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【後日譚】その手紙は私のものではありませんよ?

作者: にゃみ3
掲載日:2026/08/11

こちらは『その手紙は私のものではありませんよ?』の後日譚です。

本編を読んでからお楽しみいただくと、より物語を楽しんでいただけると思います!ぜひ、あわせてお読みください。


「アリスの支度はまだ終わらないのか」


 そう言ったイヴァンに、控えていたメイドたちは困ったように顔を見合わせた。


『いい加減にしろ。人に散々迷惑をかけ、貴族令嬢としての役目も果たさない。それどころか公爵家の使用人たちを顎で使い、悪だくみばかり働くお前に、この屋敷にいる資格はない』


『お前を明日、すぐにセレビアへ送る。家庭教師として有名な貴婦人を送るから、自分の考えと令嬢としての振る舞いを一から勉強し直すんだ』


 今回の一件を受け、イヴァンは早々にアリスを公爵領セレビアへ送ることを決めた。


 その決断を実現するため、彼は一晩中かけて必要な手配を整えたらしい。


 そして今朝早くから、私たちはアリスを見送るため、この屋敷の談話室で待っていた。


 しかし、待てど暮らせどアリスは姿を見せない。


「少し準備に手間取っているようでございます」


 メイドの一人が、申し訳なさそうに頭を下げた。


「何しろ長期間の滞在になりますから、持っていかれるものも多いのでしょう」


 それは、メイドなりの精一杯のアリスへの擁護だった。


 エリゼ嬢とは違い、アリスは父親を亡くす前まで、公爵令嬢として恥ずかしくない礼儀作法を身につけた子供だった。


 愛されて育ったぶん、多少わがままなところはあったけれど、それでも使用人たちからは可愛らしいお嬢様として大切にされていた。


 私に対しても、兄を奪われたと思ったのか、多少我儘っぷりを発動させていたことはあったが、表向きには淑女として礼儀正しく振る舞っていた。


 それが幼くして最愛の父親を亡くしたことで、何かが壊れてしまった。


 生まれた日から彼女の世話をしてきた使用人たちにとって、アリスは今でも大切なお嬢様なのだろう。


「いくらなんでも時間がかかりすぎだ。これ以上は皆を待たせることもできない」


 出発は日が昇る前の予定だった。

 それなのに、すでに太陽は空高く昇り、今ではゆっくりと西へ傾き始めている。


 これ以上は待てないと判断したのか、困り果てているメイドたちを見て呆れたようにため息を吐くと、イヴァンは椅子から立ち上がった。


 私はそれを制すように、彼の手へそっと自分の手を重ねる。


「待って、イヴァン。私が行くわ」


「ロレッタ……今まで母と妹を任せっきりだったことを心から申し訳なく思っている。だが、僕がこの屋敷にいる間は――」


「私がアルフレッド皇太子へ恋文を送ったと一瞬でも勘違いしたこと。私、とても悲しかったわ」


 わざとらしく目を伏せ、悲しげな声でそう告げる。

 するとイヴァンは、きまり悪そうに目を逸らした。

 しばらく何も言わずに黙り込んだあと、観念したようにもう一度深いため息を吐く。


「いいでしょう? イヴァン。あの子があなたの妹である限り、私の義妹でもあるのだから」


 少しだけ考えるような素振りを見せたあと、イヴァンは仕方がないとでも言うように頷いた。


「はあ……分かったよ、ロレッタ。お前がそこまで言うのなら仕方ない。アリスの元に行くのは構わないが、またあの子がお前に無礼な真似を働いたらすぐに僕に言うんだ」


「約束するわ」


 私は笑って頷くと、すぐにアリスの部屋へ向かうため、階段を上った。


 アリスの部屋の前には、すでに複数のメイドたちが控えていた。

 その向こうから聞こえてくるのは、可憐な少女の泣き声。扉越しにもはっきりと聞こえるほど大きな声だった。


 部屋に入ろうと取っ手に手をかけると、すかさずメイドが声をかけてきた。


「ロレッタ様、中に入られるとお嬢様が……」


「大丈夫だから、あなたたちは下がっていて。話が済んだらまた声をかけるから」


 メイドたちは困惑した様子で顔を見合わせたが、すぐに頭を下げるとその場を去っていった。


 私は息を吸い込むと、部屋の扉を軽く叩いた。


 すると、すぐに「うるさい!」鋭い叫び声が返ってくる。それと同時に、私のノックよりも大きな音で、扉の向こうからドンッ、と何かがぶつかる音が響いた。


