修道士のトリル
カカンボはポコクラントの屋敷の前で、はた、と立ち止まって考え事をした。
「そういえば、ここの領主は変わり者だったな。廃帝たちの奴隷のころに噂を聞いた。ただでは彼女を返してなどくれまい」
カカンボは、なにかを思いついたらしく、ニヤリと笑んでいた。
そして町へ繰り出し、修道服を借りてから再び屋敷に赴く。
「修道僧が何用だね」
カカンボは、得意のヴァイオリンを見せ、満面の笑みを浮かべた。
「はい、公爵様は大変音楽がお好きと聞いてます、ぜひ私のバロックをお聞かせしたいと存じまして」
「ほう、気が利くな。だが残念なことに、あんなものは長い時間聴くと飽きてしまうよ」
「それがですね、飽きない音楽というのがあるんです」
「ほほう、初耳な。ぜひ聞かせたまえ」
カカンボはヴァイオリンを胸に当てて、悪魔のトリルをアレンジした曲で演奏した。
ポコクラントは感心し、カカンボの才能の深さに舌を巻いた。
「すばらしい。こんな音楽は今まで聴いたことがない。感動したぞ」
「恐れ入ります」
恭しくお辞儀をするカカンボ。
「なにか欲しいものはないか」
待ってましたとばかり、カカンボは目ざとくカエデ嬢のほうに視線を走らす。
「あの子をください」
「なんだと、けしからん男だ。それにお前は修道士だろう。聖職者の癖に」
「いいえ」
カカンボは首を横へ振って、
「私はあなたが決闘を申し込んだものです。ですから、決闘の勝敗もすでに決まっているのではありませんか。なぜなら、あなたは私の曲をすばらしいといった、あれはじつは、私としても一種の賭けでしたからね。ゆえに彼女をいただく権利もあるわけです」
ポコクラントは、豪快に笑い出すと、涙を流して、
「いや、負けたよ。わしをここまで愉快にさせたのはお前が初めてだ。あの子を返そう」
と、うれしそうに頷いた。
「記憶を戻す方法がわかると聞きましたが」
「ああ、それなら」
ポコクラントは小瓶から薬を取り出し、カエデ嬢に飲ませた。
「これで治るはず。こいつはエリクシールといって、賢者の石から取れる魔法の液体だからな」
「おそれいります」
こうして、血の決闘ではなく、カカンボの頭脳戦によって、見事カエデ嬢を取り戻した。
「しかし、ホントに直るのかねぇ」
金の時計も取り返したカカンボは、不安そうにカエデ嬢を宿のベッドへ寝かせた。
「あの人、かなり魔法に精通していたようだから、だいじょうぶかもしれないよ」
「そうだといいんですが」
カカンボは今までの疲れがどっとあふれ、カエデ嬢の横に突っ伏して眠ってしまった。
カンディードたちも翌朝にはイタリアを立ち、まっすぐコンスタンチノープルに向かう手はずを整えていたので、早めに就寝した。
その夜、のどに激痛が走り、目を覚ましたカエデ嬢、カカンボに水をねだった。
「お水ほしいの・・・・・・」
「ああ、うん」
グラスに水を注ぎ、カカンボはカエデ嬢を覗き込んだ。
「気分はどう、俺のことわかる?」
カエデ嬢はカカンボをじっと見つめたが、悲しそうに首を振った。
「そうか。まあしかたないね、こればかりは」
「時計は!」
思い出したように泣きじゃくるカエデ嬢、しかしカカンボが時計を取り出して見せると落ち着いた。
「取り返してくれたの」
カカンボが頷いた。
「あ、ありがとう」
カエデ嬢はカカンボと見詰め合うと、頬を赤らめた。
「あなたといると、どうしてだか、うれしい」
「え、そうかい」
窓からほんのり、朝日が差し込んだ。
朝の光は薔薇色に染まり、カカンボとカエデ嬢の顔を真っ赤に染めていく。
「・・・・・・うん、とっても」
「俺も、うれしいよ、カエデちゃんといることが、何より幸せだから」
「ほんと?」
「もちろん」
カカンボが顔を近づけた。
その刹那。
「カカンボ!」
と声を上げる。
「思い出したよ、ねえ! 私、全部思い出せたよ」
「それはよかった・・・・・・」
カカンボは惜しい、と、舌打ちした。
あと一歩でキスできたのに〜、と・・・・・・。
策略家ってこんなかんじかなー。
うーむ、専門書ばかりしか読んでないから、随筆ってのはほんと苦手だわ・・・・・・。