廃帝の奴隷
「さてと。マルチン、どうしたらいい?」
「しかたありませんね。ともかく、カカンボを捜すんですよ。彼を捕まえれば、どうにか道が開けそうな気がするしね」
「・・・・・・それっきゃないよね、やっぱ」
――あんたが約束したんじゃないか!
とマルチンが心でツッコミを入れた。
「しかし不憫な娘さんですね。こんなことに利用されてしまうとは」
自分の娘でも重ねてみているのか、マルチンは少しだけ、やさしい口調になる。
「父親というのは、他人の子であろうと娘のように思えてならないこともあります」
「そ、そうなんだ」
カンディードはマルチンの意外な面を見たと、驚いていた。
「マルチンさん、あなた、ただの毒舌家じゃなかったんだね、いいひとだよ、うん」
「だれが毒舌家じゃ」
マルチンはカエデ嬢の肩に手を当てて、
「だいじょうぶ、きっとあなたの王子様が助けてくれますからね」
と励ました。
「あの人に奪われてしまった、大事な宝物があるの・・・・・・」
カエデ嬢は両手で顔を覆い、嗚咽した。
「もう、どうにもならない」
「ひどいなあ、あの公爵・・・・・・」
カンディード、さすがにちょっと切れかけた。
「カエデちゃん、きっとカカンボを捜して、それも取り返すよ」
「できるんですか? あなたに」
マルチンがニヤリと含み笑いした。
「で、で、で、できるさ! ばかにするない!」
「ふっふっふ、そうですか。ではカカンボの登場を待ちましょうかねぇ」
マルチンは眼鏡を押し上げた。
そのころのカカンボは、旅路の末、廃帝の奴隷にされており、身動きできる状態にはなかった。
しかし、奴隷にされてもなお、カエデ嬢の銀色の時計を身につけ、つらくなるとそれを握って勇気を出した。
――彼女を幸せにできるのは、俺しかいないんだから。
だが、奴隷の身分にされてしまい、口惜しさ倍増のカカンボだった。
カンディードはポコクラントの屋敷近辺で宿を取り、カカンボを探し回った。
「おかしいなあ。ヴェネツィアなのに、カカンボがいないなんて・・・・・・」
酒場も、鍛冶屋も、娼婦館も、思い当たる場所はほとんど巡ったのにどこにもいない。
「裏切られたんですよ、そうに決まっている」
マルチンが得意そうに言った。
「あのカカンボに限って、そんなわけあるか。カエデちゃんだっているんだぞ」
「あ、そうか・・・・・・」
「だから、マルチンさんも手伝ってくれよ」
こうして不本意ながらもマルチンは手を貸し、老体に鞭打ってカカンボを捜した。
しかしやはり見つからなかった。
「しかたない。宿を取るか」
「そうしてください、もうわたしは動けん、だめです」
宿を取ると、主人からすぐに食事ですといわれ、席に着いた二人。
カンディードは誰かに背中をたたかれて、振り向いた。
「すぐ来てください。お願いです、われわれのガレー船に・・・・・・」
薄汚れた服を着たカカンボの姿があり、カンディードは驚いた。
「カカンボ。無事だったんだね。キュネゴンドは?」
「コンスタンチノープルで待っています」
カンディードはめまいを覚えたが、
「たとえ日本や中国にいても飛んでいく!」
「ちょっとちょっと。カンディードさん、その前に伝えなきゃならないことがあるでしょう」
マルチンが大声で言った。
「あ、そうか。じつはだね」
カカンボは黄色い声を上げそうになり、口をふさいだ。
「なんですって、どうしてそんなことに」
「なぜって、約束してしまったんですから仕方ないでしょ、ねえ、カンディードさん」
「うっ、それは、だから、すまない」
カカンボは事情を説明し、
「ああ、どうすればいいんだ。私はあの六人の廃帝の奴隷になったのですよ」
「わかった。こうしようじゃないか!」
カンディードは廃帝どもに、
「あの男は僕の部下だ、返してもらうぞ!」
と大枚をはたき、買い戻した。
「これでお前は僕の家臣だよ」
手を取り合って喜ぶのもつかの間、カカンボはカエデ嬢を取り返すためにポコクラントの屋敷へ乗り込んだ。
「ほら見ろ、やっぱりカカンボは、正直者だっただろう」
「あとはカエデ嬢、彼女のことですね」
マルチンはコーヒーを飲んでから、一言つぶやいた。
カカンボと公爵の決闘。
わくわく!?