 どうやらアリスが何かを投げつけたらしい。

 それでも私は構うことなく、扉を押し開けた。


「入ってこないでと言ったで――」


 メイドが入ってきたとでも思ったのだろう。

 私の姿を目にした瞬間、アリスは丸い目を大きく見開いた。


「どうしてあんたが私の部屋に! 出ていってよ!」


 ベッドの隅で身を屈めていたアリスは、すぐそばにあった枕を掴むと、今度は迷いなく私へ向かって投げつけてきた。


 しかし、長い間部屋に引きこもっていたお嬢様はすっかり筋力が落ちているらしい。

 枕は私のところまで届くことなく、ぼたりと床へ落ちた。


「私に何をしにきたの? よかったわね、ずっと私をここから追い出そうとしていたのでしょう? 知ってるわよ。あんたが公爵夫人になったら私を修道院にでも入れるって。そこでは毎日暴力を振るわれるって!」


「何を言っているの? 一体どこの誰が公爵令嬢のあなたにそんなことをできるというのよ」


「現にそうなっているじゃない! 私を遠くの領地へ追いやって、ゆくゆくはこの家を乗っ取るつもりなのでしょう!」


「……そう、エリゼ嬢から聞かされていたのね?」


 私の言葉にアリスは下唇を噛むと、私をじっと睨みつけた。


 沈黙は肯定と同じこと。どうやら、エリゼ嬢はずいぶんと都合のいい話をアリスに吹き込んでいたらしい。


 そこまで拗れていたとは、ちっとも知らなかった。

 ただ、アリスが気に入ったという令嬢を傍に置くことで、傷ついた心が少しでも癒えればと思っての行動だった。私も、イヴァンも、みんな。


 だけど、もしかするとその選択は間違いだったのかもしれない。


 二年前、公爵が亡くなり、心を病んでいた幼い少女。


 私を睨みつけ、部屋の隅でぶるぶると震えている子供に苛立ちすら生まれてこない。


 近づけばすぐに爪を立てるくせに、目を離そうとすると泣き喚く。


 まったく、本当に面倒な子。私がこの世で一番嫌う面倒ごとを次々と起こすものだから困ったものだ。


 私はベッドの隅で身を寄せる彼女に近づくと、少女のふっくらとした頬をつまみ上げた。


「い、いひゃいっ!」


「静かにしなさい。まったくどうしてこんなにバカなのか」


「バ……? な、なんて無礼な!」


「無礼なのはあなたの方でしょう」


 アリスが怒ったように拳を振り上げる。

 私はその手を難なく掴んで押さえ込むと、彼女の目をまっすぐ見つめた。 


「セレビアに行くのがそんなに嫌?」


「当たり前よ! あんな田舎にこの私が行けるはずないわ!」


「だったら、あなたがセレビアに行かなくても済む方法を教えてあげる」


「わ、私はあんたの言葉を信じたりしない。……でも、聞いてあげないこともないわ」


 顎を突き上げて、傲慢に言い放ったアリスに、思わずため息が漏れる。


「あなたがこの屋敷に残るための方法はひとつ。エリゼ嬢が起こしたすべてのことに、自分は無関係だと言い張るのよ」


「……え?」


「私はエリゼ嬢に金印を貸していないし、彼女が広めた噂など知りもしないと、そう言うの」


「ど、どうして私がそんなことを……」


「そうなればエリゼ嬢にすべての罪が行き、彼女は修道院へ追放か……もしくは公爵家の金印を無断で使ったとなれば死罪もありえるかもしれないわね」


「なっ……! やっぱりあんたは悪女よ! 私がそんなことを……!」


「かなり優しい提案だと思うけど? あなたは私の義妹だから、特別にそんな面倒な方法をとってあげると言っているの」


「……最悪よ。あんたが私の義姉になるなんて最悪!」


「そうね。私もそう思うわ。あなたがイヴァンの妹でなければ、話はもっと簡単だったのに」


 頬をさすりながら、啜り泣くアリスを見下ろす。

 これだけ泣いているというのに、相変わらず口だけは達者らしい。飽きもせずに私へ暴言を吐き続けている。


「遠い領地でいい子にしてなさい。ちゃんと反省すれば、すぐに戻ってこれるわ」


「どうして私が……! 反省するべきなのはあんたのほうでしょう?!」


「本当に生意気だこと。いいわ、そんなにセレビアが嫌ならここに残らせてあげる。私が直接イヴァンに頼んであげるわ」


 アリスの瞳が動揺に揺れる。


「その代わり、私があなたの家庭教師になるわ。どれだけ社交界が黒く汚らわしく、面倒な場所なのか。令嬢としての振る舞いから、人との付き合い方まで、純粋なお嬢様に私が一から丁寧に教えてあげる。二度と生意気な口が利けないよう、徹底的にね」


