえていた涙をありったけ流した・・・・・・。
「そんな! どうしてこんなことに!」
「精神的な不安とか、特に怖い目にあったとかが、原因だと思うよ」
「ああ・・・・・・」
「堕胎、してもいいかね」
カカンボは力なしに頷いた。
「よし。極力母体は傷つけない方法でいく」
医師はカカンボの肩をたたいて、病室へ向かった。
しかしこのころの医療は器具さえもまだそろってはおらず、不潔な部分も多かったので、感染症も多かった。
カカンボは再び、アヴェ・マリアの言葉を暗誦した。
こんなときカカンボは思うのだった、幼いころ教会に属していてよかったと。
しかし祈りが届かないむなしさも、中にはある。
それが現実というものだ・・・・・・。
カカンボは、気がついたカエデ嬢に、妊娠のことは知らせずにおき、理由としてこれ以上、精神を不安定にさせる必要などないからだった。
「あの、あたし、どうしたの」
「疲れて寝ていただけだよ」
「そう」
カエデ嬢はそれでも下腹の部分をさすって、
「でもね変な感じ。体の一部が溶けてなくなった気分」
カカンボはぎくりとした。
冷や汗が背中を伝う。
「どうかした?」
「い、いや、べつに。気にしないで寝てなよ」
「ねえ・・・・・・本当に疲れただけ?」
カカンボは何度も何度も頷いた。
「そうだよ、そうなんだよ。だから気にしないで」
「・・・・・・うん」
腑に落ちないといった顔で、カエデ嬢は瞼を閉じる。
――とても言えたものじゃない。
カカンボはいたたまれずに部屋を出て行き、なれないタバコを無理に吸い込んだ。
「ねえ、カカンボさん、私、もう歩けない。足が動いてくれないの」
カカンボは現実というものがどんなに残酷かを、痛いほど思い知った。
「いいよ。歩けなくたって、カエデちゃんはカエデちゃんだから」
――俺は、神を恨むぞ。あれだけ祈っても聞き届けてくれないじゃないか!
カカンボは自分が馬鹿を見たと、陰に隠れて男泣きした・・・・・・。
もう二度と、祈りの言葉は口にしないと誓った瞬間でも、あった。
シリアスな場面だ・・・・・・。
ここでギャグを入れたら当然、やばいよなぁ。
うっ、シリアス系はジンマシンが・・・・・・。