なけなしの三千フラン
カンディードはカカンボにヴェネツィアで落ち合おうといってから、大金を与えた。
「カカンボ、お前は僕より聡明だから、うまいこといってブエノスアイレスの提督に取り入り、キュネゴンドを取り返してこい」
カカンボは、
「わかりました、キャプテン・カンディード!」
と言いたかったところだが、内心は違っていた。
「ふ、ふざけるな。ど(強調)きちがい。カエデちゃんはどうする」
「なあに、どうにかなるなる。わっはっはっは」
ぽんぽんとカカンボの肩をたたくカンディード。
「私はカエデちゃんを捜さなくてはなりませんから・・・・・・」
そう、カエデちゃんは南フランスを回ろうというところで船から落っこち、行方不明になっていたのである。
「あ、そう? だったらやっぱり別行動をとるか。じゃあ僕はここでお前の代わりを雇うことにするよ」
――まったく、どこまでも軽いお人だなぁ・・・・・・。
肩をすくめながらカカンボは、出発を渋る船長に大金を握らせ、ユダヤの商船に乗っかり、ブエノスアイレスへと船を走らせた。
ところが、数日後のこと。
カンディードはマルチンという学者をお供に加え、ヴェネツィアへの旅を続けることにした。
そしてこのマルチンの不幸すぎる身の上に涙を流し、同時にいい暇つぶしになるとおもしろがって、日々をすごした。
「わたしは妻に逃げられ、娘をかどわかされたり息子に乱暴されたりで、まったくついていない。挙句に家を追い出され、アムステルダムで本屋の仕事をしましたね」
「うう、なんて泣ける話なんだろう」
パリに着いたカンディードは、女優の演技を見て感動し、紹介してほしいと願い出るが却下され、そのかわりに貴婦人を紹介しようといわれたが、このマダムというのが詐欺師の一人だった。
そのため、財産を根こそぎとられ、残ったのはダイヤモンドが数粒だけだった。
「あんたね、人は疑わなきゃ」
と、偏屈なおじさんマルチンがカンディードをたしなめた。
「しかし世の中は善であるという、わが師匠の思想によると・・・・・・」
「そんなもん、あんたがいってたエルドラドとか言う国でしか通じないわけでしょ。あんたも愚かじゃないなら、もっと学習せんと。それにカカンボとか言うスペイン人だって、きっと戻っちゃこないよ。大金を握っているんだろ。だったら誰が、たとえ主人といったって、人の恋人なんぞに気を利かせるでしょうね」
「はあ、やっぱりそうなのかなあ」
「そうですともさ」
船の上でこんな会話ばかりだったカンディードは、鬱々とする。
そして、パリの裏通りでパングロスを追い出したパケット嬢・・・・・・キュネゴンドの女官を見つけ、飛び上がるほど驚いた。
「パケット、きみかね」
「あらぁ、カンディードさん。おひさしぶりね」
「今何をしている」
パケットは隣で酒を含んでにたりにたりとえげつなく笑う神父の腕をからめながら、
「娼婦ですわ」
と答えた。
「人間変われば変わるものだね。あんなに高貴なきみがかい」
「高貴とか・・・・・・もう昔の話ですよ」
今のパケットを見たらパングロスはなんというだろう、とカンディードはちょっと想像してしまった。
「よかったら、食事でもどうだい」
宿屋に泊まり、ふたりを食事に招くカンディード。
マルチンはしょうがないな、という顔をしてカンディードの好きにさせた。
食事が終わると、カンディードはパケットたちを不憫と思い、ダイヤモンドを売って金に換え、三千フランを分け与えた。
「ちょちょちょっと、カンディードさん。あんたそいつはやりすぎだよ。かえって彼らを不幸にする気だね」
「でも、僕は彼らが幸せになれればと・・・・・・」
「いいや、不幸になる。あんなはした金、すぐ使い切るに決まってるさ」
こうしてパリの夜は更けていった。
マルチンの毒舌はすごすぎる。
こんな大人には・・・・・・なりたくねぇよなぁ 笑