「そ、そんなの絶対に嫌よ!」


「いくつも選択肢をあげたのに、本当に我儘ね。それに、私はこんなにあなたを大切にしてあげているのに、嫌いだなんて悲しいわ」


 身体をガタガタと震わせながら瞳いっぱいに涙を溜めているくせに、アリスは最後まで私への暴言をやめなかった。


 そして、このまま屋敷に残って私にみっちり教育されるのだけは御免だと思ったのだろう。アリスはとうとう自ら廊下にいるメイドを自ら呼び寄せた。


「セレビアに行く! 今すぐ準備して!」


「アリスお嬢様……?」


「早くして! あの女と同じ場所にいたら、私、何されるか分からないわ!」


 泣きながらそう叫ぶと、アリスはメイドたちに手伝わせて慌ただしく身支度を始めた。


「ロレッタ? 一体何があったんだ」


 突然、二階が騒がしくなったことが気になったのか、イヴァンが階段を上ってきた。

 私は慌てて笑みを浮かべると、彼に向かって振り返る。


「アリスったら、本当に天使みたいに可愛いわね。どう? この際、皇太子と婚約させるのは」


「アルフレッドと……?」


 思いもよらない提案だったのだろう。

 イヴァンは目を瞬かせたあと、どこか怪しむような眼差しで私を見つめた。


「可愛いあの子には幸せな結婚をしてほしいじゃない。皇太子妃は誰もが憧れるものでしょう?」


 心から思ってるわよ?

 まあ、皇太子妃なんて面倒なもの、私は絶対に嫌だけど。


 こうして、アリスはセレビアへと旅立っていった。




・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・




 エリゼ・ラヴィア嬢。今となっては、もう懐かしくさえ思えるその名前を、私は社交界で二度と耳にすることがなくなっていた。


「アリム修道院……それはまた、ずいぶん遠くへ飛ばされてしまったのね」


 あの騒動の後、逃げるように実家へ戻ったエリゼ嬢。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 王宮で起きた一件は、瞬く間に社交界へ広まった。

 もちろん、事実だけが広まったわけではない。


 そこへ人々の憶測や悪意が加わり、いくつもの尾ひれがついた噂は、瞬く間に原型を留めないほど大きく膨れ上がっていった。


 居場所を失ったエリゼ嬢は、ついには両親からも見放され、家を追い出されたらしい。


 そして今、彼女がいるのは帝国の北の果てにあるアリム修道院。


 帝都からはあまりにも遠い場所。あれほど私の前で好き勝手に振る舞っていた彼女が、今では修道院の中で一生を過ごすことになるとは。


 人生というものは、本当に何が起こるか分からないわね。


「ご苦労様。もう下がっていいわよ」


「はい、公爵夫人」


 報告に来た使用人を下がらせると、私は一人、窓の外へ視線を向けた。


 わざわざ昔の面倒な令嬢のその後を調べさせたのには、もちろん理由があった。


 今日、あの手のかかる義妹がシャルリア公爵邸へ帰ってくるのだ。




・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・




「お久しぶりです、ロレッタお姉様」


 これは本当に、あの生意気な義妹なのか。


 背丈がすっかりと伸び、美しく成長したお嬢様は私に向かって礼儀正しく礼を取った。


「アリス……大きくなったわね?」


 思わずまじまじと彼女を見つめてしまう。


「あの頃と同じ、天使のように可愛いけれど……とても美しくなったわ」


「ありがとうございます、お姉様」


 アリスは嬉しそうに微笑んだ。


 セレビアへ行ってから、早くも二年。

 彼女の心に何かしらの変化があったことは、時折届く手紙から何となく察していた。


 最初の頃は短い文章ばかりだった手紙も、少しずつ長くなっていった。


 セレビアへ行ってから一年ほど経った頃。

 これまでのことを謝罪する丁寧な手紙が届いたときには、本当に驚いたものだ。


 だけど、まだ油断はできない。表向きは礼儀正しく振る舞いながら、私への復讐の機会を狙っている可能性だって十分にある。


 慎重に扱わなくては……。


「お兄様とお姉様の結婚式までに戻ってこられなかったこと、本当に申し訳なく思っています」


 アリスはそう言うと、少し照れたように笑った。


「その代わり、ささやかながら結婚祝いを用意しました。ぜひ、受け取ってください」


「アリスが、私に?」


「はい。採れたてなので、とても美味しいと思います」


 ニコッと笑ったアリスが合図を送ると、待っていた従者たちが馬車からいくつもの木箱をせっせと下ろし始めた。


 私は、木箱の中身を警戒した。


 獲れたてって……まさか、蛇や蛙? 何か得体の知れないものでも入っているのではないでしょうね?


