愛とはどんなもの?
朝になると、食事自体は果物や野菜ばかりの質素なものだったが、その食事をしている最中、カエデ嬢が半分寝ぼけ眼で、
「いやあん、カカンボさん。それ以上したら、赤ちゃんできちゃうじゃない!」
といきなり叫んだので、カカンボとカンディードは、ぶーっ、と口に含んでいたものを吐き出してしまった。
「カカンボ、カカンボ。お前たち、いったい昨夜は何をしていたんだね・・・・・・」
カンディードはこの時点でようやく気づいた。
おそいっつーの!
「聞かないでください、ご主人!」
真っ赤な顔をしながらカカンボはつい怒鳴ってしまう。
カエデ嬢はうつら、うつらと舟をこぎながら、にやりとほくそ笑んでいた。
「こわいって・・・・・・」
カンディードが青ざめる。
「ま、まったくもう。言葉なんか、教えるものじゃないな・・・・・・」
自分だけに通じていれば、吹き出したのが自分だけですんだのだから。
「お前、赤ン坊ができてしまうほど、・・・・・・がんばったんだね・・・・・・」
「だから、聞かないでって言ってますでしょッ!」
カカンボは照れ隠しで髪の毛をぐしゃぐしゃにしてから、食事途中のカエデ嬢を抱えて台所を出る。
「カカンボさん。また今夜も、がんばっちゃう?」
寝ぼけているのか、確信犯なのか。
カカンボは引きつった笑顔を見せる。
さて、カンディードたちは王様にいとまごいをし、砂金や宝石類を拾い集めて持ち帰りたいと頼むと、小ばかにしたように笑んでからこういった。
「おまえたち外のものは変わり者が多い。あんな石ころのどこに価値があるというのか。まあ、好きなだけもっていけ、それから、激流がひどいので運が悪いと死ぬことになるぞ。できればここに住んではどうかな」
しかしカンディードにはキュネゴンドを助けねばならない使命があった。
「ご恩は忘れませんので、陛下、どうぞお元気で!」
王様はなんと船まで用意してくれて、金銀財宝をつんだカンディードたちはどうにかこうにか陸地に回り、船は壊れてしまったものの、フランスのカイエンヌという土地へたどり着いた。
「いやあ、助かった、助かった」
ぐしょ濡れになってしまった一行は、荷物の中から天幕(古代から中世のテントのようなもの)を取り出すと、その場に張り巡らし、火をおこして服を乾かし、夜をすごす。
「ありゃりゃ、俺のヴァイオリンが、水浸しになっちまったい・・・・・・」
カカンボはがっかりした。弓もぬれてしまって、すぐには使えそうもない。
「とほほ。せっかく自作したのになぁ・・・・・・」
「しかたがないさ。また作ればいい」
カンディードが目の前の木を指差した。
ちょうど楽器を作れそうな大きさの木が横倒しされており、どうせ野宿をするついでと、カカンボはヴァイオリンにするため、木を削り始めた。
ちょうど三時間ほどで、立派なヴァイオリンを作り上げてしまったカカンボ。
ぬれた弦を張りなおして早速弾いてみた。
「うむ、いい音だ。カエデちゃん、なにかリクエストある?」
カエデ嬢は即座に、
「モーツァルトのフィガロ聴きたぁい」
と答えた。
「おっけ。まかせて」
「えー。僕ならやっぱり、タルティーニの悪魔のトリルだなぁ」
「おお。さすがカンディード様だ。マニアックなのをご存知で」
「じゃあ私もそれでいい」
カカンボはさすがで、天才でもなければ難しいともいえるトリルの部分をいともたやすく、演奏する。
ジュゼッペ・タルティーニの悪魔のトリルは、教会音楽ではないが、タルティーニ自身が新曲を思いつかず悩んでいると、夢の中に現れた悪魔に教わって楽譜にしたという、不思議な曲である。
カエデ嬢はカカンボが楽しそうに演奏している姿を見ると、安心できた。
理由など必要ない。
――これが、愛なのね・・・・・・。
うっとりと曲に聞きほれるカエデ嬢に、カカンボとカンディードは大慌てで泣き叫ぶ。
「ああっ! カエデちゃん、それ以上、酒飲んではだめだ!」
エルドラドの銘酒は、カエデちゃんの理性を十二分に狂わせるのであった。
結局こんな落ちだよ・・・・・・。