あいつはただの元婚約者で友達みたいなもんだから!確かに二人きりで会ったけど、やましい事なんて何もないから!
「わざわざ来るなんて珍しい。どうした?この伯爵家にトイレでも借りに来たか?」
応接間のソファで、組んだ足を机に乗せる尊大な出迎え。
相変わらずの態度ね、グレイル。こんなのが私の婚約者だなんて、私は産まれたときから悪夢でも見続けているのかしら。――夢の中なら、今この場でグレイルを平手打ちしても許されたり?なんて出来たら最高なのだけれど。
「レイナ様とまた会われていたそうですね」
「おいおい、前も言ったろ?あいつはただの友達。元婚約者だからってなんにもないさ」
まるで私が分からず屋だと言うかのように、面倒くさそうに肩をすくめるグレイル。
「二人きりで部屋に入られたと伺いましたが」
「だからぁ、確かに二人きりで会ったけど、やましい事なんてなんにもないって!いちいちそんな事で突っかかってくんなよ。めんどくさい」
「婚姻前の男女が二人きりで会うなど許されることではありません。家同士の信頼を喪失する出来事です」
「だからぁ!何にもねぇって言ってんじゃん!」
拳を机に叩きつけるグレイル。大きな音が応接間に響き、消える。
子供かよ。成人を迎えて何年過ぎたのでちゅか?物に八つ当たりするなって習わなかったのでちゅか?はぁ、こんなのと話しても埒があかない。正直私情を挟んでも良いのなら今すぐ婚約破棄してやりたいけれど、それがなかなか難しい。証拠も十分にないし、女性と二人きりになったというだけでは婚約破棄は重すぎる、というのがこの国の通例だ。ただ逆に、女性の婚約者が男性と二人きりになると責められるのだから、理不尽にも程がある。男尊女卑も甚だしい。
「話はそれだけか!?時間の無駄だ!そんな用事で二度とくるんじゃない!さっさと帰れ!」
婚約者に対してさっさと帰れはないだろう。幼なじみのハイル男爵令息の方が、よほど礼儀正しい。伯爵令息なのに男爵令息に礼儀作法で負けるなんて……まぁ、勝ってることの方が少ないけれど。不愉快度ぐらいかしら。勝ってるのは。
「――これ以上言っても仕方がないようですね。失礼いたしますわ」
私は大人しく引き下がる事にした。もちろん今日の所はではあるが。
******
「お前!なんてことしてんだ!」
あれから数日後、今度はグレイルの方が我が家に怒鳴り込みに来ていた。私は応接間で優雅に紅茶をすする。過去再現として足を組んで机に乗せても良かったのだけれど、止めとくことにした。だって行儀悪いですし。机さんが可哀想ですし。
一呼吸置いてカップを机に置く。
「いったい何の事でしょうか?」
「この前ハイル男爵令息を家に誘ったらしいじゃないか!」
「そうですね?我が領地とブリリント男爵家は古くからの付き合いですので。何か問題がありましたか?」
「問題しかないだろう!!二人きりで部屋で会っていたと言うではないか!」
「はい。隠すことではないので周囲に宣言して二人きりで部屋に入りました。ハイルは古くからの友達ですから」
「だからどうした!ハイルは男だぞ!」
「――ですが、レイナ様も女性ですよ」
私がそう言うと、グレイルの顔が徐々に赤くなってくる。この世の生物には、背景と同化するために体表組織の色を変えるものがいると言う。もしかしたらグレイルはその仲間なのかも……ただ惜しいわね。我が家の装飾は基本薄い緑だから、赤は逆に目立ってしまう。――もしかして今からもう一変化あるのかしら!