 しかし、私の予想を遥かに超える返答が彼女から返ってくる。


「サツマイモ、ジャガイモ、こっちはサトイモです!」


「……イモ?」


「はい。セレビアで育てたものなんです。とても美味しく作れたんですよ」


 満面の笑みでそう告げるアリス。

 私はしばらく木箱と彼女の顔を交互に見つめた。


「作れた? まさか、アリスが作ったの?」


「ええ、もちろん」


 私の頭がおかしくなったのか。それとも、アリスの頭がおかしくなったのか……。


「それで、折り入ってお姉様にお願いがあるのですが……」


「まあ、何かしら。私に叶えてあげられるものならいいけれど」


 思わず身構える。

 落ち着け。とにかく落ち着こう。


 確かに、アリスがこの二年間、遠く離れたセレビアで頑張っていたことは事実だ。


 たとえ何かしら望みがあるのだとしても、これまでの褒美を求めるくらいなら、快く与えてやるべきだろう。


 宝石かしら。それとも、新しいドレス?


「東にある庭園をひとつ、私にくださりませんか? そこを畑にしたいのです」


「……畑?」


「はい!」




・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・




「うん、この土……やっぱりいい畑ができる気がする。ロレッタお姉様、デビュタントまでの間、私はこの離れに住んでもよろしいですか? それと、庭師道具を使いたいのですが」


「言ってくれたら、必要なものは全部用意させるわ。だけど、衣食住は本邸で済ませなさい。こんなところは、人が住むような場所ではないでしょう」


「そうですか? セレビアにいた頃は、よく……」


「まさか、セレビアでひどい扱いを受けていたの?」


 反省させるためとはいえ、アリスは紛れもなく公爵令嬢だ。


 シャルリア公爵家の使用人と騎士を何人もつけさせたというのに、もしぞんざいな扱いを受けていたのなら、到底許すことはできない。


「その……内緒にしてくださると約束していただけますか?」


「内容次第ではあるけれど」


「じ、実は……雨風で農作物が飛んでいかないか心配で、よくこっそりと窓から部屋を抜け出して、倉庫で一夜を明かしていたんです」


 頬を赤く染めて、恥ずかしそうに告げるアリス。


 私は何と言えばいいのかわからなかった。

 痛む頭を押さえながら、叱るべきなのか、それとも褒めるべきなのかと悩んでいると――。


「アリス、危ない!」


 そのとき、こちらへ向かって一直線に飛んでくる蜂が見えた。


 咄嗟にアリスを庇おうと腕を伸ばした、その瞬間。


 パシンッ!


 乾いた音が響いた。

 そこには、アリスが懐から取り出した扇子で蜂を叩き落とす姿があった。


「突然向かってくるだなんて怖いわあ」


「……そうね」


 にっこりと微笑むアリスを見つめながら、私は静かに扇子へ視線を落とした。


 ……逞しくなりすぎね。


 どうやらセレビアで身につけたのは、淑女としての礼儀作法だけではなかったらしい。


 まだ精神が育ち切る前に父親を亡くし、様々な不幸が重なったことで一時的に心が不安定になった子供。

 物の分別もつかなくなった時に、優しい言葉に騙された子供。


 遠く離れたセレビアで、正しい教育者のもとで過ごしたアリスは、今では誰が見ても文句のつけようのない淑女へと成長していた。


 ……少し、方向性は変わった気がするけれど。



【追記】

アリス視点を作りました!

「わがまま令嬢が田舎へ送られた結果」

こちらもお願いします〜


少しでも面白いと思っていただけましたら下にある☆マークから評価をお願いいたします。

感想もお持ちしております。励みになります⋈*.。


アリスはうちのチワワがモデルです꒰ᐡ•·̫•꒱⊃

ママの後ろに隠れて、家族以外の人間が近づくときゃんきゃん吠えて震えてる。よその犬だったら腹立って仕方ないけど、家族なら愛おしくてたまらない。


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― 新着の感想 ―
これを皇太子に押し付けるの……?「いらん」とか言われそうだけど。www
アリスちゃん、イゾイン(依存するヒロイン)なのでは?まぁ、修道院で健全な居場所と令嬢としてはちょっと方向性がおかしいが無害な趣味を見付けられて良かったね。
この国では身分が上の人の名前を勝手に使用して虚偽の内容を書いた手紙を皇太子に送りつけても罪にならないの…? 子爵令嬢が、伯爵令嬢で次期公爵夫人と皇太子の虚偽の噂広めても名誉毀損にもならない? エリザが…
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