「そ、それとこれとは話が違うだろ!」
「何が違うのですか?」
「俺は男女二人きりだからと言って何かするような人間ではない!だが、普通の男は違うだろう!?まさか俺を信用していないのか?」
「私がいつあなたを信用したのでしょうか?それにその理論でいけば、私はハイルが手を出さないと、普通の男ではないと信じていれば良いのですか?」
「良いわけないだろう!屁理屈を言うな!」
グレイルは私の目の前の机を拳で叩く。先ほどまで口にしていたカップが、カタカタと音を立てて止まる。幸い中身は飛び出ていなかった。怒りが高まると机を叩くという習性を忘れていたわ。とげとげした机にしていれば大ダメージを与えられたでしょうに……一生の不覚……
「わかった。婚約破棄だ!」
「婚約破棄、ですか」
「そうだ!お前の軽率な行動が原因だ!私のせいではない。お前のせいで婚約破棄するのだ!浮気者の伯爵令嬢として世間に大々的にアピールしてやる!この大罪人め!」
「であればグレイル様がレイナ様と二人で会われていた件も大罪だと思われますが」
「確かにあれは軽率な行動だった。あれだけであれば、俺は素直に罪を認め、家を自らの意志で出ていただろう。だが状況が違う!お前は女性という立場でありながら男を誘ったのだ!どれだけそれが重たい罪なのか分かるか!?俺はお前を心底軽蔑したよ」
「なるほど。つまり本来であれば自ら家と縁を切っていたのに、私が愚かな行動をしたので、状況が変わったと」
「その通りだ!」
胸を張るグレイル。別にどや顔をする場面でもないでしょうに。――いつまでどや顔しているのよ。鬱陶しいから今すぐ止めてくれません?
「まあその理論もよく分かりませんが。――グレイル様は一つ勘違いをされております」
「今さらあがいても遅い。お前が二人きりで部屋に入ったという証言は何人からも聞いておるわ」
「えぇ、確かに二人きりで部屋に入りました。――ですが、部屋で二人きりだったとは一度も言っておりません」
「な、何を言っているのだ!」
「まだ分からないのですか?――あらかじめ部屋には私の両親と信頼に足る従者が数名待機していたのです。つまり男女二人きりで密会していたのは、あなただけなのですよ。グレイル様」
「な、な、な、な!」
驚きのあまり口が閉じないその表情、マヌケなあなたにお似合いね。いっそのことそのまま過ごしたらどうかしら?注目の的になる事間違いなしよ?
「本来であれば自らの意志で家を出ていた、のでしたっけ?楽しみにしておりますわ」
「そ、そんな事を言った記憶はない!」
「あぁ、言い逃れは出来ませんの。ここでの発言は全て録魔石にて記録しておりますから」
チラリと部屋の隅に目をやる。そう、彼がこの部屋に来た時点で、全て準備は整っていたのだ。
「ではごきげんよう。平民になっても楽しくお過ごしください」
******
その後グレイルに対して正式な婚約破棄通達と共に、録魔石のデータを送付した。グレイルは家から出たくないと父であるグローリー伯爵に泣きついたらしいが、伯爵がそれを拒んだらしい。無事グレイルは平民となったようだ。
事実が公になったことで、レイナは社交界で爪弾きものになっていた。もう二十代中盤だというのに、引き取り手が現れず、家からも疎まれているのだとか。
「それで、協力した僕には何も報酬がないのかな?」
ハイルが正面で長い足を組んで優雅に紅茶をすする。どこかの元伯爵令息とは違い、所作が美しい。
「報酬?ずいぶん野心家になったのね。何が欲しいの?無理な物は無理よ?」
「メリナは次の嫁ぎ先は決まってる?」
「決まってないけど?それがどうかしたの?」
「じゃあ僕の所においでよ」
「ブフォ!」
私は思わず飲んでいた紅茶を吹き出す。幸いなんとか横に逸らしたので、ハイルの顔面にかかるのは阻止できた。――後で、掃除してくれた侍女にはお礼金を渡すとしましょう。
「ほら、悪い話じゃないだろう?メリナも知っての通り、最近金脈が見つかって、男爵家だけどかなり財に余裕があるし」
見つめるハイルの青い瞳。ドキッ。いやドキッてなによ!確かにハイルはイケメンだけど幼なじみだから!確かに賢いけれど幼なじみだから!確かに優しいけれど幼なじみだから!
「ねぇ聞いてる?」
「き、聞いているから!のぞき込むの止めて!――その、お、お父様と相談させてください」
私のごにょごにょとした言い方に、ハイルは少し笑うと「待ってるね」と言って紅茶をすすり始めた。
私も急いで紅茶を飲む。味はよく分からなかった。なんだかすごく熱かった。こ、紅茶を一気飲みしたから熱いのよ!そう、そうに決まってるわ!私がハイルに対して顔を熱くするなんて、あり得ないんだから!
その後、無事ハイルとメリナは婚約しましたとさ。




